5話
突然の暴言にざわりと場がどよめく。
しまった、漏れた。
「えーと、今のなし、もとい」
私はゆっくりと立ち上がり、壇上であれ今誰か何か言った?という顔をしている王に向けて最高の営業スマイル浮かべた。
「ラインハルト国王、とても興味深いお話をありがとうございました。大変ですね、頑張ってください。ところで、私、ここへは日本へ帰る方法を教えて貰いに来たのですけど、どうすれば帰れますか?」
心の込もらないエールと同時に自分の要求をつきつけながら、思わず遠い目をしてしまう。
ああ、時の流れって無常なのね。
もしこれが10年前だったら、多分私狂喜乱舞してただろう。
恥ずかしながらその光景だって目に浮かんじゃう・・・って、浮かべたら先の二の舞になるじゃない、自重、自重。
そんな私だったけど、少しは物事の道理だって分かるようになった今、よく考えると、よく考えなくてもこれっておかしな話よね?
なんだそれ、って言いたいくらい。言わないけど。馬鹿じゃない、とは言っちゃったけど。
むしろ馬鹿じゃないのほうが言っちゃ不味い気もするけど。
とにかく、それも含めて全部どうでもいいBOXに分類しちゃおう。
とっとと帰って寝て起きたらこんな夢忘れてやる!
「王様?」
「え?あ、あぁ、ニホンとは天界のことか?それならば、我が国に伝わる神託の書に、『この世に凝りし闇が散る時、神女天に舞い戻らん』、とある。奴を討ち果たしたその時には無事戻られるということであろう。心配はいらぬ」
気を取り直したラインハルト王が自信満々にのたまった答えに、微笑みを保ったままの私のこめかみがぴくぴくっと震えた。
ちょっと待てよ?
これはどうでもいいBOXには入りきらんぞ。
「と、いう、こと、は。要約すると、私は縁も縁もない上に自分の都合しか考えないような人々に呼びつけられ、なおかつ見知らぬ他人を倒す、って端的に言えば殺さなくては元の世界にも帰れない、とかいうことなんですかねぇぇ?」
しかも確証はなし。
ドスを効かせつつどんどん声を高くするという妙技を用いた私に、どうやら旗色がおかしいと気づいた国王は引きつった笑みを浮かべた。
「ん、なんだ、そう言えば、そういうことに、なる、のかな?」
「えっ!?私に振らないでくださいよ!」
「気に入らない」
ぷっつん。
どこからか糸の切れる音がした、とは後のクロアの談である。
王に突然同意を求められた側近だろうおじさんが焦って声を上げるのを私は一言で遮って微笑を放棄し、壇上の王を睨みつけた。
「気に入りません。突然人を同意もなしに呼びつける行為も、まず自分たちでなんとかしようとしない他力本願な根性も、そもそも自分たちの心の闇から生み出した不始末を他人に拭ってもらって平気でいるその態度も」
なんで昔の私はこんな話にうっとりしてたんだか!
ああ過去の自分にすら腹が立つ。
「し、神女さま、そうではない、我らとて何もせず手をこまねいていたわけではないのです。各地に魔族討伐の隊も出しましたが、どれも太刀打ちできず犠牲を増やすだけであったのです」
右手側の列にいた筆頭魔導師のクルディア老がうろたえた声をあげて弁明に入った。それへ絶対零度の視線を投げる。
「そう。それはもちろん全力で、王様だろうと王子様だろうと筆頭魔導師だろうと出向いて頑張ったんですよね?更には各国協力しあってこのエーメルとかいう世界が一致団結で行ってるんですよね?まさかそれすらせずに全く別の世界から全く関係ない人間を呼び出したりはしませんよねぇ?」
「そ、それは・・・・・・・」
「では貴女は我らに死ねと仰るか!」
左手から堪えきれなくなったように叫び声があがる。目を向けると怒りで顔面を真っ赤にした巨漢が周りに止められながらもこちらを睨みつけていた。
「魔の者一匹でもこちらの兵士3人がかかっても敵わんのだ!それがいくらいると思う!」
甲冑に帯剣、武官なのだろう厳つい男に負けないぐらいの眼力を込めて視線を返す。
「あなたのその剣は何の為にぶらさげているのです。3人で敵わないなら、5人、5人で敵わないなら10人で抗えばいい。この国だけでは戦士が足りないというなら国同士で力を合わせればいい。先ほどの話では1000年前から闇の盟主とやらは何度か復活してたみたいじゃないですか。その間魔物に抗する策をたてていなかったのですか?いっつも神女がなんとかしてくれるから今回もそうだろうって?手立てを考えもせずに神女を呼ぶ他力本願な根性が気に入らないとはさっきも言ったので言いませんが」
言ってる。思いっきり言ってる。
とはこの場にいる誰もが思ったとか思わなかったとか。
「貴女は神女だろう!この世界を救う義務があるはすだ!」
尚もめげずに巨漢が張り上げた声は私を更に逆撫でるだけだった。
「はっ!義務。義務と仰いますか。この世界の人間以上にその義務を負う存在があるはずもないなんて、言われないとわかりませんか」
「ぐ・・・・・」
一層顔を赤黒くして黙り込んだ巨漢から、もう興味がないとばかりに視線を逸らす。
「しかし、実際のところ貴女が起ってくださらなければ闇の盟主はいかなる災いをこの世にもたらすやも知れぬのですぞ」
今度は右斜め後ろから。
後ろに撫で付けた水色の髪をサークレットで留めた中年の男性の難しい顔にとっておきの微笑みを向けた。
「そうですね。そうなのかもしれません。でも、それはあなたたちが解決すべきあなたたちの世界の問題ではないのですか?別に自分の世界の人ではないからどうなっても構わないと思ってるわけではありませんし、誰かが死なないでいられるならそれにこしたことはありませんけど、この場合まずそれを防ぐ努力をすべきなのは私ではないでしょうと申し上げているのです。更に付け加えるなら、神女に頼るなら頼るで頼み方ってものがあるでしょう。三顧の礼って言葉ご存知ありませんか?」
知らないと思います、とは片隅に追いやられてる理性の独り言である。
ちなみに三顧だろうが四顧だろうが一蹴するけどね!
