業の蔵18
新年あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします。
病院へ行くと、異様な雰囲気に包まれていた。警察官と刑事たちが廊下に何人もおり、看護師や医者たちもどこか緊張した様子を見せている。
「当主様は現在こちらへ向かっているという事です。恐らく先行でここへ向かった警察関係者が利奈ちゃんに事情を説明、我々が到着次第あの映像を見て頂く手筈になっています」
「……急ぎましょう」
いくら霊が当たり前になった世の中に変貌したからといって、利奈は好きこのんでああいったものを見るタイプではない。であればせめて傍にいてやるべきだ。あの肉眼では見えない植物が何なのか、あの男が残したこの現象は、起き上がった生徒は、それらの疑問が少しでも分かれば、突破口が見えるはず。
病室へ行くと、栞の寝ているベッドの横に利奈がいた。手を握っているようだ。近くには篤さんと確か一度会った事がある当弥さんがいた。
「来たようだね。母がこちらへ向かっているが、時間がない。利奈ちゃん、始められるかな」
栞の手を強く握っていた利奈がゆっくりと手を離し、当弥の方へ、そして俺の方へ視線をむけた。緊張気味のようだが怯えている顔ではない。なら俺が出来る事は応援するだけだ。
「はい。大丈夫です。空さん……映像を見せて下さい」
「ええ。こちらです」
タブレットが渡され、それを少し震えた様子で利奈は受け取る。俺は利奈の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。傍にいる」
「……はい!」
そしてゆっくりと顔をあげ、再生されたタブレットの映像を見た。ドローンからの空撮映像。徐々に校舎へ寄っていき、やはりあの植物が見え始める。そして――。
「ここです。この屋上にいる女子生徒」
段取りは空さんから聞いている。いきなり本命の女子生徒の画像を見せるのではなく、ゆっくりと段階を踏んだ方がいいだろうと判断していた。
「アップの画像です」
「はい……」
空さんが画面をスワイプする。すると少々解像度は荒いが、屋上にいた女子生徒の姿が表示された。風船のように頭部を膨らませ、目や鼻から流血しており、その血を浴びたであろう血だらけの制服姿の女性。その姿を見て利奈は小さく息を呑んだ。俺はそれを見て利奈の手を握る。
「警察の方々に協力して頂き出来るだけ解像度を上げてあります。申し訳りません、見ての通り顔は3倍近く腫れており髪形くらいしか特徴が残っていないかと思いますが……」
「はい……こ、こんなひどい事……でも誰なのか――」
やはりそうか。いくら同学年であろうとここまで顔が変形していれば見分けがつくか怪しいか。
「少なくとも同じクラスじゃないと思います。あの日は誰も欠席していませんでした」
くそ、もう少し特定できる要素が必要だ。思い出せ、あの男はなんて言っていた。
『いやぁこういう学校はいいぞ。人の欲望が渦巻いている。特に学生なんて楽勝だ。こいつらの悩みなんて手に取るようにわかる』
『例えば、霊力をあげる方法があるって釣ってみたりな?』
「霊力を上げる方法……そうだ、奴はそういっていた」
「ん、何だいそれ」
「当弥さん、報告が上がっていましたよ。確か霊力をあげる方法があると嘯いて学校の生徒が何名か行方不明になったと」
「ああ。確かにそんな話上がっていたね。確か近々捜査が入る予定じゃなかったかな」
俺の言葉を聞き、利奈はゆっくりと指で頭部が変形した女性の顔に触れた。
「霊力をあげる方法、そうです。……あの日、クラスの子が言ってました。行方不明になった娯楽研究部の中沢さんを見たって」
「どんな話だい!?」
「頭から血を流して校内を歩いていたって言ってました……」
静寂が流れ自然とその場にいた者たちが視線を合わせた。
