人身共喰2
リゾートホテル朝霧。地方の海岸沿いにある山を開拓し作られたホテル施設。広い砂浜や滝などの自然が近くに溢れ、観光客が年々増えているリゾート地であった。その裏手の駐車場に物々しく救急車とパトカーが集まりホテル内は2階フロアが封鎖されていた。
「被害者の数は?」
ホテルの3階にある大広間の1つを貸し切り警察、救急隊が集まり会議をしている。その場を仕切っていた刑事の小笠原の言葉に救急隊員がメモを片手に報告を上げた。
「少々報告が難しいのですが……亡くなったのは総勢7名。内訳として被害者4名。加害者と思われる人物が3名。またこの加害者と思われる3名全員も死亡しています」
今回の事件は奇妙の一言であった。まず殺害された4名は全員がこのホテル朝霧の2階フロアで宿泊しており、部屋はそれぞれ別々。3組のグループで起きた事件。なのに犯行方法が一緒なのだ。
それは夜中。就寝中に同室の人間を食い殺すという残忍な方法。
「ほかの2階フロアの宿泊客の様子は?」
「他に宿泊していた客は全員無事です。現在事情聴取をしていますが、おそらく何もないかと」
「被害者たちの共通点は?」
「不明です。年齢も出身もバラバラ。一応本部に報告して捜査しますが、何も出ない可能性が高いかと」
小笠原は貧乏ゆすりをしながらホワイトボードに張られた被害者の名前を指で叩く。
「例えば、今の時代ならSNSで繋がっていたとか、そういうのはないのか?」
「ホテル内の監視カメラや聞き込みをして回りましたが、その線も薄いと思います。3組の被害者たちが話している様子はありませんでした。所謂オフ会であればもう少し積極的に接触しているはずですし、隠れて会う必要性も感じません」
1件だけなら猟奇殺人だ。だが3組同時にそれぞれ事件が起きたなら別の側面が見えてくる。
「死亡時刻は? やっぱり一緒か?」
「死亡時刻は全員深夜2時~3時の間。騒音により駆け付けたホテル従業員の発見時には襲われた被害者は既に死亡しています」
「つまりどう足掻いてもほぼ同時刻に犯行が行われたと……」
それぞれの報告に全員が頭を抱える。意味が分からなすぎるからだ。そして誰もがもう1つの原因と思われる要素を口にしない。
「加害者の方の死因は?」
「鑑識の報告では、餓死の事です」
「……餓死だと?」
「はい。被害者の身体は栄養失調状態だったと判断され餓死と判断されました」
「ありえるか? 被害者は全員ちゃんと食事を取っているんだろ。解剖は?」
「もちろん。回しています。胃の内容物を見たところ食事の痕跡もありました。ただ――1点奇妙なものがあったと報告が上がっています」
「……なんだ。おかしい事続きだ。この際1つ増えたところで問題はない」
回ってきた報告書を片手に躊躇いながら報告が上がる。
「加害者の胃の中に、あり得ないものがあったと」
「あり得ないもの? 具体的に言ってくれ」
「はい。その…………被害者の……人間以外の肉が……胃に入っていたそうです」
「それの何がおかしい。夜はホテルで食事を取っている。消化される前の肉があってもおかしくはないだろう」
「いえ、それが――その肉に皮膚が張り付いており、そこに獣の体毛も生えていたそうです。まるで、解体もしていない獣の肉を、その体毛ごと食べたかのような感じだったと」
その報告に全員が言葉を失う。
「その肉は何の肉、いや動物だ?」
「――――犬、だそうです」
「……加害者全員の胃にか?」
「はい。被害者の胃にはそれらは検出されていません」
唯でさえあり得ない事件。その中に更に不可解な謎が増えた。日本で犬を食う文化はない。それが何故か加害者たち全員の胃か見つかった。ホテルで出す料理に問題があったのかと疑問に思うが、被害者の胃にないのであれば、ホテルからの食事ではない。ならどこでそんなものを食らったのかという疑問になるが、事がここまで進めば否応なく別の事柄が頭に浮かぶ。
霊現象。
それも質の悪い悪霊と呼ばれる類のもの。
「――動ける霊能者を集めよう。またアマチに連絡し、以前使っていた結界の札がまだあるか確認。あとはこのホテルの社長と話し、このホテルを一時休業にするように掛け合うぞ」
「それは困ります! ようやく軌道に乗ってきたばかりなんだ。ここでホテルを休むなんてありえない!」
憤慨するのはこのホテルの社長である朝霧大智。家族経営で小さなホテルを運営しており、この大智の親の代で規模を拡大、ようやく軌道が乗ってきたばかりであった。そんな中で自身のホテルにて殺人事件が起きたというだけで頭が痛いというのに、ホテルの運営も一時ストップしろという警察からの要望に朝霧はなっとくできなかった。
「犯人はもう捕まえたのでしょう!?」
「ええ。そして全員死亡しました。いいですか。これは普通の事件じゃない。犯人を確保すれば終わりという事件ではないように感じてならないのです」
ガラステーブルを挟んでいっこうに進展しない会話に互いのストレスは高まっていく。
「終わらないとは。何か証拠でも?」
「証拠はありません。一応霊能者の派遣を要請しています。そこで何か見つかるかもしれない」
「かもじゃ困るんですよ。その程度の理由でホテルを休みにするなんてもっての外だ。それとも休み分の損害は警察が保証してくれるのですかな?」
「いやそれは……だがこれ以上被害者が出ればホテルとして致命的でしょう」
「ええ。もう致命傷ですよ。7人が死亡。あの部屋はしばらく使えない。現在実行犯の家族に損害賠償請求の準備を進めていますがそれでもこちらが被った被害を考えれば大した補填にもならないのですよ」
「損害賠償といいますが、今回は少し難しい。霊被害による事件の場合、国が用意した霊能者立ち合いの元にその精神状態の調べられます。そして霊により本人の心神喪失状態を認められれば、精神鑑定と同じく、本人の責任能力がなかったと見なされます。恐らく裁判をしてもあまり意味はないかと思いますがね」
小笠原の言葉に朝霧は眉間にしわを寄せる。
「だったら。余計にホテルを休ませる事なんてできない。損失を取り戻し、イメージの回復に何年かかるとおもっている。そもそも霊だって? いるわけがない。霊能力だのなんだのと言われていたあの時ですらこのホテルに心霊現象は起きなかったんだ」
「だからこそです。数日調べさせてください。それで何もなければそれでいい。だが万が一、何も調べずまた被害者が出れば今度こそこのホテルは終わる。そんな事許容できないはずだ。なら今は我慢の時ですよ朝霧さん」
「お疲れ様です。ホテルの方はどうなりましたか」
「ああ。何とか説得して3日間開けてもらうことになった。準備の方は?」
「はい。何とか腕利きの霊能者3名を押さえました」
「よし。引き続き、この3組の接点を探りつつ、もう1つの可能性である霊について捜索をする」
ホテルの2階のフロアを歩きながら指示を出していた小笠原はふと立ち止まる。
「どうしました?」
「……いや気のせいだろ」
動揺を隠すように懐からガムを取り出し口に入れた。
(こんなところで犬の遠吠え? 気にしすぎだ)