天空墓標13
周囲に設置されている炎の明かり。それが瞬くたびに目の前にいる赤毛の男、ヘンレヤの身体が赤く照らされていく。その姿を見て俺は自分の悪い予想が当たったのだと確信した。
あれはヘンレヤだ。そうだ、思い出した。俺がまだ勇者に成りたての時、ヴェノの反対を押し切って、王の提案に乗り、人のためなんだと思って魔王へ戦いを挑んだ。ただ戦いの記憶自体ずっとおぼろげだった。ただ戦った、勝ったという程度の記憶しか残っていない。
だがこうして姿を見る事であの日の記憶が呼び起こされていく。
そうだ。こいつは――。
次の瞬間、揺らめていた炎が消える。
「うおさん、福部とできるだけ隠れて」
そう言った瞬間、俺は顔を見えない何かに殴られた。吹き飛ばされる力に合わせて身体を回転しながら前を見る。ヘンレヤは動いていない。だが何かいる。
今度は俺の腹に何か鋭い物が突き刺さる。そしてそのまま吹き飛ばされた。後方へ飛びながら体勢を整え着地。
「魔法が使えないってのはなかなか面倒だな」
攻撃された箇所に触れる。あの感触は恐らく刺突系の攻撃だ。身体の外側を魔力で覆えないため俺の防御力は随分落ちている。今できる身体強化だけで戦う必要があるわけだ。とはいえまだダメージはない。この程度の攻撃なら今のままでも対応は出来る。
魔力が使えず、この暗闇。夜目は効く方だがそれでも限界はある。さてどうしたもんかと考えていると淡い光が周囲を漂っていた。
後ろを振り向くと目を覚ました福部がこちらを震えながら見ていた。それを見て確信する。この光は福部の作った蟲なのだと。
「福部、助かるよ」
ほんのわずかな光。切れかけた豆電球以下の光量だがそれでも俺からすれば十分過ぎる明るさだ。だから目の前の状況をようやく理解できた。
闇を象った人型の戦士のような人形がヘンレヤの周囲にいた。全部で3体。それぞれ何かしらの武器を携えている。恐らく闇に乗じて攻撃してきたのはあいつらだろう。つまりあれがヘンレヤの使う力か。
魔力は感じない。だが圧迫感を感じるこれは間違いなく霊力を源とした能力なのだろう。どういう原理でヘンレヤがここにいるのか俺にはわからない。だが子供の俺相手に気を遣うような奴だ。望んでこんな状態になっているのではないはずだ。であれば……。
「すぐに解放してやる」
俺は指輪からマサを呼び出した。俺の背後に出現したマサは4本の腕を広げている。
「マサ。アレを全部潰せ」
そう命令して俺は走り出す。その瞬間、闇をまとった人形達がまるで絞られた雑巾のようにひねられていく。そしてそれはヘンレヤも例外ではない。身体が捻られ、つぶれていく。普通の人間なら血が噴き出し、折れた骨が皮膚を突き破ってくるだろう。
だが潰れたヘンレヤの身体が一瞬闇に覆われた後、まるで何もなかったかのように元の姿へと戻っていた。
駆け出した俺は一瞬でヘンレヤの元へたどり着く。わずかに視線だけが俺の速度に反応しているようだ。だがヘンレヤの身体は俺の速度へついてこれていない。そのまま今の身体で作れる最大限の力を籠め、ヘンレヤを殴りつけた。
ヘンレヤの身体が爆散した。だがこれは俺の攻撃が当たったからじゃない。今の感触は以前やりあったミティスとどこか似ていた。
「身体を闇へ変化させ攻撃を防いだ?」
上から気配を感じ、俺はそちらに視線を向けた。槍を携えたヘンレヤが俺へ向けて突進してくる。突き出された槍をつかみ、こちらに引き寄せてもう一度殴り掛かる。だが攻撃が命中した瞬間に先ほどと同様に闇へと溶けていった。
「この感じ……なるほど。やっぱあの時手を抜いてたな」
