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4話

開け放した扉の向こうには長く伸びたレッドカーペット。

両脇にはいくつもの人影。

急な謁見だったので召集できた人間は主だった者のみなのですと耳打ちしたクロアに曖昧に頷いた。

むしろ召集なんてせんでいい。というかなんで召集する必要が?とは言える空気じゃなかったから言葉を無理やり飲み込んで、私は奥へ歩を進めた。

軽く50Mは歩いた、更に数段の階段の先にラインハルト王は座して私を待っていた。

ゼフが来ているかと思ったけど、この場にはいないようだ。

クロアに促され最下段より少し離れた位置で足を止める。

背後で彼が膝まづいた気配を感じたけれど私はそのまま先から注がれて続けてラインハルト王の視線を正面から受け止めた。

ゼフの父親という言葉から想像していたよりも若い。

あ、ゼフって20歳だったっけ。だとしたら相応なのかもしれない。

その蒼い眼差しは柔らかく、すっきりとした体格を紫紺のマントで覆っている。

髪は息子よりも茶色がかった金髪で、どちらかというと榛色に近い。それが一層柔和な印象を与えていた。

王がゆっくりと、感慨深げに口を開く。

「――――――貴女が神女か」

「あ、それ違います」

「・・・・・・・・・・」

間髪入れず返した言葉に沈黙が落ちた。

王様は二の句が告げずにいるようだ。

こっちとしては何で誰も彼もが決め付けてくるのか、っていうほうが疑問なんだけど。

このまま沈黙を続けていても仕方がないので私は再度口を開いた。

「柚木星織と言います。ラインハルト王、はじめまして」

「ごほ、お初にお目にかかる。よくぞ参られた。・・・・クロア、彼女が此度の神女であらせられるか」

「間違いなく」

だから、違うって言ってるのに。

決定。ここの人たち人の話全然聞かない。

「あの、本人が違うって言ってるんですけど。しがない中小企業のOLです」

「いいえ、貴女は神女に間違いありません。幾重にも張り巡らされた結界により、純血のフィクサスドラゴンを駆る者しか辿り着くことができない銀の大樹にその身一つで舞い降りた黒髪黒瞳の乙女。なんの疑いがございましょう」

「乙女って歳でも・・・・・って、そうじゃなくて、見たら分かるじゃない、神秘のピの字もない小市民っぷりが!」

「ええ、見れば分かります。その溢れる気品もさることながら、先も申し上げたように世界で唯一の黒髪黒瞳をお持ちでいらっしゃる」

「いやだから黒髪黒瞳の人間だって億単位で存在するってのに」

しかし、気品なんてどこをどう見て言ってるんだろう。

言い争いの最中ながら真剣にクロアの視力の心配をしてしまう。

それにしても、クロアは公の場だからなのか、さっきと違いやけに畏まった話し方をしていて、聞いているほうがむずがゆくなる。

ございましょう、なんて言葉遣い、サービス業の人以外で話すの聞いたことないわ。

そのどこまでも不毛に続きそうな会話を打ち切ったのはそれまで黙って聞いていたラインハルト王だった。

「クロア」

「はっ」

「よい。神女が何もご存じないのは常のこと。目覚めていただくのも我が王家に課せられた使命の一つである。神女よ、ここはまず私の話を聞いてはいただけぬであろうか」

もう少し抗議しておきたいところだったけれど、話の平行線ぶりには自覚があったので不承不承ながら頷く。

それを認めて、ラインハルト王は組み合わせた両の指をゆっくりと口元に当て、静かに語り始めた。

「既にご承知のこととは思うが、ここは貴女が属する天界にあらず。一つの大陸といくつかの島を持ち、初代の神女にエーメルと名づけられた世界であり、そして貴女はわが国の魔導師によりこの国に召喚された今代の神女であらせられる。神託の書曰く。『闇の盟主甦りし時。銀の大樹の元に黒髪黒瞳の乙女舞い降りん。そは世界を救う者なり』」


ラインハルト王の語ったところによると。

1000年前。このラインハルト王国を筆頭とする現在では12の王国を抱えるガルーダ大陸は、当時戦乱の真っ只中であったらしい。

いくつもの小国がその勢力を争い、地図は日々のごとく書き換えられる有様。

人心は荒れ、そこに闇が生まれた。

闇は更に人の心を蝕み、やがて実体を持つまでに至る。それが闇の盟主、ハーケンだった。

ハーケンは闇の泉を生じさせると、そこから万の軍隊を生み出して各地を瞬く間に併合していった。

その頃ラインハルト王国はまだ小国に過ぎなかったが、大陸にありながら水に囲まれた地の利と、争いを好まぬが故に疲弊をまぬかれた国力で戦乱の時を乗り越え、更にはハーケンの軍勢にも長く耐えることができた。

しかし、限界は訪れる。

城門を突破され、あわや全滅の憂き目にあおうとした正にその時、当時国の最強魔法士でもあった時の国王ラインハルトⅠ世がその全魔力をもって召喚したのが初代の神女である。

