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やたらとサポートが手厚い異世界転移

作者: 田鰻

 閉じていた視界が開ける。

 まず目に映ったのは、いくらか赤みがかった青い空。

 そこへ向かって不自然なほど真っ直ぐに伸びた木々の幹と、掌のように広がる枝、濃い緑の葉。

 どうやら自分は仰向けに倒れているらしい、と気付いたのは一拍置いての事。

 二拍置いて気付いたのは、見上げる大空を悠然と羽ばたいていく鳥――ではない。


 ドラゴン。


「……えーっ、と……」

「あっ、お目覚めですか?」


 鈴を転がすような声がした。

 俺はぼんやりと目を細めながら上半身を起こし、体を捻って声のした方を向く。

 女神がいた。文字通りの女神様だ。なんか光ってる。輝いてる。羽根生えてる。


「はじめまして、私は女神です」

「なんかそんな気はしました」

「早速ですけれど、どこまで憶えてらっしゃいます?」

「……確か、歩道橋を降りてる時に、足を滑らせて落ちて……」

「どうやら大丈夫なようですね」


 まったく大丈夫ではない。

 不思議な事に、こんな事態にも関わらずやけにスラスラと言葉が出てくる。

 混乱無効の効果ですね、と女神はよく分からない事を言った。


「簡潔にお話しすると、その事故で死んだあなたの魂を私が拾い上げて、こちらの世界へと転生させました。あなたにはこれから旅をして、最終的にこちらの世界へ脅威をもたらす魔王を討伐して頂きます」

「ごめんなさい無理です」

「もちろん無理を可能にするだけの下地はお贈りします。チートですよチート」

「ちーと……って何です?」

「あまりゲームとかお遊びにならない?」


 頷く俺に、ものすごい超能力みたいなものですと女神様は言った。


「しかも、ひとつだけじゃなくて沢山お付けします。これだけあれば魔王だって倒せるだろう、というくらいに。慣れるまでは多少の苦労が伴うでしょうけれど……」

「あのー……すみません。それだけの力があるなら、その、魔王?ってのを女神様が直接倒したらいいんじゃ……」

「残念ながら予言があるので不可能です。魔王は異世界より訪れた勇者でなければ倒せない。それが、この世界を作った別女神の定めたルールなのです。どんなに格上の女神でもここにだけは干渉できませんので」

「そもそもなんでそんな最悪のルールにしたんですかその女神」

「世の中には性格の悪い女神もいるのですよ。あなたの身の回りにもそんなのの心当たりが何人かはいるでしょう」

「いますね、急にやる気が出てきました。最終的にその女神の顔面ぶっ飛ばせたりしますか?」

「残念ながら出来ません。ですがそのくらいの意気で臨めば必ずや魔王を打ち倒せます、頑張って」

「今の残念ながら、さっきのより力こもってましたね」

「気のせいです」


 女神様は一瞬顔を背けかけてから、にっこりと笑った。


「という訳であなたには魔王を倒すための特別な力を贈ってあります。筋力増加、魔力無尽、召喚王の加護、全属性所持、全属性耐性、各種状態異常無効、全言語習得、言語自動変換、アイテム錬成、無限収納、地図具現化……」

「よく分からないけど凄そうですね」

「それと一日一回私がお訪ねして元の世界との映像通信を開きますので、ご家族やご友人と面会が出来ます」

「いや普通に会えるの!?」

「あなたが目覚めるまでの間に諸事情は全て説明済みですからご安心を」

「そこじゃなくて」

「ご希望があれば、身の回りの方々だけではなく世界各国のお偉いさんともお話し出来ますよ。なにせ全員に知らせておきましたから」

「なんでそういう事したの」

「最初はなかなか信じようとしなかったので、10日間続けて夢枕に立ったり公共の場で強制的に私の説明シーンを全世界同時放映したりと大変でした。いまやあなたの元いた世界であなたの現境遇を知らない人はいないと言って差し支えないレベルです」

「誇らしげに言うのやめてくれる?」


 ちょっと見てみましょうかと、女神様が手に握った杖を軽く揺らした。

 俄に緊張が走る俺の前で、女神が心なしか遠い目をする。


「正直ご家族への説明が一番難儀しました。自分の子供が別の世界で魔王と戦わされると聞いて怒らない親はいませんから。

息子さんはどうあってもあの場で命を落とすしかなかった運命で、その点へは絶対に干渉していない事。魔王の体は莫大なエネルギーから構成されているので、倒しさえすればそのエネルギーを使って帰還用のゲートを開ける事などを繰り返し説明して、どうにかこうにか強引に納得して頂くしかありませんでした」

