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業の蔵2

 神城宗家。その大広間に多くの人が集まった。宗家である神城家だけではなく、分家である山城家まで集まる大所帯である。そして一列に並び、食事が配膳されており、その大広間の上座には5人の人物が座っていた。



「お母さん。もう大丈夫なの? 無理しないでね」

「お母様。意識が戻り本当によかったですわ」


 白髪に深い皺が刻まれた老齢の女性、神城朱音は和服を着て綺麗な背筋で正座して二人の話を聞いている。その左右にいるのは娘である麻央と沙織である。そしてその二人の両隣には沙織の夫である和人と麻央の夫である慎太だ。


「ねえお母さん。いい加減利奈の事許してくれない。もう大人よ。自分の事は自分でやらせてあげたいの」

「何を言っているの沙織。利奈は大事な神城家の娘。家のためにこそあの子の力は輝くの。手放すなんてお母様が許すわけないでしょう」

「姉さんこそ、いい加減にしてください。そんな時代錯誤のような事、今の日本でおかしいという事を理解してください」

「違うわ。間違っているわよ。今の日本だから血筋は尊ぶべきなのよ。私たちの血を他所に渡すなんてありえないわ。それよりお母様いい話があるの。息子の和哉の事なんだけどね」



 パン。



 乾いた音が広間に響いた。




 皆がその音へ視線を向け注目する。その先にいるのは両手を合わせていた和人であった。



「麻央さん。今回は当主様の回復を祝った場です。その辺でどうか」

「ま、まあ。和人さんがそうおっしゃるなら」

 


 先ほどとは違い柔らかい表情になった麻央に、麻央の夫である慎太は表情を曇らせる。そんな様子を少し離れた席で見ていた栞と利奈は小さくため息をついていた。そうしてようやく食事が始まる。静かに淡々と始まる夕餉は、豪華な日本料理であったが、利奈はまったく美味しく感じる事が出来なかった。




 そうして一通り食事が終わった時、当主である朱音が初めて言葉を紡いだ。



「皆。本日はわざわざ私のために集まって頂き感謝する」




 透き通る声が広間に広がり、自然と食事を取っていた者たちは箸を置き、身体を当主の方へ向けた。




「見ての通り私はもう歳だ。元々いつ逝ってもいいと思っていた。だが――時代に変化が起きた。元々私と娘の沙織だけが持っていた過去を視る力が一族に広まり、大きな力となった。だが逆に私たちの力を狙う国外の者たちも増えている。だからこそ、和人さんが迅速に動き、分家である山城を護衛とするこの体制を作った事には感謝している」



 和人はゆっくりと頭を下げた。




「私が今求めるもの。それは一族の幸せに他ならない。一族が幸せになるために何が最もいいのか、それを見定めたいのだ。そのためにまず――利奈」




 名を呼ばれ、利奈は身体が震えた。ついにこの時が来たのだ。



「お前が自由を望んでいる事は知っている。だが今外へ出た場合、お前の力を狙う者が放っておかないだろう。そうなればお前は決して幸せになれない。そのため、お前の自由は残念だが与えられない。引き続きこのままとする」

「お母さん!」

「沙織、お母様のお話の途中よ。静かになさい」



 勝ち誇った顔の麻央を見て沙織は拳を握りながら口を閉ざした。




「そして麻央から出ている議題、和哉と利奈の婚約の件だが――」



 その言葉に利奈は目の前が暗くなる。ここで当主である朱音からこの婚姻が決定と下された場合、もう覆すことはできない。我慢していても涙があふれ、視界が歪む。手の甲に涙が落ち、拭っても止まらない。どうしてという疑問だけが頭に浮かび、消えていく。そんな時、当主の声を遮るように別の者から発言が上がった。




「お話し中失礼します!」

「――え」




 それは隣に座っていた栞だった。姉の突然の行動に利奈は混乱する。




「栞さん。お母様のお言葉を遮るなんて。これだから落ち――」

「当主様。利奈の安全を思うなら、いい加減護衛を決めるのがいいと思います。そうすれば利奈はより安全に学校生活を送れ、勉学にもっと励むことができる。そうすればより良い未来へ繋がり、或いは財産を、或いは力を得る事ができ、()()になるはずです!」



 栞の思わぬ発言に、広間に集まった一族たちは戸惑っていた。無礼であると言う者。当主の孫娘であろうと追い出すべきだと話す者。様々な意見が出ていたが、どれもすべて栞に対するバッシングである。だがそれを気にした様子を見せない栞はまっすぐに当主である朱音を見ていた。



