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幕間 慟哭消滅

大変遅くなりました。申し訳ありません。

 人間とは俺たちにとって恐怖の象徴だった。魔王が幼い子供に敗れたと噂が広まり、魔人たちは瓦解した。子供にすら負ける最弱の魔王。その噂が広まり、拮抗していた軍も情勢が傾き、敗退することが多くなる。生活圏が段々と削られて行き、いつしか日の光の下を歩く事すらできなくなっていた。




 「次の魔王様がきっと憎い人間を滅ぼしてくれる」







 その言葉だけが魔人たちの希望であった。








「先代魔王は出来損ないだ。次代の魔王こそが我らの光」




 血を流しながら次の魔王の誕生を待った。




 毎日聞くその言葉に眩暈を覚えながらも10年という歳月が過ぎていく。その間はただ地獄であった。魔人狩りと言われる人間たちによる襲撃が何度も発生した。そしてその度に魔人軍が立ち上がり、何度も戦おうとした。




 だが、それも無駄な行為だと理解させられた。





 仮に一度でも人間側を敗走させ、村や町を守ったとしても、次の襲撃の際に、あの勇者が必ずやってくるのだ。その幼い身体で戦場に立ち、瞬きをする間に頼もしかった魔人軍が一瞬で細切れになっていく。



 命乞いをしても、慈悲を求めようと、あの幼い勇者はただまっすぐに、魔人を悪だと断定し、その凶刃を振る。




 俺は臆病者だ。戦うのは嫌いだし、痛い事だって嫌いだ。だから死にたくない。だから世界の端ともいえる場所で生涯を過ごそうと考えていた。



 



「おーい。リオネ。収穫にいこうよ」

「サーラ。ちょっと待ってくれ、一応武器は持っていくから」




 俺は幼馴染であり、唯一故郷から共に生き残ったサーラと共に、小さな集落を作っていた。数十人しかいない本当に小さな集落。だが充実していた。環境は最悪だ。食べ物も育ちにくいし、近くには毒の沼や巨大な魔物だって住んでいる。それでも少しずつ畑を広げ、自給自足できる環境を作り、確かな幸せを掴めていた。



 大きな籠を背負い、山を登る。そこに作った畑で野菜を収穫し、果物や茸なんかもついでに採る。綺麗な山であるが、この山には巨大な龍が住んでおり、人間もまず近寄ろうとしない。

 とはいえかなり穏やかな龍であり、俺たちもここへ住む時にびくびくしながらここへ住む龍に挨拶もしていた。



「ねえ、リオネ。鋼龍様にもお裾分けしていく?」

「ん? そうだね。あの畑で採れる最初の作物だし、ついでに行こうか」



 いくつかの野菜と保存用に加工した肉を携え、俺とサーラは山の頂上を目指した。森を抜け、岩肌だらけになった山の頂に俺たちの守り神ともいえる鋼龍は眠っていた。全長数十mは超えている巨大な龍。これだけの巨体であれば食い物に困るのではと思ったこともあるが、どうやら空気中の魔力を摂取するだけで生きるのに困らないのだそうだ。



