黒縄山の戦い
1人の男がよろめいて倒れそうになっている黒影の横を、何食わぬ顔でこちらに向かって歩いてくる
「桜花さん、黒影ぶん投げるってやっぱ凄いっすね!」
我輩は挨拶代わりに歩いてくる男、白鷺桜花を賞賛する
「お前も苦手な相手から逃げずに立ち向かったのは偉いぞ」
桜花さんはそう言って我輩の正面に立って頭を大きな手でぽん、ぽんと軽く叩く。
少々照れくさいがこういうのは悪くない。父親が居たらこういう感じなのだろうな。と、あの黒影と対峙するのが嫌で一種の現実逃避をしていたが
「仲良いところ水を差すようで悪いんですけど、そろそろ黒影動きだしますよー」
虎織の声で現実逃避は終了する。まぁ何事もやらなきゃ終わらないわけだし現実と向き合いましょうかね……
「では、軽く捻ってやるか。風咲は黒影の殲滅、雪城はそこの金髪の娘を護衛。儂は風咲のサポートに回る。やれるな?」
「「はい!」」
自分を奮い立たせる為に気合いを入れて返事をしたが視界にアレを入れるのはまだ怖い。
というか気持ち悪い。
闘う為に袖に仕舞った打撃用の刀を取り出し、持ち手をグッと握る
「でっかい方はどうにかするんで桜花さんは鹿の方の足止めお願いします」
「1人でやれるのか?」
「何とかしてみせます。逃げるのはここまでにしたいですから」
過去、幾度となくこのタイプの黒影との戦闘は避けてきた。というかサポートに回るのが精一杯だった。しかしまぁ妹が見てる中逃げるなんてカッコ悪い姿は見せたくない、そんなくだらない男の意地みたいなもので目の前の黒影を睨みつけながら立ち向かう
人間怖いもので少しあの姿にも見慣れて来た。それでもキモいけど……視界に捉えたとほぼ同時に黒影はもう1匹を捕食していた……
マジでそういうトラウマ抉るのやめて……世の中無常過ぎませんかね……
「桜花さん。脚崩すんであれの頭に刺さってる刀取ってもらえますか?」
さっきので若干怖気付いてしまった。元は自分で取りに行こうと思っていたが桜花さんにお願いした
「了解だ。では1、2、3で飛び出すぞ。1、2、3!」
「っしゃあ!」
気合いを入れるために声を1つ。
今握っている刀は刀身は潰しているが斬れない訳ではない。魔術による補強さえしっかりしていればなんでも斬れる。刀身に魔力を込めると身体に寒気が走るが気にしない。何時ものことなのだから。
捕食を終えたのか黒影はこちらを見て口を開き羽と思われる物を広げ両の鎌を上に上げ威嚇してくる。
虎織に切り落とされた鎌はさっきの捕食で補ったのだろうか?まぁ今はどうでもいいけど
「ぶった斬るぞ虎徹!」
あと数メートルという所で刀の名を呼び気合いを入れ魔力をさらに込め脚の付け根に狙いをつける
「風咲!気をつけろ!」
桜花さんの声と共に日が隠れどんどん影が黒く大きくなる。どうやら真上になにか来たようだ。走りを止め見上げると鎌が頭の上に来ていた
「邪魔!」
振り下ろされる鎌は避ける事も出来た。
しかしこの後もこの鎌は邪魔になるだろう。しかし斬り落としたとしてまた生えてくる可能性も捨て難い。
生えてきたらまた斬り落とせばいいか。
そんな短絡的なことを考え、刀を下段に構え、呼吸を整え刀を天へと振り抜き鎌へと刀を当てる。手に伝わる感触が非常に気持ち悪い。
ぐにっとしたなにかを切れない包丁で叩いたような感触というのだろうか。
1秒もしない間にその感覚は消え刀は鎌を斬り裂いた後に空を切った。
