アーデの本音
翌朝俺は自宅へ戻ってきた。ちなみに昨日はカッコつけて窓から飛び降りて移動してしまったため、家の鍵を持ち出すのを忘れていた。情けないが電話して扉を開けてもらった次第である。
「礼土。一晩で一体どれだけ捕まえたらそうなるのですか?」
「ん? 霊力感じるか」
「ええ。妙な異物感を感じます。それに妙な邪気を感じるのですが――」
邪気か。って事は神社で捕まえたやつだろうか。しかしどう抑えればいいんだ?
「大人しくしていろ」
「あら。消えましたね」
どうやらちゃんという事を聞くらしい。有難いことである。餌はあげられないけど精々その中で大人しくしていてくれ。リビングにあるソファーへ体重を預けているとアーデがいくつかのおにぎりとパンを用意してくれた。
「ありがとう。そういやネムは?」
ケスカは昨日と変わらずソファーで寝続けている。しかしネムが見当たらないようだ。
「ネムは振り分けた自室で閉じこもってゲームしてますよ。何でもスマホで無料のゲームがあるそうでして。時折外れだとか、当たらないとか叫んでますよ」
「ふーん。ギャンブル系のゲームなのか? まあ暇つぶし出来てるならいいや」
「それでお願いされていた件についてですが――」
アーデがそう切り出したため、俺はソファーに預けていた背を起き上がらせ、アーデの方を見た。
「まず大蓮寺京慈郎という霊能者ですが既に引退され、ホームページも閉鎖されておりました」
「引退だって? まさか何かの怪我か病気か?」
「不明です。ネットにはそれらしい情報はありませんでした。ただホームページの方には一身上の都合により霊能者活動を引退するとだけ書かれていました」
牧菜に聞いた大蓮寺さんの除霊方法から考えればいつ怪我をしてもおかしくはない。もし怪我などの理由ならすぐにでも治療へ向かいたい所だな。仕方ない一度自宅へ伺ってみるか。
「わかった。後で自宅に伺ってみるよ。こういう時前のスマホが無くなっているのは不便で仕方ない」
「そうですね。貴方が信頼されていた方なら私も一度挨拶に伺いたいものです。さて次ですが、霊能者試験の実技内容について調べました」
さて問題のやつだな。霊力っぽいものは手に入れたが試験内容によっては誤魔化せないぞ。
「試験内容は年々変化しているそうですが、最近の試験内容はこの2つらしいです。1つは霊力測定検査。機械を使いおおよその霊力を測定するそうです」
「機械? そんなんで測れるのか」
「そのようです。どうやら霊石という霊力に反応する鉱物を人工的に作っているそうでしてそれに霊力が流れる仕組みみたいですね」
反応ってどうなるんだろうか。まさか光ったりするんだろうか。あれか? 光過ぎてこいつ何者だ! みたいな展開が起きているんだろうか。ちょっと見たいな。
「どういう想像をしているか知りませんが、この霊石は霊力に反応するとその場で回転するそうです。一度だけ流した霊力の強さで霊石の回転速度、継続時間を図る試験のようですね」
「思ったより地味だな」
「……何を期待しているのですか」
そんな目で見ないでほしい。これはロマンっていうやつだ。
「そしてもう1つ。これは実際に霊能力を披露するようです。これは実際どの性質の霊能力なのかを調べる目的のようですね」
「戦ったりしないのか? 試験官がいるとかさ」
「そのような試験は過去に行われてませんよ。先日の田嶋さんもそうですが戦闘に向いた能力を持っていない人の方が多いようです。国としてはどのような能力があるのか調べたいのでしょう。だからこそ少し賭けに出るか私も悩んでいます」
真剣な様子で話すアーデの言葉が気になる。
「賭け?」
「そうです。ざっと調べた所、該当する能力を持つ人は非常に少ないようですので正直賭けになるかと」
アーデの言葉の意味を考える。恐らく俺が外へ出ている間、随分色々と調べてくれたのだろう。随分と慎重さを感じる。
「試験で披露する能力についてって事だよな?」
「そうです。いいですか、礼土。目立たずひっそりとというのは諦めて下さい」
随分はっきりというものだ。出来れば目立ちたくないのは本音なんだがな。
「お前がそういうくらいだ。理由はあるのか?」
「礼土。私たちは異邦人です。人間であってもこの世界の生まれではありません。いくら知識を与えられていようと根本的な所でズレがあります。そして今回、霊力と魔力という似て非なる力もある。ある程度悪目立ちするのは必然でしょう。であれば私たちの生活を安定させるためにもある程度、割り切る必要があります」
そんなにずれているだろうか。前も上手くやれてたと思うんだがな。
「具体的には?」
「まず無駄に能力を隠すのは悪手となるでしょう。だからといって全力を出す必要ありません。いいですか礼土。私たちは既にかなり目立っています」
「え、まだ何もしてないぞ?」
「気づいていないのですか? 外へ出れば多くの人から好奇の目を向けられているでしょう?」
どうしても嫌悪感には敏感なんだがそれ以外は鈍いからな。あんまり気にしたことがない。
「すまん。わからんな」
「はぁ。いいですか、私たちは既に目立っている。いつボロが出てもおかしくない。だからある程度、国から保証される身分というのは正直欲しいというのが本音です」
