業の蔵16
「いいですか。今回の一連の事件は、はっきり言って異常です。世界規模で見ても前例がないと言っても過言ではありません。まだ確定した情報が少なく完全な情報の共有が出来ず申し訳ないのですが、以下の事は絶対にお守りください」
そう山城空は全員に説明した。
1つ目。校内の敷地に一歩も入らない事。
「幸い、敷地の周囲は壁で囲まれています。その壁を越えないでください。そして追加の禁止事項を申し上げます」
それが2つ目。万が一、中を徘徊している人々が校舎の外へ出た時、絶対に接触してはならないという事だった。
「山城さん。理由を聞いても?」
「詳細は私もわかりません。ただ、勇実さん曰く、別空間に拉致され、強制的な戦闘行為を強いられたという事です。まるでゲームの戦闘のように。対する相手は被害者の方々。恐らく操られこちらを攻撃してきます」
まさかその結果があの恰好だったのかと誰もが考え納得した。
「反撃した場合は?」
「不明です。ただ下手をすると死なせる可能性があると言っていました。だから逃げるしかなかったと。幸いまだ校舎をうろついているだけなので出てくるとは思いませんが、万が一があります。仮に出てきても絶対に接触しないように」
「仮に接触してしまった場合は?」
「逃げてください。逃げると声をあげれば逃げられると伺っています」
「ふーん。まあ、服を破かれる程度なら大丈夫か。了解です」
「まもなく日が落ちる。どのように状況が動くか予想できません。どうか細心の注意を」
先ほど説明された事を思い出す。だが本当にその万が一が起きた。……いや予想されていたのかもしれない。だが丸山も豊崎もどうすればいいのかわからなかった。
「注目! 全員校門から離れろ! 誰でもいいバリケードを張れるか! 俺は山城さんに連絡して指示を仰ぐ!」
何人かの霊能者と警察が動き、門にバリケードを作り始めた。近くの木を切り落とし、門をふさぐように設置していく。下手に門に触れることも出来ないため、かなり荒いバリケードになるが仕方ない。幸い向こうの歩みは遅い。十分に間に合うはずだ。
「くそ、南西方向に悪霊の気配がする。誰か行けるか!」
「こんな時にか! 俺たちが行く」
豊崎が手をあげ声をあげた。
「ここにいても俺らは何も出来ないし、ほらいくぞ」
「あ、ああ」
二人は指示された方角へ走った。既に日は完全に落ち、暗闇が周囲を支配している。闇の時間であり、霊が活動しやすい時間でもある。
「でもアマチの結界があるはずだろ。なんで霊なんか」
「さあな。とりあえず祓っちまおうぜ」
僅かな街灯に照らされた道を歩いていくと、首が伸びた霊が彷徨っていた。いやよく見ればそれだけじゃない。周囲を見れば骨のような老人の霊、頭が欠けた子供の霊。地を這う赤ん坊の霊。様々な霊がこちらへゆっくりと迫っていた。
「な、なんだよこれ! どっかに墓地でもあんのか!?」
「まずい、この数は俺たちじゃ無理だ! 応援を呼ぼう!」
「いや囲まれてやがる!」
弱い霊を祓っていくが、幾ら祓おうと数が減らない。じり貧になってきた所で豊崎は懐から丸い水晶を取り出した。
「虎の子を使う! これでいったん逃げるぞ!」
取り出した水晶を地面に叩きつけた。すると周囲に水蒸気が一気に広まる。この水蒸気は聖水から作り出されたアマチの製品だ。使用の際、水晶自体を投擲して直撃すれば強力な霊さえ祓える聖水だ。もしくは今回のように叩き割り、水蒸気として使用しても弱い霊なら一掃できる優れものであるが、使い切りであり、1つ3万円と高級だ
「よし。今のうちに逃げるぞ!」
「ああ。みんなに早く知らせよう! この数は異常だ」
二人は走り、元来た道を戻る。道中霊を見かけるがすべて無視しそのまま校門前へたどり着いた。門は既に伐採した木で封鎖され、警察が用意した明かりが周囲を照らしている。
しかし。
「なんで、ここにも……」
校門前にも霊が既に集まりつつあり、それをその場にいた霊能者たちが必死に祓っていた。まるで虫のように湧く霊。あまりに異常過ぎる光景に丸山たちは言葉を失った。
「くそ、早く祓え! 応援はまだか!」
「弱い霊のくせになんで結界が効かないんだ!」
「不味い、どんどん増えてくるぞ」
1体1体は確かに弱い。だが数が多すぎる。基本的に霊はあまり動かない。だからここまで集団の霊が集まるなんて普通じゃあり得ない。
