5.鈴音との別れ
ホテルから脱出し、その日の夕方、半ば強制的に鈴音に会う約束を取り付けた。
浮気の事を確認したら、意外とあっさり認めた。
そして、俺たちは別れた。
大学のベンチに一人腰掛けていると、英治が近づいてきた。
「よっ!カラオケで何も言わずに消えたけど、どこ行ったんだよ?帰ったの?もしかして、もしかして、女の子と二人きりで楽しんだの?」
ニマニマと笑いながら、肘で突っついてくるか英治に、何も言い返す言葉が出てこず、真顔で見つめ返した。
そんな俺を見て、「え?マジ?」って呟きながら英治が固まってしまった。
「英治、俺・・・ 」
朝目覚めたらホテルのベッドにいた事。記憶がない事。もたらされた鈴音の情報。そして、鈴音と別れた事。
「清掃作業の時、日記見ただろ?あれも俺に見せるために置いたらしい。書いてた内容は、鈴音の事だったらしいぜ」
「マジかぁ・・・ 。あの内容、一個一個は大した内容じゃないけど、陰湿でタチの悪い内容だったよな。小さな冤罪の積み重ね。仲間はずれ。故意な情報の隠蔽。さらに彼氏を寝とるとか、ないわぁ」
「だよなぁ。でもさ、鈴音も悪いけど、その鈴音に対して俺を巻き込んで仕返ししようなんて、やめて欲しいよ。あの朝、俺、本当に生きた心地がしなかったんだぞ!もう!夢だったらいいのに!」
「・・・女って怖えな」
「・・・うん。怖いな」
あの日から、俺の人生が最悪だ。
碌なことがない。
「ま、あれだな。飲むか。久しぶりに圭太んち、泊まりに行っていいか?家飲みしようぜ」
「おぅ、明日は祝日だし、朝まで飲むぞ!」
「俺と同じ、独り身になった圭太くんを慰めてあげよう」
舌打ちしながら英治に何度も足蹴りを食らわし、酒と菓子を仕入れてアパートに帰った。
アパートのポストの中に何か包みが入ってた。開けてみると、あの日記だった。
英治が日記を捲ると、鈴音との別れについても書かれていた。
それを見て、だんだん腹が立ってきた。
「なんだよこれ!俺への嫌がらせか?鈴音とも別れたんだ!いい加減にしてくれよ!」
「おい、これ持って先に部屋に戻ってて」
買い物袋を俺に手渡しながら、
「ちょっとこれ、捨ててくるわ」
日記を軽く掲げながら、英治がどこかに行ってしまった。
部屋に入り、荷物を降ろして一人座っていると、イライラするような、虚しいような、複雑な気持ちが渦巻いてきた。胸が苦しい。ムカムカする。
完全に女同士の喧嘩に巻き込まれた。
鈴音の事は好きだった。本当に好きだったんだ。なのに、今は恨みの気持ちが強くなってくる。
はぁ・・・泣きたい。手に持ってるスマホを全力でぶん投げたい気持ちになる。何かに当たりたい。
英治が戻ってきた。日記はビリビリに割いて、ゴミ箱に捨てたらしい。
今日、英治が来てくれてて良かった。
「ありゃ、すげぇ執着心の強い女だな。気をつけろよ。何するかわかんないから」
「あぁ。ありがとう。そういや、あの女、なんて名前だったっけ?」
「それが・・・俺も思い出せないんだよな。飲み会の時もあまり話してなかったよな。ま、いいだろ。あんな女、忘れようぜ」
酒とツマミを出して、二人で飲み始めた。
英治と家飲みを始め、気づいたら夜の1時になっていた。そろそろ寝るかと話していたら、インターホンが、鳴った。
ピンポーン
夜の静けさの中、よく響き渡った。
近所迷惑になる。慌ててドアに向かいドアスコープから覗くと、俯いた状態のあの女が立っていた。
ピンポーン
いい加減にしてくれ!そう思った途端、女が顔を上げ、ドアスコープを覗き込むように顔をヌッと近づけてきた。
「うわぁ!」
思わず後ろへ仰け反った。そんな俺を見て英治があの女が来たと察してくれたのだろう。ドア前に立つ俺の肩を引き、俺を庇うように前に出ると、
「いい加減にしろ!」
英治が勢いよくドアを開けたが、そこには誰もいなかった。
「・・・え?」
確かにいた。覗いた時に立っているのも見た。インターホンも鳴った。
だが、誰もいなかった。
気味が悪い。
俺のスマホにラインが入った。
『○月×日 圭太くんとデートする予定だったのに邪魔が入った。どうしてみんな、私の邪魔をするの?』
誰だよこれ。ラインの名前は遥香となっていた。
「遥香?そうだ。遥香だ。遥香ってあの飲み会にいた、お前とホテル行った子だろ・・・?」
「マジかよ。なんだよこれ。ライン交換なんかしてないのに。嫌がらせにしてもタチ悪いぞ。そもそも、鈴音への嫌がらせが目的じゃなかったのか?なんで俺なんだよ」
「圭太をゲットしたら鈴音ちゃんへの嫌がらせになるって本気で思ってるんだろうな。どうするよ?これ以上エスカレートしたらヤバイぞ」
「明日、鈴音に会って聞いてみよう」
「そっか。ついでだから、俺も付き合うわ」
この日は、そのまま寝ることにしたが、なかなか寝付けなかった。