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臣下の礼

3264年7月30日、シューネスラント王国の王都フェルドブルクは、晴れがましい景色を呈していた。

王宮の大広間には、既に各属国の国王、公爵、大公などの君主が集まり、シューネスラント国王アルチュールの出御を待っている。今日は臣下の礼(オマージュ)の儀式が行われる日なのだ。


「陛下の御出御でございます」侍従の声が響くと、跪いた君主たちは一斉に頭を垂れる。

アルチュールは礼装の上着の上にマントを被り、王冠を頭上に戴いて大広間に入った。厳粛な雰囲気の中、アルチュールは高座に置かれた玉座に腰を下ろす。


アルチュールは一瞬、集まった君主たちを見渡した。長年刷り込まれた「国王への忠誠は当然」という考えにより、何の疑問のなく参上してきたと思われる者、疑念を抱いているのか、複雑な表情をしている者、反発心と新国王への期待との間で揺れる者——それぞれの思惑が感じ取れる。


「集えし諸君、汝らの忠誠を示せ。朕は汝らに慈悲を与えた。忠誠を誓うからこそ、この場へ参ったのであろう」実際にはこれまでの制度が限界だったからこそ、外交改革を行ったのだが、「主君の慈悲」という体裁を取って命令調の態度を取らねば、属国君主たちは慢心して図に乗る恐れがある。


最初に進み出たのはリヴレシア王国国王オルシーニ1世。彼は恭しく頭を垂れ、誓いを述べる。 「陛下、臣めは陛下に忠誠を誓います。陛下の御為に、身命を賭して励む所存にございます」


続いてラヴェリーニャ大公ヴィスコンティが進み出た。 「陛下のご英断により、我が国の民も安堵を得ました。我が大公国は、貴族から平民まで陛下の御恩に深く感謝しております。私は陛下に忠誠を捧げます」


しかし、全員が素直に臣下の礼を取るわけではなかった。後列に控えていたヴァルモン公国のリシャール公爵は、僅かに眉をひそめながら足を踏み出す。まるでアルチュールに忠誠を誓うことが、屈辱であるかのようだった。


リシャールはアルチュールの御前に跪く。しかし、口を閉じたまま、一向に何も言わぬ。アルチュールは次第に不安を禁じ得なくなっていった。よもや、忠誠の誓約を拒否するのではあるまいな…


アルチュールは玉座から身を乗り出し、なんとか冷静な表情を保ちながらリシャールを見つめた。「どうした、リシャール公?そちは誓約の言葉を忘れたのか?」

リシャールは口を尖らせ、眉間に皺を寄せて言った。「陛下…我がヴァルモンは、貴国の支配の下に千年の時を過ごしました。しかし、果たしてそれが名誉あるものだったのか…」


大広間に不穏な空気が広がる。アルチュールも、他の属国君主たちも心臓の鼓動を早め、次第にリシャール自身も顔を青くし、手を震わせ始めた。

アルチュールは言った。「そちが言う通り、千年の時を共にしてきた。それは誇りでもあるはずだ。朕は皆の負担を軽減し、各国の名誉を尊重すると言った。汝はその恩義を否定するのか?」


次の瞬間、リシャールは立ち上がると、腰に下げた儀礼用の剣を抜き、アルチュールに踊りかかった。

一瞬、属国君主たちは呼吸を急停止させた。しかし、アルチュールは動じなかった。静かに立ち上がると、自らも剣を抜く。リシャールがアルチュールを斬ろうと振りかぶった瞬間、アルチュールの剣先はリシャールの額に正確に止まった。


「リシャール公、臣下の礼の場で剣を向けるとは、正気か?」アルチュールは美しい顔を曇らせ、リシャールに問うた。

「正気だからこそ、こうするのだ!」リシャールは叫んだ。「貢納の軽減など、生温い策にすぎぬ!貴様等は我らを千年苦しめ続けてきた!貴様がどれほど偉大な王だろうと、それが変わるものか!」