「鋼龍様! お久しぶりです!」



 サーラは元気よく声を上げる。すると寝ている鋼龍様は大きな瞼を開き、こちらを見た。




「お主らか。なんだまた食料を持ってきたのか。不要であると言っているだろうに」

「いえいえ! いつもお守り頂いていますから、これは感謝の気持ちです!」



 そういうとその巨体に比べると明らかに小さな作物を地面に置く。それを物珍しそうに鋼龍は見ていた。




「お主らの方が食料は常に足りぬであろうに。まぁたまにこういった物を食べるのは良い刺激になるか。感謝する。それを置いたら去るがいい」



 そういうと巨大な体を動かし頭を持ち上げる。




「近頃何かキナ臭い。お主らも用心せよ」

「まさか……人間が攻めてくるって事ですか?」



 俺はたまらずそう質問した。




「さてな。人間なら冒険者とかいう連中が襲ってくる故、戯れに相手しておるが」

「そ、そんな」

「落ち着け。言ったであろう。戯れだ。暇つぶし以上のことはおきぬよ」



 その言葉を聞いて俺は安堵する。また逃げる日々が始まるのかと想像すると暗い気持ちになるからだ。




「とはいえここ最近は少し妙だ。故に気を付けよ」

「はい」




 山を降り、村へ戻る。すると幾人かの人々が集まり何か話している。



「ルネス? どうしたんだ?」

「リオネ達か。無事戻ってきたな」

「無事? どういう意味だよ」



 周りを見れば皆一様に暗い表情をしている。一体何があったんだ。




「ああ。偵察に出ていたトーマの奴から報告があったんだ。なんでも大規模な魔人狩りをこの辺りで行っているらしい」

「くそ……」




 魔人狩り。

 魔王誕生前に、魔王になる可能性が高い魔人を殺害するために行われている人間どもの作戦行動。散り散りになった魔人たちの住処を探し、強い魔人を探し殺して回っているのだ。




「でも、この村に強い魔人なんていないだろ」

「いや。村の周囲の守護隊を率いているアッシュは元魔王軍の兵士だったはずだ。この中じゃ一番強い魔人のはず」

「だからってもっと強い魔人はいくらでもいるだろ! そうだ! 先代魔王の直属部隊とかいたはずだろ!?」

「あの方々はもう死んでる……あの勇者の手で滅ぼされているんだ」



 拳を強く握る。人間の魔の手が既にこの村まで来ているなんて信じられなかった。俺たちはただ穏やかに過ごしたいだけなのに、どうして放っておいてくれないんだ。そう憤りを感じながらも無力な自分が情けなかった。




「とりあえずしばらく外出は控えてくれってトーマからの話だ。この村は立地的にも案内なしじゃ、早々に辿り着けやしない場所だ。まずは隠れてやり過ごす。いいな、リオネ。サーラ」

「あ、ああ」

「うん。気を付ける」





 それから俺たちは村から出ずに、静かに過ごした。山にある畑にもいかず、蓄えていた食料を切り崩し、人間という脅威が去る事だけを祈り、そうして――村に籠るようになって7日目の夜の事。










「きゃぁあああああッ!!!」

「逃げろぉぉ!! どこでもいい! 早く逃げるんだ!!」





 虫も鳴かないような静かな夜。同胞たちの絶叫で俺は目が覚めた。同じく横で寝ていたサーラも目を覚ました様子だ。




「な、なにがあったの」

「――サーラはここに隠れてて。様子を見てくる」

「で、でも!」

「静かに。大丈夫だ、俺が臆病なのは知ってるだろ?」




 怯えるサーラの頭を撫で俺は震える身体を鼓舞し、ゆっくり扉の隙間から外を見た。




 空は紅く染まり、周囲は炎の光で照らされ、同胞たちの悲鳴が響いている。




「――い、一体何が」




 恐れていた悪夢。否定したい。これは全部夢なのだと。だが家屋が燃えている炎の熱が、鼓膜に張り付くような悲鳴が、そして激しく鼓動する心臓がそれを否定している。




「よかった! リオネ無事だったか!」

「ルイスか。何がどうなってるんだ!?」

「人間だ。人間が攻めてきた。今はアッシュさんが戦っているが、ゴールドランクの冒険者が数人来ているらしい。多分、長くは持たない。だから出来るだけ皆を逃がすようにって指示があったんだ」




 そんな馬鹿な。どうして人間がここにいる!? 見つかった!? 何かの魔法なのか!


 

「混乱する気持ちはわかる。早くサーラと一緒に逃げろ。幸いお前らの魔力はそれほど高くない。闇に紛れればうまく逃げれるかもしれん」

「だが……」

「さっさと行け。ここはもう……だめだ」




 照らされる炎によりかろうじて見えるルイスの顔は、歯を食いしばり、目じりを下げ、何かを耐えているように見えた。そうだ、ルイスはこの村の守護隊に所属しているが基本戦闘能力はかなり低い。だがそれでも、村を守ろうという意思で立候補し、ずっとこの小さな村を守っていたのだ。

