6.最後
「死んだ?」
翌日、俺と英治は鈴音の勤めている病院へ行った。遥香は鈴音の同僚なんだから、ここに来れば2人に会えるはずだ。
だが、遥香はいなかった。
「二日前、私達が別れた日、あの日の午前中にトラックに跳ねられて死んだのよ。事故後、この病院に運ばれて、ここで息を引き取ったから」
イライラしたように答える鈴音。多少は遥香の死に責任を感じているんだろうか?
「もういいでしょ?仕事中だし、私達もう関係ないんだから。バイバイ」
「おい!ちょっと・・・!」
俺の言葉を無視し、鈴音は行ってしまった。
遥香はあの日、ホテルを出た俺を追いかけて、そのままトラックに跳ねられて死んでいた。
最後の思いが、鈴音への仕返しに俺を寝とる事。
それで死後も俺の所へ来てるとか言わないでくれよ。
「圭太、熱烈な女に目をつけられたみたいだな」
「最悪だ・・・」
「今夜は・・・うちに泊まるか?」
「頼む・・・」
英治の家に泊めてもらう。最悪な事しか起こらないし、何より怖い。1人になるのが怖い。
英治の家で会話も少な目に今日はとっとと寝ようと、この日は早く寝ることにした。
(寝れない)
今回の事を考えてしまう。遥香も最初は普通の女の子だったんだろうな。でも、鈴音が嫌がらせを始め追い詰められて変な考え方になったんだろう。そう考えたら、遥香も犠牲者なのかもしれない。
ホテルで目覚めた時、俺を巻き込んで復讐をしようとしてたけど、捨てられた者同士、助けを求めに来てたのかもしれないな。
職場の状況は見てはいないけど、日記を見る限り 相談相手はいなそうだった。
考えれば考えるほど、鈴音に対して腹が立ってくる。
あぁ!くそっ!!
寝付けない。イライラしながら寝返りを打った。
その時、ラインが入った。遥香からだった。
『○月×日 今日から圭太くんと邪魔者がいない所で一緒に暮らす。とっても楽しみ』
え?一緒に暮らす?
「おい、英治」
一緒にラインを見てもらおうと上半身を起こし、英治の方を振り返ると、俺は大学の校門前に立っていた。
え?
見渡しても英治はいない。さっきまで英治の部屋で寝ていたはずなのに。
夜中だったはずなのに、今、太陽が沈みかけている。夕暮れ時だ。空には鱗雲が浮かび、紫から赤、オレンジ、グレーと鮮やかな、少し不気味な空の色が目に入った。
ラララ〜ララ〜ララ〜♪
ガリッガリッ
誰か女の人が歌を口ずさんでいる。その声と一緒に何かを引き摺っている音がする。
何だろう?
校門を背にし、前を見つめる。何かが近づいてくる。人か?
声をかけようかと思ったが、よく見てみると、人型の黒いモヤが、柄の長いハンマーを引きずりながら近づいてきていた。顔はわからない。
歌を口ずさみながら、楽しそうに近づいてくるその物体は、ヤバイものだ。本能が叫ぶ。ヤバイものだ。
とっさに逃げ出そうとした俺に、一気に間を詰めてきた黒いモヤがハンマーを振りかざし、そのまま俺の頭に打ち付けてきた。
ハッと目を覚ました俺は、電車に乗っていた。誰もいない電車に。
あれ?おかしい。さっきまでのは夢か?電車の窓から外を見ると、外は暗くなっていた。
ラララ〜ララ〜ララ〜♪
電車の音に合わせてあの歌が聞こえてきた。
おかしい。俺以外に乗っていなかったはず。
人の気配を感じ、前を見るとワンピースを着た人型の黒いモヤが立っていた。
びっくりして叫び出しそうになった時、黒いモヤが包丁を振りかざしてそのまま俺の胸に突き刺した。
俺の眼前にきた黒いモヤの顔には、よく見ると赤い目と口があった。それは楽しそうに笑っていた。
次に気がつくと、見覚えのある駅のホームのベンチに座っていた。人影はない。
おかしい。夢じゃない。夢じゃないのに何度も黒いモヤに殺されている。
「遥香さんなのか?いい加減にしてくれ!鈴音とは別れた!今更俺につきまとっても、鈴音への復讐にはならないぞ!俺を巻き込まないでくれ!!」
そう叫びながらベンチから立ち上がる。
警笛が聞こえてきた。駅に電車が入ってくる。その音に思わず電車の方を見た瞬間、
ドンッ
誰かに押された。
体が宙に浮く。
ホームを見ると、血みどろのワンピースを着た女が立っていた。
あ・・・と思った瞬間、電車に跳ねられた。
次に気がつくと道路に立っていた。
眩しい。光の方を見ると、ヘッドライトで照らしながら赤い車が迫ってくる。笑顔の遥香が運転席には座っていた。
遥香だ。そう思った瞬間、ノーブレーキの車に跳ね飛ばされた。
「あ、気がついた?」
次に気がつくと、病院のベッドに寝かされていた。
「あなた、轢き逃げされて、病院に運ばれたのよ。足は骨折、全身打ち身。頭も打ってるけど命に別状はないらしいから。明日また診察と警察の人も話を聞きに来るって言ってたから、今日はゆっくり寝なさいね。何かあったら、このボタン押してね。おやすみ」
そう言って、足早に看護師さんは病室を出て行った。
病院に運ばれたのか。
散々だったけど、助かった。助かった……。
ふぅっと一息ついた所で気がついた。ここはダメだ。夜の暗闇で気づくのが遅れてしまったが、ここはダメだ。
見覚えがある。
ここは鈴音の病院だ。つまり、遥香の勤めていた病院だ。
ーーー 遥香が亡くなった場所だ。
今気がついた。学校、駅、あの道路。少しずつ、この病院に近づくルートだ。
ダメだ。怖い。怖い。
肘で支えながら上半身を少し起こし、ナースコールのボタンを押す。怖くて震える手で何度も。
早く来て。
怖い。
足が動かない。
逃げられない。
どうして?復讐は鈴音にしたかったんだろ?どうして俺に執着するんだよ!
ふと、背後の窓側から人の気配がした。
バッと振り返ると、ワンピースを着た女が立っていた。左顔面が潰れ、右目が飛び出し、腕は抉れ血が見えていた。全身血みどろの、見るも無残な状態の遥香だ。
あ・・・
俺が声を出す前に、
「私と一緒に・・・」
一瞬で寝ている俺の上に飛び乗ってきた。
容赦なく俺の首を締める。
顔が潰れていてもわかる。
笑っている。
笑いながら俺の首を締めてきている。
なぜ?なぜ、こんなにも俺に執着するんだ?
遥香の右目がこぼれ落ちるのを見たのが、俺の最後だった。