業の蔵10
投稿が遅くなり申し訳ございません
「死ね」
奴を目視した瞬間、俺は魔法を放った。俺から発せられる光を浴び、そのまま消滅させようと力を込め――中断した。
「今の光はなんだぁ? そういや前会った時も変な光があったな」
何がおかしいのかニヤニヤ笑っているサングラスの男。その笑みが気に入らない。そうだ、そもそも奴はなぜ俺の前に姿を現した。以前の接触から俺の戦闘能力はある程度把握しているだろう。
「どうした。あんなカッコいい言葉吐いたくせに何もしないのか?」
なぜ姿を現した。そもそも目的はなんだ? この異常な状況はどこまで影響が続いている。考えろ、思考を止めると安直な方向へ考えてしまう。そう――障害になるなら殺せと、本能が言っている。よく見ろ。何かあるはずだ。わざわざ元凶が俺の前に来た理由が。……そうか。それが目的か?
「その服、ここの学校のものだな」
「ああ、いいだろ? こういう服に憧れがあったんだ!」
「そうか。でも恐ろしく似合わないな」
「ああッ!? どこがだよ! すげぇ似合うだろうがぁッ!」
顔を赤くし激高している。なんだ、妙なちぐはぐさを感じる。だが理解したぞ。いつまで経っても襲ってくる気配がない。攻撃する気配もない。つまりこれは――
「な」
文字通り一瞬で奴の目の前に肉薄する。突然接近した俺の動きについてこれず奴は驚いているようだ。
「お前、俺に殺されるのが目的か。その身体、お前のものじゃないな」
そういって俺はできるだけ加減をして、目の前の男の意識を絶った。白目になり気絶する瞬間、斑色だった髪が黒色になり、顔も骨格レベルで変化していく。そしてあどけない顔をした男の子の顔に変化して気絶した。
「やっぱりそうか」
以前の事を思い出す。顔が変わりまったく別人へ変化したかのような力。変身能力ではない。恐らく人を対象に乗り移る能力。以前の言動と行動を考えれば、乗り移った対象が死亡しても本体にダメージはない。ただ気絶しても能力が解除されたという事は、意識消失によって解除されるという事か。
「マジ勘弁してくれよ。っていうかお前さん何なの? もしかして正気だったりする? 泣けてくるんだけど。マジにげてぇ。でもそれ以上に楽しいからいいか」
教室から斑色の髪をした男が女生徒の服を着て廊下へ出てきた。男性の骨格で女子生徒の服を着ているためひどく違和感がある。
「この思考が制限されるこの感覚はなんだ。何をやった」
「ああ、これ? 特大の呪具を使ってこの一帯を浄化したんだ」
「浄化だと?」
俺がそう問いかけると両手を広げ大声で奴は笑った。
「そうだよな! お前も変だと思うよな! でもあいつ曰く、浄化なんだと! 人という寄生虫の理性を奪い、強制的に業を与え、ただの獣の如く本能のみの生を強制させる! 人間だけを対象にした呪いであり浄化。この浄化の地にいる人間はただ自分の求める欲求だけに従い、動き出す。まさに畜生と一緒ってわけだ!」
業を与え思考を強制させているのか。業ってのはどういう意味だ? 確か漫画とかでよく聞く感じだと悪とかそんな感じの意味だったはず。っていうことはだ。ここにいると、悪の方向で思考が誘導され本能に従い動くようになるって事か。
「んで、お前さん。それだけの霊力を持ってるくせに何で平気なわけ? 俺ですら影響うけてんのに、肝心要のお前さんが割と普通なのが驚きなんだけど。おっかしいなぁ。これを作るために俺ってば頑張って新鮮な業を集めたんだぜ?」
「……業を集める。まさか……」
「お、わかっちゃった? わかっちゃった? そう! 人の脳みそだ! 今の時代はいいぞ。ネット社会の影響なのかしらんが、人は容易に他者の情報を知り、自身と比べそれを羨む。そして他者を見下し、マウントを取り、周囲から認められたいと誰もが思う。それだけじゃねぇ!! より業を強くするため、あいつが作り上げたこの世界の構造が、より強い業を螺旋のように積み上げる! 誰が言ってたかな、知識は毒だって。知らなければよかったことが、簡単に知れる世の中だ。だからこそ、人のすべての情報が集まる集合地点の脳には様々な業が詰まっている!」
