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伝承霊13

Side 勇実礼土


 さて、目の前の激おこの犯人をどうするべきなのだろうか。

以前いた世界であれば普通に殺すという選択肢しかない。

そもそも犯罪者に喰わせる飯なんてないし、生かしておく理由もないのだ。

犯罪奴隷に落とすというのはあくまで平民以上の人間だけに許された処置だ。

盗賊などの犯罪者に落ちた場合、基本的に人権はなくなる。

あれは人の形をして、人の言葉をしゃべる魔物として処理されるようになる。

そこに温情などもなく、ただ殺すだけだ。そしてその犯罪者の首が有名な奴であれば金がもらえる。


 だが、ここはそういう世界ではない。

法はすべての人間に人権を与えており、どのような悪人であろうとも国家権力を持たない一般の人間が私的に犯罪者を裁く事は出来ないのだ。

であれば、この場合はどうなるのだろう。

霊を使った犯罪は法で裁けるのだろうか。

魔法がない世界、超常的な力はなく、科学が発展した世界。

俺から見れば原理も分からない科学なんて魔法と変わらないと思うのだが、それでも霊という存在は立証されていないと漫画でよく見るのだ。

だからこそ、迷う。



 目の前の霊という武器を手にした人間がいた時、俺はどうすればいいのだろう。





「無視ですかぁ。貴方なら僕の傑作を理解してくれると思ったのになぁ」


 ふむ、小難しい事を考えるのは後にしよう。

とりあえず適当にボコして動けなくする。

その程度は、まぁ許されるだろう。最悪大蓮寺に助けてもらう感じでいくか。

そう考え、一歩前に踏み出した瞬間だ。


「太陽ッ! 愛ッ! 無事か!?」


 廊下の向こう側から九条が息を切らせてこちらに向かってきた。

しかし俺の目の前にいる区座里を見てすぐに足を止める。


「く、区座里!? 貴様ッ! 今までどこにいた! 誰に雇われていると思っている! もういい貴様はクビだ! さっさと出ていけぇッ!!」


 顔を赤くし玄関の扉を指さしながら叫ぶ九条を区座里はどこか面白そうに笑っている。


「くくく、九条さん、貴方は本当に目出度い人ですよねぇ」

「な、何だとッ!?」

「もう大蓮寺先生も気づいているようですし、ネタバラシしましょうかね。太陽君を襲っている霊は僕が仕向けているんですよ。ちなみに最初にあった時に太陽君に霊が憑いていると言ったのは”嘘”です。あんな簡単な嘘に騙されるなんて本当に面白い人だと思ってついつい興が乗ってしまいましたよ。八尺様はこの屋敷に避難させた後に呼び出した霊なんです。どうです? 非日常的な時間を味わえたでしょう?」

「き、貴様ぁぁあ!!!」


 拳を握り大きく振りかぶって区座里に殴りかかる九条だが、それを区座里は容易く躱す。

そして足を区座里に払われ、転ぶ九条を俺は支えた。



「ねぇ勇実さん。地獄ってどんなものか興味ありませんかぁ?」

「……地獄?」



 なんだ? 確か地獄ってのはこの世界にある死後の概念の事だったはずだ。

それと今の状況に何のつながりがある?


「もちろん興味ありますよねぇ。僕もぜひ見てみたい。本当にあれば、ですけどね」


 両手を広げ、まるで演説するかのように語りだす区座里という男。

陽気な様子で話しているようだが、サングラス越しの視線はずっと俺から外れていない。

殺気は感じない。先ほど殺すなんて強い言葉を使っていたが、そのような気配などなかった。

ただのフェイクなのか、それとも――



「実はね、大蓮寺先生には話してなかったんですが、僕が作った伝承霊は2種類あるんですよ」


 指を二本突き出し、まるで生徒に勉強を教える教師のように笑いながら区座里は語り始めた。


「一つは勇実さんや太陽君を襲っている怪異タイプの伝承霊です。基本は元になった物語をなぞるように人を襲いますが、作る際にそれなりに力を籠めてやればある程度は改変出来たりします」


 何が楽しいのか、含み笑いを続ける区座里を見ながら、九条の手をひっぱり立たせてやる。

九条は苦虫を潰したような顔をしながらもすぐに少年の近くへ駆け寄っていった。


「もう一つはね、呪具として人を襲うタイプの伝承具というものです。例えば近づくだけで女子供だけを容易に殺す呪具とかそういうものもあるんですがね。今回僕は中々面白い伝承具を用意してみました」


 呪具か、つまり魔道具みたいなもんか?

