業の蔵20
「勇実さん。どうやら懸念していた事が当たりました。どうやら学校内にいた方々が外へ……」
「ならすぐに戻ります。当弥さんの方は……」
あの後、朱音さんはやはり暴れ自傷行為を行おうとした。だが事前の備えもあったため怪我はなく現在はベッドの上で意識不明の状態となっている。
そしてその朱音さんの意識を視ていた当弥さんは断片的ながらも朱音さんの視た情報を入手することに成功した。
だがそれとほぼ同時に学校の異変の連絡が空さんへ入り俺は先行して学校へ戻る事となった。俺はすぐに病院を後にし、人気のない場所で魔法で姿を消して空を飛び、学校へ急ぐ。
周囲に被害が出ないよう気を付けつつ全力で移動したため、殆ど数秒で学校へ到着できた。上空から見るに確かに中にいた生徒たちは校門へ向かって移動している。だが不思議な光景だった。校門前にいた応援の霊能者たち。そしてそのすぐ近くに生徒たちが立っており静止している。
まるで時が止まったかのように。
(恐らくあれはエンカウント状態って事か)
ブブブッ、ブブブッ
スマホが震え画面を見ると連絡先を交換した空さんの名前が表示されている。
『勇実さん、今どちらですか?』
「もう学校です。やはり生徒たちは既に校門へ向かって歩き始めているようで、外へさらに広がるのも時間の問題かもしれないです」
『もう学校に? いえ今は置いておきましょう。既に周囲は警察の協力の元、封鎖しています。そして同様に対象を見つけても接触しないようにバリケード等で道を塞ぐように徹底して頂いております』
その話を聞き、空から周囲を確認する。よく見れば赤いパトランプが回っており大勢の警官が動いているようだ。
『勇実さん。当弥さんが手に入れた情報を整理して先ほどメールを送りました。いくつかこの状況で役に立つ情報があります。簡単に説明しますね』
「はい、お願いします」
空さんから聞いた話はまた胸糞悪い話であった。
どうやら利奈の同学年の子があの男の手により殺害されていたようだ。その際、脳を奪われ、代わりに呪星という呪具を頭の中に入れられたという事。そして呪星という呪具は相当危険なものらしく今回の騒動の原因こそその呪星だという事だ。
『どうやらこの呪星は、土地に埋め込み使用する呪具のようです。それが人の頭部に入れて発動されたとみていいでしょう。ここからは憶測です。この呪星は人の業を集め作られた呪具だそうです。恐らくその効果は呪星を埋め込まれた土地に住む人間に強制的に業を与え、思考を誘導、そして最終的にそこへ住む人間を生きたまま呪いへと転ずるものではないか、という事です』
生きたまま、呪いに?
「それはどういう……」
『あくまで憶測です。ただ、勇実さんの話にありました思考の誘導、そして今回の状況を加味すると恐らくそこまで間違っていないのではないかと思います』
「ならあの触れた瞬間始まるゲームのようなあれは――」
『はい。恐らく、中沢愛という女子生徒の身体を苗床にしたためかと思います。厄介なことは霊ではなく、生きた呪いのような存在という事です。霊ではないから異常な霊力を感知できず、ただ純粋な呪いとしてこの異常現象を引き起こしているのだと思います』
呪い。霊と呪いは似ている。何度かそういった存在と対峙した事はあるが、呪いは霊と違い感知が難しい。個人的な印象だが、霊は魂が関係しているが、呪いは純粋な負の感情が根っこにあるように思う。
『この状況、最終的にどうなるか予想ができません。ですが、止める方法は1つです』
「あの屋上にいた子が中沢という子であるなら、学校内にいる中沢愛を見つけ、頭部にある呪星を破壊する」
『はい。恐らくそこが今回の元凶です。ただかなり危険な呪具であり、こういった呪具は近づくだけで危険な場合もある』
「そこは問題ないかと思います。見つけ次第すぐ破壊します」
あの思考の誘導が既に呪いの初期段階であるなら恐らく俺には耐性がある。今ならわかる。恐らくあの校内は既に呪いの坩堝と化している。だから一歩でも中に入ると狂うんだ。だが、そうなると何故自傷行動を引き起こすんだ?