「なんだ、まさかここへ集まっている?」
「そんな事考えてる場合かよ! くそ、逃げることを考えたほうがいいんじゃねぇのか!」
「それはそうかもだけど」
周囲を埋め尽くすように現れる霊に翻弄されていると別のチームから信じられない声があがった。
「まずい! バリケードを乗り越えてきたぞ!」
その言葉につられるように全員の視線が背を向けていた校門の方へ行く。すると塞いでいた校門を乗り越えるように数人の制服を着た生徒がこちらへ身を乗り出していた。
「くそ、押し返せ!」
「――いや、よ、よせッ!!」
警察官が用意していたさすまたを使い、生徒を押し返そうとする。その時だ。
その場にいた全員の目の前の空間が割れた。
先ほどまでいた霊が消え、立ち位置が変わっている。
丸山、豊崎を含めた霊能者、警察官の合計9名が目の前の生徒たちと対峙するように並び立っている。またどこからともなく軽快な音楽が流れてきた。
「おい、これって説明にあった奴じゃないのか!?」
そう誰かが声をあげた時、目の前の生徒が変身した。
ある生徒は口が伸び、毛が生え、直立した狼に変身し、ある生徒は肉体が液状化し丸く膨らんだ青いスライムのようになり、ある生徒は身体が膨れ上がり、2倍くらいの大きさの巨人になった。
「ま、まずいんじゃないか!?」
『グォオオオオオオ!!!』
狼に変身した生徒が吠えた瞬間、全員の腰が抜け、地面に座り込んだ。
【狼男の攻撃。全員が咆哮の影響により身動きがとれなくなった】
目の前には異形の怪物に変身した生徒。対してこちらは全員が腰を抜かして座り込んでいる。誰が見てもまずい状況だ。
【丸山は動けない】
「お、俺!? くそ、さっきっから何なんだ!?」
「おい思い出せ! これはゲームの戦いみたいなもんだって言ってただろ! 全員で逃げるって言うんだ!」
そう叫んだのはここを仕切っていた霊能者の男だった。それにつられるように全員が声をあげて叫びだす。
「逃げる!」
「逃げる!!」
「逃げるって言ってんだろ!」
「逃がしてくれ!」
そう声をあげているときに、巨人になった生徒が動き出し、まるで地面にいる虫をつぶすように手を叩きつけてきた。
【サイクロプスの攻撃。大河に120のダメージ。大河はしんでしまった】
「――は」
丸山は顔に生暖かいものが付着した。ゆっくりそれに手を触れ、顔からはがす。それは紛れもない、人間の皮膚で……。
「うぇぇえええ」
脳が理解を拒む。
「し、死んだ? 嘘だろ」
「あ、あ、ああ」
「嘘だろ。おい! 服が破ける程度って話じゃないのか!?」
「逃げる! 逃げるッ! 逃げるぅぅ!」
青いスライムに変身した生徒が空中へ飛び上がった。そして3倍近く膨れ上がり、そのまま上空から落ちてくる。
「いやだ、いやだ、いやだああああああ!!!」
「早く逃がしてぇ! 早く早く早く!!」
【スライムの攻撃。富田、福永へ36の範囲攻撃】
スライムが先ほどまでいた場所に戻ると下敷きになっていた二人の霊能者が見えてくる。――生きてはいる。だが、虫の息だ。よく見れば腕や足などおかしな方向へ曲がっておりどうみても骨折している。
するとようやく身体に力が入るようになったのか、未だ無事だった人たちがぞろぞろと立ち上がり始める。
「くそ、なんなんだ!? 全然逃げられないじゃないか!」
【小日向は逃げようとした。だが回り込まれた】
理不尽に表示される文字は眼球に張り付いているのか、どこへ向いても必ず視界に入る。走って逃げようと思っても身体が動かない。中途半端に身体が動く分、なぜという気持ちが膨れ上がっていく。
「グォオオオオ!!」
狼男が咆哮しながら腕を振り上げ攻撃をしてきた。攻撃を受けたのは警察官だ。悲鳴を上げ赤い血液が飛び散り、ピンク色の細長いものがこぼれる音が聞こえる。
【狼男の攻撃。立花へ60のダメージ】
「あ、あああ、ああああ――だ、誰か、誰かぁ。俺の、俺の内臓を拾ってくれぇ……頼む、う、うごけないんだ」
軽快な音楽、まるでゲームの中に迷い込んだかのような空間。だがここは地獄だ。身動きは取れず、逃げる事も出来ず、ただ嬲り殺されていく。なぜ逃げられない、どうすれば逃げられる。それだけが頭の中で木霊する。
「こ、攻撃するっ! 狼の方を攻撃だぁ!」