「この世界に呼びつけて更にこの場まで足を運ばせておきながら、壇上から座って迎える。ものぐさが過ぎるとはご自身でも思いませんか」
実際座ってるのは国王だけだが、そこは些細な問題だろう。
要するに姿勢を問うているのだから。
「・・・・・・・ねぇ、考えてみて下さいな。闇の盟主があなたたちの大切な人を奪う憎き敵だというのなら------」
そこで言葉を切り、口を開けたまま言葉を失うラインハルト国王に視線を据えた。
「今現在私の大切な人たちを私から引き離しているのはあなたたちよ。私にとっては会ったことも、もちろん危害を加えられたこともない闇の盟主よりもあなたたちのほうがよっぽど、」
「そこまでです」
収まらぬ怒りのままに言葉を連ねていた私の視界を背後から伸びてきた手が塞ぐ。振り返らなくても、その指先まで美しい手が誰の物かなんてすぐ分かった。
「貴女の仰ることは分かります。我らの至らなさも。それでも、貴女は私たちの心の支えなのです。・・・その台詞だけはどうか仰らないでいただきたい」
不穏な空気の中、ただ一つの怜悧な声。
その声が耳元から体へ入ると、昂ぶっていた気持ちが冷やされていくのが感じられた。
口ではなく、目を塞いだのは彼の気遣いなのだろう。
更に十数えて自分でも心を落ち着けると、その腕を二度軽く叩いてもう大丈夫だと合図する。
ゆっくりと視界を覆っていた手は離れていき、正面に回ったクロアは私に向かい跪いて頭を垂れた。
「申し訳ございません、出すぎた真似をいたしました。罰はいかようにも」
「・・・・・も、いいわよ。なんか、力抜けちゃった。」
言葉にすると本当に脱力してしまい、跪くクロアの前にしゃがみ込む。
その姿勢のまま、更に高い位置になった壇上のラインハルト王を見上げた。
「ラインハルト王、申し訳ないですが話の続きはまた明日にさせてもらってもよろしいでしょうか。・・・私も頭冷やさないと」
苦笑交じりにお願いすると、ラインハルト王と周りの側近たちが人形のような動きで一斉にカクカクと頭を上下させた。
口開けたままだから、なんかあれみたい。くるみ割り人形。
そんな場にそぐわない感想を抱きながら膝に手を着き立ち上がった。
「それじゃ、申し訳ないですけど、お先に失礼します。お時間いただきまして、ありがとうございました」
礼儀は礼儀。
そう思って壇上及び周辺諸氏へ向けて一礼してからくるりと踵を返した私は、呆気に取られる気配を置き去りにとっとと場を後にした。
扉を出たところで歩いていた女官らしき人を捕まえて(こちらは理解できるものの彼女のほうには言葉が通じなかったので身振り手振りで)最初に通された客室へと案内してもらう。
部屋の明かりを点けようとするのを無理矢理追い出し、閉めた扉に背を預けてそのままずるずるとへたり込んだ。
「つ、疲れた」
怒り疲れた。
こんなにキレたのっていつぶりだろう。
仕事してると腹立つことはいくらでもあるけど、即座に次のアクションを考えないといけないから怒る暇なんてなかった。
そもそも怒るの嫌いなのよ。
後味が悪いから。
今だってそう。
理解しちゃうと怒れないから怒ってる間は気付かないふりをしていたけど、本当はあの人たちの言うことだって1/10くらいは理解できなくもない。
だから怒りが冷めた今になって、あそこまで言うことはなかったんじゃないか、なんて後悔してしまう。
口が達者で、言い負かすことが難しくない分罪悪感なんてものも加味されちゃうし。
優しくない自分を痛感して自己嫌悪も著しいし。
でも9/10はやっぱり腹が立つから、気持ちが行ったり来たりで、疲れる。
・・・どうしてこんなことになったんだろう。
さっきまで元宮と馬鹿なこと言い合いながらうんざりと楽しく営業回りをしていたのに。
行く予定だった得意先は、何回も断られた末にやっとアポイントがとれた会社で、見てろよ完璧なプレゼンしてやるわ、なんて意気込んでたのに。
なのになんでこんな。
途方にくれた視線が彷徨う。
暗く広い室内は、どこまでも自分が一人だと感じさせて。
小さくなって膝を抱えた私を、蒼褪めた月だけが見ていた。