「だから霊能者免許を取るんだろ。――いや、ランクの話か」
「そうです。色々調べましたが高ランクの霊能者は身分としても随分信頼があるようです。私たちはそこにまず食い込みます」
そういってテーブルをトンと叩いた。
「具体的にどのくらいを目指すんだ?」
「ランクⅤ。それが目標ですね。調べてみた所、日本で最も多い霊能者のランクはⅣのようです。Ⅴになると途端に数が減ります。なのでまず最低でもⅣ。可能であればⅤを狙いましょう。ただし――間違ってもⅥ以上にならないこと!」
そういってテーブルを叩いていた指を俺の胸へ押し付けてきた。
「絶対にやり過ぎないようにしてくださいね。礼土」
「そうは言うがコントロール出来ないだろ!? ランクを決めるのは国なんだぞ!?」
「それも対策があります。はっきり言いましょう。恐らくこの試験で筆記はおまけです。合格点さえ取ればそれでよいと思います。必要なのは実技。そのうちの霊力測定と能力検査の2つ」
確か霊石ってやつが回転するやつと能力を披露するって奴か。
「覚えていますか? 私たちが最初にあった霊能者の事を」
「確か大道芸をしていた奴だろ」
「そうです。彼は言っていました。私がランクⅣはある霊力を持っていると」
確かに言っていたな。それくらいはあるんじゃないかって。
「つまり今のアーデがちょうどランクⅣくらいの霊力って事か?」
「恐らくそうでしょう。あの男1人の証言なのでどこまで信頼できるか分かりませんが、そう仮定して動きます」
なるほど。今のアーデから感じる気配が大よそランクⅣくらいだと仮定すれば確かに調整は可能か。
「礼土が昨晩集めた霊は道行より随分強いようですので、礼土は本当に最低限の能力を披露すれば恐らくランクⅤは固いと考えます。だからやり過ぎないようにという事です」
「それはいいんだがお前はどうする? それにさっき言ってた賭けってのも気になるぞ」
「ええ。それは私が治癒魔法を霊能力として披露しようと考えたからです」
治癒魔法か。大蓮寺さんにも結構注意されてたな。でも――これはそういう事か。
「日本で治癒能力をもつ霊能者は現在確認出来るだけで23名と非常に貴重です。恐らく切り傷を治す程度なら霊力も合わさって目標ランクⅤ相当には認定されると踏んでいます」
「アーデ。リスクを追ってまで治癒魔法を使う必要はあるのか?」
俺がそう聞くとアーデは少し驚いた表情を見せ、すぐ目を伏せ俯いた。その様子は何かに叱られる前の子供のようでもある。
「……礼土の言う通りです。リスクしかありません。私たちの立場を考えるなら礼土だけ霊能者になれば問題ないのです。ですが――私は、怪我や病に苦しんだ人々を癒す力があるというのに、自分の身可愛さにそれを放棄し、見捨てたくないのです。能力を偽り隠れて治療することも考えました。ですが咄嗟の時、周りを気にして治療をするという息苦しい事を私はやりたくない。治癒能力は非常に稀有な力です。実際この23名の方々は身を護るため国に保護されているという噂もあります。それでも私は――」
「好きにやればいい。何があっても俺が守ってやる」
「――いいのですか? 正直私はこの話へ持っていくように会話を誘導していましたよ」
「それも気づいてたさ。だから念のため聞いただろ。必要なのかって」
アーデは聖女であった時、率先してやっていたのは金がなく、治療費さえも払えない貧困者たちの治療であった。本人に聞けば聖女としての良い噂を作る為と言っていたが、実際教会の連中がアーデの行いを止めさせたがっているのは聞いている。それでもアーデは定期的に騎士を連れ、怪我や病で苦しむ人々を救っていた。
当然治療院からも随分嫌われていたらしい。アーデ曰く金のある人は治療院へ進めていたのだし、元から金がなく、治療院へ行けない者たちを治して何が悪いのだと開き直っていた。
「別にアーデも誰もかれも治したいって訳じゃないんだろ」
「はい。本当に助けを必要としている人を私は助けたいのです。そのために必要なものがあれば私は利用したい」
「いいんじゃないか。搦め手は不得意だが正攻法で来る分には俺がいる以上お前たちを守ってやれる。安心してやりたいことをやればいいさ。最悪嫌なら逃げたっていいしな」
そういうとアーデはほっとしたのかとてもいい笑顔を見せた。
「では、改めて……。目標はランクⅤ。やり過ぎないようにお互い注意するという事で。最悪Ⅵ以上の場合は――その時に考えましょうか」
「ああ。それくらい気軽にやろう。ちなみに何でⅥ以上は不味いんだ?」
「どうやらランクⅥの霊能者は日本で100人もいないようなのです」
「そりゃ悪目立ちもするか。まあ捕まえた霊たちも大したことないし大丈夫だろ」
「一応邪気は収まりましたが、マッサージ師と猿と狐でしたっけ? 変わったバリエーションの霊もいるんですね」
変わり種だが、そこそこの霊力にはなっているはずだ。きっと大丈夫だろう。……でも不安だし少し追加しておこうかな。少ないなら足すだけって名言もあるみたいだし。
「ではまず勉強からですね。流石に筆記で落ちたら洒落になりませんよ」
「……だよなぁ」
そうして俺たちは来る免許試験まで勉強に励んだ。