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狂乱水城のルクテュレア6

 リオドの意図を汲んだリコの行動は迅速であった。懐から取り出した円盤状の魔道具を地面に設置すると魔道具が回転し始め、放射状に光を放つ。路地であるため周囲には民家もある。戦闘による被害を最小限にとどめるために帝国で開発された対市街戦専用防衛魔道具だ。その効果は範囲内の建造物の強度を魔力によって一時的に跳ね上げ、さらに遮音効果もある結界である。その威力と効果範囲は使用者が込めた魔力に依存する。使い切りの魔道具であり、効果時間も短いが、その代わり効果は絶大だ。



(私の魔力の4分の1を込めた。これなら直径1kmは囲えるはず。)



 リコが込めた魔力量であれば薄い木の板でさえ、鉄に匹敵するレベルの強度まで跳ね上がる。石造りの建物であれば一時的にではあるが、かなり堅牢な要塞レベルの強度になる。そうして周囲を保護しつつ短期決戦が出来る場を作り上げた。

 

「リオドさん!」

「ああ」



 リオドは黒色の魔力武装型の魔道具を展開し一瞬で黒い鎧を身に纏い、相手の一挙手一投足を見逃さぬように構えを取った。

 


 一方で周囲に展開された結界を見てネムは考える。――目の前の2人を殺すか殺さないか。展開された魔力量と、目の前で武装した男の力量はある程度把握できた。確かに優秀だ。今まで出会った人間の中では間違いなく上位に入るだろう。ただし一番ではない。

 脳裏に浮かぶのは水遊びをしたイサミの姿。あの力量で勇者でないと知った時は驚愕であったが、それと同時に勇者でない人間の中にも強い者がいるのだと知った。だが同時に困惑もしている。



(出会った人間の強さに差がありすぎるのだよな)



 最初に出会ったのはフルニクの王。そしてクリスユラスカの人間たちだ。多少の差はあれどネムから見ればどれも同じであった。だからこそその後に会ったイサミの力量に驚き、興奮し、興味を持つようになったのだ。そして目の前の2人。最初に会った人間たちと比べれば幾分か強いのだろう。なら次の興味はイサミと比べてどれほど違うのかである。

 



「おい。そちらの目的はなんなのだ?」



 しかし答えは返ってこない。ネムは少し考え遊ぶ事にした。見たところ何処かの国に所属している戦士なのだろう。ならばイサミと同程度の強さを持っている可能性もある。そうすればもう少し人間の強さを測る事が出来ると思ったからだ。



「せっかく何やら結界を張ったのだ。少し遊ぶか」



 そうネムが呟いた瞬間、目の前の男が音もなく消えた。単純な移動の速度ではない。転移魔法を使用したものである。リオドは闇に溶け、ネムの足元より出現。足元からの攻撃であり完全に死角からの奇襲であった。最小限の魔力を指先に集めネムの首を狙うが、あと僅かという所でリオドは驚愕する。



 僅か刹那の時間。瞬きよりも早い奇襲であったにも拘わらずリオドはネムと視線があった。()()()()()()()()()()というリオドの十八番であり、初見で見破られたことは一度もない一撃。

 それを完全に見切りネムは迫りくる手を掴み、そのまま軽くリオドの胴体を蹴り飛ばした。壁に衝突したリオドは肺の中の空気をすべて吐き出す。胃がせり上がるような苦しみと鎧越しであるにも関わらず受けたダメージの大きさで頭が真っ白になってしまった。


「ぐぁッ!」


 追撃をかけようとするネムの前に氷の壁が出現する。視線だけ向けるとリオドの後ろにいたリコが決死の表情で魔法を放っていた。氷の壁に籠められた魔力量からリコの実力をネムは判断する。この程度ネムにとっては氷菓子と変わらず脅威たり得ない。

 構うことなく突進したネムの身体に触れた氷の壁は砕け散り、細かな塵と化した。リコの稼いだ時間は僅か一瞬でしかなかったがリオドの意識は回復し、細かな氷の結晶が舞う中、自らに迫るネムの攻撃に対し腕を交差させ防御の姿勢を取る。

 リオドは躱すという選択肢は早々に放棄した。相手は既に目の前に迫っている。速さにそれなりの自信はあれどあの奇襲を防いだネムの攻撃を躱せるとは思えなかったからだ。そのため全力で魔力を高めネムの攻撃に合わせ防御の姿勢を取る事を決心した。


 ネムの攻撃は本人からすれば攻撃とも呼べる代物ではない。全力からほど遠い力で、拳も握らず、手のひらで目の前の黒い騎士が防御する場所をわざわざ狙い押し込んだ。踏み込む足に力を入れると地面が割れる。腰をひねり力を手に集めるように身体を稼働させる。魔道具によって強度が跳ね上がり、もはや鋼鉄以上の強度にまで強化された壁が崩壊する。

 リオドの身体がめり込み、そのまま壁を貫通し奥の建物の中へ吹き飛んでいく。幾度か身体を回転させながらリオドは懸命に自身の身体に残っている先ほどの掌底打ちの衝撃を拡散させた。

 身体に残ったダメージは大きい。いくつか骨も折れているがまだ戦える。そう戦意を保ちつつリオドは自身の短慮さを悔いた。


「くそ、が」

 

 リオドがいる場所はルクテュレアの倉庫街である。そのため建物内に人影はない。代わりに備蓄されている食料などが大量に置かれている。身体に付着した果物の汁や果肉などを払い土煙の向こうを見る。

 

