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5月のこと 前編

誰しもがひとりでいる時間と、誰かといる時間をもっている。

けど、両方とも人の人生には大切であるとわたしは思う。


 ぎらついた太陽が力いっぱいに光を浴びせる中、サンファイバーを深くかぶった婆さんに電動自転車で突っ込まれて、前輪しか動かなくなった自転車を大学へと押している。


 大学が始まって1か月しかたってないというのに、早速ぼくの一人暮らしはピンチをむかえた。


 交通事故で父親を小学校低学年のころになくしてから、母さんは女手一つでぼくを育ててくれた。母さんは一日中働いていたから、物心つくころには一人でいることが当たり前だった。そんなぼくにとって唯一の趣味は父親が生前買ってくれたシンセサイザーだった。すべて忘れたいとき、なにもかもいやになったときぼくはそれを弾いた。


 片道2時間の故郷に母をひとり残して特待生として国立大学の文学部日本史学科に入学したぼくは今年の4月から一人暮らしを始めている。小中高とひとりでいたぼくは、他にやることもなかったので勉強だけは欠かさず成績も常に上位だった。勉強はピアノに似ているから別に嫌に思ったことはない。金銭的には厳しいが、母方の実家が援助をしてくれるし、特待生で入学金が各段に安かったから一人暮らしもなんとかやっていける。それに、祖母が言うには、詩音くんはもっと友達をつくったほうがいいそうだ。ぼくは、よくわからなかったけど新しい大学生活に胸を躍らせていたから、満面の笑みで返事をしておいた。


 しかし、今朝のサンファイバーババアのせいで早くもピンチである。五月晴れの今日、過ごしやすい天候といっても歪んだ後輪を持ち上げながら進むのはさすがに汗ばんでくる。大学と自分の家の間は自転車で15分くらいで、その途中にある信号のない交差点で突っ込まれたのだ。かれこれ10分は押しているがまだまだ大学までは遠い。


 大学までの道中、長い坂道に差し掛かったとき、ぼくは後輪を諦め、ハンドルを握りしめて車輪を引きずるように進んでいった。嫌がらせのように降り注ぐ太陽を睨みながら精一杯押した。


 ふと急に後輪が軽くなった。振り返ると何処かでみたような、同じくらいの年齢で、少し背が高く、おっきいリュックを背負ったヤツがぼくの自転車の後輪を軽々持ち上げている。ぼくは一瞬、ぎょっとして立ち止まると、ヤツはぼくと目を合わせて落ち着いた様子でぼくの自転車の後輪を上げ下げしている。ぼくは声にならない声を少しだけ漏らして、睨まれた小動物のようにゆっくりと頷き、ハンドルを押し始めた。


 頭の中ではなにがなんだか分からない。なんでてつだってくれるの? どっかであったっけ? なにものだこいつ? なんでそんなリュックおおきいんだ? てかなんでなにもしゃべらないんだ? ・・・


 そうこうするうちに、大学の駐輪場へとたどり着いた。結局ヤツは一言も喋らず、駐輪場につくなり、講義へと向かう大学生の波のなかに消えていった。ぼくは言うまでもなく知らない人と話すのが苦手で、ミステリアスキャラならなおさら無理だ。ただ、御礼もいいたいし、友達という友達もいなかったのでちょっと嬉しい。ここに自転車を置いとけばまた会えるような気がして、突っ込まれて大破した自転車にしっかりと鍵をかけておいた。


 そんな運命の出会いから再会まではあまりにも短かった。ヤツはぼくが授業を受ける教室の一番うしろに座っていたのだ。普段から一番前に陣取るぼくはクラスメイトに関しては皆目見当もつかなかったが、ヤツとは一か月の間一緒に勉強をしていたのだ。ぼくの中の親近感がマックスになるを感じながら言葉を振り絞るつもりで言葉をかけた。


「あの、、さっきは、ありがとうございます。」

 するとヤツは少しだけ間をもってから、目を見て軽く体を傾けた。


「あの、、ぼく、吉田です。吉田詩音(よしだしおん)っていいます。」

上ずった声で、外国人のような自己紹介を急に始めてしまった。言い終わってから引っ込んだ口は微かに乾いている。それでも、ヤツはすぐには返事をせずまた妙な間を持ってからただ一言、「眞榮平。眞榮平学人(まえひらがくと)」と言った。しかし、同時にぼくに向けて満面の笑みを向けて握手を申し込んできた。

素直に応じて何回かシェイクハンドしたが、ぼくにはわかった。


こいつも喋るのが苦手で変人だと。



短いものばかりだったので、長編に挑戦してみたいです。


それぞれの視点で三部作作りたいと思います。

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