黒影は脚で我輩を踏み潰すつもりなのか目の前へとズカズカと進んで来る
「1本目!」
もう一度下段に構えて逆袈裟で前脚を斬り落とす。
声を出して気を紛らわせながら1歩、2歩と跳ね、後ろ脚の目の前で少し跳んで上段に構えそのまま刀を振り下ろす。
こういうのは唐竹割りというのだろうか?そこら辺の基礎的な技は剣の先生は一切教えてくれなかったからよく分からない。
脚を斬り落とした後、黒影の胴体を強く蹴り飛び退き黒影が飛び退いた方向に倒れてくるのを確認する
「桜花さん!」
「応!」
桜花さんは地面を蹴り、黒影の胴体、首と蹴り頭に刺さる我輩の刀を手に取り引き抜きながら身体を捻りながら我輩に刀を投げる
「椿流。卯の番。首狩リの刎ネ兎」
ウサギ跳びの姿勢を取り思いっきり飛び跳ね、投げられた刀を受け取り勢いに任せ黒影の首を刎ねに向かう。椿流は我輩と虎織が小さい頃に剣の先生から教えて貰ったその人の作った流派らしい。タイ捨流が源流なんだろうけどよく分からない技も多数あるが扱いやすい流派だと個人的には思う。
大きな目がこちらをギロリと睨む。怖い。
でも、あとは首を斬り落とすだけだ。
気にするな、自分を強く持て。
刀を強く握り黒影の首に刀をくい込ませ思いっきり引き抜く
「浅いか!」
まだ首は繋がっていた。仕留め損ねた……
その時一陣の風が吹き声が聴こえる
「倒せるまで私が将鷹を全力で助けるから!」
虎織が叫びながら魔術式を大量に展開している。
人が浮く程の突風を吹かせる術式が数種類展開され、中にはかまいたちを起こすような物まである
「ありがとう!頑張るよ!」
突風によって空中で体勢を立て直し、もう一度カマキリの方へ向き直る。風を蹴りカマキリの首を狙う
「椿流。寅の番。虎月狂乱」
袈裟。横一文字。逆袈裟。唐竹割り。袈裟。
できる限りの斬撃を加えカマキリの首を落とす。それと同時にカマキリは霧散し鏡が割れそれも霧散していく。
身体からふっ、と力が抜けそのまま地に落ちていく。
あぁ、真っ逆さまか……頭打つよなこれ
「よく頑張ったな」
桜花さんが羽織を掴みそのまま抱えられるようにして地面へと着地した
「お兄ちゃん!」
「将鷹!大丈夫!?」
虎織とアリサが心配そうな顔でこちらに駆け寄って我輩の顔を覗き込む
「精神的に疲れただけだから大丈夫だよ」
身体はまだ動く、多分。
苦手なモノと対峙したのだ心が疲れるのは当然だ。
「休んでいるところすまないがどうやらもう一度鏡が来たぞ」
マジか。これ以上カマキリとはやり合いたくないんだけど……
「うそ……これって……」
瞬間アリサの顔が青ざめる。そこには黒く大きな狼のような獣が1匹唸るように我輩達を睨んでいる。こりゃちょっとやばそうだが
「見た目がカマキリじゃないならならなんとかなるか」
抱えられて着地したあと倒れてしまった身体を起こしながら袖から虎徹を引き抜き鞘へと仕舞う
「お兄ちゃん……アレと戦っちゃだめ……お願い!逃げて!」
アリサがいつになく真剣に、必死に我輩の羽織の袖を掴みながら言う
「そうもいかないんだよ。大丈夫。お兄ちゃんは大丈夫だからさ」
ここでこの黒影を放っておくのは絶対にまずい。なんとしてでも倒さないと直感がそう我輩に語りかける
「でも……」
アリサの声を遮るように黒影が暴れ始め木々を薙ぎ倒し直進とは言い難いが単調な動きでこちらに向かってくる
「椿流。酉の番。刃隠奇襲」
