あの日から
「まったくミティス卿も何を考えているのか」
「今回ばっかりは俺からは何も言えないな。むしろその決断をした隊長を褒めたいくらいだ」
アベルの私室で2人の男が椅子に座り、酒を飲んでいた。酒といってもただ大量にアルコールを摂取するような乱暴なものでなく、アベル自身が秘蔵していたブランデーを少しだけコップに入れ、唇を濡らす程度の飲み方だった。
「とはいえ帝都に戻ってきたらいきなり決闘なんていうとは思わなかったけどな」
リオドはそういいながら、視線を窓の方へ向ける。視線の方角にあるのは近衛騎士団が使う訓練場だ。現在はミティスとレイドの2人以外立ち入り禁止となっており、もうすぐ戦いが始まるのだろう。
「それにしてもよく陛下が許可したな」
「そうだな。少し迷っておられたようだったが、それでもすぐに許可を出されていた。恐らく昔の事を思い出されていたのだろう」
「例のアシドニア団長時代の件か?」
リオドの質問を聞きながらまたブランデーを少しだけ口の中に入れる。
「――恐らくな」
アベルの話を聞き、小さくため息をつきながらリオドも同じように酒を口にした。
「リオド卿、君はどうなると思う?」
「……何がだ」
「呆けるな。決闘だ」
リオドはすぐ言葉を紡ごうと口を開き、出かかった言葉を飲み込んだ。そして小さく深呼吸をしてこう口にした。
「もちろん、我らが隊長が勝ってくれるさ」
一体どれほどの奇跡が重なればあの化け物に勝利する事が出来るのだろうか。そう頭の中では考えてしまっても、その僅かな奇跡を願わずにはいられない。
「では、私はイサミ殿の応援をしようかな」
「は? 必要かそれ」
「必要だとも。私は帝国近衛騎士団長だ。ミティス卿も、イサミ殿も立場は違えど今は共に魔王を倒そうとする同士であるに違いはない。ならば私は公平に応援するさ。恐らくミティス卿を応援するものが多いだろうしな。1人くらいは彼を応援してもいいだろう」
いや聖女様も入れれば2人になるのかな。そう小さく零しまた酒を飲む。
「わからんでもないが、傍から見れば聖女と近衛騎士団団長が応援してるってひどくないか? ミティス隊長が後で知ったらへこむと思うぞ」
「確かにな――だからここだけの話にしてくれ」
魔力の波動を感じる。訓練場には防護用の強力な結界を張っているのだが、あの2人相手ではそれもいつまで持つか分からない。
「損害を出したらあの2人に請求をしてもいいんだよな?」
「――まあいいんじゃないか」
衝突する魔力が大きくなるにつれ、アベルはミティスとイサミの2人が周囲に気を使って戦ってくれることを祈るばかりであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
揺れるUFOで戻ってきた俺たちは気絶している2人を医務室に運び、今後の件について話し合いを設けたいと言われ作戦室へ赴いた。しかしそれを阻む者がいる。
「イサミさん。申し訳ありません、少々お時間を頂けませんでしょうか」
「えーっとミティスさん、何のようで?」
正直言ってこの女は苦手である。いや正確にいうと負い目があるだけなのかもしれない。色々とぐれていた頃の俺はミティスの父親であるアシドニアの爺さんを目の前でボコボコにした過去がある。ただ倒すだけならまだしも、娘の前で、それも随分煽るように倒した記憶があるのだ。
もう申し訳ない気持ちでいっぱいだ。だからこそまっすぐな瞳で俺を見られるとその事を思い出してしまってどうしても苦手意識がぬぐえない。
「私は勇者マイト殿より、力の継承を行う予定となっています」
「ああ。それは聞いてる。俺もどういう物か知らないから、詳しくないけど……その頑張ってくれ」
沈黙が訪れる。なんだ、俺は何か間違えただろうか。だいぶ気を使って頑張ってくれと応援したつもりなんだが、無言の視線が妙に痛い。
「はあ。それは煽っているのですかレイド」
通路の向こうから見知った顔が現れた。だがそれを見て少し安堵する。今の一言は非常に余計だが2人でいるのが苦痛で仕方なかったのだ。
「人聞きの悪い事を言わないでほしいな、アーデルハイト」
「まったくそういう所はあまり変わってないのですね。……レイド、申し訳ないのですが彼女の願いを聞いては貰えませんか」
酷い言われようである。っていうか待て、願いってなんだ。何も聞いてないぞ。
「何の話だ?」
「おやミティス様はまだ話していないのですか?」
「――はい。お恥ずかしい話ですがどう切り出そうか迷っていたのです。しかしそうですね。イサミさん」
何かを決意したような表情で俺を見る。何故だろうか激しく嫌な予感がするんだが。
「私と戦ってくれませんか。あの日の――あの場所で」
心臓が強く跳ねた。ああ、間違いない。この女、俺を恨んでやがる。父親をボコボコにした俺を今度は逆にボコボコにしようとしているに違いない。なんておっかない女なのだろうか。
「あ――それはですな。ええ。一度話を持ち帰らせて頂き、ゆっくり前向きに検討させ……」
「レイド――お願い」
いやお願いと言われても。復讐は何も生まないのだぞ?
