天空墓標1
「さて、今回はもう大丈夫かい? 勇実さん」
「ええ。すみませんでした」
都内某所。広めの会議室に数人の霊能者が集まっていた。ここに集まったのはスカイツリーの霊界領域を攻略するために集められた霊能者たちがいる。既に数回攻略を挑み失敗しているため、自分の治める区にそんなものがある区長のストレスは限界に来ているそうだ。
「君ね。この作戦がどれ程重要なのか理解しているのか!」
「ああ。はいはい。山田さん、落ち着いて。一々貴方が言葉を挟んだら進まないって」
ハンカチで額を拭い、吊り目になりつつ、常に胃の辺りに手を当てている細身の男性が区長の山田という男だ。そしてそれを諫めていたのは今回の作戦の指揮をする鮫田大樹という男だ。かなりガタイがよく、茶髪のロン毛で、筋肉質の大男であるが、なんと普通の会社員だそうだ。普段はスーツで出勤しているらしい。本人曰く筋トレと格闘技が趣味の会社員との事。霊力に目覚めてからは霊能者活動もそれに加わったそうだ。
「同感。別にいいんじゃない? 何だかんだ前回もそっちの人が延々と演説してて時間喰っちゃってたし、肝心な話なにも出来てないでしょ」
そう少し呆れ気味に話しながら手元の手帳に何かを描いているのは芹沼うおという女だ。細身の長身で鮫田がいうには元漫画家らしい。現在はイラストレーターと霊能者を兼任しながら活動しているとの事。
ちなみにこの2人だが、先日初対面の時に思わぬ出来事があり、友達になったのだ。
「うおさんさっきっから何描いてるの?」
思わず質問をしてしまった。
「うっさい。ほっとけ」
「はっはっは! 何やら6代目を描いてるらしいぞ!」
「勝手に話すな、この筋肉達磨ッ!」
「次名前で呼ばないとお前のペンネームで今後呼ぶぞ」
「ちょッ! 人前でやめろ!」
「大変だよな、イラストが本人に負けてるんだもんなぁ」
「この野郎……これだから背信者どもは嫌いなんだ。後で覚えてろよな」
そう。何を隠そうこの2人はネムのリスナーとネムのイラストを描いている人なのだ。初日に俺が顔を出した時、2人が叫んで俺を指さした時は本当に驚いた。
ただ詳しく話を聞くと、どうも初回配信で俺が顔を出したのを2人も見ていたそうで、すぐにわかったらしい。鮫田からはネムとの関係を聞かれたため、義理の兄弟であると説明した。芹沼からは、後でネムの写真を送ってほしいと言われた。資料にするらしい。それは流石に本人に聞いてみるとお茶を濁したが。
かなり変わった2人だが、ネムの事を好いてくれているのは嬉しいものだ。
「はい、うるさい方が退場してくれたので、これから俺たちが攻略するスカイツリー。通称”空塔域”についていくつか説明させて貰うかな。ランクで言えば勇実さんが陣頭指揮を執るべきなんでしょうけど、俺は前回の攻略戦にも参加してたから一応俺の方で指揮を執らせてほしいんだがどうだい?」
「ああ。構わないよ」
「どうも! んじゃ、ここで今回の領域の説明をする前に俺の所の新人を追加で入れたいと思う。最近便利そうな能力をもった奴が来たんで引っ張ってきた!」
そういうとニカっと笑っている。暑苦しい見た目のわりにさわやかな人だ。
「私も別に構わないけど大丈夫なわけ?」
「ああ。直接的な攻略は俺達3人でやろう。今回追加で入れるのはあくまで偵察目的だ。理由はこの後説明する領域の話を聞いてもらえれば分かると思う。よし、待たせたな! 幸太郎入っていいぞ」
鮫田はそう大声で叫ぶと小さなノックの音が聞こえた。
「し、失礼します!」
随分緊張した様子の声色で入ってきたのはかなり若い男だった。10代後半くらいのようだ。まるでロボットのような固い動きでこの部屋に入り、鮫田の方へ歩いていく。
「――ああああああ!!!!」
と思ったら俺を見て大声を出してきた。なにやら失礼な男である。
「……幸太郎。急にどうした」