さっきまでカマキリの頭に刺さっていた刀、風切を袖に仕舞って向かってくる黒影にこちらも向かっていく。
「下手に突っ込まない!」
虎織の声がすると共になにか壁のような物に当たり頭を強打した。どうやら虎織が作る風の壁のようだ
「桜花さん。少しの間アレの相手、お願いします」
「なかなか無茶を言ってくれる……しかし、ここは年長者としていい所を見せるとしよう」
桜花さんは苦笑いで狼目掛けて走り出し、即座に狼を地面へと倒れこませる
「将鷹、そこに正座」
どうやら虎織は御立腹のようだ。黙ってその場で正座して虎織が口を開くのを待つ。
虎織もその場で正座して口を開く
「アリサちゃんの話ちゃんと聞こうか。戦うな、逃げてって言うからにはそれなりの理由があるはずだよ。それを聞かずに1人で斬り掛かるとかダメだよ?カマキリ倒せて嬉しいのは分かるけどね」
確かにカマキリを倒して舞い上がっていたのかもしれない。冷静になるとさっきの行動がすごく恥ずかしい限りである
「申し訳ない」
アリサのあの表情を見て、話を聞かずに突っ走ったのは死んでも構わないととられてもおかしくは無い。
アリサは理由なくあんなことは言わないしあんな悲しそうな顔もしない
「反省しているならよろしい。アリサちゃん、話聞かせて貰えるかな?」
虎織は微笑みアリサに声をかける
「えっと……あの狼、うちの夢の中で頻繁にお兄ちゃんを食い殺してる狼で……それでその……うちそれが現実になるのが怖くて……」
夢、か。だが頻繁にとなるとそれは予知夢とかそういう類であってもおかしくはない。
それに華姫には、同じような夢を何回か見ると正夢になるという都市伝説が存在している。
それを考慮するとアリサが必死になるのが分かる
「なるほど。アリサちゃんは将鷹をあの狼に食べさせたくないと」
虎織の言葉にこくりと頷くアリサ
「それじゃあ将鷹は今回はここで見学及びアリサちゃんの護衛で。予知夢だったら洒落にならないから、あとは任せて」
「わかった。あとは任せる」
虎織にハイタッチをしてアリサと共に後ろへと退る
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
アリサが唐突に謝ってきたので少々面食らってしまった
「謝ることなんてないさ。むしろこっちが謝らないとだな。ごめんな、アリサがせっかく止めてくれたのに突っ走って」
数秒の気まずい沈黙の後アリサが口を開く
「お兄ちゃん!アイツがこっちに来てる!」
「大丈夫、ちゃんと見えてるから」
視界の端でこちらに向かってくる狼が見えていた。ドシドシと周りの木々をなぎ倒し障害物など気にせずこちらに来る様は飼い主にじゃれつきたい犬の様と表現すればかわいいものだが獲物を狙っている様にも見える。というか黒影の時点で後者なのだが
「無事か虎織!」
「大丈夫!それよりも気をつけて!」
「了解!あんまり使いたくはないけど仕方ないよなぁ……」
袖からオートマチックの9mm口径の拳銃とマガジンを取り出しマガジンの背面を見て残弾数を確認する。
17発、確認を終えてマガジンを銃にセットし、スライドを引く
「アリサ、耳塞いでおいてくれ」
こくりと頷きながら両手で耳を塞ぐアリサを見て我輩は銃を構え、狙いを定める。
パン。と乾いた発破音。弾は眉間を撃ち抜くが狼はものともせずにこちらへと向かってくる
「ウソだろ!?あの弾、黒影用に特殊加工したやつだぞ!?」
1発では足りないのだろうか?
