第2幕 黒縄山の戦い
「まったく……今日はついてないな……」
我輩はボヤきながらも袖が片方しかない羽織に袖を通す
洋服に羽織という傍から見れば異様な格好かもしれないが我輩としてはこの羽織がないと仕事にならない。そしてロッカーに置いていた刀を帯刀し事務所の屋上のドアを開く。そこには白いヘリが1台
「おはようございます。思ったより早かったですね」
航空機用のヘルメットとサングラスをかけた青年、鳶が屋上へとでた我輩に声をかける。鳶というのは役職名らしく本名はごく一部の人間しか知らないらしい。かく言う我輩も知らない1人である
「おはようございます。急に呼び出してすみません・・・今日も目的地までよろしくお願いします」
「いえいえ!これが僕の仕事ですから。気軽に呼んでください。さて、あとは雪城さんと金髪の子ですね」
鳶さんは正しく好青年って感じの人柄で怒ったことはないんじゃないかとすら思ってしまう。
「お待たせーってもう鳶さん来てる!?鳶さん、おはようございます」
しばらくしてから刀を背負った虎織と手ぶらのアリサがやってきた。
「おはようございます雪城さんそれとはじめましてアリサ?さん」
「はじめまして。アリサ・ノーラ・アンダーソンです。3日間お世話になります」
アリサがぺこりと頭を下げると
「こちらこそよろしくお願いします。いやはや挨拶がきっちりできるのはいいことですね」
鳶さんはそう言いながらヘリの扉を開ける
「さぁ、乗ってください。時間は有限ですので」
「数が多いがどうするか。群がりはしてないだろうけど、盛大に吹っ飛ばすか?」
我輩は羽織の袖から竹筒に導火線をつけた手製の爆弾を取り出し目の前に置く。
これを使うと山の木々が何本も吹き飛ぶ為あまり使いたくは無いがこれが1番手っ取り早い
「それもいいんだけど爆弾使うのは今日は辞めておこうか。一応アリサちゃんの勉強も兼ねてるし」
「それもそうか。それに桜花さんも居るなら恐るるに足らずってやつだな」
白鷺桜花、琴葉ちゃんが鬼姫の地位に収まるまでの道のりを支え続けた影の立役者で、魔術師としての実力も華姫最強と言っても過言ではない
「今更なんだけど、うち、邪魔になったりしないかな……」
アリサが不安そうに呟くと
「大丈夫!私と将鷹なら問題ないよ!多少は戦い方が変わるだけで山に迷い込んだ人護りながらなんてしょっちゅうだし!」
アリサの不安を払拭するように虎織が自信満々に返す。実際1人を護りながらなんておちゃのこさいさいとは言わないがアレさえ来なければ問題などない
「御三方、そろそろ目的地です。忘れ物はないようにお願いします」
「よし、それじゃあ行ってきます!」
我輩はヘリの扉を開き下を見る。やっぱり高いなぁ……この高さはいつまで経ってもなれない
「行ってらっしゃい!ご武運を!」
「アリサちゃん、絶対私の手を離さないでね」
虎織はそういうと共にアリサの手を握り扉から飛び出す瞬間に我輩の腕を掴む
「へっ?」
呆気に取られた。1人で飛び降りようとした瞬間にこれだ
「お兄ちゃん!虎姉!パラシュート着けてないよ!」
風が吹き荒ぶ中アリサが大声で叫ぶ。あぁ、そういえば言ってなかったな
「我輩達はパラシュート必要ないんだ!というかパラシュートで降りたら色々面倒だから着けない方がいいんだ」
風の音が大きいが故に大きな声で言ったが怒った様に聴こえてしまうだろうか
「なるほど!確かに降りて外してると隙だらけだしね!でもどうやって着地するの!?絶対怪我するよね!」
「それはこうやって風を操ってね」
虎織が返答すると共に吹き荒ぶ風が静まり身体がふわりと浮く
「落ちる速度変わらないのが凄いよなぁ。普通ならふわって浮いてからそのままゆっくり落ちるぞ」