彼女はその光の矢を持って幾千の魔族を薙ぎ払いラインハルト王国を救うと、生き残った国々を束ねハーケンが居城にしていた()(がん)(じょう)へと攻め入った。

闇の泉から無限に生じる魔の軍勢相手にはいかな神女といえども容易くなく、ハーケンの待つ広間にたどり着いたのはラインハルトⅠ世と神女だけであったという。

そこでどんな死闘が行われたか記録に残されてはいないが、遂にはラインハルトⅠ世の剣と神女の矢が闇の盟主の心臓を射抜いた。

しかし、今際のきわにハーケンは自らに呪いをかけた。幾度なりとも甦り、必ずこの世界を滅ぼさん、と。

その言葉を聞いた神女は自らの弓をゼフィクル王へ託すと、紫の葉を持つ銀の大樹となり世界を見守った。

以後幾度か闇の盟主たる存在が現れ世界を乱したが、ゼフィクル王の残した術によりラインハルト王国はその度神女を召喚し闇を払い続けたという。

「銀の大樹はその身をもって彼の者の復活を告げる。貴女もご覧になられたであろう、銀の大樹が黒く染まりゆく様を。今年はかの闇の盟主が神女アイカに滅ぼされてより1000の年。今までのどの時よりも侵食が早い。10年前、その一葉に点の様な染みができたかと思うと、みるみる半ばまでを染めてしまった」

沈痛な溜息が落ちる。

「大樹が完全に黒く染まる時、彼の者はかつての力を取り戻す。それからではどのような甚大な被害が訪れるか分からぬ。既に大陸の各地で強力な魔族出現の報を聞く。人心は不安に怯え、このままでは1000年前の地獄が再び訪れよう。今こそ、神女よ、貴女のお力が必要なのだ!」

長い長い長い、ほんとーに長い語りをそう締めくくったラインハルト王は、臨場感たっぷりに最後の台詞を言い放つと玉座を立ち上がり、私に向かって勢い良く手を差し出した。

が。

正直、この時私はそれどころじゃなかったのよね。

むずむずむずむずむず。

この世界に来てから時折感じていたお腹の疼きが、ラインハルト王が語り始めてずっと止まらない。

「どうされた?」

様子がおかしいと思ったのか、王が怪訝そうに私を見る。

背後のクロアが心配そうに歩み寄ってくる気配を感じながら、ついにばくばくと波打ち始めた心臓に胸をぎゅっと握った。

顔が熱い。

頭がぐるぐるする。

なんだこれ、私どうした。

うろたえかけたその時。

不意に頭に浮かんだ言葉に、雷が当たったような衝撃が走った。

そのままふらふらと蹲る。

・・・分かった。

これ、違う、病気とかじゃなくて。

正にこの状態、心情を的確に表すならば。


『いたたまれない』


そう、いたたまれない。

--------なによこれ、なんなのこの状況。

昔、それこそ子供だったときに憧れてたシチュエーションにそっくり。

竜がいて、王子様がいて、魔法使いがいて、王様がいて、自分は神様の使いかなんかだったりして、困ったことになってる世界なんか救っちゃって。

昔の大好物だらけじゃないの!

・・・ちょ、ごめんなさい、いくらでも謝るから勘弁して。

もう私は26歳なんだってば。

甘い生クリームたっぷりのお菓子はとうに卒業して、今じゃ日本酒にからすみで幸せ感じるような若干親父化に足を踏み入れてる年齢なのよ?

それを神女だのなんだのと。

あのむずむずは、なんというか、夢見る夢子時代に書いた拙い夢想小説を衆人環視の中で朗読されているような、そんな状況を心より先に感じ取った体が発したアラームだったんだわ。

なんなのこの羞恥プレイ。

人目がなかったら暴れたい。

人目があっても暴れていいかな。いいんじゃないかな。いいよね。

「あの、シオリ様?」

どんどん危険な方に流れつつあった思考は、耳障りのいい、けれど心配そうな声音にはっと正気に返る。

いつの間にか、しゃがみこんだまま動かない私を片膝ついたクロアが覗き込んでいた。

「大丈夫ですか?ご気分でも?」

「え、あ、違う違う。大丈夫。大丈夫だからちょっと待って。ちょっとだけ待って」

落ち着け、私。

これは夢、夢よ、って26にもなってまだこんな夢を見てるの私、イヤァァァ!

って、駄目だ、また暴れそうになった。

とりあえず落ち着こう。

今は羞恥心とかなんだとかは心の中の箱に入れて包んで包んで包んで包んで片隅に転がしておこう。

よし、うん、今は王様の話よね、話、なんだっけ。

えーと、昔戦争があって、人の悪い心が集まって悪いやつになってそれを神女って人と当時の王様が倒したんだけど往生際悪く何度でも復活してやるもんねって、実際ガッツ見せて復活したもののその度New神女でやっつけてたんだけど、1000年後の今年もやっぱり復活したからあんた召喚したのでやっつけてよろしくー、ってオハナシだっけ。

・・・・・。

・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「なにそれ馬鹿じゃない」



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