「アリサ!走るぞ!」
アリサの手を掴み、狼の向かってくる方向へと走る
「お兄ちゃん!反対側ならともかくなんで真正面に走ってるの!?」
「こういう事だ!」
アリサを担ぎ、地面を蹴り、空を翔ける。魔術師では無い人がこれを見ると何故か宙に浮いているように見えるそうだ。実際には魔術式が一瞬の間、実体化する。その一瞬を足場に空へと駆け上がっただけ
「飛んでる!?」
「魔術師なら割りと皆できる芸当だ。それに飛んでるんじゃなくて歩いてるだけだぞ」
そう、魔術式の性質さえ知っていれば魔術師なら誰でもできる。何も起きない魔術式なら魔力消費も少なく済む為魔力が少ない人でも割りと簡単にできるのだ
「それと、しばらく耳塞いでてくれよ」
式の上を歩きながら下にいる狼に銃弾を浴びせる。効いていないのか全く動きが衰えない。
それどころか天へと走り我輩達を食い殺そうとする勢いすら感じられる
「やっぱり効かないか……作るのに手間のかかる弾なのになぁ……」
弾を作るのに結構なコストと何人もの協力が必要な為、切り札として使っていたのだが効かないとなるとなかなか心にくる。
さっきのカマキリよりは随分とマシではあるが
「よっ、っと」
虎織がいる所で式の道を降りる。
狼は相変わらず我輩を狙っているようで虎織の作っている風の壁にぶつかりながらもこちらへと猪が如く走ってきている
「風咲、お前何かあれに心当たりはないのか?」
桜花さんが苦笑いで問いを投げてきたが一切心当たりがない
「ないですね」
短く答えると桜花さんはアリサへと問う
「そりゃそうか。金髪娘、アレは一体なんだ?」
「よく分からないです……昔から夢に出てきて……でもお兄ちゃんの家に住み始めてからは全く……」
「普通に考えればあの黒影は恐怖した者を食い殺しに来るはずなのだがな。そもそもアレは今、本当に黒影なのか?」
「黒影用の弾が一切効かない辺り別物じゃないですかねぇ……」
「お前、対人戦用の弾も持っていたりするか?」
「一応は……あっ……まさか……」
何故そんなことを聞くのか?そう思ったがなるほど……これは結構やばいミスだ。
うっかり対人戦用のマガジンを装填してしまっていたようだ。基本的に銃を使わない為、対人戦用のマガジンがあるのを忘れていた
「せめて対人戦用のはロングマガジンにするなりして区別しておけ……」
「帰ったら手配しておきます……」
袖からもう1つのマガジンを取り出し弾を見る。そこには銀色の弾が入っていた。間違いない。マガジンを間違えていた。
そのマガジンにさし換えた瞬間、何かを察知したのか狼は遠吠えをし始め天を仰ぐ。
直感が語りかける、何か良くない事が起きる。この場から直ぐに離れろと
「全員散開!アリサは桜花さんについて行ってくれ!」
狼が6回遠吠えした所で狼の周りに無数の鋭い鉄が草木のように生い茂りこちらへと勢いよく迫り来る
「黒影が魔術だと!?」
桜花さんの驚いた声が耳に入る。
文献にも一切書かれていない事だ。そりゃびっくりする。
というか我輩もめちゃくちゃびっくりしている
「死ぬよりマシか……」
地面にそっと手を置きとある魔術式を起動する。深紅に輝く魔術式、全てを飲み込む赤の炎。
鉄がすぐ目の前で形を崩して溶けていく。
そして溶けた鉄をさらに溶かすかのように炎が荒々しく燃え盛り、その光景を目に映した瞬間、頭痛と吐き気が我輩を襲う。
頭痛のせいなのか居るはずのない人々の呻き声と苦しそうな声が聴こえてくる。
熱い、水、熱い、死にたくない、殺して、痛い、苦しい、辛い、熱い、熱い、熱い、熱い……
時々、自分を強く持てと言う声も聴こえてくるがこの声達と同様、幻聴なのだろう
炎の魔術は我輩と相性が悪いらしく使う度にこの症状に悩まされ、悪夢を見ることになる。
クラクラして視界がぼやけてきた。しかし、狼だけはきっちりと見える。
炎が遠吠えによってかき消され、狼が一直線にこちらへと向かってくる。
まとまらない思考の中、手にした銃を構え引き金を引く。何発か外してしまったが1発の銃弾が狼の眉間を捉え、貫く。
すると狼の身体はボロボロと泥のように崩れ落ち霧散していく。それを確認すると共に意識が朦朧として我輩はその場に崩れ落ちた。
気がつけば見知らぬ土地、炎が燃え残る戦火の残滓の中どれくらい歩いたのだろうか?
