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人身共食4

 俺は目の前を歩く霊能者2人を視界に収めつつ、スマホを開き部下から送られてきたメールに目を通している。




 梅原桜。主に関西方面で活動している霊能者であり、テレビなどのメディア露出は数回。数年前の人類霊力発現期においては大きな活動はしておらず、今まで通り小さな依頼をこなすだけだった。だが知る人ぞ知るタイプの霊能者であり、能力だけならあの大蓮寺という霊能者にも劣らないと評価されているそうだ。


 そしてその弟子である梅原弥七。桜の孫であり現在は桜の元で修行中。だが霊力が消え去った今の現代でこうして残っている悪霊による事件に対しては桜に続き貢献を続けている。




 強力な助っ人と見るべきか、たった2人で大丈夫なのかと心配するべきか。判断に悩む所だがない物ねだりをしても仕方ない。




「それで梅原さん。実際このホテルへ来てどうみます?」

「桜でいいですよ。これも弥七と呼んでやってください」



 俺の前を歩きながら穏やかな声色で返事をする。



「では桜さん。どうみます?」

「さあ。どうでしょうね。まだ見えないわ」



 トントンと杖を突きながら歩く桜はホテルの前で止まりゆっくりホテルを見上げる。



 俺から見えれば一見は綺麗なホテルだ。建設され結構な年月は経っているがこまめに清掃されており、年季は感じるが古いという印象は感じない。だが人が何人も死んだ惨殺現場だと考えるとどうしても今は不気味に感じる。だが霊能者である2人には果たしてどう見えているんだろうか。



「どうするお師匠さん?」

「どうしようかね。――まず入ってみるかね」




 そう言うと桜さんは首元からかけていた袋から何かを取り出す。それは小瓶に見えた。中に何か入っているのか?




「刑事さんはどうします?」

「無論同行します。とはいえ邪魔になりそうならすぐ撤退しますがね。それか霊能力でその辺も分かったりするんですか?」


 

 ひと昔ならともかく今は霊能力というのはあるのが確認されている。だから俺が言った言葉も嫌味ではなく、もしかしたら本当に俺自身が邪魔になる可能性があると考えた。



「いえ、あいにくそういった方面の才能は恵まれてないんですよ。そうですね。とりあえず一緒に行きましょうか」



 そういうと桜は手にしていた小瓶の蓋を開けて手を振る。するとその腕の軌道に合わせて白い霧のようなものが現れた。




「あの……これは……?」

「霊香というものです。白檀や沈香なんかを混ぜて作るんですよ。本当に弱い霊ならこれでも十分ですが……ここはどうですかね」



 桜を先頭に俺たちはホテルへ足を踏み入れる。電気は動いているからエレベーターも普通に動いているため、数日前とまったく状況は変わらない。だが無人のホテルというのは何て言うか違和感がある。つい先日まで多くの人でにぎわっていた場所が途端に無人になるのだ。まるで神隠しにあったかのように。



 ドライアイスのような煙がゆっくりホテルのロビーに広がっていく。それが少し幻想的な雰囲気だ。歩きながら桜が腕を振っている。とはいえ特に何か危険な雰囲気は感じない。ここへ来ることを諦めたもう1人の霊能者の件も考えればここに霊がいないという楽観的な考えは出来ないだろう。



「犯行現場は2階です。一応エレベーターでも階段でも行けますがどうしま――」



 