「ふむ。確か利奈に山城の護衛はいないのであったか」

「はい。一応遠くからの護衛する者はいますが、他の者たちと同じように側近になるような護衛はまだ……」

 


 和人の発言に朱音は少し考える仕草をする。栞に取ってこれは賭けだった。朱音は身内の幸せを望んでいる。それも病的なほどに。そしてその幸せの基準は朱音がどう幸せだったのかによってしまう。

 権力があれば幸せになれる。結婚すれば幸せになれる。財産を得れば幸せになれる。そうした古い過去の価値観によって幸せは判断される。だから強引にこじつけをした。




「そうだな。いい加減、側近となる護衛は必要だろう。和人さん誰か良い人選はないか?」

「それでしたらお母様。和哉の護衛である仁さんはどうでしょうか」

「仁か。だがあの子は和哉の護衛をしているのだろう?」

「ええ。ですが将来2人が――」




 また危険な方向へ会話が流れ始めた栞がもう一度声を上げる。




「私から推薦があります!」

「はあ。栞さん。いい加減になさい。目上の者の発言を遮るようなことばかりしないで頂戴。それに仁さんはランクⅥの霊力を持っているし、当弥お兄様から護衛術も学んでいるのよ。もういいわ、あなたはここから……」

「私の被推薦者は……ランクⅧの霊能者です!」



 一瞬呆けた麻央だったがすぐに鋭い視線を栞に向ける。



「嘘も大概になさい。ランクⅧは日本に数人もいないの。日本の切り札ともいえる存在よ。そんな重要人物が学生の護衛に就くなんてありえないわ」

「嘘ではありません。その人は先日あのスカイツリー攻略に尽力されたと報道もされています」



 

 その発言に麻央はさらに声を荒げる。



「ならますますあり得ないわ。誰の事を言っているのかは理解しました。でもあり得ない。彼には既に日本中から様々な依頼が舞い込んでいるはずよ。そんな人物が護衛? 一日やそこらじゃないの。卒業までの期間をずっと拘束するなんて。依頼料はどうするの? 仮に本当に伝手があったとして、ランクⅧの霊能者を護衛にするだけのお金はどうするっていうの」

「麻央さんは知らないでしょう。でもあの人は言ってくれたんです。何かあれば頼ってくれって。絶対に助けるって」

「はあ……そんなリップサービスを信じるなんて。本当に子どもね。もういいわ出ていきなさい」



 出口を指さす麻央に身体を震わせながら栞は睨む。一向に動かない栞を麻央は山城の者に摘まみださせようとした所で朱音が言葉を零した。




「……あのスカイツリーの領域を解放した者がいるのか」



 視線は栞に向いている。慌てて栞はうなずいた。



「は、はい」

「目が覚めてから聞いた話で一番驚いたな。あそこは京志郎殿も匙を投げた領域だったはず。かの御仁が無理ならあれはもう駄目なのだろうと思っていたが、いやはや。……栞。今の話はどこまで本当だ?」

「全部です」

「なるほど。お前がそこまで言う者か。いいだろう。会ってみよう」



 朱音の発言に今度は麻央が待ったをかけた。



「お母様。あの子が本当の事を言っているかなんてわかりません。その場しのぎの嘘です。栞さんの霊視を提案します」

「麻央。以前にも言ったはずだ。何があろうと、仕事以外で人を対象にした能力の使用は禁止する。これを破った者は例外なく処罰すると。忘れたか」



 静かだが確かな迫力のある朱音の言葉に麻央は顔を青くしながら謝罪した。また以前の事を思い出して栞も顔を青くする。



「申し訳ありません。お母様」

「あらゆるものの過去を見通す我らの力は凶器なのだ。過去は変えられない事実であるが、時にはそれは人を傷つける刃になる。むやみな能力の乱用は軋轢を産み、幸せから遠のくだけだ、忘れるな。ああそうだ。大事な事を聞き忘れていたな――栞。その者の名前は?」





「勇実礼土さんです」




 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 約一年振りの再会ですね
[一言] ここ数話でなつかしい面子が続々なので、過去の話を読み返してきた。 この先も楽しみにしてます。
[一言] 栞の叔母の息子の護衛の仁って、護衛術を当弥から学んでいるって 言ってたけど、空の間違いじゃないのかな? 当弥の護衛が空で、和人の弟でしょ? 空は、レイドを初見で勝てないって判断できるほど…
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