碌な使い道ではないのは間違いない。だがまぁ壊せばいいんだろう。

もう本当に面倒になってきたな。

でもそれっぽい物ってこの屋敷の至る所にあるからどれがどれか分からんぞ。

そう俺が思考を巡らせていると場違いのように電話の着信音が鳴り始めた。


「な、なんだ!? くそ、誰だこんな時に電話なんて」


 後ろにいる九条が怒りの声を上げている。

だが、それを区座里は楽しそうに見ながら今までとは違いとても穏やかな声で九条にこう質問した。


「九条さん、誰からのお電話ですか?」


 その区座里の様子のおかしさに気づいたのだろう。

九条も困惑しているのが伝わってくる。

そして、息を飲む音が聞こえ、九条はスマホのディスプレイを確認したようだ。


「……彼方(かなた)? 誰だ? そんな奴電話帳に登録なんて」


 その九条の言葉を聞き、区座里は身体をよじらせながら笑い始めた。


「ははは、はっはっはっはッ!!!  時が来ましたねぇ! 太陽君これを見て下さい」


 すると区座里はポケットからペンライトを取り出し、光を灯しながらそれを振るった。

既に夕方になっているためか、ライトの明かりが妙に視界に残る。

というか、妙な力が込められているようだ。


「た、太陽!? どうしたの!?」


 後ろから九条の妻の悲鳴が聞こえる。

区座里から視線をはずし後ろをみると、あの少年がまるで何かに取り憑かれたかのように、木製のプラモを触っていた。凹凸部分を捻り、押し込み、そして回転させ、また新しく出てきた出っ張りを捻る。

それを繰り返し、そして魚のような形が完成した。


「太陽ッ! 区座里、貴様息子に何をした!?」

「いやだなぁ。ただの催眠術ですよ。完成まで本当に後少しだったみたいなのでねぇ。それより見て下さい」


 頬を赤らめ妙に興奮している区座里は太陽を、いや具体的には太陽が完成させた魚のプラモを見てこう言った。


「あれは伝承具”リンフォン”です。完成しましたよ、極小の地獄がね」





 少年が持っていた魚が不気味に光りだし、宙に浮いたと思った瞬間。

俺の目の前は歪み、気づけば嘔吐して地面に倒れている自分がいた。









Side 生須牧菜


 父からの着信をみた瞬間私はすぐに行動を開始した。

何かしらの緊急事態が起きたというメッセージ。

八尺様が出現した? いや違うでしょうね。

恐らくそれさえも超えた何かが起きたという事ね。

すぐに勇実さんを探そうと思った私だけど、それはすぐに止めたわ。

あの人は父以上に強力な力を持った霊能者。

ならただ霊が見える程度の私が行っても邪魔にしかならないでしょう。

それにあの人の事だもの。恐らく既に異常事態が発生したという事さえ知っているかもしれないわ。

なら私がする事は一つ。



 自分の父親の命を守ること。

本来であれば私が持ち込んだ呪装を使い父が祓う予定だったわ。

この呪装は父が仕事でたまたま手に入れた呪具。

効果はそれを身に着けた人間の生命力を吸い取るという物。

父はその効果を利用した。

きっかけは偶然だったけど、この呪装を身に着けた父の身体に封じた霊はいつも以上に早く消滅したのだ。

恐らく、父の命を吸い取ると同時に魂だけとなった霊の力さえ吸い取っているのだと思う。

肉体のない霊はこの呪いに耐えられない。

当然父の命を削っている事に代わりはないけれど、霊を封じた時は長ければ数か月はまともに眠ることも出来ない状態の父が僅か数日で霊を消滅させる事が出来るようになったのだ。

