天空墓標6
「でもちょっとまってよ。その教祖と今起きている事態に何か関係あるっての?」
「落ち着け芹沼。今の話から推測するにこのスカイツリーは星宿の連中からすると特別な場所だったはずだ。さっきも話した通り、何かここを突破する条件を見つけねぇと俺達の霊力だって持たねぇぜ」
俺はともかく、鮫田さんとうおさんにはただこうして立っているだけでも精神的に辛いだろう。進むにしろ戻るにしろ何かヒントを見つけないと不味い気がする。
「なあ、鮫田さん。教祖の遺体はその後どうなったかわかるかい?」
「この資料だと、娘が遺灰を海にまいたそうだ。そういう遺言だったそうだぜ」
考えろ、信者たちはどうしてここで死んだ? 恐らくヘンレヤが最期にいた場所だからだ。まさかその死を悲しみ追いかけるように自殺したのか?
「なんにしても迷惑な連中だね。教祖をおっかけて自殺なんて」
「それだけ熱狂的に入れ込んでたって事だろう」
「……でもそれなら何で悪霊になったんでしょうかね」
福部の一言に俺は思わず反応した。
「――そうだ。福部の言う通りだ。教祖をおっかけて自殺しただけでここまで強力な悪霊になるか? 仮に悪霊になったとしてもどうやってここまで強い力になっている」
「集団自殺したからじゃないのかい?」
「いや、それだけが理由じゃ弱いと思うぜ。なんせ集団自殺、一家心中、今の日本ならどこかしらで起きてもおかしくない話だ。それだってのにここだけこんなに強くなるのは確かに変だな」
いや、ちょっと待て。そもそもどうやって自殺した?
「鮫田さん! その資料ちょっと見せてくれ」
「ッ! 何か気づいたか!」
俺は鮫田さんから受け取った資料を空にかざし目を通す。そして――。
そこに書かれている内容に俺は驚愕した。
某月某日。スカイツリー展望台にて集団自殺が発生。死亡者は全員が星宿という宗教団体に所属している事が分かっている。
警察の調べではこの集団自殺の首謀者は長谷川徹。信者と思われる男女8人は原因不明の心臓麻痺で死亡。首謀者と思われる長谷川のみ包丁で自身の首を切り、心臓を刺して死亡した。全員から遺書は発見されており全員自殺と処理されている。
「長谷川? まさかあの長谷川か!」
「おい誰だ、知ってんのか!?」
「星宿の幹部の1人です。……まさか――」
そうだ。あの時俺は長谷川を昏倒させ放置していたはずだ。所持していた伝承霊もそのまま放置していた。あの日、区座里を優先して俺はこいつを殺さず拘束するだけにとどめていた。
くそ、なんてことだ。俺が中途半端なことをしていたせいでこの領域は生まれていたのか。
いや、待てそうだとすれば、この8人の原因不明の心臓麻痺ってやつは――長谷川の所持していた伝承霊”姦姦蛇螺”の仕業か。だとすればこれは――殺人霊になる条件を満たしている。
長谷川が伝承霊を持っている事を知っているのは俺だけ。だから誰も気づかなかった。自分の中途半端な行動が完全にブーメランになって帰ってきやがった。
手に持っていた資料に力が入る。俺は再び目を瞑り考えた。
ならここの悪霊は長谷川か? いや、そもそも長谷川の目的はなんだ。
【綺禅様は――末期の癌で余命がもう半年もない。別の世界の神であった記憶があれど、此度は普通の人の身体。かつては奇跡に近い御業を持っていたが、病で苦しむようになってからその力も消え、ただ死を待つだけのお人になっている! そんな綺禅様を救えると教徒区座里は言ったのだ。呪いを身に宿し、人の身体を捨て、永遠の生を手に入れられるとッ!】
そうだ。あいつは元々病で苦しむヘンレヤを助けようとして動いていたはずだ。なら今回の行動もその一環という可能性はないだろうか。
ヘンレヤの遺灰は既に海へと散ったらしいが、何かヘンレヤに縁のある何かを持っていた可能性はないか。それこそ遺灰の一部を持っていた可能性だって十分ある。そして最期に死んだこのスカイツリーならヘンレヤの魂がまだ残っていると考えたのか?
だとすれば長谷川にとってここは――。
そして鮫田さんの前回攻略時の話を思い出せば、その可能性が高くなる。
「多分だが分かった。前回の攻略時に出来て今回出来ていない事」
「何!? 本当か!」
「ちょっと、説明して!」
「鮫田さん。前回の攻略時、この通路を渡った人は最終的に全員どうやって移動していたんでしたっけ?」
「ん? どうって……さっき説明した通りだ。その通路にしがみつきながらゆっくり移動をして……」
「多分それだ。恐らくですが正確にいえば頭を下げ、前を見ないで進んだが正しいと思います」
「はぁ!? いやどうしてそう思ったんだ」
俺は上を見ながら自分の考えを話した。
「ここは――彼らにとってヘン……いや綺禅の墓標なんです。例え遺骨や墓石がなくても、ここで死に魂がまだここにあると考えたのでしょう。そして彼らにとって綺禅は神に等しい存在だった。では神の眠る墓標へ進むためにどうすればいいか」
ここまで判断材料が揃えば数々の漫画を読んだ俺には分かる。頭を垂れ、献身的な使徒とならなければ先へ進む資格がないと判断されているんじゃないのか。
そうなると下を見てはいけないという法則が随分いやらしい。頭を下げなければ進めないというのに下を見るなという事は目を瞑る事を強制しているも同義だ。
いや、もしくはそれが狙いなのかもしれない。神を直視するなど万死に値するって奴か。実にくだらない。だがそうなると――。
「恐らく浮いている鮫田さん、うおさんはカウントされていないと思います。前回それで通れたという事はこの通路を渡った人に強制されるはず」
そういうと俺は目を瞑り、膝を曲げ両手を通路に置いた。そしてゆっくりと進む。どのくらい時間が経過しただろうか。
「ッ! あれだ! 見えたぞ、次の階層への入り口だ!」
「ほんと現れやがったわね……」
まだだ。恐らくまだ目を開けてはだめなはず。そのまま確実に進み俺たちはようやく第2階層へ続く入口に到着した。
立ち上がり目の前にある光の渦を見る。鮫田さんがいうにはこれに触れると次の階層へ移動するらしい。
「いいか。第2階層はこことあまり変わらん。細い通路があるのは一緒だが一本道じゃない。蜘蛛の巣のようにかなり複雑な作りになっている。だが基本的に進むだけだ」
「なら同じ要領で進めるわけね」
「ああ。問題は第3階層だ。俺達はそこへ到達した時点で今のメンバーでは不可能だと判断して引き返した」
当初想定していた難易度から随分変わった。恐らく前回攻略していた連中も無意識にとっていた行動が正解だなんて思いもしなかっただろう。
いや、下を見ず細い通路をただ歩くとなれば、普通の人なら通路にしがみつき、絶対落ちないように進むというのは誰でも考える事か。
それにしても……。
俺は澄み渡る空を見上げながら考える。恐らく俺の考えは間違っていない。ここはヘンレヤを神として崇めた長谷川が作り出した領域だ。であればここまでの領域へ成長しその神が不在であると考えるのは些か都合が良過ぎるか。――であるならば。
まさかヘンレヤ。この先にお前がいるんじゃないだろうな。