 きっと本心は逃げたいのだろう。だが、彼の強い意志はその真逆の行動を取っている。




 俺は逃げろと言われほっとしてしまった自分があまりに情けなく、悔しかった。涙があふれてくる。ここはもう安息の場所ではなく死地に変わった。俺は震える手で動かない足を一度叩き、扉から顔を出していたサーラの手を引いて、走った。



「え、リオネ!?」

「ごめん、ごめん!」




 未だ同胞の叫び声が響く中、俺は涙を流しながらサーラの手を引いて走った。葉や枝で皮膚が切れてしまうのも構わずただひたすら闇の中を目指して必死に駆けた。


「リオネ」



 少し走っただけで息が切れる。自分の軟弱さが今は恨めしい。それでもただ走る。少しでも生き残るために。




「リオネ!」


 ずっと繋いでいた手が離れる。後ろを振り向くと顔を青くしているサーラが地面に、四つん這いになっていた。



「サーラ! 大丈夫か」

「うぇ。ご、ごめん。急に吐き気が……」

「そんな、何か毒でも――」

「違う、違うの。――本当はちょっと前からこうなの」




 汚れた口元を拭いながら青い顔でサーラは少し困ったような顔をしていた。




「本当はもっと違うタイミングで言いたかったんだけど……多分私妊娠してる」



 思わず地面に膝を付いた。妊娠という言葉がうまく呑み込めず、頭が混乱する。



「ごめんね。こんな大変な時に――」



 サーラがそう言い切る前に、抱きしめた。先ほどまで感じていた怯え、恐怖は不思議と消えていた。そして新たに生まれたものは、この愛しい人をどう守るかであった。

 


 

「サーラ。鋼龍様の所へ行こう。どうやって人間たちがあの村まで来たのか分からないけど、あの方の居る場所なら安全だ。きっと俺たちを守ってくださる」

「……わかったわ」





 速度を落とし、足跡の痕跡が出来るだけ残らないように注意しながら必死に山を登る。いつも登っていた山がまるで違う山のように感じた。だけど、もう少し――もう少しで辿り着く。見慣れた場所を通り、ようやくたどり着いた鋼龍様の住処。







 そこで見た光景は――。


 





 



 顔が陥没し、所々身体が欠損している鋼龍様の姿とすぐ側で立ち無残な肉塊となった躯に触れる若い人間の姿だった。






「勇者様。王より伝令です。すぐに城へ戻るようにと」

「なぁこの龍本当に殺す必要あったのか?」

「勇者様。王がお待ちです」



 声のする方を見ると人間の軍人たちがいる。



「魔人を殺すのは……まぁいいさ。戦争してんだしな。だがこの龍は話し合いを求めていた」

「勇者様。あの村へ案内させたトーマという魔人によればこの龍は魔人共を守る役割があったということです。ならば我ら人間の敵。勇者様のお力が振るわれるのは必然かと」

「はぁ本当にお前らは――」

「勇者様。それ以上の発言はお立場を悪くされますが」



 待て。今の話はどういう事だ!? 案内させたトーマという魔人だと? 偵察に出ていたあのトーマか!!



「このままで本当にいいのかね……それで王は俺に何をさせたい?」

「帝国領に真祖と呼ばれる魔人が確認されたと聞いています」

「それの討伐か……了解、了解。じゃ後は任せるよ」



 そういうと勇者は光となり消えていった。




 



 

 

 

 心臓が高鳴り言葉が出ない。目の前の光景が信じられず受け入れられないのだ。村が襲撃された事から始まり、同胞の裏切り、鋼龍様の死。立て続けに起きた出来事を正しく認識できない。



「リオネ!」



 

