霊能者試験1
『幸太郎。お前は霊能者の才能がある』
僕は先生に言われた言葉をよく思い出す。生まれつき霊感が強く幼い頃から霊が見えていた。そして1年前に霊力が格段に強くなる感覚を覚えてから学校で一番の霊力を持つまでに成長した。それからはひたすら修行の日々だ。道行く霊を見かけたらこそこそ隠れて倒し自身の霊力を鍛えていった。最初は面白いくらい霊力が上がっていき、自分の強さが身に着く実感がわく事が何より楽しかった。
ただ問題があった。弱い浮遊霊を倒しても成長しなくなったのだ。やはりどうしても霊能力を公に使うためには免許がいる。いい加減隠れて鍛えるのにも限界があった。
自分というどれだけ才能に恵まれた存在がいようとも年齢制限によって一定以上は鍛えられない。いい加減、国は18歳にならないと免許を取れないという法令を変えるべきだと本気で考えてほしい。
(でも、それも今日までだ。僕の華々しい霊能者デビューが始まるんだ!)
都内にある郊外。霊能免許センターへバスで移動する。国家公認霊能者へなるための試験は現在では月に1度全国各地で行われている。その中でも特にここ立川にある免許センターはもっとも大きく、数多くの有名霊能者がここで免許を取ったとされるほどだ。
なぜ立川なのか。理由はここの免許センターにある霊力を図る霊石が日本でもっとも大きいからだ。ある程度小さな霊石では測れる霊力に限界がある。だから必然的に能力の高い霊能者がここへ集まるのだ。
当初僕は近所にある免許センターを進められたが当然断った。僕の霊力は既にクラスⅣへ届きつつある。とてもじゃないが地元の免許センターでは僕の力を測りきる事なんて不可能だからだ。
「噂だと立川のセンターでは大手霊能事務所のスカウトマンもいるって話だしな。くくくっいくつ名刺が貰えるか楽しみだよ」
そう胸を躍らせているとようやく今日の会場に到着した。バスが停車し、電子決済で料金を払い軽い足取りで立川の地面を踏みしめた。
空は快晴であり、天気も良い。まるで自分を神が祝福しているのではないかと考えてしまう程に気分がよかった。緊張もしているが今の自分にはそれさえも心地よい。僅かな笑みを浮かべ僕はそのままセンターの入り口へ向かった。
自動ドアが開く。ガラス越しからも見えていたが人の多さに圧倒されていた。僅かに口の中に広がる唾液を飲み込み、中へ進む。入口に設置されている看板を見ると新規免許登録者は青い地面の方へ向かって進むらしい。
僕は足元を確認し次に天井につるされている看板を見る。どうやら間違いない。少しだけ胸を張り歩き出した。
(人の多さにびっくりしてしまったけど、堂々とすればいい。どうせこの辺の連中はランクⅠ~Ⅲ程度の雑魚しかいないんだからな)
そうして進むとまた広いフロアに出た。中央には大きなモニターが設置されその前にたくさんの椅子が並べられている。見ればそこで座り談笑しているもの。壁際に立ってスマホを見ているものと様々だ。
(受け付けは……あそこか)
10人程のスタッフが横に並んでガラス越しに座っている。その横に大きく受付と書かれていた。まだ筆記開始まで時間はある。慌てる必要はないがさっさと受付を済ませてしまおう。少し並び空いた受付の方へ向かった。
「ご予約の番号をお教え下さい」
「これで……」
そういって事前に予約した時、送られてきた番号が書かれたスマホの画面を見せる。そこに表示されているQRコードをカメラで読み取り受付の横の小さなモニターに僕の情報が表示された。
「はい。福部幸太郎様ですね。こちら情報にお間違いはありませんか?」
「ないよ」
「畏まりました。では筆記開始まで空いている椅子でお待ち下さい。その間、こちらの資料をお読み頂ければと思います」