思った以上に面倒なことになってるみたいだ。だが今ここでこいつを仕留めればこれ以上の被害は防げるはず。
「いやぁこういう学校はいいぞ。人の欲望が渦巻いている。特に学生なんて楽勝だ。こいつらの悩みなんて手に取るようにわかる」
そういいながら自分の顔から首、そして胸へと手を撫でまわすようにしている。
「例えば、霊力をあげる方法があるって釣ってみたりな?」
「あの噂もお前か」
「そうさ! 霊力を上げることがどう意味なのかも知らないガキ共は簡単に釣れる!」
そう言うとどこから取り出したのか手にはボールペンが握られている。そしてそれを握り何の躊躇いもなくペン先を自分の喉へ突き刺そうとした。俺は瞬時にボールペンの先端部分にだけ魔法を放ち消滅させ、すぐに接近し気絶させる。
「うぅ……」
気絶すると女子生徒の身体に戻った。呼吸も問題なさそうで安心する。
「い、勇実さん……あの……一体、なにが――」
顔を青くし両手で身体を抱きしめる利奈。随分怯えている。先ほどの奴の話から考えるに、本能的に感じる感情が表に出て、それがダイレクトに行動へ直結するようになっているはず。だったら……。
「利奈、寝てな。大丈夫起きたら全部終わってるよ」
そういって利奈の頭を撫でながら意識を奪った。
「勇実……さん……」
「――コン、キィ。2体で利奈を守れ。必ずだ」
指輪からキィも出し、念のため利奈には俺の魔法による結界を張る。全力の俺の魔法だ。これなら何があっても大丈夫だろう。
身体に魔力を纏い始めてようやくあの思考を誘導する感覚が薄くなってきた。平和な日本で常に魔力を纏うのは流石になと思っていたんだが、今後は考えを改めた方がよさそうだ。
まず本体を探して叩く。念のためマサは俺と同行させよう。もう少し、もう少し接触できれば――。
廊下を歩く。奴の気配はまだ感じない。あの様子から考えて必ず接触してくるはずだ。学校内にいる生徒たちは先ほどまでのように好き勝手暴れておらず、何故か今は意識を喪失させたように虚ろな表情になっている。
何か事態が進行しているのかもしれない。急いだほうがいい。そう思っているとあの男の高笑いが中庭から聞こえた。
「ん? なんだ、なんだ! 随分霊力が落ちてるな。ってなるとあの化け物みたいな身体能力や謎の攻撃ってのは随分霊力を消費するらしい! なら……これは防げるかぁああ!!」
声は聞こえるが気配が掴めない。同じような気配が充満している。それになんだ? 何か勘違いしているようだが今は無視だ。今は覚えるんだ。この僅かな霊力を。
「ほら、また救ってみろッ!!」
そういうと校舎の3階、4階の窓が一斉に開いた。そして――。
「……そういう事か」
――10名以上の生徒が、窓から頭を下にして飛び降りた。
憑依は1人だけじゃない? いや考えるのは後だ。この子たちを死なせてはならない。
「舐めるなよ。この程度、どうにもならないと思ったか」
光を放つ。地面へ向かって落ちていく生徒たちに光が纏い、ゆっくりと落ちていく。俺の魔法があれば落下しても無傷なのは間違いないが、念のため魔力を操作し衝撃もないように調整する。
無事生徒全員を地面へ下ろしたが、生徒たちの中にあの男はいなかった。つまりまだ終わっていないという事だ。その予感が確信に変わる。後ろから何かが急接近してきた。振り向くと顔面に蹴りが放たれている。
受けてもいいのだが、相手を逆に怪我させてしまうため、それを躱した。そして見る。蹴りを放ったのは仁だった。
「……君もか」
殺意を籠めた目で俺を睨む仁。どういう経緯にしろ、彼の護衛対象を散々コケにしたんだ。俺に思うところがあるのは当然だ。そしてそれを利用されている。素早く彼も気絶させるため繰り出される拳を逸らし、昏倒させるには十分の力で攻撃をする。――だが。
煙のように仁は消えた。……いや何か空中に舞っている。これは――髪の毛?
