業の蔵4
俺はいま……正座している。
「やりすぎです! 聞いてます?」
久しぶりに利奈と再会できたのはいい。俺からすれば短い期間だったが、実際は約1年以上開いていた。だから久しぶりに会えたのは感慨深い。だというのに……再会した途端、依頼主である栞から説教を受けているのだ。
「いや、迫力だせっていうから……」
「あれはそういうレベルじゃないです。ほとんどみんな気絶しちゃってますよ!」
「大丈夫だ。俺の知り合いには念のため結界を張ってたし」
「そういう問題じゃありません!」
それに当初の予定だと、コンを戻した後はマサの能力で適当に蝋燭とか、なんかそれっぽい小物をねじ切って、俺の影からキィが登場し空に咆哮、雨雲を蹴散らすという展開を考えていた。だというのに、まさか最初のコンの登場でほとんど気絶するんだ。スタンバってたキィやマサに申し訳なさを感じる。昨日の夜、頑張って登場シーンの練習したのにな。
それにしてもコンでこれか。確かにコンは見た目はちょっと怖いけど、よく見ると可愛いやつなんだ。俺が頭に手を置くと嬉しそうに全身が震えてるんだぞ。いや他の奴もそうだけど。
「お姉ちゃん、もうそのくらいで……でも大きい狐さんでしたね」
「一応小さくも出来るんだ。撫でてみるか?」
「え、いいんですか!」
「ダメに決まってるでしょ!!」
調子に乗りすぎたらしい。俺の手持ちの中では比較的見た目もいいコンを護衛期間中は利奈につけようかと思ったんだが、猿のキィとも迷うな。あとで狐と猿どっちがいいか聞いてみるか。ちなみにマサはNGだろうなと流石の俺でも分かる。腕4本とかあるし、流石にね。
「――ふう。それで貴方が勇実さんですか」
座敷の奥でずっと座っていた老齢の女性。確かあの人がこの家のトップだ。名前は確か……。
「神城朱音さん、でしたか。初めまして。勇実と申します。先ほどは失礼しました。少しはしゃぎ過ぎたようです」
そういって俺は頭を下げた。俺はまったく気づかなかったんだが、この屋敷周囲に結界が張ってあったらしく、俺がそれを破壊してしまったらしい。現在は総出で修復中との事。あとでそっちにも謝罪にいかないと。
「……なるほど。あれ程の霊を使役されているとは……驚きました。確認ですが、制御は出来ているのですか」
「ええ。一応初見の人に怖がらせないように芸も仕込んでます。さっきの狐、コンというのですが、一応お手や伏せとかできます。――見ます?」
「いえ結構」
「あ、はい」
なんかこえぇ婆ちゃんだな。
「勇実さん、貴方には色々と言いたい事、聞きたいことがありますが、今は1つだけ」
そういうと朱音さんは一呼吸を置き、俺をまっすぐに見ていった。
「私の孫を、守れますか?」
返す言葉は簡単だ。
「はい。彼女を害するすべてから守りましょう。それが誰からであろうと」
俺の言葉の真意に気づいたのだろうか。一瞬だけ笑みを浮かべ、またすぐに厳格な顔へ戻ったようだ。ふむ、聞いていた話と印象が違うな。
「……では、孫をどうかよろしくお願いいたします」
「はい。お任せください」
こうして俺は利奈の護衛として雇われた。
「っていう訳で撤収してくれ。済まなかったな」
『いい機会です、礼土。アレはやりすぎなのですよ。貴方のペットは普通の人には刺激が強すぎます』
雨雲の向こうで様子を見ていたアーデに電話を繋いでいる。ちなみにあの光の演出はアーデによるものだ。俺ではあんなに神々しくできないからね。流石元聖女だ。演出魔法と名付けてもいいな。
「そうだな。あんなにコンで驚かれるとは思わなかったよ。おかしいな。あの国民的忍者漫画MENMAだと巨大な狐は強力な味方ポジのはずだったんだが」
『礼土。もう一度1巻から読み直しなさい』
そういえばあの狐は尾が9本だったか。やはり5本足りないのかダメなのかもしれない。もっと霊を食わせれば成長するだろうか。
「さて、しばらく俺は利奈の護衛をするよ」
『分かりました。ただあなた宛ての依頼が急増しています。中にはテレビ局の仕事とモデルの仕事なんかもありますが……』
「悪い悪い。捌けそうな依頼は、唯人とりこに振ってくれ。何かあればアーデがサポートしてやってくれると助かる」