「ああ、わかった」
そういってガラス板の小さな窓から渡されたクリアファイルを受け取り腕時計を見る。
(試験開始まであと40分か。少し早く来すぎたかな)
時間ギリギリになってくるような愚行を僕は犯さない。試験というのはその日、目覚めた時から始まっているからだ。とはいえ待ち時間があるのは仕方ない。そう思い少し周囲を見渡す。すると気になる会話が耳に入ってきた。
「おい。あそこに座ってる人の霊力すごくないか? 絶対ただもんじゃねぇよ」
「ん? ――いやあれって桐島宗太じゃないか」
「誰だよそれ」
「知らねぇのかよ。ほらアウロラプロダクションって芸能事務所あるだろ。あそこのタレントだよ」
「芸能人って事か。すごいな」
「すごいなんてもんじゃないぞ。元々霊能者向けブランドのモデルらしいんだけど、桐島本人の霊能力が高くてさ、本人的には別事務所へ行って本気で霊能者活動やりたいってSNSで呟いててちょっと軽く燃えてんだぜ」
桐島宗太だと!? 僕だって名前は知っている。最近発行されているファッション雑誌でよく表紙を飾っている程のイケメンだ。確かにインタビューで霊能者としての活動に興味があるとか言っていた記憶があるが、まさかそこまで霊力があるとは思わなかった。
僕は気になり少しだけ桐島宗太と距離を縮めた。そうして理解した。間違いなく彼は僕に匹敵する、いやただそこにいるだけで既に霊力を肌で感じるなんて異常だ。本当に強い霊力を持った人は、ただそこにいるだけ霊力が溢れてくる。よくそれだけでランクを勘違いする馬鹿もいるが、それは本来異常なのだ。その身から溢れる霊力はその本人がもつ力の一片にしか過ぎないというのに。
(以前本で読んだことがある。身に纏う霊力をこうして肌で感じる程の人物は最低でもランクⅤ以上はあると……)
思わぬ有名人の登場に僕は舌打ちをしそうになる。出来れば華々しくデビューしたかったが、これじゃ桐島の影に隠れてしまう。18歳という年齢でランクⅣの免許を取れるというのは大きなステータスになる事は間違いないが、それでもと思ってしまう。
熱くなった頭を冷やそうと思い、自動販売機を探した。大体この手の場所には必ず設置されているはずだと考え少し探してみると見つけた。
ジュースを買おうと思い自動販売機に近づくと既に先客がいた。長い黒髪に学生服をまとった少女だ。一瞬なぜこんな場所にと思ったがよく考えれば当たり前の事だ。別に卒業前でも免許は取れる。僕だってまだ高校生だ。不自然じゃない。しかし何故制服なんだ、そう思って待っているがいつまで経っても動かない。
わざとらしく靴で床を叩いてみたり、咳をしてみたりするのだが一向に動く気配がない。何故かずっと自動販売機の前で頭を揺すりながら考え事をしているようだった。
「おい。まだ買わないならどいてくれないか?」
「ふぇ? あ、ごめんごめん。並んでたんだ。気づかなかったよ!」
そういうと両手を顔の横に当て、長い髪に指を入れると、そこから白いイヤホンが出てきた。どうやら両耳が塞がっていたらしい。
「ちっ」
先ほどただ座っているだけで存在感を放っていた桐島と、すぐ真後ろで音を出しても気づかなかった自分と無意識に比べてしまい思わず舌打ちをしてしまった。
「なによ、謝ったんだからいいでしょ」
「あ、ああ。悪かった。ってその制服――もしかして星申高校か」
「なに、制服マニアなの? きもっ」
「ち、違う! 有名だろ。お前の所の学校って」
