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6話

果ての無い、漆黒。

その中で私は一人立っていた。

目を開けているのか閉じているのかも分からない、自分の体すら見えない闇の中で、動く事も出来ずに、ただ、立っていた。

ここには何もない。

誰もいない。

私を守ってくれる人も。

私が守りたい人も。

私自身も、在るのか分からない。

そんな孤独に指先から凍えていく体を抱く事さえできなくて、叫びたくても黒に溶けた気持ちは動かない。

ここは、嫌だ。

頬を無意識の涙が伝ったとき。

何もなかったはずの空間に声が響いた。

「・・・そこにいるのは、誰だ」

鼓膜ではなく心を震わせる声。

どこからか吹き込んだ小さな光を孕んだ風が髪を払い、床に渦を巻く。

それらが消えると、淡い光源がそこここに満ちて--------闇より深いシルエットを浮かび上がらせた。


それは圧倒的な存在をもって私の眼前に在った。


忙しない瞬きで涙を払う私の視界一杯に広がった輪郭が、ゆっくりと形を変える。

その何かがこちらに体を向けたのだと理解したときには私など一呑みにしてしまえるだろう大きなあぎとが眼前にあった。

「あ・・・・・・」

光に慣れた目がその全容を映し出す。

形でいえば、恐竜に似ているかもしれない。

昔テレビで見た、最強の恐竜ティラノサウルス、あれの頭を小さく前足を大きくしてバランスを整え、背筋を走る鬣と巨大な翼をつければこれになるだろうか。

色は黒と見まごうばかりの深い藍。

細かい鱗が時折光を反射する様は夜空を思わせた。

知性を宿した暁の瞳が私を映す。

「答えよ。何者だ。何故ここにいる」

「あ・・・・、私、・・・・・私は・・・・」

何もかもを見透かすような視線に頭が真っ白になった。

何を答えられるだろう。

この深く美しく巨大な存在の前で、塵のようにちっぽけな私。

だけど、私は知らず微笑んでいた。

「星織。柚木星織」

何もない小さな私が掲げる唯一つの光。

自分が自分であること、それをこの存在の前で胸を張って示せることが嬉しいと思った。

微笑む私をどう思うのか、その口から出ているのではない、だけど静かに心を震わせる声が再び響く。

「シオリ、か。人の姿を見るのは久しいな。・・・・何故ここにいる」

「何故・・・・・何故かは、分からない。気がついたらここにいたの。貴方は、誰?これは夢?」

光を散りばめた足元から頭上に視線を移すと、すべてを飲み込む漆黒は変わらず広がっている。

それは先ほど孤独に震えたそのままなのに、今、私はとても満たされていた。

まるで幸せな夢のように。

そんな考えを読み取ったわけではないのだろうけれど、彼は静かに同意を示した。

「夢、か。そうかもしれんな。我の存在自体が夢幻のようなもの、とも言える。・・・夢に名などありはしない。我もしかり」

謎賭けのような言葉の意味は分からなかったけれど、その声に含まれる途方もない虚無を感じて思わず手を伸ばした。

避けられるかと思った指先は容易く口元に触れ、ひんやりとした感触を伝える。

「貴方、名前がないの?ここに一人でいるの?」

是、と答える声に揺らぎはなくて、却って悲しくなった。

「じゃあ、私が名前をつけてもいい?あなたの名前を呼びたいの」

「名を」

「・・・・駄目?」

「我に名を与えると?」

「そうよ。・・・どんな名前がいいかしら」

呟きながら、彼の頬に額を寄せる。

私の爪ほどの細かく硬い鱗に覆われた体は温もりは伝えはしなかったけれど、滑らかな感触が気持ちいい。

額から彼の存在を感じ取るように、考えを集中させた。

ああでもない、こうでもないと唸っていると、不思議そうな声が聞こえた。

「お前は、我が怖くはないのか。醜いとは思わぬのか」

暁の瞳に一筋の困惑が混じる。

私は言われた意味が一瞬分からなかった。

怖い?醜い?

「ううん、全然」

それは本当だった。

顎が間近に迫った時でさえ恐怖は浮かばなかった。

醜い、とも思わない。

力を内包した四肢、そらのような皮膚、透き通った暁の玉。

むしろ美しいとさえ思った。

「・・・そうだ。貴方の名前。シレウスにしましょう。シレウス。どう?」

ギリシャ語で王を意味するバシレウス、そのままじゃ言いにくいからバをとってシレウス。

口にしてみると、彼にはそれ以外の名は有り得ないような気になった。

とはいえ、つけられた本人はどうなのかと顔色を伺ってみるけど、表情なんてない爬虫類系の顔は喜んでいるのか怒っているのか全然分からない。

・・・どちらかというとデフォルトで怒ってるように見えなくもない。

「どう、かな」

「好きにするがいい」

「気に入らない?」

「気に入るも気に入らぬもない。お前の好きに呼べ」

「やだ、そんなの駄目よ。貴方の名前なんだから」

じゃあ、と再び唸り始めた私に、呆れた声がかかる。

「シレウスでよい。・・・全くなぜそのようなことに拘るのか」

「ふふ、ありがと」

「シオリ、だったな」

「うん」

そうしないと私の顔を見れないのだろう、シレウスは寄せていた顔をゆっくりと離した。

じっと覗き込むように瞳を合わせたと思うと、静かに告げる。

「・・・そろそろ身体へ戻れ。人は意識だけで長くいれるものではないのだろう」

「え?」

言われたことが分からなくて首を傾げた私の前で、シレウスの身体がゆらりと揺れる。

「え、ちょ」

揺れているのは私のほう?

「戻れ」

「や、やだ、シレウス」

「どのような偶然が重なったものかは知らぬが、ここでまみえたのは本来あるはずもないこと」

「や」

「二度と会うこともないだろう」

いやだ。

貴方と離れたら、また一人になってしまう。

孤独は、いや。

そう思うのに、抗いようもなく力が抜けてゆく。

最後に視界が捕らえたのは夜空に浮かぶ暁の、その残光だった。



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