まさこさま1
お待たせしました。
新しい章になります。
元々私の見た夢の話なので短めです。
某県鴉江町。特出した名産もなく、名所もない。成人した若者たちは皆都会へと出ていくため、年々人口が減り続けている。
だが別段それ自体珍しい話ではない。日本全体の人口は減り、出生率が下がっている現状、数少ない若者は与えられる仕事よりも娯楽を愛してしまうのは必然ともいえるだろう。――しかしこの町はある問題を抱えている。それは町民全員が抱える問題であり、逃れられない悪夢でもあった。
「さて、この鴉江町なんだけど、面白いうわさ話があるんだ」
都内の某大学での一室。オカルトサークルと銘打ったこの集まりは1つのパソコンの前に4人の面子が集まっていた。
液晶モニターに反射する光がこの話を進めている山崎の顔を怪しく照らしている。
「噂ってなによ、ざっきー」
「いい質問だ石田」
待ってましたとばかりに手に持っていたボールペンの先を石田という男に突き出した。
「霊という存在がわんさかいるこの世の中、オカルトは廃れる一方だ。だが僕は思うわけだ。これはチャンスじゃないかと」
「まーた意味わかんない事言い始めたよ、この人」
「うるさいぞ川端。いいか、これはチャンスなんだ!」
立ち上がり拳を握り大げさにポーズをとる山崎。それを苦笑しながら他の3人も見ていた。突拍子のないことを言い出すのはいつもの事である。
「霊が視覚で認識できるのであれば、今まで謎だった噂話の真実が見えてくると思わないか? 多くの心霊スポットは嘘だと暴かれ、逆に真実であった心霊スポットもまた数多くあった。だからこそ我々が真実をこれの真実を確かめる!」
そういってパンとかっこつけるようにマウスとキーボードを操作する。するとプロジェクターに画像が表示された。
そこにはテキストファイルの中に1つの文章が書かれている。
まさこさま。
その文字を見て、他の3人のメンバーは全員首をかしげた。
「なにこれ。そんなオカルト話あったっけ? かわちゃん、知ってる?」
「いや、全然。伊藤くんは?」
「俺も全然ですね」
その3人の様子は山崎からすれば当然のようで、慌てている様子はない。
「みんなが知らないのも無理はない。何故ならこれは鴉江町だけに伝わる怪談らしい。僕がこれを知ったのはまさに同じ授業を受けていた知り合いの鴉江町出身者からだ。随分渋られたが、焼肉定食1週間で何とか交渉成立したのだ」
この大学の焼肉定食は1食800円。学生食堂とは思えない高額であるが、それだけ味は確かだ。普段からこういった怪談話を収集している山崎にとって痛い出費であるが、実りはあったと考えている。
「それでどんな噂なん?」
「うむ。僕のなけなしのお金を犠牲にして得た情報だ。心して聞いてくれ」
鴉江町。そこに伝わるまさこさまという怪談。
知ってはならない。
知ろうとしてはいけない。
黄昏時に烏が3回鳴く時、まさこさまはそこにいる。
まさこさまを見てはならない。
助かりたければ、まさこさまに2つの宝石を手放せ。
「え、これだけ? うそでしょ」
「嘘じゃない。だが鴉江町では時折行方不明者が相次いでいるらしい。そして不思議なことにそれが大きな事件になっていないんだ」
山崎の話に全員がまた首をかしげた。
「どういうこと。警察は?」
「行方不明になった家族が失踪届を出さないらしい。すべて家出という事にしているそうだ。理由は、探そうとすると原因である、”まさこさま”に見つかり、被害が拡大するから。だそうだ」
「それ怪談を隠れ蓑にした人さらいじゃないだろうな」
「シャラップ! どうやらこの”まさこさま”という怪異は鴉江町に根付いているものらしい。そして誰も口にしないから噂は町の中だけでとどまり外へ出ない。面白そうじゃないか?」
