業の蔵14
「……この子は?」
血だらけの女性。服装から考えて利奈と同じ学校の生徒のはずだ。それが何故屋上にいる? しかも血だらけで。
「名前まではわかりません。この後ドローンが近づこうとしたのですが、急にカメラが動かなくなってしまいそのままドローンは戻ってきたという事です」
顔で判別も無理か。まるで空気を入れたみたいに膨らんでいる。どうやったらあんな顔になるんだ? いや呆けている場合じゃない。
「生きているなら重傷だ。急ぎ屋上へ行きます」
「……はい。どうか気を付けてください」
「行くぞ、コン。キィ」
霊力を強引に奪い、マサに渡した結果、本当にマスコットのように縮んでしまったコンとキィを連れ校舎へ足を運ぶ。校門を一歩踏み込むと一瞬頭にノイズが走る。妙な方向へ思考を誘導されそうになるが、そうなると分かっていれば耐えられる。
「いいか。俺は屋上へ行く。お前らは引き続き救援活動をしろ」
そういうと俺は足を踏み込み、一気に屋上へ跳躍した。空中で屋上の少し上をにらみつけるがやはり何も感じない。あのタブレットで見た妙な植物を思い出す。
「大体この位置のはずだが……」
そう考え一応魔法を放った。本当に植物があるなら余裕で一刀できる程度の魔法。だが手ごたえはない。だがようやく分かりやすい異常が発見されたのだ。当然原因があるはずだ。
「いや……だめだな。まずは救援が先だ」
頭を切り替え、屋上へ着地。人影はない。魔力を放ち校舎全体を覆う。倒れた生徒や教師の気配、いや――動いている人間がいる。
「それも単独じゃない。数十人規模だ。どういう事だ、さっきまで誰も動いていなかったはずだぞ」
周囲を見渡すとコンクリートの屋上に血が垂れている場所がある。間違いなくあのタブレットに映っていた場所だ。
「血は乾いていない。なら近くか?」
少なくとも屋上にはもういない。だがすぐ下に先ほど感じた動いている人間が数名いる。ならその中か?
屋上の扉から校内へ入り、階段を飛ばして下へ降りる。そして廊下へ向かうとそこに倒れた生徒たちと、そして歩いている生徒がいた。
「おい、大丈夫か?」
声をかけるが反応がない。後ろを向いているため顔が見えないが、まさか意識がない?
俺は倒れている生徒をよけながら呆然と歩いている生徒の肩を叩いた。
「おい、大丈夫――」
触れた瞬間、目の前が割れた。
周囲に先ほどまでいたはずの生徒たちはおらず、俺は廊下に立っている。目の前にはさっきの生徒だ。
「なんだ、身体が動かない? それに……変な音楽が聞こえる」
動けないというのではない。身体がまったく言う事を聞かないという感覚。だが首は動く、手もわずかに動くようだ。
そしてこの音楽。まるで一昔前のゲーム音楽のような音がどこからか聞こえる。
「おい、君は平気……か……」
向かい合うように立っていた生徒に声を掛けた時。生徒の身体が膨らみ肌の色が変わり、体毛が生えていく。
「グアァアアアアアッ!!」
牙が生え、完全に人間ではなく、狼男のような姿へ変貌した。
「何がどうなって――」
そういおうとした瞬間、目の前に文字が出現した。
【礼土は様子を見ている】
「はぁ?」
なんだ。どこから現れた? いやこの感じ……まさか?
「グァアアアアアアッ!!」
狼男は咆哮しこちらを睨んでいる。
【狼男Aの攻撃。しかし礼土に咆哮は効かなかった】
また文字が見える。どこかで見たことがあるが……もしかして――。
これはゲームバトルシーンか!?
そしておそらくターン制のバトル。少し前に遊んだドラ〇エリメイクに似ているからおそらく間違いない。
だがなんでそうなる? まさかあの時、肩に触れた事がエンカウントになったのか?
