12話
「そういえば、サシェア随分と遅かったね。クロアの部屋ってそんなに遠いの?」
帰ってきたサシェアに沈んだ顔を見せるわけにもいかず、礼を言って荷物を受け取った私はふと、結構長い間話してたのに、と疑問に思って問いかけた。
まぁ、いられたらやりにくい話をしていたから都合はよかったんだけど。
サシェアは咎められたと思ったのか青くなってばっと頭を下げた。
「遅くなりまして、申し訳ございませんでした!」
「い、いや、別に怒ってるわけじゃないよ。ごめん、ちょっと思っただけだから気にしないで」
滝涙の始まる気配がして、慌てて付け加える。
「うう、なんとお優しい・・・」
なのにやっぱり泣かれてしまった。あう。
「あの、実は、クロアさまのお部屋は隣の棟ですので渡り廊下を使えばすぐなのですが、訪ねましたところ、肝心の神女様のお荷物がなかったのです。近くにいた衛兵に聞きましたところ、ゼフィクル様のお部屋に置いてあるとのことでしたのでそちらに参りましたが、手違いでお荷物は遺失物として警備の者の詰め所に届けられているということで、一番近い西の詰め所に向かい担当の者に問い合わせると、何故か一番遠い東の詰め所で保管されているとのことでしたので・・・」
「そ、そう」
スタンプラリーじゃないんだから。
しかし、ここまで続くとなると、クロア・・・・仕組んだな。
時間を稼ぐにしたってもうちょっとやりようはあるだろうに。
なんだか申し訳なくて、思わずサシェアの頭を撫でてしまった。
「な、なんでしょう」
「ええと、お礼の気持ち」
そういえばこの子もちょっと不思議よね。
戸惑うサシェアの頭を撫で続けながら思う。
良いところのお嬢様らしいのに、お茶淹れるのも上手だし、朝ご飯の用意だってしてくれたし、お風呂のときにはむしろ侍女根性を見せつけられたし。
仕えられるより仕えるほうが馴染んでいるというか。
考えながらぼんやり手を動かしていたら、うっかり当たってサシェアのイヤリングを弾いてしまった。
「あ、ごめん」
拾ったイヤリングを恐縮しながら差し出された手の平に乗せる。
「ごめんね」
「すいません、拾っていただきまして」
「私が落としちゃったし。あ、着けてあげるよ」
「そんな、神女様につけていただくなんて」
「いいからいいから・・・って、あれ?」
イヤリングを握り締めて逃げるサシェアの拳を追いかけながら、首を傾げた。
なんか会話が成立してる?
「どうされましたか?」
下がって耳に装着しなおしたサシェアが尋ねる。
「今さ、イヤリングを耳につけなくても会話できてたよね」
私のほうはサシェアの言うことが分かるけど、サシェアは私の言うことが分からないはずなんだけど。
現に私が最初クロアにつけられたとき、外したら言葉分からなくなったし。
「あぁ、それはここに触れていたためだと思いますよ」
そう言いながらサシェアが差したのは中央に据えられた雫型の石。
「装着時はこの金具の耳に触れる部分を通して魔力が作用するのですが、基はこの石に込められていますので、直接触れても作用するのです。イヤリング型にしてあるのはサイズの問題が一番ないからなんですよ」
「へぇー」
そういえば石には触ってなかったかも。
それにしても便利だなぁ。
これさえ持ってたら海外旅行に行っても臆することなし!だわ。
・・・帰るとき貰えないかな。
不埒なことを考えつつ、床に置いたままだった先ほど受け取った鞄を不必要なほど広いクローゼットの片隅に仕舞わせて貰う。
今朝脱いだスーツも傍にまとめて置いておこうと思い、片付けてくれたサシェアに所在を聞こうとして、あっという間にその質問を失った。
なんとなれば、私の消耗品として買った3点セットでイチキュッパのスーツが、クローゼット奥の一番目立つところで燦然と祀られていたのだ。
服を祀るってどんなんだと言われるかもしれないが、上下左右を花やレースで枠取られたあの状態をそれ以外に示す言葉が浮かばない。
多分、ここにある服の中でダントツ一番に安いと思うんだけどな・・・。
今の私の状態を象徴的に表しているようなそれをそのままにするのが嫌で、頼んで外してもらい、鞄の傍に掛ける。
サシェアは随分不満そうだし、私だってやってもらったくせに仕舞い方に文句をつけるのは申し訳ないと思うけど、ごめん、ここは譲って下さい。
そうやって些細な荷物を仕舞うと・・・・・・・・・さしあたってのやることがなくなってしまった。
まだ会議をしているのか、国王側からの接触はない。
ゼフたちも出て行ったままだ。
・・・・・ふむ。
「ごめん、サシェア、ちょっと行きたいとこがあるんだけど」
そうして私が今立っているのは謁見の間の扉の前。
といっても昨日のそれとは違う、英明の間という名前のもう少し小さな部屋だそうだ。