一人の男が声を上げた。彼はこの場の霊能者を仕切っていた内田という男だ。逃げられず、まともに攻撃を受ければ悲惨な末路が決まっている。それ故必然の選択だった。出来るだけ相手の命を尊重する。誰もがそう思っていたが、いよいよとなればやはり惜しいのは自分の命だ。
内田が動き出す。彼の右腕が光りだし、光弾のようなものが射出された。これは彼がもつ霊能力である。自身の霊力を圧縮し、弾丸のように射出する。内田はランクⅤの霊能者であり、遠距離から攻撃する事が出来るこの能力でずっと活動していた。
射出された霊力の弾丸は狼男の身体に当たり吹き飛ばされた。
【内田の攻撃。狼男へ45のダメージ。狼男をたおした】
そう目の前にテロップが表示され狼男が霧のように消えた。
「や、やった。やったぞ。み、みんな! あと2体だ。気合入れろ! 死にたくないだろ!!」
「す、すげぇ。そ、そうだ。殺される前にこっちからやるしかねぇ!」
「あ、ああそうだ。これは正当防衛だ」
そう叫ぶ男たちを見ていた丸山に豊崎から声が掛けられた。
「おい、もうやるしかねぇ。攻撃するんだ」
「だ、だけど……」
「大丈夫だ。こっちの方がまだ人数が多いんだ。みんなで攻撃すればいける。それにあの内田ってやつかなりステータスが高い」
「す、ステータス?」
「ああ。何かゲームならHPとかわかんねぇかなって思ってたら見えたぞ」
それを聞いて内田を見る。
内田英夫
Lv75
HP78
MP42
攻撃力85
防御力63
すばやさ30
かしこさ45
運30
本当にゲームのような画面が見える。なるほどレベル75は相当高いように感じる。
試しに自分のステータスを見てみた。
丸山一輝
Lv42
HP58
MP33
攻撃力65
防御力45
すばやさ25
かしこさ36
運24
なるほど、と丸山は考える。比べるまでもなくあの内田という男のステータスは非常に高い。確かにこれならいけるかもしれない。
「でも……」
この場面でも丸山は目の前の異形のモンスターへ攻撃するという事に忌避感を覚えていた。霊ならまだいい。生きていないし、感覚的に殺すという感じではないからだ。だが目の前にいるのは人間なのだ。例え化け物の姿をしていても人間を攻撃するという事がどうしても出来ない。正当防衛という免罪符を抱えながらも最後の一歩が踏み出せないでいる。
「びびってんじゃねぇよ。俺はいくぜ。攻撃だ!!」
豊崎はそう叫びスライムの方へ走り出した。何もない手には青く輝くナイフのようなものが握られている。それをスライムに刺した。
【豊崎の攻撃。スライムへ25のダメージ】
豊崎に続くように動けるものが攻撃を始めた。そして――。
【元木の攻撃。スライムへ14のダメージ。スライムをたおした】
そのテロップに歓声が上がる。その目にはどこか狂気が含まれているように丸山は見えた。既に1名が死亡。3名が重傷で動けない。残りまともに動けるのは丸山を含めて、5人だ。
「よし、いいぞ。あとは――」
内田がそう声を上げた時。内田の目の前に巨人が迫っている。巨大な拳をそのまま内田の頭上から叩き落とす。
【サイクロプスの攻撃。内田に116のダメージ。内田はしんでしまった】
全員が目をそらしていた現実。この空間の強制されるルールはターン制バトルである事。
最初の1ターン目は全員腰を抜かしてしまいそのまま向こうのターンで嬲殺しの状態だった。2ターン目はこちらが攻撃を仕掛け、向こうのモンスターを2体倒している。
だが、これはターン制だ。つまりこちらの攻撃は1回のみ。当然その後は相手の攻撃になる。つまり1ターンごとに誰かがモンスターの攻撃を必ず受けなければならない。避ける事も防ぐことも出来ず、ただ無防備な状態で攻撃を受けるしかないのだ。
そしてこちらの最大戦力であった内田が一撃で死亡した。
サイクロプス
Lv85
HP253
MP20
攻撃力121
防御力85
すばやさ30
かしこさ30
運6
HP253。残り動ける面子は4名。全員で攻撃しても100も削れるか分からない。仮に死にかけている3人を囮に使えばとも一瞬考えたが、無理だとすぐに悟る。何故なら、あの巨人はずっと立っている4人にしか視線を向けていない。
「た、助けて……誰か……」
【丸山の攻撃。丸山は仲間を呼んだ………………勇実が現れた】