【礼土は様子を見ている】
まただ。恐らく今ので俺のターンは終了したって事。向こうの攻撃を受けて大体1分くらい。つまりそれが俺の持ち時間か。
「グオオオッ!」
狼男は涎を垂らし、鋭い爪を伸ばし俺へ攻撃してきた。
【狼男Aの攻撃。礼土の服へクリティカルヒット!】
「服にクリティカルヒットってなんだ!?」
見ると俺の服が肩から腰に掛けて切り裂かれている。ふざけやがってまたか! 見ると狼男は攻撃後、律儀に元の場所へ戻っている。マジでゲームみたいだ。なら服に攻撃が通るってなんなんだよ。おかしいだろ!
いや今は無視だ。もう俺のターンになったはず。っていうか俺のHPとかどうなってんだ?
そう考えている目の前にステータスらしきものが現れた。
勇実礼土
Lv100
HP999
MP999
攻撃力999
防御力999
すばやさ999
かしこさ10
運20
「おお、カンストか? っていうか、かしこさと運がひっくいな」
【礼土はぼうっとしている】
してねぇ!
するとまた狼男がこちらへ接近し爪で攻撃をしかけてきた。
【狼男Aの攻撃 礼土のズボンにクリティカルヒット!】
「くそがぁあああ!」
しつけぇ! なんで服ばっか狙うんだ!? 服じゃなくて俺を攻撃しろ!
くそ、また俺のターンだ。いい加減何か行動しないとまずい。具体的に俺の服がまずい。
逃げられるか? いや逃げていいのか? いやそれよりもだ。
攻撃して本当にいいのか?
俺が攻撃して大丈夫なのか!? くそ相手のステータスとか見れないのかよ!
狼男A
Lv30
HP50
MP20
攻撃力30
防御力12
すばやさ20
かしこさ30
運25
っておい! 俺よりかしこいのか!? いやそうじゃない。この数字から考えると俺が下手に攻撃するとオーバーキルになる。絶対やばい。
くそ、一か八かだ。
「逃げる!」
そう宣言した瞬間、目の前が暗くなる。そして――。
「っ! 戻ってきたか」
目の前にはこちらを見ている虚ろな顔の生徒。よく見ると顔に血がついている。あの血はなんだ? そう考えながら俺はすぐに後ろへ跳躍する。またバトル空間に連れ込まれたらたまったもんじゃない。そして自分の身体を見ると、先ほど攻撃を受けた箇所。つまり上着とズボンがズタズタに切り裂かれている。
悲しい気持ちになったが、今はそれよりも重要な事がわかった。
俺があのまま攻撃をしていたらあの子は死んでいた可能性が高い。あの状況で手加減なんて出来るのかも怪しい。そもそもRPGのバトルで手加減なんて出来るのか?
こうなると触れてはだめだ。恐らくだが、俺が感知した動いている人間たちは全部同じと考えたほうが良いかもしれない。
「っていうかさっきの空間はなんだ? まさか霊界領域か?」
可能性があるとすればそれだ。だが俺は魔法が使える。つまりここは通常の空間のはず。それに霊界領域の中ならあの独特の違和感で気づけるはずだ。だが異常さは感じてもあの領域独特の気配は感じなかった。マジでどうなってやがる。
「なんだ?」
俺は振り返り絶句した。廊下の向こうでこちらへ向かって歩いていてくる教師と生徒がいる。まさかと思いもう一度魔力を使って探知したところ、動いている人間がさらに増えている。
「それにまた血が顔についている?」
怪我をしている様子はない。なのにあの動いている人たちの顔に血が付着している。この妙な共通点はなんだ? いやそれよりも。
「下手にまたエンカウントしたら俺のHPがやばいか」
額から汗が流れ、頬を伝え顎を伝う。状況は悪化し始めた。このまま何の対策もせずここで救出活動をするのは危険だ。
「回復アイテムがいる、か」
久しぶりに訪れたピンチに俺の心臓は強く鼓動していた。