虎織が風を操るのに長けているからこそできる芸当なのだ。昔から虎織といえば風の魔術、みたいな所があるぐらいには得意らしい。実際虎織の様に風を操れる魔術師はそう多くはない
「えへへ、着地の時は地面が近づいて来たら速度を多少落として着地って感じだよ」
褒められたのが嬉しいのか笑顔で虎織はアリサの質問に答える
「地面まで約5m」
我輩が声をかけると先程よりもゆっくりなペースで落ちて行く。そして地面に足を着ける。
辺りを見る間もなく目の前に1匹の黒い獣がいた
「降りてきて早々出会うとはなぁ」
幸か不幸か。探す手間が省けたと思っておくとしよう。
グルルルと獣らしく唸るこの黒影は四足歩行ということ以外あやふやだ。胴体は何となく分かってもどこが頭なのかよく分からない。周りに黒いモヤが散っており形を成す前なのだろう。モヤを合わせるなら大きさは2mと50cm程だろうか?足だけでも1mぐらいありそうだ
「行くぞ相棒!」
「うん!」
虎織に声をかけ、腰に差している刀ではなく袖から抜き身の太刀を引き抜きながら踏み込み黒影の右前足を横一文字に斬り、1歩、2歩と跳ねる様に走り右後ろ足を前足と同様に斬る。当然のことだが右足を切り落としたため黒影はバランスを崩し右側に倒れ込む。
すかさず虎織が背中の鞘から刀を引き抜き胴体を右袈裟斬りをしたあとに霞の構えから突きを繰り出し胴体に突き刺しそこからさらに切り上げる。黒いモヤはまるで血飛沫かのように辺りに飛び散り霧散していく。
「あと4匹。近くに居るはずだから気を抜くなよ!」
さっきまであった黒い塊はもう既に消えている。アイツらはどこへ消えて行くのか少し気になりはするがそんなことを考えている暇はない。
そんなことを考えていると木がガサガサと揺れる。
動物か、それとも黒影か。
手に持った太刀を握りしめ正面に構え深く呼吸をする。
ガサ、ガサ、カタリと目の前に黒い鏡のような物が落ちる
「まずい!離れるぞ!」
言うが早いか動くが早いか、我輩と虎織は後ろに飛び退きその勢いでアリサも引っ張る
「うわっ、何!?」
アリサがびっくりしたように声をあげるが今は応える余裕などない。
一番距離が近かったのは我輩だが誰の恐怖が反映されるか……鏡は噴水の如く黒いモヤを噴き出しその姿を即座に固める。
あぁ、最悪だ……ギョロりと飛び出た目、逆三角形のような頭、両の腕に付いた鎌のような物。あの鏡型の黒影は近くに居た人間の恐れるもの、怖いものをその姿に反映する特殊な黒影だ
「カマキリ……だね。将鷹は下がってていいよ」
虎織が気を使ってこういってくれたが
「苦手だけど、いつまでも逃げるわけにはいかないからな……」
目の前の黒影を睨め付けるながら1歩前へと踏み出す。アリサが居る前でかっこ悪い姿は見せられないからな……
丁度いい機会だし逃げるのは今日までにしよう。にしても大きさ3m越えか……
「それじゃ、ちゃっちゃと片付けちゃおうか」
そう言うと虎織が走り出し鎌の部分を切り落とす。痛みがあるのか黒影の口が縦にパカりと開きなんとも言えない音を発すると共に、虎織に噛みつきにかかる
「させるかぁぁ!」
我輩は叫びながら手に握っている太刀を黒影の頭へ投げつけ腰に差していた刀身を潰した刀を引き抜きながら走り出す。投げた刀は真っ直ぐ頭に刺さり首を仰け反らせた
「雪城を連れて左に避けろ」
渋い声が聞こえた瞬間引き抜いた刀を袖の魔術式へと仕舞い虎織の手を握り、言われた方向へと走り出す。
走り出して数秒後、対峙していた黒影へと別の黒影が飛んできた。飛んできたというか投げ飛ばされてきた
「待たせたな風咲、雪城」
声のする方に目を向けると、1人の男が立っていた……