『ネムはどうします?』
「ネムか。……そうだな。俺じゃないとまずい依頼があるときはネムに護衛を代行してもらうか。一応俺のペットを1体利奈に付けるから、それとネムがいれば急場はしのげるだろう」
『ええ。国が相手だろうが大丈夫ですよ。他に何か注意事項は?』
「いや、ないよ。何かあればいつも通り連絡してくれ。すぐそっちにいく」
俺は雨が降っている雨雲を見上げ、その雲の上にいるアーデの方を見上げていると突然クスクスと笑い始めた。なんだ、怖いぞ。
『私と彼女。――同時にピンチになったら礼土はどちらに来てくれるのかしら』
「……酷い質問だ」
『冗談です。総合的に考えて、私の方はどうにでもなります。ネムやケスカもいますからね。ちゃんと利奈さんを優先してください。――今はね』
「おい――切りやがった」
アーデとの電話が終わり、屋敷に戻ると利奈と栞……あとどこかで見たことがある男が待っていた。
「あれ、他の人は?」
和人さんや沙織さんなどまだちゃんと挨拶ができていないのだが。
「まだ気絶してる人たちの救護にいったよ。和哉君とか色んな液体垂らしながら気絶してるから周囲は大慌てだ」
「ああ……俺も手伝おうか?」
あかん、気まず過ぎる。
「お前がいくと逆効果かもしれないからそこにいろ」
「もう篤。ここはいいから向こう行ってよ」
「だめだ。俺はお前の護衛なんだ」
「大丈夫よ。ほら、行って」
「――これ以上変な事すんなよな」
そういうと篤という青年は走っていってしまった。やはり俺が面倒な事をしてしまったためかなり怒っているようだ。すまん。
「お姉ちゃん、いいの? 篤さんだってさっき目が覚めたばっかりでしょ」
「いいのよ。それより、あの事を礼土さんに説明しておいた方がいいわ」
「あの事?」
もしかして、何か起きているのか。であればもう少し引き締めた方がいいね。
「うん。利奈の通っている学校の事でね。あそこの学校、変なクラブ活動が多いんだけど、その中にある娯楽研究クラブって活動があってね。そのクラブに通っていた学生が……最近失踪してるの」
「失踪ね……穏やかじゃないな。警察は?」
「一応失踪届は出ているみたい。ただ家出って思われてるのか、本格的な捜査になっていないの」
引っかかる言い方だ。
「家出と思われている――ね。何かあるって確信してるみたいな言い方だ」
「実は勇実さん。最近学校で変な噂が流行ってるんです」
「どんな噂?」
どうも、霊力を増量させ壁を超えるための裏技がある。そういった話が生徒たちの間で流れているそうだ。だが、具体的にどうやるのかといった話までは流れていないらしく、ただそういう裏技があるとだけ広まっているそうだ。
「私の通っている学校、一応世間的には霊力向上のための授業を取り入れた学校って事になっていて、日本全国から受験者が集まっているんです。ただ、やっぱりみんなランクⅢからⅣへ上がるのは苦戦してるんです。どんなに真面目に学校のカリキュラムを受けてもランクⅢまで。ⅢとⅣじゃ、進路が大きく違うからみんな必死なんです」
そうか。霊力の強さで進路が変わるってなんとも言えんな。通った事ないが、向こうの世界でも魔力の強さで進路が変わったりしてたんだろうか。
「それで?」
「その行方不明になる前の娯楽研究クラブの人が言ってたんです。霊力の壁を超える方法を教えて貰ったって。その後なんです。その人がいなくなったのが……」
なるほど。確かにきな臭いな。ん……っていうかだ。
「確か栞達の力って過去を視られるんだろ? それでわからないのか」
「んん……それは最終手段って感じなの。うちの方針って仕事以外で能力を使っちゃだめだから、これが警察からの要請になれば大手を振って調べられるんだけどね」
「警察がまだ家出だと思っているうちは無理と」
「でも時間の問題だと思います。もう今月で行方不明の人4人目なので……」
利奈が暗い声色でそういった。ただの家出ならいい。だがそうじゃないのなら、過去を視る力がある栞や利奈はその犯人から狙われる可能性が高くなる。特に同じ学校にいる利奈はモロ危ないか。
「安心しろ。俺が守ってやるさ」
俺はそういって二人の頭を撫でた。