人身共喰13
インフルエンザにかかっていました。更新が遅れて申し訳ないです。
小笠原さんとの通話を終えスマホをポケットに入れる。用意していた着替えをホテルの入り口に置き俺は後ろを振り向いた。
「では行ってきます。念のため離れていてください」
「本当に1人で行くんですか? 確かに僕が行っても足手まといですけど」
桜さんの弟子である弥七さんは少し歯がゆそうに自分の足元を見ている。桜さんの霊香を使った霊媒によりこの地の秘密が解き明かされた。ただその反動で桜さんは現在病院へ運ばれている。本来であれば弥七さんも同行したいのだろうが、この一件を最後まで見守ろうとしているらしい。
「問題ありません。俺の一番の問題は小笠原さんのお陰でなくなりました。あとは俺の仕事です。出来るだけ被害は最小限に納めますが、危険があるかもしれないので少し離れていてください」
「わかりました。どうか気を付けてください」
そういって弥七さんは頭を下げる。俺はそれを見てもう一度気持ちを引き締めホテルの敷居を跨いだ。一歩入るだけで別世界のように冷え込んでいる。冷気による靄のようなものがホテルロビーを埋め尽くしている。
随分様子が変わっている。恐らく力が強くなってきている。その証拠に俺の服の袖が既に喰われている。俺の魔力による守りを貫通するのは厄介だが俺の素の防御でまだ何とかなっている。
「これ下手に一般人が入ったら、数歩歩いただけで喰われるだろ。本当に面倒な力になっているな」
ホッとする反面厄介さが跳ね上がったと少し思う。ホテル内に俺の靴の音が響く中段々と俺の服が消えていく。急いだほうがいいか、このままだと全裸になっちまう。早歩きから徐々に走る形へ変わり俺はホテルの中を疾走する。目的地は例の客室が並ぶフロアの一番奥の部屋。
小笠原さんの話では、このホテルは元々あった井戸を隠すように本来1階部分に当たる場所を埋め立てているらしい。だから床を破壊する必要がある。とにかく急げ、井戸を見つけ、あの糞のような欠片を破壊する。
ロビーを抜け、1階の客室が並ぶ廊下へ到着する。そのまま一番奥の部屋へ向かおうとしたときだ。
「なに?」
目の前に壁がある。おかしいここは廊下のはず。後ろを振り向くがそこにも壁。そこまで来て俺は理解した。
「くそ。霊特有の謎異空間か!」
区座里も使っていた現実とは違う空間。だがそんなもの俺には関係ない。拳に力を入れ目の前に壁に拳を叩きつける。破壊音と共に目の前の壁が破壊される。目の前には森。よくよく周囲を見渡すとどこかのホテルの部屋の中のようだ。割れたガラスと瓦礫に舞う土埃。明らかに場所がさっきまでと違う。
「強制的な瞬間移動? 俺を追い出す気か」
既に俺は半裸だ。このまま外に放り出されたら俺の負けって事になる。そうはさせない。破壊された部屋を物色しバスローブを拝借してそれを纏う。そして破壊された外から見た感じ恐らくここは3階。
目的地は1階奥の部屋。随分飛ばされた。なら俺も多少強引に行かせてもらう。
俺は着替えた状態で破壊された壁から外へ飛び降りた。周囲に人気がないのが本当に幸いだ。またこのホテルの破壊許可を貰わなければ本当にやばかったかもしれない。小笠原さんには感謝しないと。
そのまま地面に着地し、俺はそのままホテルの窓に向かって飛び込んだ。パリンと割れた音と共に部屋の中へ侵入し、そのまま走り出す。扉を開き、廊下へ出ると目の前に犬がいた。
「ここでか」
首だけの犬。それが廊下に並んでいた。目を開き、虚ろとなった犬の首。一気に獣臭が鼻に刺さるが俺はそれに向かって魔法を放った。俺の身体から発せられる閃光は犬の首をすり抜けそのまま周囲の壁、天井、床を照らしていく。
「ちっ。あれにも魔法は無意味か。ならどんな意味か分からないが無視して押し通る!」
廊下を進む。並んだ犬の首がまるで美術品のように床に置かれている中を走ると俺の身体に異変が起きた。
「なるほど。今度はそっちのアプローチか」
強烈な飢餓が俺を襲う。それも前回とは比べ物にならないレベルの空腹、そして食人衝動が支配する。異臭でしかなかったこの犬の臭いが、まるで出来立ての料理が並んだ店のような良い匂いに感じてくる。気を緩めれば廊下に並んだ犬の首でさえごちそうに見えてくるだろう強い誘惑。