「お願いします。どうしても区切りを付けたいのです」
そういってミティスは深く頭を下げた。その様子を見るにどうやら俺が想像していたものと随分違うようだと気が付く。
「……わかったよ」
そうして辿り着いた場所。以前と様変わりした部分もあれば変わらない部分もある。どこか懐かしい気持ちにもなるし、やっぱりあの日の自分を殴ってでも大人しくさせるべきだったと少しの後悔がにじみ出た。
「先ほどお話した通り、この件は既に陛下にも許可を頂いており、立ち合いは聖女様にお願いをしております」
鎧を装備し完全武装となっているミティス。その装備や仕草を見ると、なるほど確かにあの爺さんの子供なのだなと、どこか重なる部分があった。
「一応お聞きしますが装備などは大丈夫ですか?」
「ああ。この身1つで十分さ」
そういうとアーデルハイトが俺とミティスの間に立ち止まった。
「では準備はいいですね。両者相手を死に至らしめる攻撃はしないこと。それがルールです。それ以外の傷であればどのようなものであろうとも私が治癒いたしますので存分に力を振って下さい。ただし、周囲の被害を考えてこの場所に張られている防護結界が破壊された時点で終了とします。よろしいですね?」
と何故か俺の顔をみて話してくる。流石にその辺は加減する。
「では金貨を投げて地面に着いたら開始とします」
そういうとアーデルハイトは指で金貨を弾いた。空中に回転しながら飛んでいく金貨。その間にアーデルハイトは結界の外へ避難し始めている。あと数秒で地面に着き、この戦いが始まるだろう。
光を反射させ回転する金貨が軽快な音を立てて地面に落ちた。その瞬間俺の身体から閃光が放たれる。不可避の光を浴び、ミティスの身体には俺の魔力が付着した。
加減はする。だからこそ俺の攻撃の中で一番威力の低い魔法で終わらせようと思った。付着した光の魔力が、俺の意思で属性転化し身体を切り裂く光の刃に変わっていく。四肢を切り裂いてもアーデルハイトの治癒魔法なら十分治癒は可能だ。
恐らくミティスにアシドニアの爺さん相手にやったように攻撃をほとんどせず相手の攻撃をわざと受けるような舐めプをするのは悪手だ。なら初手で終わらせてしまった方がまだ幾分かマシだと判断した。
「”閃光の斬撃”」
光の刃を放つ。突然現れた刃がミティスの身体を細かく刻み、その身体をバラバラに――。
「はああッ!!!」
光の刃で身体を切り裂かれながらこちらに向かってくるミティス。流石に少し驚いた。身体は血だらけのようだが四肢は繋がっている。普通の人間で俺の初見殺しの魔法に耐えられた人間はいなかった。
ミティスは魔力を纏った剣を振ってきたため、躱すか受けるかを考える。この程度の斬撃であれば傷はつかない。そう判断し振るってきた剣を手のひらで受け止め、そのまま剣を握る。そして魔力を少しだけ込めた拳をミティスへ向けて放った。
拳がミティスに触れる寸前でミティスの身体が爆ぜた。凄まじい突風だ。そして風が集約し少し離れた場所にミティスが現れた。破壊された鎧、切り刻まれ、肌が露出した場所からは夥しい量の出血が確認できる。だがどれも傷は決して深くない。派手に血が出ているだけだ。しばらくすると破壊された魔力の鎧が復元していった。
「なるほど」
今ので大体わかった。
「――アーデルハイト。お前何か吹き込んだな?」
目線は外さず結界の外にいるアーデルハイトへ声をかけた。
「もう気づいたの? でも私が話したのは貴方の得意技対策だけよ?」
俺は有象無象を相手にする時使う得意技が2つある。”閃光の斬撃”と”閃光の棘”だ。これは俺の魔力を光に変えて放ち、対象に付着した光の魔力を基点にして不可避の攻撃を与える魔法だ。初見殺しの回避不能の技であるため大体はこれで決まる場合が多い。
だが当然対策方法もある。それは一瞬の閃光で付着出来る魔力量に限界があるという事だ。そのため事前にそれ以上の魔力を纏われていると威力は激減するし、下手すればダメージを与える事すらできない。
「ごめんなさいね。今回私はミティス様の味方なの」
なるほど、どういう心境か知らないがそれならそれで面白い。ただ付き合い程度で軽く戦うだけにしようと思ったが、ここからはちゃんと相手をしよう。そう思えた。