確かにその土地にしかない伝承、または怪談というはよくある話だ。だがネットが普及した現代でここまで広まらない話というのも逆に興味がわく。なんせここにいる全員は何かしらオカルトが好きでサークル活動をしているのだから。
「浅海ちゃんとやまとっちは誘ったん?」
「ああ。だが大和君の体調がまた崩れてしまったそうでね。今回は不参加となった」
このオカルトサークルに所属する来栖大和は人気がある。それはもう大変人気がある。一部の女子たちには少し地味な浅海さんと何故付き合っているのかと疑問の声が上がるほどだ。何か弱みを握っているのではという噂まであるくらいだ。
もちろんそれは嘘っぱちだ。あの二人のバカップルぶりは同じサークルに所属している者ならだれでも知っているのである。
「まあ巷では変な呪い騒動とかもあったしな。気分転換にとも思ったが仕方ないだろう。今度の連休でみんなで行ってみようじゃないか!」
電車を乗りつぎ、乗っている乗客は段々と減っていく。駅にいる人たちの人数も目に見えて少なくなってきたころ、ようやくオカルトサークル一行は目的地に到着した。
時間は12時。予定としては19時まで聞き込みなど行い、何も収穫がなければ撤収予定となっている。この鴉江町には宿泊施設はないため、駅の近くにある小さな漫喫へ泊るという予定となっている。
「着いたけど……いやぁ田舎だね」
石田はペットボトルを手に取りながらそう呟いた。駅から降りたはいいが見渡す限り電柱と田んぼが並んでいる。
「山ちゃん。聞き込みってどうすんの? この辺からやるわけ?」
「いや。一応まさこさまはこの町だと禁句扱いらしいからな。下手にこの辺で聞き込みをして漫喫に泊れなくなったら最悪だろ」
「そりゃまぁね。ならどうすんのよ」
スマホを取り出し地図アプリを見ていた山崎は石田、川端、伊藤の3人へも見せた。
「まずはここまで歩こう。この辺は民家が密集しそうだし、一旦様子を見に行こうぜ」
地図で見た限り、山崎の指した場所まで行くためには大体30分近く歩く必要があるようだ。それを見て3人は大きくため息をつき、静かに歩き始めた。
周囲には田んぼ、田んぼ、田んぼ。こういった所謂田舎という場所へ来て、最初は周囲の様子を楽しんでいたが、まったく変わらない景色に既に4人は飽き始めていた。
「まだぁ?」
「もう少しだ。ほら民家が増えてきただろ」
そういって山崎が指さす方を見ると確かに家が増えてきている。小さい商店街のようなものもあり、田舎ながらも活気があるようだ。
「んで。馬鹿正直に聞くわけ?」
「いや流石にそれはな……。とりあえず任せてくれ」
「本当に大丈夫かよ」
「まあまあ」
時刻は既に17時。空は茜色に染まりつつある。
「まったく収穫ないね」
「だな……」
当初山崎たちは土地の伝承などを調べる大学生という体で何人かに聞き込みをした。もちろん、まさこさまという単語を出せば一番早いのだろうが、流石にその言葉を出す勇気はなく、遠回しに何か面白い伝承がないかという形で聞き込みをした。
だが結果はどうか。見事に外れであった。商店街にいたおじさん、買い物に来ていたおばあさん、それぞれ聞いてみたが、誰も何も知らないという。
「そりゃ禁句扱いならだれも言わんでしょ」
「そもそもガセネタなんじゃねぇの?」
川端と伊藤は自動販売機の近くで座り込み買ったジュースを飲んで言った。
「どうしたもんか。流石にここまできて収穫ナシは避けたい。こうなったらドストレートに聞いてみるか」
「そうだね。それで怒られたら素直にごめんなさいすればいいでしょ」
山崎と石田がそういうと座っている川端と伊藤は手を振っている。
「ごめん。疲れたからあとは任せた!」
「同じく!」
その様子を見て山崎は大きくため息を吐いた。
「こいつら……殴っていいだろうか」
「だめだよ。じゃ俺たちで行ってくるよ」