見渡す限り焼け焦げた死体ばかりだ。
中身がこぼれているモノ、腕や脚が吹き飛び、そこら辺に転がるモノ、水に浮いているモノ、そも、五体満足原型を留めているモノなどここにはなかった。
正しく地獄と言うに相応しい場所である。時折死んだはずのモノ達の声が聴こえてきて気分が悪い。
岩陰に何かが居る。
この風すらも死んだ場所で何かが走りだした。咄嗟に我輩も後を追う。
灰色の髪、虎織にしてはやけに短くゴワゴワとしている。服装は和装に片袖の羽織に袴、まるで会議等で出掛ける我輩のような服装だ。背丈や体格からして男と思われる。
灰色の髪のモノは立ち止まる。だが走っているはずなのに一向に距離が縮まらない
「お前はここに居るべきじゃない。さっさと帰るぞ。お前の大好きな人間が心配している」
灰色の髪のモノは聞き覚えのある声でそう言った。どこでこの声を聞いたのか思い出せない
「ほら、ついてこい。現までの案内はしてやる」
そういうと彼はまた走りだした。信用していいのだろうか?
一瞬考えたがここは信用する他ない。
結局ここをさまよっても得るものは気持ちの悪い視覚情報と時折聞こえる死の間際の声だけだ。
我輩は彼の背を追って走り出す。
走っている最中、足元に転がっている手に捕まれかけたが気にしている余裕などはない。
いくらか走ると海のような場所が眼前に広がる
「さて、ここがこの地獄と夢の境界線、とは言い難いがここの最果てだ。地図では本来ならこの土地自体が海の底だがな」
海に足をつけゆっくりと水へと浸かっていく。
しばらくすると瞼が重くなり目を瞑ってしまう
「おかえり。あとは一度、目を開けてもう一度目を閉じれば現だ」
目を開けると暗闇が広がっていた。
深く、黒く、どこまでも吸い込まれそうな黒。下を見ると水の上に立っている。水面には我輩では無い黒いフードの男が写っていた
「俺は今、お前からはきっちり認識できない。だが、近いうちにきっとお前と俺はここで話をすることになるだろう」
彼の言葉を聞いて目を閉じそして再び目を開ける
「あっ、目が覚めた?」
灰色の長い髪、その灰色を際立たせる蒼い髪留め、琥珀色の綺麗な瞳、安心するこの声。虎織だ
「あれ山にいた気がするんだけど……」
天井がある。しかも見知らぬ天井では無い、たまに見る天井だ。少し瞼が重い……もう一度目を閉じてしまう
「あの後倒れちゃったから神社まで運んで来たんだよ。全く、炎の魔術は先生から使うなって言われてるでしょ?」
「あれしかないと思ったんだよ」
「バカ。無茶するのは良くない癖だよ、ほんとに……心配したんだから……」
冷たい水が我輩の頬を伝う。目を開けると虎織が涙を流していた
「ごめんな」
「倒れてすぐに魘され始めてたけど大丈夫なの……?」
「心配かけたな。もう大丈夫だから」
少し頭が冴えてきたのか地べたに寝かされているにしては頭が高い。というか枕でも敷いているのかのように柔らかく暖かい。そして虎織の顔がすぐ近くに見える
これは膝枕なのでは?えっ?マジで?好きな人に膝枕されてるとか最高じゃない?