 ドンと衝撃が走り俺は吹き飛ばされた。訳も分からずサーラの方を見る。そこには、胸から金属の鋭い槍の先端が生えたサーラの姿だった。



「あ、あ……」

「ちっなんでここに魔人がいるんだ?」



 槍が引き抜かれ、大量の血が俺の顔に降りかかる。震える手でサーラの顔を触り、声を掛けた。



「サーラッ! サーラ!!」

「リ、リオネ。私……」



 身体に走る激痛と共に目の前が暗転した。サーラを抱えながら倒れた時俺を斬ったと思われるもう一人の人間がうっすら笑みを浮かべている。



「これで5匹目か。結構いい稼ぎになったんじゃね?」

「その数え方はやめろって言ってるだろ。胸糞悪い」

「何いい子ぶってんだ。やることやってんだからてめぇも同じだろうがよ」



 そんな会話が聞こえる。抱きかかえているサーラの心臓が段々と静かになっていくのを感じる。……死ぬのか、俺は。





「団長。例の魔王候補と思われる魔人を仕留めたと報告です」

「ああ。アッシュとかいう魔人だったか。どうだった?」

「正直大したことはありませんでした。わざわざゴールドランクの冒険者を雇う必要もなかったかもしれません」

「そうか。まあこの辺にいる魔人なんてそんなもんだろ。それでトーマという魔人は?」



 トーマ。そうだ。なぜあいつは俺たちを裏切った。




「はい。こちらが持ち掛けた集落の場所を話せばお前だけは保護してやるという約束を本気にしていたようです。今は同行させていた冒険者の玩具になっているようですね」

「所詮は人に似ているだけの害虫か。遊んでないでさっさと殺せ。これで我らのノルマは終了だ。死体はすべて焼け。奴らは病気を持っているかもしれんからな」

「了解です。おーい撤収だ。さっさと戻るぞ」

「やっとか。いやー疲れたぜ。帰ったら報酬で飲むか」

「楽な仕事だったな。また参加したいくらいだぜ」




 もうサーラの鼓動が聞こえない。段々と冷たくなっていく。だというのに……俺の身体は炎のように熱くなっていく。





 なぜ、俺たちがこんな目に遭う。







 なぜ、人間は俺たちを虫けらのように殺そうとする。






 なぜ、ただ静かに生きていく事さえ許されない。





 

 死ね。







 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。


 




 溢れるばかりの感情が濁流のように流れていく。





「ん、なんだこの魔力は」

「馬鹿な。どんどん大きくなっているぞ」


















「死ね」






 突如あふれ出す黒炎が山を包んだ。鋼龍の死体を焼き、周囲にいた人間も焼き、既に亡骸となっていた同胞の死体も焼き、燃え盛る黒炎の中、ただ一人生き残った()()()大声で泣いていた。



 






 魔王として覚醒してしまった俺はもう以前の姿とは別物になっていた。大きく膨らんだ肉体は他の魔人の2倍近くの巨体となっている。

 新たに得た魔王としての力。この黒炎は普通の炎とは違う。焼くのではなく喰らうのだ。


 炎に触れたものは例外なく俺の養分となり、糧に代わる。そのため人間を殺せば殺すほど俺の身体は大きくなる。多くの魔人が俺の元へ駆けつけた。新しい魔王となった俺の庇護下に入ろうという考えなのだろう。




 だが俺はそれをすべて断った。俺の中にある感情は人間への殺意だけだ。本当に守りたかったものは守れず、仲間だと思っていた同胞に1度裏切られた俺は、他の魔人を守ろうとは微塵も思えず、どうやれば効率よく人間を殺せるかだけを考えていた。だから単独で活動し、人間の住処を襲いそして逃げる。殺し方も出来るだけ痕跡を残さず、目撃者も作らないよう徹底した。




 魔王として強大な力を手に入れた俺だが懸念はある。あの勇者の存在だ。以前から考えれば比べ物にならない程の力を手に入れた。だが果たしてこれであの勇者を殺せるのかと考えるとどうしても疑問が生まれる。

 



 そこで思い出した。あの勇者が去り際に言っていた話。



 真祖の魔人の存在。噂で聞いたことがある。死ぬことはなく、永遠に近い命と、無限ともいえる魔力を持つ魔王とは違う世界から隔絶された生物。一定周期で生と死を繰り返す存在。




「今の時代に生まれているのなら使えるか?」




 道中見かけた人間の住処を滅ぼしながら俺は血眼になって噂の真祖を探した。それほどの強大な存在であれば魔力ですぐ発見できると考えたし、以前の勇者の口ぶりから考えて既に勇者と交戦しているはずだ。なら十分こちらの味方にできるはず。