「あ、いえ、その……」
そういうと俺を見てあたふたしている。そして勢いよく頭を下げてきた。
「あの時は、勝手に勘違いしてすいませんでした」
「ん……ああ。そうか、あの時の」
思い出した。いつぞやの試験の時に俺がチョコボールを食べていたのを見て変な勘違いをしていた子か。
「いや、俺も変な誤解を与えちゃったみたいだし気にしてないよ」
「いえいえ、僕もあの時は色々と思いあがっていましたし、本当にご迷惑を……」
「本当に気にしてないよ。それより今回は一緒に戦うんだろ? よろしくな」
俺がそういうと、もう一度頭を深く下げた。
「ごほん。何やら昔あったのかもしれないが、どうか許してやってくれ。倉敷の嬢ちゃんの紹介で参霊会に来たんだが、その時は随分荒れててな。でも今は随分大人しくなったんだ」
「あの時は自分の力を必要以上に過信してたので……」
「はっはっは! なに、必要以上に謙虚になる必要はないが、バランスは気を付けないとな。さて役者は揃ったことだし、改めて説明させてくれ」
1人増えて3人がホワイトボードの前に立つ鮫田の方を注目した。うおさんも流石に今は絵を描く事をやめて見ているようだ。
「さて、空塔域だが、日本で有名な霊界領域の1つだ。領域法則は実にシンプルで下をみない事。ただこれが非常にややこしい」
そういうと鮫田はホワイトボードに現在分かっている空塔域の詳細を書き始めた。
空塔域。スカイツリーで星宿と呼ばれる教徒たちが集団自殺をした事を切っ掛けに出現した霊界領域。その領域法則は下をみないという単純なものだ。
だが単純故に厄介な領域になっているらしい。まず1つ。領域内は現状把握しているだけで第3層まで攻略を進められたそうだ。そしてそこまで到達した1つの結論。
それは、空塔域にまともな足場が1つもないこと。
つまり足元を見ざるを得ない作りになっている。だが下を見た瞬間、まるで足を引っ張られるかのように強制的に落とされる。
「だから今回の人選はランクではなく霊能力によって選ばれていると聞いてる。俺の能力は重力操作。操作できる対象は自分だけだが、浮く事も出来る。そして芹沼は霊力の物質化をかなり広範囲で作れるかなり珍しい能力と聞いている。空中に足場を作ることは?」
「ああ。出来るよ。ただ数秒程度しか維持できないから基本自分の足場しか作れないと思って頂戴」
なるほど、つまりこの2人は自前の能力で浮く事が出来るわけか。俺も領域内じゃなければ出来るんだが流石に難しいな。
「そして、勇実さん。貴方は今回攻略のメインといっていい。ゲームで言う所の火力枠って訳だ。ほぼ単独で噂のお化け屋敷を踏破したと聞いた。ちなみに能力は?」
「3体の霊を使役している。ただちょっとサイズがデカいから足場にやや不安があるが……」
「そこは芹沼と上手く連携を取るとしよう。幸い霊体には法則は効かない。勇実さんさえ気を付けて頂ければ問題ないって訳だ」
「なら大丈夫だ。任せてくれ」
となると幸太郎という青年は何をするのだろうか。そう疑問に思っていると鮫田が答えてくれた。
「幸太郎の能力は霊蟲と呼ばれる蟲を作る能力だ。最近の訓練で幸太郎自身と視覚の共有が出来るようになってな。主に第3層より上で役に立つと踏んだんだ」
「それはいいけどさ。領域の中をちゃんと移動できるのかい? 勇実さんはこの馬鹿みたいな霊力を考えれば、正直なんの心配もないけど、そっちの子はねぇ」
「それは心配ねぇ。当日は俺が担ぐ。このくらいの体重なら大丈夫だ。ただその代わり戦闘はまったく無理だ。だから俺の役目は道案内って感じだな」
「道中襲ってくる霊はいるのかい?」
「ああ。第三層から出てくる。それはまた道中で説明するぜ。他に質問は?」
特にない。前回と違ってギスギスしてないのが助かるな。そう思っていると鮫田は俺達一人一人の顔を見て頷いた。
「オッケーだな。じゃ当日は頑張ろうぜ」