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第四話


「私のこと、プロデュースしてくれませんか?」



 朝比奈さんから放たれたその言葉の意味を、俺は瞬時には理解出来なかった。まばたきすらも忘れるほどに動きが固まってしまう。


 放課後に空き教室に呼び出されたから、てっきりまた歌の練習かと思っていたのに……。

 不意討ちのように飛んできたのがさっきの言葉だ。

 段々と頭が冷静になってくると、あまりに無謀なことを言われていると理解が出来てきた。


「えっ、むりむりむり! そんな音楽知識ないし、プロデュースなんて出来るわけないだろ!?」


「そんなに難しいことはお願いしないから。とにかく、敷島くんが配信してる環境で歌を録らせてほしくて……! あと、動画投稿のやり方とか沢山の人に見てもらうコツとか教えてほしいの」


 ゲーム実況の話から急にここに呼び出されたときは驚いたけど、そういうことだったのか。

 まぁ、動画投稿のやり方ならまだ教えられるかもしれないけど……。


「残念だけど、歌の収録で貸すにはやっぱり無理かな」


「な、なんで……。あっ、お金なら少しは払えるよ?」


「いやいや、そう言う問題じゃなくて」


 これでお金を貰っても俺が困る。断っているのは、朝比奈さんが思っているほど簡単なことではないからだ。


「いくらちゃんとしたマイクで録っても、編集をしなければ音質がよくなっただけ。スマホよりはマシかもだけど、それでもクオリティーの高いものにはならないと思うんだ」


 昔、ゲーム実況を始めるためのやり方を調べていたとき、歌の投稿についても目に入ったことがあった。

 歌なんて関わることはないと思ってほぼ見てないけど、ゲーム実況よりも多くの作業が必要だったのは覚えている。


「俺は歌の知識がさっぱりだから、編集なんて出来ないし。期待するクオリティーになるかどうか……」


 変に期待させるくらいなら、最初からハッキリと断ったほうが良い。




「それでもいいから! お願い!」




 そんな俺の思いは関係なしに、真っ直ぐな言葉が朝比奈さんから飛んできた。

 必死な表情を浮かべる朝比奈さんに詰め寄られると、あまりの迫力に押されて後退りしてしまう。


「……そこまで言うなら分かった。収録に使っていいよ」


 断るつもりだった。関わる資格はないはずだ。

 それなのに俺は、朝比奈さんの熱意にほだされて受け入れてしまった。


「ホントに!? ありがとう~」


 俺の前でも、小さい子どものようにはしゃいで喜ぶ朝比奈さん。

 これだけ真剣なら、しっかり責任は持たないといけないな……。


「じゃあ、さっそく行こ!」


「ちょっと待ってくれ。俺と一緒にいないほうがいいんじゃないか?」


「どうして? あっ、カップルだって勘違いされちゃうか」


 テンションが上がっているのか、朝比奈さんはイタズラな笑みを浮かべてそんなことを言ってくる。

 冗談で言ってるのは分かるけど、心臓に悪い。


「ち、違くて。朝比奈さんの友達に俺といるとこ見られたら、迷惑かけるかもしれないだろ」


 カップルなんて言葉に動揺したのが丸分かりなくらい声が震えてしまう。

 これは絶対にからかわれるやつだろうな……。

 だけども朝比奈さんは、俺の予想に反して真面目なトーンで返してきた。



「私が誰といても、私の自由じゃない? 好きな友達と一緒に歩いてただけで否定してくるような人がいたら、そんな人は友達じゃないよ」



 表情は明るく見えるけれども、声色がどこか寂しげに感じるのは俺の気のせいだろうか。


「ご、ごめん……」


「敷島くんが謝ることじゃないよ。でも、分かってくれたならよしっ!」


 次に朝比奈さんが口を開いたときには、感じた気がした違和感はもうなくなっていた。






 そのまま一緒に学校を出た俺たちは、並んで通学路を歩く。

 学校から俺の家までは、徒歩で約20分。毎日歩いている道だけど、誰かと並んで歩くのは初めてだ。

 相変わらず俺は人間慣れをしてないので、家に着くまでの間はひたすら朝比奈さんが話しを回してくれていた。


「お~大きい家だね」


「無駄にな。親は仕事でいないから気にせずに入ってくれ」


「そうなんだ。それならお邪魔しますっ」


 二階建ての一軒家の外観をじっくり見てから、朝比奈さんは軽い足取りで中へ入っていった。

 気にせずにと言っておいて何だが、もう少し気にするべきではないのだろうか。女子高校生が、親不在の男子高校生の家に入るって言うのに……。


「飲み物持っていくから、先に俺の部屋行っててくれるか。二階の一番奥の部屋だから」

「やってもらってばかりじゃ悪いよ。私も手伝う」


 そう言って朝比奈さんは、キョロキョロと見回しながら俺の後ろをついてくる。

 手伝いというより、探検をしにいくかのような表情に見えるような。


「うわ~テレビおっきい! これで映画とか観たら楽しそうだなぁ」


「ほとんどテレビ観ないけどな。何飲む? お茶にコーラ、温かいのならコーヒーもあるけど」


「じゃあ、コーラで! あとお水もちょうだい。歌うとき飲みたいから」


「はいよ、コーラと水な」


 手伝うと言ってついてきた朝比奈さんは、興味津々な様子でリビングをウロウロしていた。とりあえず放っておくことにしよう。

 コップを三つ用意すると注文のあったコーラと水、俺の分のコーラをそれぞれにいれる。


「……ねぇ、ちゃんとご飯食べてる?」


 いつの間にかキッチンに来ていたらしい朝比奈さんから、唐突な質問が飛んでくる。


「食べてるけど」


「それ、カップ麺だよね?」


 差された指の先には、台所のシンクに積まれている食べ終えたカップ麺の容器の山。


「……カップ麺でも食べないよりはマシだろ」


 料理が全く出来ない訳ではないけど、一人だとどうにも作る気が起きないのだ。


「栄養偏っちゃうんじゃない? そんなんだから細いんだよ」


「余計なお世話だ。それより歌を録るんだろ? 部屋に行くから自分の飲み物は持ってくれ」


 ため息混じりに話を切り替えると、自分のコップだけを持ってリビングを離れる。

 後ろをついてくるように、軽やかな返事が聞こえてきた。


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