 そうして数か月かけ、ようやく噂の真祖を発見できた。場所は広大な砂漠地帯のあるオアシス。人間も魔人の姿もなく、蠍とミミズの魔物が跋扈する魔境のような場所。




「――お前が真祖か」





 ボロ小屋のような建物。質素というにはあまりに酷いかろうじて建物と呼べる小屋のような家。その中にいた。





「――――」


 


 痩せこけボロボロな金髪の少女がいた。目の前に立っても信じられない。強大な魔力など一切感じず、孤児のような姿をしている。だが俺を見るその目は普通の魔人のソレではない。




「……何か言ったら――」

「その魔力。新しい魔王か? 悪いが魔力を抑えてくれ」

「む、いいだろう」




 俺は魔力を極限まで抑え、膨れ上がっていた身体も出来るだけ小さくした。元の姿のままでは小屋が小さすぎて中に入る事も出来ないからだ。



「これでいいか」

「まだだ。もっと抑えろ」

「無茶を言うな」



 そういって少女の前で胡坐をかいて腰を下ろす。




「魔王。貴様は何をしにきた」

「……単刀直入に言おう。手を組まないか」

「――手を組むだと?」



 無表情だと思われていた顔に僅かだが感情が見てとれる。これは驚き? いや憤怒か。




「そうだ。俺はすべての人間を殺したい。知っているか。奴らは魔王が誕生するのを阻止するため、魔人狩りと称して多くの力なき同胞を、子供も女も関係なく、殺して回っていた。決して許される事ではない。先代の魔王は軍を構え、自由に身動きは取れなかったと聞いている。だから俺は身軽な独り身の状態で多くの人間を殺して回っている。それでもまだ殺しても殺しても蛆のように湧いてくる。そこで相談だ。お前の餌のために一定数の人間の生存は許そう。だから――ん」




 そう話していた時だ。目の前の少女は身体が揺れている。いや震えているのか。




「まさかと思うが……」

「なんだ」




 少女のものとは思えない低く暗い声。そして殺意を籠めた瞳で俺を射抜きこういった。





「一緒にあの勇者と戦おう。なんていうつもりか?」

「そのつもりだ。憶測だがお前は一度あの勇者と交戦しているのではないか? 勇者死亡の話は聞いていないから恐らく引き分けといった所か。なら俺と一緒なら――」

 




 そう言いかけた時、目の前の吹けば消えそうな魔力が一瞬膨らんだ。それこそ俺と同等に近い程の膨大過ぎる魔力。そして血液を用いたと思われる魔法が放たれ、俺は小屋の外へ放り出された。



 咄嗟に黒炎で身体を包み血はすべて焼いたが、それでも完全に防げなかった。ガードした腕や腹から自身の血が流れていく。だが僅かに燃やした血から目の前にいる真祖の感情が読み取れた。




 それは恐怖。






「貴様は、この私に、あの化け物と、もう一度相対せよとそういうのか! どんな思いで、どれだけ必死に奴から逃げ回っていると思っている! 次会えば私がどうなるかなんて想像も出来ない! 貴様にわかるか! 本気の魔法も通じず、消滅するまで殺すと言ってどこへ逃げようと追ってなぶり殺しにしてくるようなイカレタ男だぞ! 常に奴のいる場所から最も遠い、星の反対側にいなければ簡単に見つかってしまう。――出ていけ、私は奴が寿命で死ぬまでこのまま逃げる!」




 荒い呼吸で必死の叫びをあげ、殺意を籠めた目でこちらを見ている。今の魔力で理解した。最初は間違いかと思ったが目の前の少女は間違いなく噂の真祖だ。その彼女がここまで怯えている。一体何があった。

 俺は勇者に興味はない。何故なら戦った場合、仮に勝とうがただでは済まないと考えていたからだ。なら1人でも多くの人間を殺した方が余程いい。勇者から逃げる魔王という汚名がかけられようが構わない。そう思っていた。