「ごほ、ごほ。酷い埃だな」


 纏っている魔力はそう高くない。だというのにたった2回攻撃を受けただけでリオドは理解した。アレは自分の手に負えない化け物であると。あの時本来の任務である結界の核の破壊を優先し、この魔人は放置するべきだった。だが同時に不可解さも残る。あの魔人の強さは異常だ。幹部であるトラディシオンの可能性もあるだろう。だがミティスの読みではトラディシオンの力と自分たち六柱騎士の力にそこまで差はないと考えられていた。


(いや、待て……1人いる。トラディシオンの中でも最上位の強さを持っていると予想される化け物が……)


 それはこの街を新たに支配しているケスカである。マイト・ターゼンの報告によればケスカは髪の長い女の魔人との事だった。だが目の前の魔人と体形が違う。話では幼い子供の姿だったはずだ。


「ふむ。お前たちを見逃してもいい。だから質問に答えて貰おうか」

「何だと――?」


 土煙の向こうから現れた魔人を改めて観察する。一見隙だらけにしか見えない佇まいだが、不思議とどこから攻めようと返り討ちにあう未来しか見えない。表にいるリコの安否も気になるが魔力反応があるため死んではいないはずだと考えた。



「お前たちはどこの誰だ?」

「……オグマナ共和国の自警団員だ」

「そうか。次の質問だ。お前は()()()()()()()()?」


 リオドは怪訝な表情を必死に隠す。嘘の身分を言っても疑った様子がない。いやどうでもいいとさえ思っているのか。だがそれ以上に次の質問の意図が分からない。


「――こうしてお前さんにボコボコにやられている手前強いとはいえんな」

「なら人間の中でどの程度の強さだ?」


 リオドはさらに困惑する。質問の意図がつかめない。普通に考えれば魔人が人間の強さを図っていると考えるべきだろう。例えばリオド以上に強い奴がいないとすればもう人間に脅威はいないと言っているようなものだ。だが既に魔人の侵攻は始まっており今更人間の強さを測る意味なんてないはずだ。


「……俺より強い奴なんていくらでもいるさ」


 嘘は言っていない。だが事実でもない。リオドは帝国内で5指に入る強さを持っている。オリハルコンランクの冒険者であろうとも倒す自信も持っていた。しかしそれを馬鹿正直に話す必要はない。少しでも人間を脅威に思って貰えれば御の字という所であった。



「ふむふむ。つまるところ中の下って所なのか」

「……ああ。そんなもんだ」

「なら勇者は?」

「――ッ」



 ここが日の当たらない室内であることにリオドは心から感謝した。表情に出したつもりはないが間違いなくリオドの反応を確認しているだろうと予測している。この暗がりがどこまで役立っているか分からないが、少しでも表情に出してはならない。



「ああ。勘違いをするな。別に居場所を聞こうとは思ってないのだ。無論そのうち探し出すがワタシにとって最優先じゃなくなった。ただ勇者の強さが気になってな。どうだお前よりは強いのだろう?」

「……さあな。ただ勇者様ならきっと俺の数倍は強いんじゃないか?」

 

 数倍。もちろんリオドに正確なことは分からない。ただマイトが授かった勇者の力を移植した所で何割かのパワーアップはするだろうが2倍も強くなれるだろうかというのは疑問である。だからこそ誇張でもいいのではったりの意味を込めて数倍と言った。




 しかし、それが過ちだった。



()()()()()?」

「……なに?」


 

 リオドは理解できなかった。目の前の魔人は何ていったのか。



「正直な話、お前程度の強さが数倍だろうが、数十倍強くなってもそこまでって感じだな。――参ったな、勇者ってのはそこまで強くないのか」


 ネムの言葉をハッタリだと、リオドは叫びたかった。だが言葉が出ない。なぜなら目の前の赤い髪の魔人は本当に、残念そうに言っていると理解出来てしまったから。



「となってくるとあいつはなんであんなに強いんだ? もしかして別に勇者だからって強いとは限らないって事か」

「――ま、待て! どういう意味だ!」


 思わず大きな声が出て倉庫内に響く。


「ここに来る前に戦った人間のことさ。同じ人間だっていうのにお前はあいつを知らないのか。半日程戦ったがお前なんぞより数百倍強いとおもうぞ?」

「な、なんだとそれは――」


 リオドは本当に理解が出来なかった。ただ混乱するばかりだ。


「もういいや。約束もあるし見逃してやろう。あ……最後に聞かせろ。ここにいる魔人は誰なんだ?」

「何を言って……お前はケスカの仲間じゃないのか?」

「ケスカ? ああ。あいつか。ならもう少しこの辺をぶらぶらしてても大丈夫そうだ」


 そういうと一瞬で姿を消した。転移魔法で移動したのだろう。追いかける気力なんてない。だが、いくつか重要な情報を手に入れた。



「リオドさんッ! 大丈夫ですか!!」


 リコの必死の声を耳にしながらリオドは少しだけ意識を手放した。

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― 新着の感想 ―
[一言] あーあいつか……って。ケスカは洗脳と不死が厄介なだけで雑魚だから(注、レイドやネム視点の話)興味なかったんだろうなー……
[良い点] 掌底って所が良いですねー。メチャメチャ強い奴の遊びのある戦い方って感じで大好物です。ちゃんと腰を入れて踏み込んでる辺りもたまんないです。
[気になる点] シャツの絵柄についてリコからのツッコミは無いのかな? [一言] そろそろ掲示板回を挟んでほしいです、ケスカが死ぬ前に
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