思い出し始めた幼少時代。少なくともヘンレヤはこんな攻撃をしてこなかった。もっと本気で殺しにきていたら負ける事はないだろうと思うが、そこそこ重傷は負っていたはずだ。
とはいえ、今の状況は少しまずい。俺の攻撃手段が物理しかないとなると少し心もとないがマサとコンに頼る必要がある。
右側から迫ってくる漆黒の刃をこぶしで砕く。それと同時に左側から斧のような物が迫ってきていた。またあの人形だ。さらに俺の後方からもう1体。
どうつぶすかと考えた瞬間、俺の周囲にいる3体が捻り潰された。なるほどこの手の援護くらいは任せられるか。そう考えこれからの行動を考えようと思った時だ。
「勇実さんッ! 上よ!!」
うおさんの声に反応し上を見上げる。
「――なるほど、そうきたか」
上空に浮かぶは巨大な闇の剣。それが切っ先を下に向けこちらへ落ちてくる。おおよその狙いは読めた。恐らく狙いを俺からこの足場へ変えたのだ。手っ取り早く落とそうというのだろう。でもそれは甘すぎる。
「その程度ッ!」
俺は足に力を籠め飛び上がった。こちらへ急速に接近する巨大な剣へ拳を振りぬいた。衝撃が走り、刃が砕けていく。だが――。
「む?」
砕けた刃の破片が一か所に集まっていく。そして巨大な右手へと姿を変えた。そして空中にいる俺の身体をその手がつかんでくる。まさかこのまま落とそうって魂胆か。
「まあ、俺じゃなかったらその前に潰れてるんだけど」
両腕に力を籠め、その手を破壊する。だが俺は一つ失敗をしていた。
剣を破壊するために俺は上空へ飛び出した。そしてその動きに福部の蟲がついてこれない。必然俺が飛び出した上空は完全な闇へ包まれている。それが俺の判断を一歩遅らせた。
「何!?」
闇から出現したヘンレヤの槍が俺の腹へ突きたてられている。だが俺の皮膚を突き破るほどの威力はない。だが魔法が使えず空中で身体を制御できない俺はそのまま吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた距離は約100m。既に単独で戻るのは困難な距離。俺はコンを呼び出し足場にしようかと考えた時、俺の周囲に無数の霊力の足場が生まれた。
「勇実さんッ! 流石にその距離だと正確な場所に作れない! だから手あたり次第足場を作る、だから――」
「十分!」
空中に無数に生まれる霊力の足場。俺は一番近くの足場へ手を伸ばしその端をつかむ。そして指の力で身体を浮かし、その足場を蹴った。うおさんの作れる足場は数秒程度しか持たない。そのため長く足場を作ることができない。
だがうおさんはそれをカバーするため、俺の周囲だけで約20以上の足場を作り上げた。俺が帰れるように。
俺は足場を跳躍し元の場所へ戻ろうとした。だが、突然目の前にヘンレヤが出現し槍を俺の顔面、より正確にいえば眼球目掛けて突き出してくる。流石の俺も魔力なしで眼球への攻撃は受けられない。首を捻り交わすがその瞬間にヘンレヤの蹴りが俺の腹に直撃する。
「意地でも俺を戻さない気か!」
拳を振りぬくが同じく闇に溶けて消える。だが――。
「そう何度も同じ手が通用すると思うなよッ! うおさん、俺の周囲にとにかく足場を!」
俺を中心に生まれる無数の足場。俺は指輪からコンを出現させる。既に本来の姿で登場したコンは赤い目で目の前のヘンレヤをにらみつけている。すると4本ある尾の一本が赤く光始めた。
俺は近くの足場を踏み、ヘンレヤへ接近、そのまま振りかぶった拳をヘンレヤの腹へ食い込ませた。
「ガハァッ!」
「なんだ声出せるのか」