星申学院高等学校。日本で初めて授業のカリキュラムで霊能力を取り入れ一時期有名になった学校だ。授業では霊能者が同行することによって未成年でも初めて公に霊力を鍛える事ができ、多くの生徒が星申への転校を希望していた。僕も希望したが親に反対されてしまったためよく覚えている。
「あ、もしかしてウチに転校希望だったとか?」
「違う。僕は別に学校に入らなくても自主トレでどうにでもなった」
「それ言っちゃっていいのかな~」
顔を近づけニヤリと笑っている。可愛らしい顔だけに余計に腹が立つ。
「まあでもみんなやってるしね。私は真理。あんたは?」
「――幸太郎だ」
「そ、さっきは桐島クンもいたし、噂だと倉敷のお嬢さんも今日らしいからお互い大変ね」
「は!? ちょっと待て! 今なんていった!?」
「うるさいな。大声出さないでよ」
そういって両手で耳を塞いだ真理。確かに軽率だった。いくら人気が少ない場所だとは言え大声を出すもんじゃない。
「それにしても倉敷って――まさか倉敷事務所の?」
「そ。倉敷哀火。なんでもあの箱入りが今日来るんだってさ。確か半年前、18歳になったはずなのに、わざわざ今月まで待つなんて……何かありそうなのよね」
倉敷事務所。霊能者を集める事務所として大手であり、在籍している霊能者は全員がランクⅣ以上で構成されているときく。正直僕が一番入りたい事務所だ。元々有名な資産家である倉敷刀志が設立した事務所であり、霊能者へのバックアップはもちろん。その資産力から国へのパイプも太いと聞く。霊能者にとっては理想の場所そのものだ。
「確かその倉敷――さんっていうのは、社長の娘だっけ」
「何その反応。もしかして幸太郎って倉敷希望だったりする?」
「う、うるさいな。大手だしいいだろう!」
「なんかあそこお堅そうなのよね」
そういって真理は手のひらをパタパタさせて言った。
「じゃあお前はどこ希望なんだ?」
「私? まだ決めてないわ。学校で色々説明会とか開かれるしもう少し探してみるつもり。こうみえて学内測定ではランクⅣだったから大丈夫でしょ」
「え、お前もⅣなのか?」
くそ、学校内に測定機器まであるのか。
「え、なに幸太郎もそうなの? あんまりそう見えないなぁ」
「うるさいな。お互い様だろうが」
「はいはい。ま、精々お互い頑張りましょう」
そういって結局何も買わずに真理は去って行った。どうして今回に限ってこうもライバルが多いんだ。でもチャンスでもある。あの倉敷事務所の令嬢がくるのならその目に留まれば一気にスカウトの可能性が高くなるはずだ。
そう自分を鼓舞し飲み終わった缶を捨てて元のフロアへ戻った。すると少しフロアがざわついている。何かあったのか。そう思い人だかりに近づくと真理がいたため、少し癪だが話を聞く事にした。
「なあ。何かあったのか?」
「ん? ほらあれよ、あれ。まったくあのお嬢様は何しにきたのかしらね」
そう言われ俺も同じ方向へ視線を向ける。
「なっ」
このフロアの多くがある一カ所に注目していた。
フロア中央に並べられた椅子。そこにいる2人の人物が異彩を放っている。1人は先ほどから座っていた桐島宗太。そしてもう1人。少し赤味がかったショートヘアーの女性が座っている。ゴシック調の服を着ており、普通に見かけたら地雷だと思うがそれが妙に似合っている。
「ねえ。宗太さん。ぜひウチに来ない? 好待遇で歓迎するわ」
「――考えておくと言っているだろう」
「ふふふ。そんな事言いながらも気にはなっているのは分かるわ。日本でウチ以上の好条件なんて早々ないでしょうからね」
「随分熱烈に誘ってくるね。倉敷さん」
倉敷哀火。本当に来たのか。しかも僕が喉から手が出る程欲しい話をよりにもよって桐島にするなんて。――いや分かっている。桐島の方が強い霊力を持っているんだ。