「舐めるなよ。このくらいの強い衝動は前に耐えた事があるんだよ」
死にたくない。
走りながらどこか声が聞こえた気がする。
死にたくない。
小さな声、これは子供だろうか。
こんな風に死にたくない。
こんな風とはどうんな様子の事なのだろう。母から犬の肉を喰わされた事だろうか。母から愛情ではなく憎しみを与えられた事だろうか。
お腹が減った。
それでもなお、空腹を訴えるそれを俺は強く否定できない。生まれる前から人に害を与え憎しみを持つことを望まれた子は何を持って幸福と考えるのか。善悪も倫理もなく、ただそうあれと望まれただけの悲しい子供。
この子にとって人を喰う事は憎しみによるものではない。
ただ、愛する母親に対して、唯一の子から母親へ渡せる愛情表現の1つだったんじゃないか。
母の望むように人を喰う。それこそがこの子の存在理由となってしまっている。
「寂しいじゃないか」
俺は拳を大きく振り上げ、床を叩いた。
床が破壊され、風圧で壁がめくれ、建物が大きく揺れる。まるで爆弾でも放り投げられたかのように破壊されたその部屋に大きく不自然に空いた奈落がある。
その奈落の下。
暗く、何も見えない漆黒の闇の中、黄金に輝く1つの光と、母親と思われる骨に抱かれたままのとても小さな子の遺体があった。不思議な事にまだ原型を留めており、小さなミイラとなっている。
「俺は犬を喰った事がない。ただ生肉を喰った経験はある。だからわかるけどよ、あれ不味いんだよな。臭いし噛みにくいし」
俺はその井戸の中にゆっくり降りた。既に羽織っていたバスローブが消え、かろうじて下着だけが残っている状態だが、1つだけ必死に隠していたものがあった。
手のひらで必死に守っていたそれを取り出す。
「悪いな。どうしても手のひらに隠す都合で折れちまってるんだが……こっちの方が美味いぞ」
俺はそういうと半ば折れたポッキーをそっと子供の近くに置く。そして変わり黄金に輝く石の欠片を拾い上げ、砕いた。
「あとでちゃんと供養してもらおうな。そん時はもっと美味いもの備えるからさ」
手の中に消えていく、黄金の石は幻想的な粒となって消えていく。そうしてこの一件はすべて片付いた。
俺がホテルへ到着した時にはすべてが終わっていた。どこか呆然としていた弥七から話を聞いたところ、勇実さんがホテルへ侵入し暫くすると、大きな音と共にホテルが何度も揺れたらしい。まるで破壊工事などしているかのような轟音が響いたそうだ。
何故か着替えていた勇実さんの話では元凶は祓ったとの事。どうやら桜さんの話通り、井戸から2つのご遺体が発見されている。それは既に丁寧に埋葬されることが決まっており、退院した桜さんと一緒にホテルの中を確認したが、既に霊の存在は完全に消えているという事だった。
あれほど強力な霊を簡単に祓うとは流石としか言いようがない。桜さんも多少の損害は覚悟していたそうだが、まさか一番危険な目に遭うはずの勇実さんが無傷だったと聞いた時はたいそう笑っていた。
俺も、まるで戦争でもこの中であったのか? と疑問に思うほど破壊されたホテルを見て頭を抱えていたが、それを見た朝霧は何故か憑き物が落ちたような顔をしていた。
「これで……もう蓋をしなくて良くなったのですか……。まったくもう少し被害は押さえてほしかったですな。刑事さん」
「それは……」
「ああ。すみません。さて、再建しないといけませんね。忙しくなる」
この事件の被害者はあまりに多い。被害者の遺族たちには状況の説明をしなければと考えつつ、俺はガムを噛みながらまた煙草を咥えようとして。
「…………偶にはありか」
井戸の中にいた親子の弔った際、線香と一緒にポッキーが備えられていたのを思い出す。俺は帰りのコンビニで同じものを買い、煙草の代わりにポッキーを咥えて警察署へ戻った。
このエピソードは以上になります。
一度コンテスト用に新作を投稿します。
恐らく2月末くらいまではこちらを更新予定です。
タイトルは、【タナトスナイトメア】という作品です。
ある日、夢の世界に呼ばれて、ナイトメアという魔物と戦うお話です。
能力バトルものになる予定です。主人公は結構強いですが、曲者の敵が多い感じです。
お時間があれば是非一度お読み頂けるとうれしいです。
https://ncode.syosetu.com/n0820jy/1