「分身系の能力か? 面倒な――」
そう言いかけた瞬間、今度は5人の仁がこちらへ襲ってくる。あれが霊能力で出来た偽物であれば対処は容易い。
「マサ。腕を捻じれ。折れない程度だ」
そういうと仁たちの腕が捻られ、一斉に消えた。そしてまた後ろから気配を感じる。いい加減ワンパターンだな。
そう思い振り返りつつ迎撃しようとして……俺の手が止まった。
目の前にいるのは仁ではない。仁の護衛対象である和哉だ。
口から涎を垂れ流し必死の形相で俺に手を伸ばしている。血走った目から大粒の涙があふれており、とても攻撃する意思は感じない。
この刹那。俺が僅かに抱いた彼への罪悪感。その感情が入り混じり、俺は一瞬、動きを止めてしまった。
そして僅かに彼の手が俺の身体へ触れる。
その瞬間、和哉の顔は激変する。斑模様の髪の男へと。
「過去を読み取ったぜぇッ! そして理解した! てめぇの力の正体! そして弱点をなッ!! はは! はっはははははは!!」
過去? そうか、利奈達と同じ力か。まあ視られたところで恥ずかしいものなんてないから構わんが、それより奴の憑依の方だ。仕組みがわからん。憑依に何の予兆も感じなかった。だが1つ気になる事がある。なぜ俺に憑依しないのかだ。馬鹿笑いしている男を見ながら僅かに変化した霊力を必死に頭に叩き込み考える。憑依に何か条件があると踏んでいるがこうも簡単に憑依を繰り返している様子を見るに恐らく俺が想像するような厳しい条件はないという事か?
周囲には先ほどまで攻撃を仕掛けていた仁が倒れているだけで他に人気はない。なら対象に触れるという条件等ではないはず。それこそ対象を見ただけで憑依出来るとしか思えない。という事は事前に憑依するための条件をクリアしているという事。
「よおやく理解したぜ。お前さんの力の源! どうしてもなぜ、今お前の力が落ちているのか、そのすべてがな!」
力の源? 力が落ちているだって? こいつ何をいってんだ。俺の魔力出力は変わらない。むしろ向こうの世界にいた頃より総合的な能力は上がっていると思うんだが。
「ははは! 焦ってるな? わかるぜ。お前の気持ちが手に取るようにな。お前の霊力の源はあの使役霊の力だ。それを取り込むことによって膨大な霊力を手に入れている。あれ程の悪霊、よく育てたもんだ。どうやって制御していたのかはわからんがうまく手懐けていたんだな。だがおめぇは1つミスを犯した」
そういって俺に指を指し偉そうに説明している。霊力? 魔力じゃなくて? あ、いやそうか。俺自身に霊力はない。ペット達の霊力で偽装していたに過ぎない。それを誤解しているのか。なら何故それを知らないんだ。過去を視たんじゃないのか。
「あの凶悪な悪霊をどうやって使役したのかまでは視れなかったが、それがお前の力の源泉ってわけだ」
「それが分かったから何だってんだ。今の状況が覆るとでも?」
「覆るさ! 言っただろう? お前が使役してるのは極上の悪霊なんだ。ここはどこだと思ってる! 星に呪いを与える開花直前の浄化の地! 異物であるお前を潰すため、あの霊たちが抱える業を暴走させるなんざ容易い! あの悪霊たちをどうやって縛っているかわからんが、もう無駄だ。言っただろ? お前はミスを犯した。それは……使役していた霊をあの嬢ちゃんのために自分の元から手放した事だ」
次の瞬間、轟音が響いた。そしてその音の正体が姿を現す。
ソレは、既に巨大化し壁を破壊して現れた巨大な大猿。そしてその後ろに4本の尻尾を靡かせた赤い瞳の狐。それが敵意を示し俺を見ていた。