そのため、強い霊を祓う時はそれを常に持ち歩くようになった。

元々ペンダントだったこの呪具を専門家に依頼して加工し父の大きな首でも付けられるように改造したのだ。


「確か、外を探索するって言っていたはず」


 すぐに玄関の扉を開け、外に出るとそこは異様な光景が広がっていた。

いつもいる守衛達がおらず、木々がまるで熊などの大型の動物になぎ倒されたかのように倒れている。

どういう状況なのか分からないわ。

いや、この破壊された跡を辿って行けばいいのね。

すぐに私は駆けだした。






 そして父の姿はすぐに見つかった。

それは血だらけで、もう立つことも出来そうにないほど傷ついた父の姿だった。

父の除霊はまず自分を傷つける事から始まる。だがそれにしても父の怪我の仕方が異常すぎた。

私はもう何も考えられなかった。

父の目の前にいるまるで猛獣のような姿をした八尺様。

とても恐怖に駆られる姿ではあったけど、それでも私の足は止まらなかった。








Side 大蓮寺京慈郎



 視界が血で赤く染まって行く。

あぁ今回の依頼は本当に厄介だ。

自分の命の使いどころを探し随分と無茶をした。

もう老人と言ってもいい年齢に片足を突っ込んでいるというのに我ながら随分身体を酷使したと思う。

妻を自分の除霊の失敗が原因で亡くしてから、すべてがどうでもよくなった。

守ろうとした人を守れずのうのうと生きている自分が嫌いだった。

いつだって霊能者というのは世間からみればつまはじきものだ。

それはそうだろう。見えない人間からすれば当たり前の話だ。

儂の妻は霊が見えない側の人間だった。だが、それでも儂の仕事に口を出さずただ応援してくれていた。

苦しかっただろう。インチキ霊能者と世間で言われていた儂の妻というだけで随分つらい思いをさせていた。

だが、それでも儂の力は本物だと、人を救う立派な仕事をしてくれているとそう言ってもらえたから頑張れた。

それでも結局儂は力のない人間だったのだ。


 まだ、自分の特殊な身体を使わず、仏門に入っていた頃の儂は、廃墟探索に行った若者の除霊に失敗した。

とり憑いた霊が儂を襲い、妻を襲い、そして二度と帰らぬ者にした。

がむしゃらだった。気づけば自分の血が辺りに散乱した部屋で、霊を自分に封じ除霊を行った所で儂は気絶していた。

当然大きなニュースとなった、幸い妻の死因は心臓麻痺であったため、事件性はないと判断されたが、あの一件以来儂は業界から一度完全に追放されたのだ。

その時にようやく気付いた。自分の命を削れば妻は救えたのだという事実に。

ずっと目を背けていた自分の特異体質と向き合っていれば今も妻は笑っていたのだと考えるといつも眠れない。

自分の娘の事なぞ忘れ、ただ妻の元へ行くことだけを考えた儂はそこから自分の命を使う事に躊躇は消えた。

そして気付けば娘の牧菜が秘書になると言って聞かず、そして依頼の選別までやるようになった。

牧菜が裏で何をやっているのかも知っていた。

儂の手に負えない依頼は断っているという事も。

必要以上に高額な依頼料を取り、儂の仕事を減らそうとしていたという事も。

そして、断った依頼主がどうか無事であるようにと常に泣きそうになりながらいつも祈っていた事も。



 今回の九条殿の依頼は一つの転機にしようと考えた。

自分の命の価値を試す最後の機会にしようと思ったのだ。

少しは娘との時間を作ろう。

あぁだと言うのに――



「馬鹿者め。なぜ追いかけてきた。元々はお前が逃げるための避難の合図だったのだぞ」

「お父さんこそ本当に馬鹿ね。たった一人の家族なんだもの。守ろうと思うのは当たり前でしょ」

「――あぁ。そうだったな」




 儂の目の前に立つ牧菜。

震える手で既に立ち上がる事が出来ない儂を抱きしめている。

その後ろから枯れ枝のように遅く、そして猛獣のような力を持つ八尺様の手が振り上げられるのが見えた。

あぁ、仏よ。

既に仏門を捨てた我が身ではあるが、どうか娘だけは――





 振り上げられた腕が振るわれる瞬間、地面が大きく揺れた。

そして次の瞬間には目の前にいた八尺様が幾重もの光の棘のようなものに身体を覆われ消えていった。

だが、それだけではない。

なんだ? あの巨大な光の柱は……?