なんでも会談などで使うような、豪華な会議室として使われるためのものらしい。
何故そんな部屋の前にいるかというと、まぁ、先手必勝、というところかな。
あちらの出方を待つよりも、こちらから出向いて直接国王と話す。
具体的に帰る段取りまでつけれたらベスト、そうでなければせめて当面の私の立ち位置を確保したい。勿論、神女ではない立ち位置を。
まぁ、クロアの話からすると、ベストを望むのは難しそうだけど・・・。
というわけで、国王の所在を求めて辿り着いたのがここ。
クロアの言っていた会議が続いてるのかと思ったけどそれは終わって、今は別口らしい。
出直すか悩んだけど待つことに決めた。
こういったことは思い立ったが吉日ってね。
「神女様、あちらに控えの間がございます。廊下ではなく、せめてそちらでお待ちくださいませ」
そのまま壁に寄りかかって待とうと思ってたんだけど、それを察したサシェアの促しに応じて歩き出そうとしたとき。
「あんな神女に未だ頼るおつもりかっ!」
腹に響くような一喝が扉越しに響いた。
今の声って・・・。
衛兵さんの困った顔を無視して扉に近づき、そっと薄く開ける。
隙間からまず見えたのは広い背中と鬣のような金髪。
先の声からして、おそらく、メドルフ将軍。
そしてその向こう右手にいるのは昨日会った国王で、左手には見知らぬ男性が立っていた。
赤みがかった茶色の髪の、穏やかそうな雰囲気を持つ壮年の男だ。
どっかで見たことあるようなないような。・・・ないかな。
「将軍。そのような神女様に対する暴言は許されませんぞ」
その男性が眉を顰めて非難するのを完全に無視して将軍は国王に詰め寄った。
「お願いしておりました増援の軍は、7日前には到着の予定だったはずです。それが未だ到着しておらず、ここへ来る前に軍の詰め所を覗いて参りましたがその様子もなし。兄上、これは一体どういうことですか」
「ドルフ、それは」
「メドルフ将軍、そのような援軍など。神女様がご光臨なされた今、必要ありますまい」
「ハルバード候、貴殿には聞いておらん」
そっけなく返した将軍の言葉で男性の正体が知れた。
ハルバード候って・・・・。
ちらりとサシェアを見遣る。
似てる、かな?ちょっと遠いから正確には分からないけど。
彼女は一緒に盗み聞きするのは気が引けるのか、少し後ろではらはらと手を揉み絞っていた。
「そもそも」
将軍が再び話し出したので目を戻す。
「神女など。先ほど見てきたが、ちっぽけな小娘ではないか。首など、少し力を入れただけで折れそうだ」
な、なんて物騒な例え話をするのよ。
ひんやりした空気が首元に漂った気がして思わず肩を竦める。
「あんな娘に一国が頼ろうとするなど、情けないとは思わんのか」
おぉ。
もっと言ってくれ、と背後でその神女が応援しているとも知らず、将軍が皮肉げに言を次ぐ。
「それに、当の神女からはとっくに肘鉄を食らっているという話だが?」
「それは。・・・・今は神女様もご光臨された直後で混乱しておられるのです。ご自分の使命をご理解いただければ必ずや世界を救ってくださる」
ちょっと待て。なにその自分に都合のいい考え。
あぁ、盗み聞きしてる身がもどかしい。
かといって割り入るわけにもいかないし。
「それを待つ時間はない。兄上、西の兵をご覧ください。日々増える魔物に、よく持ち堪えてはいるが皆限界が近い。どうか、一刻も早い増援を!」
「うむ、そうだな・・・」
「お待ちください」
頷きかけた国王をハルバード候が遮る。
「神女様がハーケンを倒してくだされば魔物など問題となりませぬ。兵の命を無為に散らすことなどありますまい」
「無為、だと・・・・」
ギリ、と将軍が歯を食いしばる音が聞こえた気がした。
今も西の地で戦っている彼らのことを愚弄するとも取れる発言に、私も思わず眉を寄せる。
「彼らとて家族もございましょう。お優しい陛下ならばお分かりになられるはず。取り除かれると分かっている危機にむざと送り出すことはできませぬ」
「そう、だな」
ちょっと、国王!
違うでしょう、何を納得しそうになってるの!
「兄上!」
「ドルフよ。お前もそろそろ王都に戻ってはどうか」
「な・・・・!」
はぁ!?
なんでそんな結論になるの。
蚊帳の外である私ですら首を傾げる展開に、当人である将軍は声を失う。
「たった一人の弟であるお前がいつまでも危険な前線にあることを私は常々心配していたのだよ。神女がおられる今、お前が西に戻ることもあるまい。このまま王都に留まるがよい」
え、え、意味が分からない。
将軍の話を聞いてどうしてそんな言葉が出るんだろう。
国王が出した有り得ない結論に思わず手に力が入り------扉が鳴った。
「あ。」
「「あ」」