人身共食7
「勇実です。どうぞよろしく」
俺の目の前に現れた銀髪の男。風貌はどうみてもモデルの優男。なぜかポッキーを食べながら周りを見渡している。――この人があの勇実さんか。
勇実礼土。日本でもっとも有名な霊能者。スカイツリーの解放から名が広まり、その後のバラエティ番組においてその姿が世間に露出された。その容姿から主に中高生に圧倒的な人気を誇り一気に時の人となり、そして――――都内の高校を舞台にした霊能力を用いたとされるテロ事件の立役者でもある。
あの事件で何が起きたのか、刑事である俺は知っている。信じられない話だがそれが事実だと色々な証拠が残っているのだ。間違いなく現代の英雄とも呼べる存在だった。だがその事件を境に彼は霊能者を引退した。理由は明言されていない。だが彼を惜しむ声は多く、またそのルックスから多くの業界が彼に声をかけようと躍起になったそうだ。
「は、初めまして。この事件を担当しています、小笠原と申します」
そういって俺は警察手帳を見せる。勇実さんはそれを一瞥しすぐに俺に視線を戻した。
「あのホテルが例の?」
「はい。何か感じますか?」
「そうですね……」
そういうと難しい顔をしている。いやよく見るとタクシーから降りてからずっと顔色が悪い。まさか感じているのか。このホテルにいる何かに。
「……気持ち悪い」
「っ!」
小声だが確かに聞こえた。すごいな、あの桜さんですら外からではこのホテルの異常性を理解できなかったというのに。
「すごいですね」
「……え?」
「はい?」
なんだ? 話がかみ合わないような気が……。そう思っていると勇実さんの後ろを歩いていた桜さんがこちらへやってきた。
「改めてよく来てくれたわね。正直私たちでは手にあまりそうだったから貴方の助力を得られたのは助かったわ」
「いえいえ。紅芋タルトだけではなく、Qちゃんグッズまで頂きましたからね。任せてください」
そういえばこの伝説の人をタルトで依頼したのか? ――いや恐らくブラフだ。正直金に困っている印象はない。それならその程度の洋菓子自分で買えばいいのだ。なら恐らく別。何かの隠語か。Qちゃんがヒントかもしれない。っていうかQちゃんってなんだ? くそ謎が多い。さすが伝説だ。
「それでどうします? さっそく中へ入りますか」
「ちょっとお待ちを!」
勇実さんがそういうとテントから弥七が現れた。手に何か持っている。あの箱、確か昨日のやつ。
「お師匠さん。指示通り昨日調べてみました」
「どうだったかしら」
「予想通りといいますか、なんといいますか」
そういって取り出した箱。そこには――――――何かに喰われたような人型の残骸だった。
「あら。やっぱり全滅?」
「はい。放った式はすべてこのように食われてしまったようです」
ぞっとした。あれは俺の髪が付着した人型という式神。弥七はこれを囮だと言った。つまり俺だと思った何かがこれらを食ったっていう事だ。
「気になるわね。人型しかいないホテルで何がこれを食べたのかしら」
「となるとやはりホテルの中に犬の霊がいるのかもしれませんね。でもそれならお師匠さんの獣除けの霊香が効かないのが気になるところですね」
「そうね。それに関してはまだ捜査が必要だけど少々気になることが分かったわ。どうやらこの場所は……」
そう桜さんと弥七の会話が始まっていると勇実さんが興味深そうに弥七が持ってきた式神を見ていた。
「勇実さん。何か気になる点でもありましたか」
「え、いやーこういうちゃんとした物は初めてみるもので」
「はい? 初めてなのですか?」
「え……。あははは。我流なもんで……。そういえばこの事件の詳細を伺っていないのですが、このホテルに何かいるんでしたっけ。もしかしてゾンビでもいるんですか?」
待て。なんて言った? ゾンビだって? 依頼内容を確認していないなんて一見すると笑えない冗談のような話。だがこの伝説の人が依頼内容も確認せず来るだろうか。いや否だ。食べ物に釣られ何も考えず来たなんて馬鹿な話なんてない。つまりこの言葉にも意味があるはずだ。
「あ、すみません。適当なことを言って。一応資料は渡されていたのですがどうしても車の中で文章を読むと酔って――」
「待ってください。どうしてゾンビだと?」
「え、ああ。なんていうか……」
そういうと勇実さんは口ちぎられた式紙を1つ指でつまむ。かろうじでつながっているが人型のお腹の部分が半分以上食われてなくなっていた。
「ほら。これって人の噛み痕でしょう? だから死体でも俳諧しているのかと」
そうだ。改めて見てみればこの歪な半円のような抉られかた。これは人の噛んだ痕だ。犬の噛み痕よりも人の噛み痕と言われた方がしっくりくる。桜さん達が来て犬のような獣の霊の存在が明らかになって先入観があり錯覚していた。
それに……そうだ。この事件は人が人を食い殺す事件だったはず。犬が食い殺したわけじゃない。
「このホテルにいる霊は犬ではない? ならあの噎せ返るような獣臭はなんだ。一体このホテルで何が起きてる……」
「ちょっと待ってくれ。人の噛み痕だって?」
そういうと弥七は桜さんとの話を切り上げこちらへやってきて式神の残骸を確認する。
「確かに……犬の形ではない。参りましたね。ですがこの場合は――」
そういうと弥七は桜さんの方を向いた。桜さんは珍しく厳しい顔をしている。一体何が……。
「――面倒な話になってきたわね。私の調べだとこのホテルが建つ十数年前、ここに小さな村があったの。そこで何かがあったらしいわ」
「何かって……何がですか?」
「わからない。ただ調べてわかった事は2つ。1つは狗神と呼ばれる儀式を行った形跡があったらしいという事」
狗神? 聞いたことがあるがどういう儀式なんだ。俺は勇実さんの方へ視線を向ける。すると勇実さんは小声で「書物で読んだことがあるな」と言っている。流石だ。
「失礼、その狗神というのは?」
「民間で流行った蟲術のようなものよ。飢餓状態の犬の頭部を切断しそれを人の往来する道に埋める。そうすることで怨念が増大していくわ。それを用いた呪術ね。この辺りに住んでいる住職を訪ねて記録を見せて頂いたところ、それを行っていた形跡があり鎮めたと記載があったわ」
そんな気味の悪い呪いがあるのか。だが……。
「それは十数年も前の話なんですよね? なぜ今になって――」
「わからないわ。だからこの一件はその狗神の怨霊が残っているのではと思ったの。でもどうやら私の解釈が違っているみたい」
「その後、その村は?」
勇実さんがそう質問する。そんな不気味な儀式をするくらいだ。碌な結末ではないのだろう。そしてそのう予感は外れなかった。
「全滅したわ。村人全員何かに喰われたらしいの」
背筋が凍る。それだけの被害が出たっていうのか。
「だから私は狗神の呪いを使い、全員犬の怨霊に喰われたのだと。そう解釈した。でも違うみたい。恐らく真相はこうね」
村人全員で共食いをした。