ふと、そう思った自分を恥じる。心配かけておいてこれはないわ。頭が寝惚けているのなら図々しくもう一度眠っていただろうが……
頭を上げようとすると暖かい手が頭に触れる
「もう少しこのまま」
「虎織がそう言うなら……」
ウトウトと微睡み始めた頃にピシャリと障子が開く
「将鷹さん大丈夫ですか!」
黒髪メガネの巫女さんが勢いよく駆け寄ってくる
「大丈夫ですよ」
「良かった……無理しちゃダメですからね!」
肩を持たれ起こされ前後に揺らされる
「善 処 し ま す」
多分途切れ途切れで言葉を繋いでしまったが問題ないだろう
「久那さん。そのぐわんぐわん揺らすのはやめてあげてください・・・一応さっき起きたばっかりなので」
「あっ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
この黒髪の巫女さんは砂彦久那さん。我輩達が子供の頃からよく行く神社で巫女さんをやっている人だ。記憶にある頃から姿が全く変わっていないのが不思議で仕方ないがまぁ華姫じゃ割と見た目と年齢が合致しない人とか居るし気にするほどの事でもないだろう
「あっ、そういえば薬師寺の蓮さんとナンパ男と久野宮さんが居らしてますよ」
「ナンパ男って禍築ですか……」
「えぇ!」
たまにこの人は笑顔で毒を吐く。それにしても久野宮の爺さんが来ているとは珍しい
「おぉー起きたか小童。随分と派手にやって倒れたらしいな」
白髪のお爺さんというのは失礼か。初老と表現すればいいのだろうか、華姫において英雄視されている久野宮竜吉さんが四角いテーブルで黒い牌を構えて座っている
「まぁ……えっと……なんで神社で麻雀してるんですか?」
「お前が起きるまで暇だったから久那さんに蔵から出してもらったんだよ」
蓮が牌を捨てながら言う
「先輩一時間くらい寝てましたからね。しかも雪城先輩の膝枕で。羨ましい限りですよ。マジで。一瞬風咲先輩になりたいなって思ったレベルですよ」
少々迷いながら捨てる牌を吟味している禍築
「そんなこと言うやつはロンされてしまえ」
禍築が中の牌を捨てた瞬間
「ロン。国士無双だ」
手元の牌を倒し指でなぞって整えながらニヤリと口元が上がる久野宮さん
「ロン。大三元だな」
白、發、中と手牌を倒し最後に残りを倒し笑う蓮
「なんでぇ!?」
哀れ禍築。まさか本当にロンされてしまうとは
「今日の昼飯は禍築の奢りだな。寿司注文してるから皆で食うとしよう」
「盛り上がってるね」
虎織が麻雀をやっていた部屋へと足を踏み入れる
「まぁ凄い役決まったからな。そういえばアリサと桜花さんは……?」
「アリサちゃんは菊姫命の所に居るよ。桜花さんは事務所に報告しに行ってる」
「そっか。ちょっと菊姫命の所行ってくる」
「うん。待ってるよ」
「菊姫命。菊姫命」
「なんだよ。オレは今忙し……なんだ、お前かよ。お前のいとこならここに居るぜ。まぁなんだ。中入れ。クソ狭いけど」
菊柄の黒い着物に身を包んだ荒々しい口調の黒髪の女性というか神様、菊姫命が社の引き戸をガタンっと開けながら中に入るように促してきた
「うわっ、アリサ、いきなり飛びつくな!」
「お兄ちゃん!良かった!目が覚めたんだ!うち心配で心配で!」
「もう大丈夫だからな」
1日に大丈夫とここまで言ったのは今日が初めてだろう。何回言ったんだろ……
「うちが怖がってた狼のせいでお兄ちゃんが辛い思いして……しかも怪我まで……?あれ?やけど治っちょる?」
「やけど?してないと思うけど……?」
不思議な事を言う。やけどしているならきっと水膨れなりなんなりがあるはずだが。それにどこも痛くはない。
それはそれで異常な気はするが……
「だから言っただろ?こいつ結構傷の治りとか早いから心配しなくていいって。あとお前はこれ以上炎は使うな。これはオレからの命令というよりはお願い、と言うやつだ」
「はい」
短く返事をすると菊姫命は後ろを向き、ため息をこぼす
「じゃあ、久野宮のやつが寿司屋呼んでるって言ってたから食いに行くか!職人呼んでるらしいから作りたてが食えるぞ!それにオレはお前らに助けて貰ってる側でアリサとは色々話した仲だ!奢ってやる!」
「回らないお寿司……?いいんですか?」
アリサの眼がいつにも増してキラキラと輝く。アリサお寿司好きだけどあんまり店に連れて行ったりしてないからなぁ……
「おう!腹いっぱい遠慮なく食え!」
菊姫命、それはやめておいた方がと言いたいがまぁ本人が奢る気満々なら仕方ない。
よく考えれば禍築と菊姫命の割り勘か……まぁ何とかなるだろう……
そう思いながら虎織達の待つ社へと戻ることにした