第七話
久しぶりに瀬川と会ったからか、頭の中がそのことでいっぱいになっている内に、気づけば放課後になっていた。
あの昼休みの後は、ぼーっとしていてよく覚えてない。
そんな中で、昼休みと同様に朝比奈さんに声をかけられて二人で瀬川が待つ教室へと向かう。
なんだかんだで約束を取り付けられたこともあってか、機嫌は良さそうな朝比奈さん。瀬川の機嫌もこれくらい良いといいんだけどな。
どう考えても、俺は邪魔者なだけな気がするけど……。ここまで来たら、もうどうにでもなれだ。
三組の教室前につくと、前後両方の扉は閉まっていた。
ガラス窓から中の様子でも伺おうかと思ったけど、朝比奈さんは躊躇いなく扉を開けてスタスタと教室へ入っていく。
俺も置いていかれないように慌てて後ろをついていく。
「……あんたもセットなの」
俺を見るなり不機嫌そうに目を細める瀬川。
教室を見回すと、他には誰も残っていなかった。
「悪かったな。俺も、お前がいると知って来たくはなかったさ」
「まぁまぁ、仲良く! 仲良くね~」
俺と瀬川が睨み合う中、間に入って仲裁をしようとしてくれている朝比奈さん。
今日はあくまでも、付き添いという形で来ているんだ。邪魔をしてはいけない。
そんなことを考えてる内に、先に目を逸らした瀬川のほうから深いため息が聞こえてきた。
「はぁ……。それで、あたしに何の用? 昼休みは編集とかデカイ声で言ってくれたけど」
「そうそう! 瀬川さんにお願いしたいことがあってさ。私の歌を編集してくれないかな?」
「嫌だね」
朝比奈さんの言葉が途切れるのとほぼ同時──ノータイムで放たれた拒絶の言葉。
「も、もちろん、私の歌を聞いて納得してくれたらって思ってて……」
「絶対に嫌」
あまりにも直球に言葉が飛んでくるせいか、さすがの朝比奈さんでも動揺しているみたいだった。
力にはなりたいけど、俺が口を挟んだところで逆効果だろうしな……。
「そんなに編集が必要なら、ネットで依頼すればいいじゃん」
「ちゃんと私の歌を聞いて、いい歌だって思ってくれた人にお願いしたいから。ネットの知らない人に依頼は出来ない」
「……こだわり強いんだね」
その言葉を聞くなり、瀬川の顔が変わった。
やっと真面目に聞く気になったのか、突き刺すような鋭い目で朝比奈さんを睨みつけている。
「だったらそれこそ、収録と編集を一緒にやってくれるスタジオで、相手を認めさせればいいんじゃないの?」
朝比奈さんの事情を知らなければ、その選択肢が現実的だと俺も思う。
だけど、それは無理な話だった。
「私、人前で歌うのが苦手で……」
朝比奈さんは正直に、だけど言いづらそうに告げる。うつむきながら漏れ出たその声にはさっきまでの勢いはなくなり震えていた。
「それで歌手目指してるの? 笑えるんだけど」
「お前な、そんな言い方することはないだろ」
「だって事実でしょ?」
鼻で笑って小馬鹿にするような態度の瀬川にイラついてしまい、思わず俺も口を出してしまった。
けど、その指摘だって間違いではないと思ってしまうから強く言い返せない。
「なら、あたしのことはどう納得させるつもりだったのさ」
「この間、敷島くんの家で録った音源があるから。それを聞いてもらおうかなって……」
「なるほどね。それでそいつがいたんだ」
「一回でいいから聞いて私の実力を判断してほしいの。だから──」
「人前で歌えないから音源聞いて納得してくださいって……。その程度の気持ちで、あたしは音楽と向き合ってない」
芯の通った声、力のこもった言葉に俺までも気圧されてしまう。
俺たちは二人して言葉を発せられず、教室には沈黙が流れる。フォローをしないと。そう思ってても声が出ない。言葉が見つからない。
朝比奈さんも同じなのか、口を微かに動かしているけれど言葉が発せられることはない。
数十秒と沈黙は続いていたけど、それが破られたのは突然だった。
「まぁどうせ、このまま断ったとして明日も来るんでしょ。つきまとわれるのも面倒なんだよね」
ため息を吐きながら呆れたように言う瀬川。
言葉を続けるように、その視線は鋭く真っ直ぐと俺の隣へ向けられた。
「だから、あんたにチャンスをあげるよ。あたしが出す条件をクリアして、しっかり納得できる歌だったらやってあげる」
それを聞いた瞬間、落ち込むようにうつむいていた朝比奈さんの顔が一瞬で上を向いた。
「……ホントに!? やる! 絶対、瀬川さんにいい歌って思ってもらうから!」
宣言するように告げたその表情は、すっかり熱を取り戻して朝比奈さんらしさで満ちていた。
「もし駄目だったときは素直に諦めて、二度とあたしに関わらないで。あと、あたしが編集出来るって口外しないこと」
「分かった、ちゃんと守るよ。それで条件って?」
「そうだね……」
瀬川は顎に手を当てて、考え込むような表情を見せる。何かを企んでいるような嫌な笑み。
こいつのことだから、性格の悪いことでも考えているんだろう。
はりつめた空気が漂う中──ゆっくりと瀬川の口が開かれた。
「──路上ライブをやってもらおうかな」