そう考えた時、記憶に蘇るのはあの斑髪の男が執拗に俺に殺させようと誘導していたこと。
何かあるのか。呪いに影響を受けた人物が死ぬことによって生じる何かが。
空さんから聞いた情報であれば本来は土地に埋め込む代物らしい。だが今回はそれを人に埋め込んだ。そこで歪んだのか? 本来と違う効果が出ていると考えるべきか。だがどのみち死なせてはならないという事に変わりなない。
「了解です。とにかく学校へもう一度潜入し中沢さんという子を見つけ、対処します。ただ……現場待機していた霊能者の方々が既に生徒と触れ、恐らくあの空間に閉じ込められているようです」
『……そうですか。いやそれに関しても得られた情報があります。確実とは言い切れませんが――』
空さんの話を聞いていると、脳内に何か聞こえる。
【近くのプレイヤーが助けを求めています。救援に行きますか?】
プレイヤー? そうか、ゲームをしている霊能者たちのことか。だが助けってなんだ? いやそうか! 俺ならともかく普通の人間にあのモンスターの相手は厳しいはずだ。何かの方法で救援を呼んだって事か。そして近くにいる俺が呼ばれた?
理屈は大よそ理解出来たが、同時にその異常性を強く認識させられた。
俺は今空中の離れた場所にいる。だというのに、当たり前のように俺は呼び込まれている。もうこの周辺まで汚染されているというのか。だが――。
「YESだ」
俺がそう言うと目の前は暗くなり、次に視界が明確になるとまたあの妙な空間にいた。どこからともかく聞こえるBGM。巨人のようなモンスター。死に掛けの霊能者たち。
「あ、あんた確か……」
尻餅をついた男が俺を見ながら驚愕の表情をしている。周囲を見ると既に死亡したと思われる霊能者、重傷者までいる。そして……いくつかのモンスターの死体。
「さて、どっちか、だが……」
直前に聞いた空さんの情報。
それは、この力の影響を与えた中沢愛のゲーム愛によるものだ。情報によれば中沢愛は昔のRPGをこよなく愛していたそうだ。そしてその中で1つ興味深い点に注目していたという。
それは、主人公たちはゲーム内で明確に死亡と表記されるのに対し、モンスターたちは倒してもたおれたという表記になる事。
もしそれがこの空間でも反映されているのであれば、主人公は死に、敵はたおれたとなる可能性が高い。では、中沢愛にとってどちらが主人公なのだろう。モンスターという形状を考えればこちらが主人公サイドと考えてもいいのだが、確証が持ちにくい。
操っていると思われる生徒たちか、それともそれに対峙する俺たちなのか。
それ故、どっちなのかという問題は大きい。だが――だが1つ確信した事がある。ここへ呼ばれた時、プレイヤーと言っていた。そうプレイヤーだ。後は――。
【サイクロプスの攻撃。しかし勇実が庇った。勇実の服へ60のダメージ】
俺に向かって巨大な拳が叩きつけられる。たった一発。そうたった一発で俺のシャツは吹き飛んだ。
「は?」
それは誰の声だったか分からない。俺はシャツが破れ半裸スタイルという羞恥心を押し殺して後ろにいる男達に聞いた。
「おい、あの狼男とか倒したのか?」
男は俺の姿を見てどこか茫然としている。まさか服が吹き飛んだ事で変態だと思っているんじゃないだろうな。
「おい、聞いてるのか。大事な事だ」
「ち、違う。殺したくて殺したんじゃない! 殺さなければ俺達が殺されてた! これは正当防衛だ!」
錯乱してる? 無理もないか。
「違う。落ち着け。倒した時アナウンスが流れたはずだ。その時死んだと流れた? 倒されたと流れなかったか? 誰でもいい思い出してくれ!」
「は? 何言って――」
「思い出せ、大事な事だ!」
まずい、問答をしている間にターンが流れた。巨人が動く。
【サイクロプスの攻撃。しかし勇実が庇った。勇実の服へ49のダメージ】
まずい! 俺のパンツが!! ダメージ仕様になっちまった! 着替えがないのは流石にヤバすぎる。あと一撃。あと一撃喰らえば俺は死ぬ。いろんな意味で死ぬ!
「早くしろ。何度も庇えない! どうだった!」
「ま、待て待ってくれ。何がなんだか……」
「さっさとしろ! 俺のライフが持たん!」
一喝する。すると男の一人が震えながら頭を抱え、うつむきゆっくり声を絞り出す。
「た、確か。そうだ。倒れたと書いてあった気がする」
「そうだ、内田はやられた時、しんでしまったって書いてあった」
「しんだ、そうだ、確かにしんだってあったぞ」
よし、という事なら主人公サイドはこちら側ということ。なら向こうのHPを0にしても死ぬ可能性は低くなった。なら後は……。
1ターンに動ける行動は決まっている。何度も庇うという行動をすると俺は一切身動きが取れなくなる。人の命と俺の社会的死で天秤をかければどちらに傾くなかんて必然だ。だが、そんな無敵モードになるつもりもない! だから――俺も手札を切る。
「いけ! キイッ! 君に決めた!!!」
俺の指輪から小さな猿が飛び出した。




