もう、寝よう!
無論、模型部のゴミが一人増えたくらいでは不審者の汚名はどうにもならなかった。
テニス部の連中からは敵意を向けられ、日陰者の俺たちは、「あ」と「え」の中間くらいの声で鳴きながら退散することとなったのだ。
その後、俺たちがとった行動はシンプル。出待ちである。校門の前、道ゆく人たちに胡乱な目で見つめられること30分。ようやく出てきた流菜ちゃんに笑いかけられた瞬間、報われたという感覚と、彼女の後ろから向けられる剣山のような殺気により一時的に記憶を失ったらしい。
気づけば俺は自分の部屋で寝転んでおり、デートの予定が生えていた。放課後デートである。
「お、おわった……」
そうだった。完全に思い出した。スマホを持つ手が震える。マー君からのメッセージなんて無視してやればよかった。いや、それもただの現実逃避か。
[明日のデートどうすんの?]
「大丈夫?」と首を傾げる女の子の能天気なスタンプと共に送られてきたメッセージが、今の俺には死神の呼び声、あるいは人生終了のお知らせのように思えた。
俺は明日(厳密には今日)、死ぬ。
賢者がなんだと調子に乗ったツケが今の状況なのか。デートプランより先に、死亡プランの方が頭をよぎる。
バッドエンドその1。デート終盤、キス寸前まで距離が近まる俺と流菜ちゃん。そこに突然ガタイのいいお兄さん(とても恐ろしい)が登場! 俺はブン殴られ、頭蓋骨が20センチ陥没して死ぬ。
バッドエンドその2。突如明かされる衝撃の事実。流菜ちゃんはシリアルキラーだった! やれやれ、アヤシイ女の子について行くとロクな事がねーぜ。俺は八つ裂きにされて死ぬ。
バッドエンドその3。まおうが あらわれた! レベル10とちょっとの俺が敵うわけがない。なんせ相手は魔王、ラスボスだ。俺はコロっと死ぬ。
クソッ! 死亡エンドしか思い浮かばない! 俺の想像力の乏しさ――あるいは豊かさ――が恨めしい。
しかし、ここでマー君に相談したとする。奴が「自分、恋愛上級者っす笑」みたいな顔で講釈を垂れてきたら、俺は怒りのあまり頭部が破裂して死んでしまうだろう。バッドエンドその4だ。
[安心しろ。完璧なプランがある]
嘘である。見栄である。みっともない虚栄心である。
俺が送ったこのメッセージには、真実は一欠片も含まれてなんかいない。何が完璧なプランだ。辞世の句すら考えてないくせに。
「なめんなよ!」とプンスカ怒る女の子のスタンプ。その瞳は、まるで俺のみみっちい性根を責め立てているようで、目を逸さずにはいられなかった。
死期が近づいた人間は、穏やかな顔つきになっていくという。
ならば、やはり俺は、人でなしの異形なのだろう。
6時間目も終わり下校時刻。廊下の喧騒をよそに、俺は鏡を見つめる。深く刻まれたクマと眉間の皺。死への恐怖は今は無い。最後に一発やらかしてやるという覚悟だけが俺を突き動かしていた。
美人局がなんだ。俺は賢者様だぞォッ! お兄さん(恐)が現れたとしても、犬死に覚悟で喉元に喰らい付く腹積もりだ。
ああそうだ。死を恐れない奴に勝利の女神は微笑む。命をチップに一点賭けができるかどうかが未来を決める。リゼロは俺にそう教えてくれたはずだ。
始めようか。最初で最後のデートってヤツを……
「初デート直前の男の姿か? これが……」
舐めるなヨ、アーサー……完徹の俺は、横のデブに聞こえないほどの声で呟いた。