 そこまで言いかけて俺の動きが止まった。







 聞こえたのだ。







「……刑事さん? いったいどうし……」

「お待ち」



 そんな2人の声が聞こえ思わず我に返る。




「これは、申し訳ない。すぐ向かいましょう。一応エレベーターも動いてますがここからなら階段の方が近いでしょう」


 そういって歩き出す俺の足を一本の杖が遮った。



「……どうしました? 桜さん」

「どうした、はないでしょう。小笠原さん何がありましたか?」

「あ、ああ。さっきの……。すみません、ただ前に聞いた犬の遠吠えが聞こえて思わず――。野犬でもいるのかもしれないですね」



 リゾートホテルの近くに野犬なんているわけがない。常識的に考えればそうだ。だが確かに聞こえた。それも前回の事も合わせれば2度もだ。





「犬ですか……」



 そう呟くと桜は懐から別の瓶を取り出した。



「弥七。周囲の警戒をしなさい」

「はいよ」



 そういうと先ほどまで持っていた小瓶を弥七の方へ放り投げそれを受け取っている。そして新しく取り出した瓶を俺の前に向け振りかけた。




「祓い給え。そこはお前のいるべき場所ではない」



 そう言いながら数度手に持った瓶を振る。何が起きているか分からず俺は混乱した。



「おい、待て、待ってくれ! 何をしている!?」

「落ち着きなって刑事さん。あんた憑かれてるっぽいよ」

「はぁ!? 何を言って……」

「だから大人しくしてなって。すぐ終わるから」



「祓い給え。お前がそこにいる事を私は知っている。どきなさい。消えなさい。でなければ――」



 くそ、意味不明だ! 俺が憑かれてる? 犬の遠吠えを聞いただけで!?



「これはお前の同族の血だ。そら同じ目に遭いたいかい。畜生共」



 何かが俺の身体に浴びせられる。それは桜が持っていた瓶の中身。だが何も起きない。特に痛みも身体の不調も感じない。なんだどうなっている? 不発? それともやっぱり俺に憑かれているってのは勘違いか!?



「おい、あんた達。いい加減にしてく――」



 臭いだ。息が出来ないレベルの獣臭。それがこのホテルの中に充満している。まるで雨に濡れた犬たちがこの中で足の踏み場が無い程いるかのような。




「お師匠!」

「こりゃいかんね。撤退だよ」



 そういうと弥七は桜を抱きかかえ走り出した。



「おい! 何してんだ刑事さん。さっさと走れ!!」

「くそ、ゲホゲホッ! 待て、待ってくれ」



 余りの臭さに息が出来ない。口元を隠し前を走る弥七の後に続く。体力に自信はあるがこの悪臭の中だと思った以上に身体が動かない。



「おい刑事さん! 速く走れ。来るぞ」

「来るって何が!?」

「わからん。だから早く逃げるんだ」


 

 道しるべのように広がる白い煙。それに若干匂いが緩和されるがそれでもやはり耐えられない。息を止め必死に走る。そのまま俺達はホテルのロビーから脱出し外へ逃げ出した。



「はぁ! はぁ! おい、あんたら……説明しろ! 何があった!」

「お待ちなさい。少し情報の整理をした方がいいでしょうね。小笠原さんまだ犬の遠吠えは聞こえるかしら?」

「はぁ、はぁはぁ。遠吠えだと? 今は聞こえないがそれがどうしたってんだ」

「祓えたって感じはしないわね。まだ中にいる? それとも逃げた? でもあの手応えは……いえそれでもやっぱり()()()()()()

 


 そういうと杖を突きながら何かぼそぼそ独り言を言い始めた。本当に意味が分からん。




「刑事さんにかけたアレは獣避けの霊香って奴なんだ。大体の動物霊には効くんだけど今回のはちょっと普通じゃないっぽいね。とりあえず刑事さんはしばらくホテルに入らない方がいい。っていうか近づかない方がいいかも?」

「馬鹿いえ。担当が離れて遠くにいるなんて出来るかよ」

「自分の命が危険かもしれないのにかい」

「そんな承知の上でこっちは働いてんだよ。それで――どうなんだ?」




 今の一件で俺ですら理解出来たことがある。まずこのホテルには確実に霊がいる。それも人間の霊じゃない。多分動物の霊が。




「もう少し調べないとなんともだね。とりあえず1つ頼みがあるんだよね、刑事さん」

「何だってんだ」

「まだ逃げないんでしょ。だったら……」



 俺のすぐ目の前まで迫った弥七はゆっくり俺の腕に触れた。




「次、遠吠えが聞こえたら、もしくは犬に関する何かを感じたらすぐ報告してくれないです? 分かってると思うけど……刑事さん狙われてるよ」

 

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