黒縄山の戦い(桜花視点)
黒縄山の麓での巡回中、この山の中腹に黒影が出たと鬼姫から伝書鳩が届いた
「雪城と風咲なら儂が行くまでもないと思うがな」
独り言をこぼし、鳩の脚に了承とだけ書いた紙を括りつけた後、舗装されていない獣道を登り始める
登り始めて十分程だろうか。
標的である黒影の1匹を捕捉した。大きさは七尺ほど、形は猿か大猩猩といった二足歩行の獣というのがふさわしいだろう。
それに見つからない様にそろり、そろりと足音を殺して近づき後ろから飛びつき頭と思しき部位に両手を添え首をへし折り、そこから飛び退き木の影へと身を隠す。
この程度で死なぬのは分かってはいるが、やはり二足歩行となるとこれで消えてくれるのではと淡い期待を持ってしまう。
案の定、頭と思しき部位はそっぽを向いてはいるが消えはしない。しかし、やたらと跳ね回ってる様を見るとどうやらこちらには気づいていないらしい。
あまり魔術は使いたくはないが致し方ない。地面に手を置き黒影の動きに集中し、魔術式を起動して魔術の範囲内に黒影が入るのを静かに待つ。
数秒待った所で黒影が範囲内に入ったのを見計らい、さらに強く魔力を込める。すると黒影の足元から10本の竹槍が噴火の如き勢いで生え黒影を串刺しにした。
たまに存在する痛覚が存在する個体だったのだろう、黒影は大きくのたうち回りながら己が身を竹槍に深くくい込ませて行く。のたうち回るという表現は少々語弊がありそうだがこのような中年の頭なぞ覗く者はおるまい。
対人戦では首を折るだけで黙ってくれるものだが黒影相手となると魔術を使うほかない。
魔術などあまり使いたくはないがこれも華姫を守る為致し方ないことだ。
魔力の量は人それぞれ、儂は人並み以下の魔力しか持ち合わせていない。それ故、魔術が使えるのは程度によるが日に4回程。そして使用すれば疲労感も伴う。魔力量が多ければ疲労感も少ないらしいが……
1匹仕留めてから幾らか歩いていると背中に何かで殴打されたかのような痛みが走る。おおよそ黒影だろう、転がる様に前へ自ら吹き飛び距離をとりながら敵の姿を確認する。黒く大きい体躯、鋭い爪と牙の4足歩行、黒影ではなく熊であった
「脅かしおって……」
さっきの一撃は挨拶がわりであり、もしその辺に居るクマならばそのまま投げ飛ばしていた。
熊は背を向けてから目線だけをこちらに寄越す
「なんじゃ、背に乗せてくれるのか?」
熊はコクリと頭を下げて頷く
「では、黒影探しに手伝って貰おうか」
熊の背に乗ると熊はどしどしと走り始める。この熊と我々、華姫の魔術師は言うなれば協力関係にある。この山を守る代わりに冬以外は黒影探しを手伝う、そういう契約が成されているそうだ。
わさわさと草木を掻き分け熊はどんどん進む。そして熊独特の形容し難い鳴き声を発してから歩を止め、首を傾け儂に降りるよう促す
「ご苦労。下がっておれ」
熊に礼をし眼前を凝視する。目の前に現れたのは小型の黒影、しかし小型と言っても人の身長程はある鹿型である。
黒影の目視と同時に聞き覚えのある叫び声が耳に入る
「させるかぁぁ!」
風咲が自らの刀を虫型の黒影目掛けて投げつけていた。
あれが刀を投げるなどよっぽどの一大事なのだろう。
というか黒影の脚元に雪城がいた。あいつは雪城の事となると本当に自分などどうでもいいというように形振り構わず全力を尽くす。
そこはいい所でもあるが儂としてはもう少し自分を大切にするべきだと思うが言って聞くようなものではない。それこそ雪城がきつく言わねば難しいだろう
この黒影でも投げ飛ばして少しばかり手助けするとしよう。
一直線に向かってくる黒影の角を掴み、腰を捻って投げ飛ばし、風咲に雪城を連れて避けるよう言い放つ
「雪城を連れて左に避けろ」
少し言うのが遅かった気もするが大丈夫だろうか。
数秒経った頃、鹿はカマキリの背中にあたる部分なのだろうか?よく分からんがその部分に当たりカマキリはよろめく
「待たせたな風咲、雪城」
いつになっても男というのはこういう時にカッコつけたくなるものだ
ネクタイを緩めながらゆっくりと彼らに歩み寄る