「ええ。実はね、わたくし……誕生日に、天羽様に占って頂いたの」
「――まさか星見の?」
「そうしたら今日ここへ来ると素敵な出会いがあるって言われたわ。そうしたらね」
そういうと倉敷さんは楽しそうに笑っている。
「俺とは限らないだろう」
「いいえ。きっと貴方よ。これ以上の出会いがあるなんてわたくし思えないもの」
2人のやり取りを見て知らず知らずに強く拳を握っていた。考えないようにと思ってもこの言葉が頭にチラつく。
どうして。
唇を強く噛み、桐島を睨みつける。お門違いだっていうのは理解している。それでも――この試験において桐島は僕のライバルだ。まずは霊力測定。そこで絶対に……。
「――え」
手が震えている。いや身体が震えていた。怖気づいた? いや違う。周りを見ると僕以外にも同じく震えを感じている人がいる。
「寒い――何、これ――」
真理がまるで極寒にいるのではないかと思えるほど、身体が震えており両手で身体を抱きしめている。
「おい、大丈夫――か……」
背筋が凍る。今まで色々な霊を見てきたけどここまで酷い悪寒を感じた事は一度もない。まるで重度の風邪を引いたかのような悪寒。後ろから何かが来ている。
ゆっくり振り返った。僕の本能は見るなと言っている。でもそれに逆らうように身体が勝手に動いた。
ヂヂヂヂ――。
廊下の電気が明滅し消えた。昼間だというのにまるでそこが漆黒の闇の中のような錯覚。そこに2人の人影がいた。ゆっくりと歩いていてこちらに向かってくる。
先ほどまで喧騒に満ちていたフロアがまるで無人のように静かになっている。さっきまで注目の的になっていた桐島や倉敷までもだ。
靴音が響き、やがて2人の姿が見えた。
外国人のようだ。銀髪の恐ろしく顔が整った男と金髪の女性の2人組。
男の方は黒いスーツに身を包み、一見するとフォーマルな恰好だが、男の容姿と雰囲気が相まってまるで映画に登場する悪魔のようである。
逆に女の方は肩を出し胸元が露出した派手な恰好をしている。黒いドレス姿であり、そのままパーティにでも出るかのような恰好だ。場違いと言いたくなるが、僕が今まで見たどの女性よりも美しく見た目の印象とは真逆の服装のためそのギャップから余計に目が離せない。
2人が通った後の廊下はまるで先ほどまで息を止めていたのかのようにまた明かりを取り戻しいつもの廊下へ変わった。だが2人が来てからこのフロアの照明は未だ明滅を繰り返している。
唾液を飲む音がうるさく感じるほどの静けさ。誰もが2人に釘付けとなり、瞬きすら許されないと錯覚してしまう程の緊張感に包まれている。
「――何度も言わせるな」
男がそう呟いた。たったその一言で僕は全身から汗が止まらず呼吸も浅くなる。だがそれは一瞬だった。気が付けばフロアの照明は元に戻り、あの心臓を握られたかのような霊力が大人しくなったのだ。
安堵の息を吐く。胸に手を当て数度深呼吸を繰り返す。そうしている間に2人は歩を進め、受付の方へ歩き出した。
(おいおいおい! まさか、免許を取りに来たのか!?)
馬鹿げているとしか言いようがない。あれほどの霊力を纏い、今更免許を取りに来るだって? そもそも日本人なのか?
「あ、あのですね。こ……ここは新規で免許を取られる場所でして、その――更新などの手続きはあちらで――」
顔面が蒼白になっている受付が何とか案内を続けていた。だが……。
「ならあっている。俺達は――免許を取りにきたんだ」
そういって男は懐に手を伸ばす。何を取り出す気だ。まさか呪符か? そう思っていると何か黒い棒のようなものを取り出した。そしてそれを口に運び一口かじっている。
間違いない。――あれは何かしらおぞましい呪具だ。