 時間は少し遡る。









Side 勇実礼土


「ははははッ!! なるほどこうなりますか!」


 馬鹿みたいに高笑いする区座里がうっとおしい。

だが今はそれどころではなかった。

俺は今まで生きていた中で最大の地獄を味わっている。

近くに子供がいるためいつも纏っている魔力を最低限にしていたのが失敗だったか。




「このリンフォンはね。熊、鷹、魚という形を経て地獄を作る伝承具なんですよぉ。ただ地獄ってなんだって話ですよね? だから僕も迷いました。地獄って言われても想像できなかったんです。最初は数え切れない程の呪いを周囲にぶちまけるとか考えたんですけど、地獄とはちょっと違うかなって思いましてね。だからね、少し考え方を変えたんです。このリンフォンがある周囲の人間全員をそれぞれ自分がもっとも恐怖し絶望する状態に堕とせばいいんだってねぇ」



 まだ俺の中の嘔吐感が収まらず、平衡感覚が戻らないためか上手く魔力が練れない。

うずくまった状態で周りを見ると、九条夫妻は悲鳴を上げながら壁や地面に自分の頭を打ち付けている。

そして少年は白目を向き失禁している様子だった。


「唯一残念なのは貴方たちがどんな地獄を見ているのか分からないって点ですねぇ。どうにか改良したいですが……」



 なるほど、そういう事か。

俺が味わっているこの感覚、なるほど地獄って意味がわかったぜ。

少しずつ四つん這いの状態で俺は九条夫妻がいる部屋まで進む。


「おや勇実さん。そんな状態になってもまだ依頼主の心配をするなんて泣けるじゃあないですかぁ」

「……うるせぇぞ」

「――本当に驚いた。地獄の中にいるというのにそんな軽口が言えるなんてねぇ」


 そういうと四つん這いの俺の腹に区座里は思いっきり蹴りを入れてきた。


「ッ! なんなんですか! 勇実さん、貴方身体に鉄板でも仕込んでるんですかぁ?」


 馬鹿垂れが。

そんなそよ風みたいな蹴りで俺の身体にダメージを与えられるわけがないだろう。

むかつくがもう少しだ。

俺は自分の弱点に立ち向かわなくてはならない。

ゆっくりとだが確実に俺は自分の身体を動かした。

そして、ようやく目的の場所にたどり着く。



「勇実さん。何がしたいのかさっぱり分からないですよぉ。それにしても九条さん達は劇的に効いているようなのに、勇実さんには随分効果が薄いですよねぇ。やっぱり何か秘密があるんでしょうかね」


 大きく息を吸う。

田嶋、貴様に初めて感謝しよう。

どうやら俺は――




「また一つ成長したようだ」



 俺は吐しゃ物で汚れた口を拭い、すぐ近くの区座里を蹴り飛ばした。


「ぐぁああッ!!」



 区座里は俺の蹴りを喰らい轟音を立てながら壁を破壊して廊下の外まで転がっていった。

くそ、まだ頭が回ってやがるな。まぁ大分マシになったが。


「ど、どうして立てる!? 貴方はまだッ! リンフォンの地獄の中にいるはずなのにッ!!!」

「どうしてって、知ってるか――」







 俺はスーツに付いた汚れを叩きながら区座里を見てこう言った。








「俺の乗り物酔いの原因は匂いなんだぜ?」




「……は?」

「普通は三半規管がどうこうって理由らしいけどよ。まぁ俺の場合はって話だ。最近はコーラとか紅茶とかでそういう匂いを誤魔化してるんだが、こういう場合はコーヒーもありみたいだな」


 そういうと床に落ちて零れているコーヒーを見る。

あそこまで近づきコーヒーの匂いを嗅ぐ事によって俺はこの窮地を脱したのだ。

味はともかく、コーヒーの匂いは克服出来たようだ。俺も成長したと本当に痛感する。

今回改めて痛感した。

俺、乗り物嫌い。


「何を言っているんです?」

「あ? だからコーヒーの匂いで乗り物酔いを誤魔化したんだよ」

「い、意味が分からない! 貴方は間違いなくリンフォンの地獄に落ちていたはず!!」

「だから地獄にいたぜ?」



 乗り物酔いって地獄の中になぁぁぁ!!!!

道理で気持ち悪い気配が出てた訳だ。

なんて最悪な物を作りやがるんだコイツ!





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乗り物酔いが死ぬほど地獄なのは理解できる
[一言] 乗り物酔いって人によっては本当に地獄だからなw
[良い点] 生きてきた中で一番の苦しみが匂いによる乗り物酔いww
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