撃ち込んだ拳を振りぬきヘンレヤを吹き飛ばす。近くの足場を俺と同じように蹴ってコンはヘンレヤの後を追う。
コンの瞳は睨んだ対象の能力を封じ奪う。無論無制限に使える能力ではない。コンの視界から離れてしまえば効果は消えてしまう。だが逆に言えばコンの視界にいるうちは能力は使えない。
「それなら闇に隠れられないだろう!」
俺はコンと一緒に近くの足場を次々飛び移り、能力を封じられたヘンレヤへコンは攻撃を仕掛けた。爪で切り裂き、尾を叩きこむ。だが決定打に欠けている。キィならともかくコンは直接的な攻撃能力は低い。それに能力を封じられ俺の攻撃を一度もろに受けたにも関わらず取り乱す様子もない。
「……思った以上にヘンレヤの対応が早いな」
徐々にだがコンの攻撃を受け流すようになってきた。襲ってくるコンの攻撃をかわし逆に攻撃を仕掛けるようになってさえいる。
「コン、チェンジだ。俺がやる。能力封じを切らす――」
そう言いかけて言葉が止まった。俺は1つ勘違いをしていた。ヘンレヤは子供の俺を殺すことを躊躇するような魔王であった。だから俺と正面から戦うことを避けることはないだろうと。
だが違っていた。
「逃げろッ! うおさん、福部ッ!!!」
ヘンレヤは俺を簡単に倒せないと判断したのだろう。だから俺の足場を作るうおさんに狙いを定めた。ヘンレヤがずっと持っていた黒い槍。あれだけは消えずに残っている。つまり能力で作ったものではないということ。そしてヘンレヤはそれを投擲しようとしていた。
あの2人に向けて。
「くそ、マサ! 投擲される槍を潰せ!」
そう叫ぶがこれで完全に防げるかかなり怪しい。マサの能力は湾曲だ。睨んだ対象を曲げることができる。だが一度投げられた槍を曲げたところでその勢いは止まるだろうか。いや、そもそもあのヘンレヤの投げる槍をマサが視認できるか怪しい。
俺は一度大きく膝を曲げ一気に飛んだ。出来ればコンと距離を取りたくなかったがそうも言っていられない。槍の投擲を止める必要がある。
ヘンレヤは既に準備が完了していた。身体を捻り、貯めた力を解放し放たれた槍はすさまじい速度となり2人を狙っている。
もうヘンレヤを攻撃しても意味はない。槍を止めなくてはならないからだ。だが今のままではそれさえ叶わない。
「くそ、賭けるしかないか」
俺はさらに力を籠める。体内から魔力を作り魔力をみなぎらせた。その瞬間、空間がゆがみ、ヘンレヤの身体が痙攣を始める。俺の魔力を吸い込んで強化が始まったようだ。だがそれでもだ。領域が破壊されないギリギリを見極める。
「はああああッ! 届けぇぇッ!!!」
俺の身体に魔力が覆われ、その魔力で足場を作り本気で飛んだ。既に2人のすぐ傍まで迫っていた槍に追いつき、俺は手刀で槍を叩き折る。そしてすぐに魔力の放出を止めた。
「大丈夫か!」
うおさん達の様子を見ると既に身体が痙攣し少し虚ろな表情をしている。
「な、なんとか……ね。それより勇実さんのそれ――しまってほし……」
そういうと気絶した。最後の方は何を言っていたのかわからなかったが、この調子では少々面倒だ。
「コン、この2人を守れ、マサはコンと連携してヘンレヤに攻撃を……」
そう言って俺はヘンレヤのいる方を見上げた。
「……なんだ?」
俺は空を見上げている。真っ暗な闇しかない夜空を。
だがその夜空を見上げた時、まるで星々の瞬きのような無数の手が俺へ向かって伸び来てた。
そう。俺はあの時、2人を守るため、上空からこの場所、下方へと飛んできた。
その時俺は下を見てしまったのだとようやく気が付いた。
恐らく次で最後です