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3話


「はぁ~・・・」

どこまでも沈み込んでしまうんじゃないかというくらいにふかふかのソファーに包まれ、やっと全身の力を抜いた。

長時間の飛行に疲れた体を伸ばせばバキゴキグリュと有り得ない音が鳴る。

これ明日筋肉痛決定だわ。

・・・明日きたらいいけど、と思わず遠い目をしながら、再度首をゴキッと鳴らした。

ここは彼ら言うところの『城』の一室。

なるほど、城というだけあって部屋の装飾は贅を凝らしてあり、今埋まっているソファーも換算すればいくらのものなのか考えるだけでも怖いので考えないことにする。

あの後、体感時間で3時間ほどサーキィスの背に揺られて辿り着いたのは多くの尖塔を抱える広いお城の一角。

そこだけ広場のような平らな屋上へと降り立ったサーキィスの背中からゼフに抱えられて降りた私はすぐさま多くの人に取り囲まれた。

奇妙なほど熱い目つきで見詰めてくる人々に居心地の悪い思いをしていると、一人のお爺さんが歩み寄ってきた。

ひょろりとした体格に曲がった杖、長い真っ白な髭。その耳には例の翻訳機が光る。

説明されるまでもなくこれでもかと魔法使いをアピールした格好のお爺さんを見て-------何故かお腹の底がむずっとした。

「・・・・?」

思わずすりすりとお腹をさする。

なんだろ、空を飛んでたせいで冷えたかな。

いやでもそういえば、さっき最初にゼフとクロアを見た時や、サーキィスやワルスラを撫でてる時にも、実はちょっぴりむずむずしてたんだよね。

痛いとかじゃなくて、なんだろ、この収まりの悪い感じ、これを的確の示す言葉があったような・・・。

そんなことに思考を飛ばしていた私を余所に、魔法使いのお爺さんは徐に跪くと、滔々と口上を述べ始めた。

「お初にお目にかかります。私は王宮筆頭魔法士を拝命しておりますクルディアと申します。こうして拝顔の栄に浴し、恐悦至極に存じます。神女様におかれましては長の空旅お疲れにございましょう。本日はゆるりとお休みくださいませ。」

えーっと。

ひとまずお腹のことは置いておいて、言われたことを改めて反芻した私は、理解すると同時に声を上げていた。

「あの、そんな暇ないんですけど」

仕事を筆頭として諸々心配事が山積みなのに休んでなんかいられないって!

後半部分は胸に秘めつつも、そう即座に返した私に何を勘違いしたのかクルディアさんは感極まった声をあげた。

「おお、左様でございますな。こうしている間にも世界は危機に瀕しております。なるほど、一刻も無駄にできないとは、流石は神女さまでございます!ささ、こちらへ。刻外ではありますが王へ謁見をお伝えして参ります」

なんか違う。

私はただ東京、もしくは日本に帰る方法さえ聞ければよいのであって、王様に謁見したいとか一言も言った覚えはないんですけど。

あぁぁ一体どうしたらいいんだろう、このいちいちズレのある状況は。

ちらりと見遣ったゼフとクロアは明らかに目線でクルディアについていくことを促している。

むー、仕方がない。

「・・・・・じゃぁ、よろしくお願いします」

「はい、どうぞこちらへ」

嬉々として先導するクルディアさんについて歩き出したとき。

「じゃあ、また後でな」

「失礼いたします」

「えっ?」

振り向いた先、ひらひらと手を振ったゼフは再びサーキィスに跨り、あっという間に飛んでいってしまった。

クロアはといえば反対側の扉がなく壁一面が空いた竜の厩舎らしきところへとワルスラと共に消えてゆく。

「おーい・・・」

あんたたちあっさり消えすぎだろう。

呆れと共に、僅かとはいえ見知った顔がなくなる不安もちらりと過ぎるが、子供じゃあるまいし引き止めるのもどうかということで、私はそのままクルディアさんについていくことにした。

そんな訳で、今は彼らの王とやらに謁見するための準備が整うまで客室で待たされ、ついでに普段味わえない高級ソファーの柔らかさを存分に堪能しているのである。

それにしても、わざわざ謁見だの時間外だの言われて待たされるくらいなら説明してくれる人は王様じゃなくても構わないんだけどなぁ。

というか、飛んでるときにゼフが説明してくれればよかったのにさ!

あんなに時間があったのに。

直接的に聞いても、それとなく誘導しても、後で然るべき人間が話すから、と頑として答えてくれなかった横顔を思い出す。

なーんでそんなに溜めるかなー。

いーじゃん、ちょっとくらい教えてくれたって、減るもんじゃなし。

ゼフのけちー。

クロアだって聞こうとするとワルスラごと離れていくんだもん、ずるいよ。

あ、草。

ぶちぶちと心の中で文句を連ねながら、スカートの裾についていた草を発見して摘まむ。

あそこで寝てたときについたんだな。

ほかについてないかと見回して、ついでに襟元を整えた。

この夏に新調したばかりのスーツは、原っぱで寝っ転がったり竜に乗ったりしてもまだまだ線を崩していない。

実は待ってる間に侍女らしき女の人が着替えを勧めてくれたけど、差し出されたひらひらのドレスじゃ気合が入りそうも無くて断ったのよね。

スーツは社会人の戦闘服だ、ってそこまで気張るつもりはないんだけど、やっぱり自分の服が一番落ち着くし。

あ、そういえば私の荷物、ゼフから返してもらってない。

昼溶けたから少しでも化粧を直ししておきたかったんだけどなぁ。

せめても、と侍女さんに鏡と白粉を貸してもらう。

本当は口紅も欲しかったところだけど、西洋風のはっきりした顔立ちの美人である彼女にはお似合いの濃い赤色は、平坦な日本人顔の私がつけると誰か食べた?と聞かれる羽目になりそうで断念した。

