閲覧注意14
「ああ。では、そこで落ち合おう。場合によっては儂の名を出して中へ入っても構わん。ああ、では」
京志郎はアーデから教えてもらったネムの番号へ連絡。幸いすぐにつながった。今から向かう県警の場所は伝えてあり、そこで合流する手筈となっている。娘の牧奈には出かける事は伝え、すぐに身支度をして移動を開始する。
未だに居心地が悪い生須家の広い廊下を歩く。すると廊下の向こうから3人組の男が歩いてきた。年齢は皆20代と若く、肩で風を切るように我がもの顔で歩いていた。剃り込みのある坊主頭、同世代の男に比べ一回り大きな身体、それらが相まって20代でありながら非常に貫禄が出ている。
「おや。当主殿。どこかへお出かけですか」
「――琢磨か。見ての通りだ」
生須琢磨。生須家の分家の男で、元々霊能力など無かったが、1年前に目覚め京志郎と同じ霊を吸収する能力を覚醒。京志郎は身体に吸収した霊をゆっくりと除霊していくのに対し、琢磨を筆頭に多くの生須家の者は吸収した霊をそのまま自身の霊力へ変えている。
その体質のため他の者よりも霊力を高める事に長けており、生須家の者は皆総じて霊力が高く――皆が力に溺れていた。
「当主殿も偶には外で悪霊退治をされたらどうですか? ああ。そういえば当主殿は霊界領域へ入れないんでしたっけ。これは失礼」
そういうと琢磨の取り巻きは皆一斉にクスクスと笑い出した。
「それだけか?」
「……何がですか」
「用事がないのなら儂はもう行く。精々人様に迷惑を掛けぬようにな」
そういうと京志郎はそのまま通りすぎ歩き去ろうとした。だがそれを止めるように琢磨がドスの効いた低い声で止めた。
「狸爺。てめぇの身体は耄碌してんだ。さっさと引退して当主の座を渡せって言ってんだよ。意味わかんねぇのか」
京志郎は歩みを止め、ゆっくりと振り返る。空気が張り付くような錯覚に琢磨の取り巻きは息を呑む。琢磨の霊力はこの1年でひたすら上げ続けたためランクはⅧに届きそうな状態だ。数字だけでいえば京志郎と1つしか違わない。
だというのに琢磨の身体は重かった。まるで接着剤で固定されたかのように身体が動かず、異様なほど汗が流れていく。
「……ふむ。霊力はただ多ければいいというわけではない。琢磨。貴様のそれは風船と同じだ。ただ霊力をため続けその態度と共に膨らんでいるに過ぎない。この場所に欠片も執着はないが、貴様らに渡すよりはマシだろう」
そういうと京志郎は去っていった。視界から京志郎が去った事によって動かなかった身体はようやく自由を取り戻す。
「――糞狸が」
「た、琢磨さん良かったんですか。当主にあんな態度……」
「構わんさ。あの狸爺、こちらには欠片も興味を示してねぇよ。それより仕事だ。準備が終わり次第、鴉江町へ行くぞ。少々厄介そうな案件だ。念のため桐島も呼んでおけ」
琢磨は京志郎の去っていった方向を見てそう言った。
「はあ。若いのは構わんが、外様にはよしてほしいものだ」
タクシーで移動中。京志郎はつい先ほどの件を考えていた。
自分の力が元々衰えてきているという事は自覚している。霊力が一般的になった今の世の中では、京志郎の力は強大なものとなってはいる。だが、ただ膨らんでいるだけなのは自分自身も同じなのだと考えていた。
京志郎の護人としての能力は以前とは比べ物にならない程大きくなり、力を抑えていようと半径数mまで近づくとどのような霊であっても京志郎の身体へと吸収されてしまっている。
まだコントロール出来ているが、これ以上膨れ上がってしまえばどうなるか分からない。
「……感傷に浸っている場合ではないな」
小さくため息をつき、懐からスマホを取り出す。少し慣れない操作で電話帳を開き、目的の人物へと通話を掛けた。
「――儂だ。今そちらへ向かっている。用意の方はどうだ鏑木」
『生須さんですが。やはり手を引いては貰えませんか』
「何を言っている。アレがどれだけ危険なものかは説明したであろう。今更反故にする気か!」
電話の向こうで鏑木のため息が聞こえる。だが、相手の気持ちを汲んでいる状況ではない。
「あの箱はこちらで破壊する。例の巷を騒がせている事件はそれで収束するのだ。何が問題だ」
『それならば、です。アマチがあの箱を封印すると言っています。また向こうの研究者も箱を完全に封じてしまえばこの騒動も収まると言っています。これなら生須さんの目的とも合いませんか』
その言葉を聞いて京志郎は思い至った。想像以上に日本の警察はアマチに頭が上がらない状況になっているのだと。
「そもそも人を何人も殺害している呪物がそう簡単に封印できるものなのか。それに既に呪われた者たちがそれで救われるという保証は? ないのだろう」
『――今回の件、天ヶ瀬代表もいらっしゃって説明を受けました。あちらにお預けすれば間違いないなく事件は終わります』
天ヶ瀬梨央。確かアマチのトップだったか。随分大物が出てきた。だがこのままでは埒があかない。それに電話越しに並々ならぬ信頼感を寄せているのだと感じる。なら攻め方を変えるべきか。京志郎はそう考えた。
無理やり笑顔を作り上げる。
「……ほお! そうか。噂の麒麟児が出てきたか。ならば確信できるものがあるのだろう。ならば安心だな。……で相談なのだがその呪物、儂たちに一目見せてほしい。流石に名家の当主とまで謳われた儂自ら出てその呪物さえ見ずに帰ってみろ。子供の使いかと皆に笑いものになってしまう。どうだ、鏑木よ。儂の顔を潰さないでくれるのだろう?」
『それは――』
「安心しろ。遠目で見れればそれでいい。そう心配するでない。儂の面子は保たれ、今後も良い関係を続けられる。そうだな?」
『――はあ。わかりました。遠目でよければ……。しかし儂たちといいますと、勇実さんもご一緒なんですか?』
「いや、それとは別の弟子がおる。最近取った弟子なのだが、中々優秀だが、暴れ馬のような奴でな。儂も手を焼いておるよ、はっはっは」
まあ。会った事はないのだがな。そう内心でこぼす。
『……そ、そうですか。では裏門からお入りください。あと1時間もせずに先方が回収にくる予定です』
「ああ。承知したよ」
作り笑いをしていた顔からスマホを離し通話を切る。一瞬で険しい顔になった京志郎はすぐに別の人物へ連絡を取った。
「……ああ。儂だ。ネム殿、今どこかな」
『えっと、一応もう言われた建物の前にいるよ。ここで待ってればいい?』
「そうさな。ではそこで待っていてくれ。ああそれとネム殿の立場は儂の弟子という事になっておる。一応合わせてもらえると助かるのだが」
『弟子? あった事もないのに?』
「ああ。それが一番スムーズに事が運べるのでな……しかし――」
少し昔を思い出しなんとも言えない気持ちになった。
『どうしたの?』
「いやなに。以前初対面であった礼土殿にも同じことをさせてしまったと思ってな。今度はそれを妹君であるネム殿に同じ芝居をさせてしまうのだと思うと少しな」
『え、何それ! ちょっと面白そう。ねえ京志郎さん。今度その時の話聞かせてよ!』
「では、この一件が終わったらでどうだろうか」
『うん。約束ね!』