そういうと山崎と石田は二人でまた町の中心へと歩き始めた。既にこの辺りは聞き込みをしてしまっている。出来ればまだ聞いたことがない場所にしたいと話し合い、しばらく歩く。すると少し商店街から離れた場所で新聞を広げ、煙草を吸ってベンチで座っているおじさんがいた。
二人で目を合わせそのおじさんの元へと歩いていく。
「すみません! ちょっとよろしいでしょうか。実は伺いたい事がありまして」
山崎ができるだけ愛想よくそう話しかけた時だ。
カァー。カァー。カァー。
烏の鳴き声が妙にはっきりと聞こえた。そういえば烏の鳴き声で何かあったと山崎が頭の片隅でその記憶を取り出そうとしていた。だが、目の前の光景に気を取られ、完全に失念した。
「え……」
「あ、あの……」
山崎と石田はお互いに声を失う。何故なら、先ほどまで煙草を吸い、新聞を開いてみていておじさんが、新聞と吸っていた煙草を地面に落とし、両手で顔を覆っていたのだ。
突然のその行動に戸惑い、山崎は石田の方へ振り向く。そしてさらに衝撃を受けた。
「い、石田――後ろ、後ろみろ」
「へ? 何どうしたの――」
山崎の驚愕した顔につられるように石田は後ろを向く。すると、そこには商店街で買い物をしていた人、商品を並べていた人、談笑していた人、その全員が手で顔を覆っている。
その様子に石田は驚き、恐怖を感じた。
その異様な風景に恐怖しているとその人の群れに手で顔を隠していない人物がいる事に気づく。そのことに安堵した石田はよくよくその人を見た。
黒い着物を着ている白髪の老婆。腰が曲がっており、遠目であるが向こうもこちらを見ているように感じた。
「なあ。ざっきー。あの黒い和服のおばちゃんだけど」
石田がそう言ったときだ。
「ひぃ」
小さい悲鳴が聞こえた。その声は先ほどのおじさんのものだ。よく見れば身体が震えているように見える。
「あの……」
そう声を掛けようとするとおじさんは顔を覆いながら走って行ってしまった。
「ざ、ざっきー。もう帰ろう。何かやばい気がする」
「――待て。石田がさっき言っていたおばちゃんってあの人か?」
そういうと山崎は先ほど石田が見ていた方向とは全然違う場所を指さした。それに釣られるように視線を向けると、石田が先ほど見た老婆がいる。黒い和服、白髪の老婆で、腰が曲がっており、その顔は笑顔を浮かべていて――両目がなかった。
すぐに振り返り山崎の方へ顔を向けると、山崎の後ろに黒い老婆がいる。その距離は段々と近くなっているように感じた。
「に、にげるよ!」
「あ、ああ!」
石田と山崎は悲鳴を我慢し、必死に走る。顔を隠した人たちの隙間を縫うように走り、視界に入ってくる老婆をできるだけ無視し、伊藤と川端がいる自動販売機へ向かって走った。
「伊藤! 川端! すぐに帰るぞ!」
山崎がそう大声を出しながら路地を曲がり自動販売機の元へ行くと、2人の姿がない。
「おい! どこにいった!」
「くそ、電話する」
石田が震える手で必死にスマホを操作し通話を掛ける。だがそのスマホの画面を見て、石田は思わずスマホを投げ捨てた。
「うわぁぁッ! な、なんだよこれ!」
「おい、石田どうした!」
「どうしたもこうしたも……」
恐怖に震える石田を見ながら山崎は石田が投げたスマホに視線を落とす。そこには――。
通話先に”まさこ”と表示されていた。
「は、なんだこれ――」
「もう、帰ろう。二人は先に帰ったんだ。な、ざっきー。もう……」
石田がそう声を漏らした時、目の前にあの老婆がいた。
眼球の無い顔に張り付いたような笑みが浮かんでいる。その姿に腰を抜かした山崎と石田はあまりの恐怖に悲鳴も出せない。
「ようこそ、いらっしゃいました」
しゃがれた老婆の声。それが聞こえた瞬間、意識が落ちていく。
その日オカルトサークルの4人は行方不明となった。