「繰り返し説明されても到底納得できるような話じゃないと思うぞそれ」

「同じ説明を全世界に行われてしまっては、納得するしかなかったのかと」

「外堀埋めて追い詰めるのやめてあげて」

「あと焼き場で死体を人質に取って演説したのも効果甚大だったようです」

「いろいろ言いたい事はあるけどせめて遺体と呼べ」


 女神じゃなくて邪神の間違いだったんじゃないかとそろそろ疑い始めている俺の前に、いきなり巨大な半透明の板が出現した。

 印象としては巨大なテレビモニターが空中に浮いている感じだ。

 そして、その中央に映っていたのは――。


『ちょっとあんた大丈夫!?』

「姉ちゃん!」


 目が覚めてから今が一番驚いたかもしれない。

 普段はあまり俺に優しいとは言えない姉が、珍しく焦った顔をしている。

 その左右には両親。こちらは泣いていた。思い切り泣いていた。そりゃあそうだろうと俺まで泣けてくる。


『ひどい目に遭ってない!?』

「現在進行系で遭ってる」

『よし殺す。女神出しな』

「そんな事ないですよー。ご覧の通りとっても元気!」

『殺す』

「人間ってここまで殺気立った顔できるもんなんだな」


 どう見ても激怒している姉を見ていると、何か笑えてきてしまう。

 ひどい目といえば間違いなくひどい目なのだが、姉のあまりの焦りように逆に冷静になってしまったようだ。

 そんな姉を静かに押し退けるようにして、コウスケ、と耳に馴染んだ、だが今は随分遠くに感じる声が響く。

 俺の名だ。両親が口にしている、俺の名前だ。


「父さん、母さん……」

『お姉ちゃんも言ってるけど、大丈夫? 怪我はしてない?』

「……うん。とりあえず生き返ったとこ……っぽい」

『もう、何それ。……馬鹿だね』

「ごめん」

『謝らなくていいんだよ。謝るような事じゃないよ』

「コウスケさん……顔を上げてください。もっと元気な姿を見せてあげて」

「お前はもうちょっと済まなそうにしろ」


 その後もあれこれと話をして、やがて映像は途切れた。

 時間にすると30分くらいだろうか。

 いかがです?と聞いてくる女神様に、俺は目尻を指で拭うと、ほっと深く息を吐いて答えた。


「とりあえず安心はした、かな……。俺が急に死んだりいなくなったりして悲しんでる家族なんて考えたくもないし。こうやって話ができるってだけでもだいぶ違うよ」

「良かった。世界中からも応援のメッセージや横断幕が続々と届いていますよ。順番に映していきましょうか」

「それは遠慮しときます」

「まあまあそう仰らず、せっかくの気持ちですから」


 目の前の映像が切り替わると、そこにはニュースで何度も見た事のある人物が高そうなスーツに身を固め、背筋を伸ばして立っていた。

 肩書きは俺でも知っている。いわゆる大統領である。

 あらかじめ女神から通達でもされていたのか、その超大国の大統領は居並ぶ記者たちを前に力強く演説を行っていた。

 ご丁寧にも画面の下には字幕まで表示されている。


『――我々は彼の境遇に深く胸を痛めると同時に、英雄的な献身に心からの敬意を払うものである。彼が無事に帰還できるよう、そして可能ならば困難な使命を果たし、かの世界を救えるよう、国家をあげてあらゆる生存面、軍事面でのサポートを行っていくつもりで――』

「ほらほら、戦争のプロ中のプロがあらゆる環境で生き残って戦っていく為のノウハウを教えてくれると言ってます。実行できるだけの能力は与えていますから、あとはやり方さえ教えてもらえば向かう所敵なしですよ」


 なんだろう、すごい能力をもらった筈なのにすごく頭が痛い。

 女神様によると、概ねどこの国も同じような対応を発表しているらしい。

 要は各国の軍隊やレスキュー、異なる専門分野での大企業に至るまでが、こちらから女神通信で提供した情報に基づいて作戦を練り、その都度必要な対処法を考えて教えてくれるという流れが決定してしまっているようだ。

 それらの中には残された家族へのフォローも含まれている。

 単純な同情からではなく、こう言わなければ国としての体面が保てないという打算も大きいのだろうが、有り難いは有り難い。

 そうとでも思わないとやってられない状況だった。なんだこの観察日記。


「それと企業や塾、大学からのオファーも続々と届いています。最高の広告塔ですからどこも喉から手が出るほど欲しがるでしょうね。帰った後の生活面も安泰ですよ。あと結婚の申し込みも相当数」

「世の中の薄汚さに絶望しそう」

「まあまあ。とりあえず目覚めた初日はご家族と会話をしたと、私からあちらの皆様へ伝えておきますね。明日は……そうですね。クラスメイトや担任の先生と話すといかにも無垢な学生っぽくてウケがいいかもです。より一層同情も引けますし。なんなら帰った時に備えて時間がある時はちゃんと授業も受けたいという一言でも添えておけば、そりゃあもう世間なんぞコロッと」

「ひとつ質問があるんですけど、あなたもどこかに異世界からの勇者じゃないと魔王が倒せない世界とか作ってないですか」

「明後日は自国の首相と他所の大統領とどっちにします?」

「話を逸らすんじゃねえ」


 ――かくして。

 毎日プロ達によるものすごく手厚いサポートを受けながらの異世界冒険記が幕を開けた。


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