「その考え方自体甘かった。戦えば今の俺ですら確実に負ける?」






 あの真祖に勝てるかと考えた場合、無理だろうと結論は出せる。何故なら相手は不死なのだ。一時的にいい勝負ができたとしても最終的にはこちらが負けるだろう。

 そんな真祖が、逃亡という一手のみに全力になっている。信じがたい事だ。手を組むことすらここまで拒否するという事は仮に俺と手を組んだとしても勝てる未来すら想像できないという事か。




 砂漠から遠く離れ、俺は考えた。もう人間たちには新たな魔王誕生の話は広まっているはずだ。目撃者諸共殺し尽くしているがそんな事を出来るやつなんて限られるからな。ならあの真祖を震えさせた勇者も俺を狙っているのだろう。




 恐らく、俺では勇者に勝てない。





 ならどうすればいい。いや、考えるまでもない。俺のする事は決まっている。人間を殺す事、ただそれだけだ。




 なら俺が死ぬまでどれ程人間を殺せるだろうか。





 きっと俺はもうすぐ死ぬ。なら最後は派手にやろう。










 ヴィゾ共和国の首都レガルは花の都と呼ばれるほど広大な花畑に囲まれた美しい都だ。交易も盛んであり、多くの行商人で溢れている。周辺国家の中でも人口が最も多い国の1つだ。そんな美しい都の上空が突如闇に包まれた。



 上空にいるのは巨大な躯体の魔人。多くの住民が、国の騎士たちが上空を見上げる。今まで感じたこともないような暴力的な魔力が上空に渦巻き、活気に溢れた都は一瞬で恐怖に染まった。



 リオネは溢れんばかりの魔力を手のひらに籠め、それを都の中心に落とした。



 超高熱の黒い炎が尾を引きながら落ちてくる。都の周囲の花は燃え、その熱量によって建物はもちろん、多くの人間が一瞬で蒸発する。









 はずだった。






 黒い炎は何事もなく消えた。そしてその場所に1人の少年が立っている。銀髪の髪をなびかせ、傷一つない姿で上空にいる魔人を睨んでいる。




「てめぇが新しい魔王か? 随分暴れてたな。おかげでお前の魔力は覚えちまったよ」






 あの攻撃を真っ向からかき消し、尚無傷という事実。しかも先ほどの発言からリオネの僅かな魔力の残滓を捉え、魔法の発現を察知しここへ現れたという事になる。少なくともこの周囲に居ないことは把握していた。つまりリオネの知覚できる範囲の外から魔力を感知し、一瞬でここまで来たという事になる。





「お前、前の魔王と随分ちげぇな。陰湿っていうか、陰険っていうか」

「勇者」

「弱いって訳じゃない。強さで言えば前の魔王よりずっと強い。だっていうのに、なんで軍事力を持たない街や村ばかり狙うんだ?」

「これは防げるか」




 リオネの身体が破裂した。今まで捕食した生き物の数だけ膨れ上がったのは魔力だけではない。ただ憎しみのまま喰らい続け既に質量さえも生き物のそれを大きく超えている。



「めんどくせぇな」




 破裂した肉体は炎となり、真下にある都へ降り注いでいく。その炎の魔力は先ほどの威力の比ではない。何せ魔王となったリオネの肉体の一部を燃料とした魔法である。例え龍種であろうが近づくだけで灰になる事は避けられない程の威力だ。

 

 


「俺を狙わないで下の人間だけ狙うってか?」




 勇者が不敵に笑うと身体から発せられた閃光によって、飛び散った炎はすべて消し飛んだ。そして光の速さで接近した勇者が一回り小さくなった本体へ肉薄し拳を振るった。




 胴体に穴が空く。だが急速に再生しお返しとばかりに黒い炎が勇者を襲う。だが炎は勇者の近くに近づけない。だから勇者は炎なんて気にせずまた魔王を殴り飛ばした。





「ははははッ!!! なんだその再生能力は!」

「くッ! 化け物め!」



 

 リオネは奪った命の数だけ再生能力が向上している。この耐久力の高さを生かし、死ぬまでの間に自分の道連れにこの国を落とそうと考えていた。


 端から勇者など眼中にない。勇者がリオネを殺すまでにリオネが人間をどれだけ殺せるかという戦いだ。当初リオネはこの国を攻撃し滅ぼす事で勇者に対する宣戦布告にしようと考えていた。