代わりに用意してもらった紅茶に添えられていた蜂蜜を少しだけ塗る。

幸い唇の色は薄いほうではないので、軽く噛んで発色を良くしてからこれをするとしっとりと色づくのだ。

あんまり塗ると体温で溶けて顎までべったべたになるからあくまで少しだけ。

仕上げにとスーツのポケットに入れっぱなしだったゴムで風に乱れた髪を括ったところで、扉が叩かれた。

「失礼します。謁見の用意が整いましたのでお出ましいただけますでしょうか」

現れたのはさっきまでのずらずらしたローブではなくて、比べると随分すっきりとしたシャツとパンツに着替えたクロアだった。

贅肉のない引き締まった体にシンプルな装いが映える。

というか多分何着ても似合うんだろうなー、美形は特だ。

「随分さっぱりした格好になったね」

「あれは儀式用ですよ。神女様を迎えに行くということで着させられました。普段からあんな服を着ていたらうっとおしくて仕方ありません」

心底うんざりしたような顔がおかしい。

「それはご苦労様。ゼフも?」

「彼もあれは儀式用。肩が凝って仕方なかったでしょうね。普段は城下の者とほとんど変わりない服ばかり好んできている人ですから」

そうだったのか。

引いたりして悪かったかな。

「そういえば貴方たちってどういう関係?今の言い様じゃ普段から仲がいいみたいだけど」

「あぁ、そうですね。私は本来であればここまで親しくさせていただける身分じゃないのですけれど、私の母が殿下の乳母をしておりまして。関係というなら、乳兄弟になります」

「身分?それはまた大層な」

乳母というのも大層な。

「大層ですよ。彼はこのラインハルト王国の第一王子ですからね。引き換え私はしがないお抱え魔導士でしかないですから」

「は」

むずっ。

「これから貴女に謁見していただく国王は、彼のお父上になります」

むずむずっ。

あぁ、まただ。お腹がもぞもぞする。

なんだろ、これ。

嫌よ、これから王様に会うってのにお腹が壊れたりなんかしたら。

ゼフが王子だということに驚くよりも、お腹の様子が気になってそわそわとする私に、クロアが方向違いのフォローを入れる。

「勿論、シオリ様は別ですよ。今この国にシオリ様以上に尊い方などおりませんから」

そんな心配してるんじゃないんだけど、と思いながらもお腹の調子が、なんて言い出せずにそうなんだーと笑う。

けど、今のって笑っていい台詞かなぁ?それこそ大層なこと言われた気がするんだけど。

「私などは本当はゼフィクル様とお呼びしないといけないのですが、そう呼ぶと嫌がられるので。公式の場と嫌がらせの時にしか呼んでいません」

・・・何気にひどい事言ってない?

「そ、そう。・・・あれ、乳兄弟?ということは、ゼフとあなたって同じ年なの?」

とてもそうは見えなくて眼前の、既に人間離れしたという形容さえも似合ってしまうような美貌を見つめる。

ゼフのほうは年相応なんだろうけど・・・。

「ええ、私のほうが1ヶ月ほど年上ですが」

「へぇ、いくつ?」

「ゼフは先月20になりました」

「え、20!?」

訂正!ゼフ老けてるよ!

「意外ですか?」

「いや、何歳って言われても驚く気はするけど。20か~。若いねぇ」

というか、

「てことは、元宮よりも全然年下!?見えない!有り得ない!」

っていったら元宮に失礼かしら。いや、でも、あいつはなぁ。

まぁ、あれでなくとも、今年の新入社員だってこの子達よりももっと子供っぽいのがごろごろいるわよ。

「随分と、落ち着いてるのねぇ・・・・・・」

こんな即戦力になりそうな新人が欲しいなぁという思いを込め、しみじみという私にクロアは苦笑を浮かべる。

「まあ、私も殿下も同じ年頃の人間とは育った環境が随分と異なりますので、年よりも多少老成したところはあるかもしれませんね・・・と、あぁすいません。瑣末な話でお時間を頂いてしまいました。そろそろ謁見の間へ向かわないと。ご準備は?」

「大丈夫よ」

向けた笑顔は戦闘準備完了の証。

今度こそ、東京に帰る、いえ贅沢は言わない、せめて連絡手段だけでも教えてもらうんだから!

ぐぐっと握り締めた拳を見てクロアが不安そうな顔をしていたのは見なかったことにする。

だけど、残念なことに彼の予感はまさしく的中することになるのだった。


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