アルチュールは言った。「ならばそちは、何を望む?」

リシャールは息を荒げながら後退し、言った。「自由だ。ヴァルモン公国はシューネスラント王国の属国ではなく、独立国家であるべきだ!」


「誰かある!」アルチュールは厳しい声で言った。

「リシャール公は、朕に対して大逆と謀反の重罪を犯した。近衛兵、公を捕縛せよ!」


その言葉と共に、万が一に備え待機していた、おびただしい数の近衛兵が大広間に踏み込んできた。

リシャールは動揺し、剣を構え直すが、近衛兵の槍に持っていた剣を弾き飛ばされてしまった。

「しまった!」


近衛兵たちはリシャールに覆い被さり、身体を取り押さえる。一人の近衛兵がリシャールの腕を後ろに回し、縄で縛った。

捕縛されたリシャールは膝をつき、顔を歪めながら荒い息をつく。


「そちが朕に剣を向けたことは許されぬ」アルチュールは言った。「国法によれば、大逆罪と謀反罪はどちらも死刑となっている。そちは処罰を受ける覚悟はあるか?」

リシャールは歯を食いしばりながらも、視線を逸らさなかった。「覚悟はできている。貴様の支配に永遠に屈するつもりはない。我らの誇りを守るためならば、命を惜しむつもりはない。」


アルチュールは沈黙し、ゆっくりと頷いた。「……よかろう。リシャール公は大逆罪により、王国の法に従い裁判にかける。それまで王宮内の地下牢に入れておけ」

リシャールは近衛兵たちに引き立てられ、大広間から連行されていった。


臣下の礼は続行され、他の君主たちもアルチュールへの忠誠を誓約していった。

そうして約1時間かけ、儀式が終わった。


儀式終了後、アルチュールは内務省を訪ね、内務大臣ミューラーと話し合った。前国王・カール3世弑逆事件の、捜査の進捗を確認するためだ。


「陛下、連邦派の関与を疑っていた件について、新たな情報が入っております」ミューラーが鞄から、資料を取り出しながら言った。

「連邦派が王権の削減を目指していたことは確かです。しかし、彼らの動きを徹底的に洗ったところ、少なくとも陛下の御父上、カール3世陛下の弑逆には関与していないようなのです」


「何?」アルチュールは眉をひそめた。

ミューラーは続ける。「連邦派の中心的な貴族たちの行動記録を調査しましたが、暗殺の前後の期間に、彼らが具体的な工作を行った痕跡が一切ありませんでした。さらに、連邦派の資金源を追い、王立銀行に預金された資産を差し押さえましたが、暗殺者と結びつく金銭の動きは確認できなかったのです」


アルチュールは失望した。ようやく犯人が特定されたと思っていたのに、誤りだったのか。

「代わりに、より怪しい存在があります。それは連邦派とは関係のない、名門の大貴族たちです」


アルチュールの目が鋭く光る。「名門の大貴族だと?公爵や侯爵の位を得ている、我が国の貴族たちがそのような事を?」アルチュールは大貴族の関与を疑った。

「…ですが陛下、一旦こちらをご覧下さい」ミューラーは資料をアルチュールに手渡す。


そこには、宰相シュミット公爵、ハウゼン公爵、ツィーグラー侯爵など、王国の名だたる大貴族たちの名が連なっていた。

「前にも指摘したが、そちの貴族への偏見はやはり過ぎるのではないか。そもそも父上の政策は、彼らにとってさほど問題ではなかったはずだ」


「恐らく、彼らは政策に不満があったのではなく、陛下、お若いあなた様を王位に就ければ、自分たちが陛下を操り、国政を壟断できると考えたのでしょう。実際、ツィーグラー侯爵が私的なパーティーで、そのようなことを発言していたと密告があります」ミューラーが言う。


「なるほど」アルチュールは低く呟いた。「そういうことか…つまり、父上の暗殺は朕を操り人形にすることか…だが、まだ証拠も集まっていなかろう」

「仰る通りです」ミューラーは答える。


「私は誣告をしたい訳ではありません。これは正直、私にも自信が無く、推測による部分が大きいのです。また、このリストには大貴族のほぼ全員が含まれております。彼らをいちいち疑い、国政に支障をきたすようではなりません。今はご心配なさらず、政務に専念されますよう。彼らに不穏な動きがないか、我らが厳しく監視しております」

ミューラーが一息に述べ、アルチュールは頷いた。


アルチュールは内務省を出て、居所へ戻った。彼が成し遂げたいことは、これで終わりではない。外交改革のみならず、テラロディアへの親征、これが次なる「完成された若君(プリンツ)」の大望だった。


続く

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