「星申学院高等学校3年中沢という女子生徒だ! 県外から来ている場合は寮に住んでるはず、すぐに寮母へ連絡! 大至急だ! 私物を回収しろ!!」
「女性警官も同行。ただし念のため複数名で行くように!」
廊下にいた刑事がそう叫び、一気に慌ただしくなる。空さんはすぐにタブレットをしまい、当弥さんはスマホを取り出し廊下へ走っていった。
「利奈。お疲れ様」
「――いえ、少しでもお役に立てたならよかったです。――でも」
利奈の顔色が悪い。恐らく知っているのだろう。この後、何が始まるのか。
「心配だよね」
「――はい。お姉ちゃんと同じ目にあっちゃうんですよね……お婆ちゃん。目が覚めたばっかりなのに――本当は私がやった方がいいんだってわかってます。でも――どうしても怖くて、言い出せなくて……こんな大事な時なのに、言おうと思うと震えて、声が出なくて……私、私!」
感情が溢れ、涙が止まらないのだろう。俺は優しく頭を撫でた。
「弱い自分を認められるのは十分に立派だよ。弱い自分を、怯えてしまう自分を見ない振りするのは簡単だ。でも自分の弱さに立ち向かって初めて成長できる。だから今はそれでいい。後は俺たちに任せて栞の傍にいてやってくれ」
「……はい、わかりました」
「利奈ちゃんは?」
「栞の傍で寝ています。そちらの状況はどうですか」
扉越しに寝ている利奈を見ながら俺はそういった。
「はい。既にいくつかの私物を確保に動いています。幸い学校近くの寮だったため、もう間もなく彼女の私物がこちらへ来るでしょう。当主様の方もパトカーで先導し、こちらへスムーズに来れるように交通整理も行っていると聞いています。恐らくもう間もなく……」
病院の廊下の奥。エレベーターから人だかりが現れた。先頭を歩くのは和服を着た高齢の女性。そしてその後ろを若い男性が数名同行している。
「到着したようですね。行きましょう」
「ええ」
用意された病室へ入ると既に回収された中沢さんの私物が置かれていた。筆記用具、教科書、靴、化粧品など、それらがテーブルに並べられていた。当主である朱音の左腕は固定されており、右手だけが動ける状態になっている。恐らく能力使用後の暴走を出来るだけ早く抑えるための備えだろう。
「……当弥さん?」
俺は思わずそうつぶやいた。
朱音さんの傍に座り、背中に触れている当弥さん。
「ん? ああ。うん、これはね……」
「私の方から説明しよう。勇実さん。まずは孫を守っていただき感謝する」
「いや……もっとうまくやれたと思います」
「この一件は誰が責められるものではない。そう、黒幕以外は。――さて、今から過去視を行う。だが栞の一件を考えると恐らく過去視をすることで私は同じ目に遭うだろう。そうなった場合、読み取った過去をつたえることが出来ない。だから私の役割はフィルターだ」
フィルター? どういう意味だ。
「簡単に言うとね。母が過去視を行い、それと同時に僕が母の記憶を見るんだ。恐らく何かの呪いが栞君のように母を襲う。だがそれは被害者の記憶をダイレクトに体験する事による弊害なのだろう。だから僕はその上からさらに記憶を読むんだ。伝言ゲームのように情報とは誰かを介すると精度が落ちる。それと同じ理屈だ」
「簡単に言うと、当主様は映画のように被害者の記憶を見るのに対し、当弥さんは当主様から見た映画の話を聞いたという程度になるという事です」
空さんの説明を聞いて何となく理解した。確かに人が見た映画を言葉で内容を教えて貰っても完全には内容は入らないみたいな感じか。でも、結末は言葉でも伝えられる。
「まあ空の言う通りだね。本当は僕が直接読む方をやりたいんだけど」
「馬鹿者。お前の能力は未熟だ。恐らく完全に記憶は読めん。それに障害が残る可能性もある。なら私の方がよいだろうさ。さて始めよう。部屋の電気を消してくれ、その方が集中出来るんでな」
朱音さんがそう言うと病室の部屋の電気が落ちた。テーブルの上に並ぶ小物にゆっくりと手を置き、過去視が始まった。