 


 これだけの国を滅ぼせばもう隠しようはない。すぐに勇者に捕捉されるだろう。だがこの国の近くにはまだ多くの街や国がある。だから本格的な戦闘はそこからだろうと思っていた。



 だというのに最初の一撃を防がれ、たった2回の攻撃で既にリオネの蓄えていた再生能力を3割削られている。



 身軽になった身体で急速に落下する。身体を炎で纏い、落下の衝撃と炎による攻撃で諸共吹き飛ばそうと考えた。だがいつのまにか目の前に現れた勇者の拳が顔面へと刺さり、そのまま身体を捻って繰り出された蹴りによって横へ吹き飛ばされた。




「クハハハハッ! いいな。やっぱ魔王くらいになると簡単に死なない! 最近くだらない命令ばかりでやりたくもない仕事を押し付けられるせいで限界だったんだ!」

「ふ、ふざけるな! なんなのだ貴様はッ!」




 瞬時に再生した身体でこちらへ追撃してくる勇者へ攻撃する。だがやはり炎は当たらない。服すら焼くことも出来ず、奴の身体に当たると消滅していく。



「何ってお前の敵の人間だが」

「き、貴様のような人間がいてたまるか! 俺がこの力を得るためにどれ程の――ぐはッ!」



 顎を蹴り上げられ、頭部が吹き飛ぶ。だがそれも瞬時に再生される。




「お前の力の性質は大体は理解した。つまりお前はこれだけの力を得るために随分殺したんだろ。なのに自分が殺される番になったら喚くのか」

「違う! 先に罪のない魔人を! 同胞を殺しているのは貴様ら人間だろう! 俺がやったことは貴様ら人間が我らにした仕打ちだ!」




 そういって全力で勇者に向かって魔法を放つ。一面を覆うような燃え盛る黒炎だが一瞬で掻き消される。




「それを言われると何ともだな。ガキの俺でもひでぇことするなって思うし」

「ならばッ!」

「だから俺は無意味に魔人を殺さないようにしている。俺だけそんな事をしても、偽善だってのは馬鹿な俺でも分かるし意味ないってよく言われるさ。この間も命令に背いちまったからこの後どうなるかなんてわかんねぇ。でも……俺は人間を守護する勇者なんだ。人を殺す魔人は流石に見逃せない」




 真っすぐ透き通った目で勇者はリオネにそういった。




「ふ、ふざけるな」




 リオネの身体が震える。そして思い出す。サーラの死を、鋼龍の死を、多く同胞たちの恨みの声を。





「きれいごとばかり! そんな言葉で我らが救われると思っているのか!」

「思わない。言っただろう。偽善だ。俺の自己満足だ。正直人間は腐ってると思うよ。それでも俺にだって守りたい奴くらいいる」



 勇者の手の平がリオネに触れる。そして指先から発せられた光がリオネを包み込んだ。発せられた眩い閃光は闇に包み込まれた都を照らし、その極光によって照らされた空はどこまでも美しく幻想的な風景となった。





 

「悪いな。俺には世界を変えるほどの強さはないよ」

 





1話に1万文字は流石に長いですね。申し訳ありません。これで幕間の前半です。

後編はここまで長くならない予定です。

その後また本編の続きになります。



また今回時系列の辻褄を勘違いしたまま執筆を続けていた事が今回判明しましたため、一部過去の時系列を変更します。


現状だとケスカ戦の前にリオネ討伐になっておりましたが、これの順番を変更します。

そのため過去話数を少々変更する予定です。


混乱させてしまい申し訳ありません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] リオネを15歳で倒してケスカがその前になると、ケスカ戦の前にアーデが子作り要求したのは早すぎではなかろうか・・・w
[一言] リオネはアホだなぁ。自分が罪のない魔人を殺された恨みで動くなら、人間も力のない村ばかりを滅ぼす陰険魔王とその同族達なんか殺したいほど憎んでるに決まってるじゃないか。 むしろ、リオネのせいで、…
[良い点] 王様ってか人間はやっぱり滅ぶべき
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