存在模倣のフルニク5
あれから数日が経過した。魔力はまだ戻っていない。というのもある程度回復したタイミングでレントゲン魔法を練習しているからだ。この魔法思ったより燃費が悪い。電磁波の波長を非常に細かくしないとうまく使えないという事が分かったのだが、そのためのコントロールに相当な魔力を持っていかれる。最初に行ったあのギルマスは半分成功半分失敗だった。というのも電磁波の力をうまくコントロールできず完全に透過できなかったのだ。そのためあの後は翌日までギルドで身を隠し外に出てから目に付く人に話しかけ魔物か一応確認し数十回近い試行を重ねている。電磁波の波長を大きくするとあの日の卵のように破裂するし、本当に加減が難しい。だからこそ完璧な状態にしたいと思ったので随分時間をかけている。
「”X線撮影”」
いつまでもレントゲン魔法とかダサいからとりあえず適当に名前を考えた。やはり魔法の名前はそれっぽい方がカッコいい気がする。さて、ある程度目を逸らし続けていたがもう確定的と言っていいだろう。このフルニクに人間はいない。万が一、僅かにでも生き残りがいる可能性を考えて出来るだけランダムに人間のような奴らに声をかけてみたが全部魔物だった。数日かけてここまで外れを引くのであればいい加減諦めるべきなんだろう。
「とりあえず多少は回復したか?」
本気の戦闘をするには心もとないがドラゴン程度なら十分倒せるしもう練習兼捜索は打ち切るとしよう。俺は現在エマテスベル城の前にいる。さてこの中にも間違いなくあの魔物はいるだろうが念のため確認しておいた方がいいと思う。
随分懐かしい思い出を蘇らせながら城の中に足を踏み入れた。とりあえず王がいる場所まで行ってみるとしよう。もし全滅しているなら宝物庫を漁ってもいいんだが別に欲しいものなんてないしな。
綺麗に整備された石畳の上を歩く。完全な無人のようだ。見た所城を守る兵士も城の管理をしているメイドもいない。魔力探知を使うべきか考える。使えば城の中に何がいるのか容易に分かる。だが逆にいればこちらの存在も知らせることになる。さてどうしたもんかと少し悩み、まあいいかと実行した。
「あんじゃこりゃ」
感知した反応を見て思わず声が出る。そして俺の魔力に反応したのだろう天井が崩れ1体の魔物が落ちてきた。少し後ろに跳躍して落ちてきた魔物を見る。それは奇妙な魔物だった。全身肌色で体長は俺の倍くらいある。4つ足であるのだが特筆べきは人間の顔が複数あることだ。
『イタイ』
『タスケテ』
『ミエナイ』
声が聞こえる。様々な顔が涙を流し、歯を鳴らし、視線だけこちらを見ている。ああ本当に俺の逆鱗によく触れる。目の前の化け物が前足を屈めてから、飛びつくように突進してきた。その時怪物の身体が4つに割れた。まるで花のようだった。肌色の花弁が割れ、ピンク色の肉が露出する。そこから飛び出したモノが俺の顔に迫ってきたため、手刀で切り落とした。舌なのか蔓なのか分からない器官が宙を舞う。緑の血をまき散らしながらそれでもかまわず突進してくるため、俺は左手を前に出し副産物として覚えた魔法を放つ。
「”膨張破裂”」
X線撮影と同様に電磁波を使った魔法だ。違いは電磁波の波長の細かさだけだ。相当細かく波長を出すとレントゲンのようになるのだが、その波長を調整してやるとマイクロ波と呼ばれる電子レンジと同じようになる。ゲットハッカーズで読んだから多分そうなのだろう。
『イタイ、イタイ! イタ――ギゥア』
身体が沸騰した水のように泡立ち破裂した。殺傷能力が随分高い。X線撮影ほど波長を調整する必要がないためそこまで燃費は悪くないのだが乱発するほど便利という訳でもないな。なんせ――。
「うげ。くっさ」
あの化け物の血と肉片を思いっきり被ってしまっている。今度からは別の方法で倒そう、そうしよう。なんせあれと同じ魔物が数体いるのだ。ああ面倒だが全部殺すとしよう。
『クルシイ』
何体目かになるこの不気味な魔物を殴り倒す。分かった事なのだがこいつはあの口のような部分から酸を吐き出す。そのため殴り殺すとどういう仕組みかさっぱり分からないが酸をぶちまけるように破裂するのだ。一々それを躱すのも面倒なため、全身を魔力で覆い飛び散る酸を無視して殺すことに決めた。ただ思ったより酸が強力のようで、酸がかかった場所は何でも溶かすようだ。そのため着ているローブごと魔力で覆う必要があるため本当に面倒な魔物だ。
『タスケテ。ダレ……カ』
これでラストだ。本当に面倒な魔物だった。どこかで水浴びがしたい。この汚れを落としたいしとにかく臭いのだ。そう内心愚痴りながら謁見の間の扉を蹴り飛ばした。鉄で出来た扉は形を変え、吹き飛んだ。そのまま中へ入りそこにいるモノを見る。魔力探知で確認した時から気になっていたのだがアレはなんなのだろうか。
それは巨大な蜘蛛だ。謁見の間の半分を占める体積であり、装飾品で溢れていたこの場所は今や蜘蛛の巣で溢れている。ただの巨大な蜘蛛かと思っていたがこうして間近で見ると少し違うようだ。蜘蛛の身体に何かが生えている。あれは――人間の上半身だろうか。随分年老いた老人のような――。
「っていうか、あれ王様?」
俺の声に反応したのだろうか。まるでイボのように巨大な蜘蛛の身体に似つかわしくない小さな人間の顔がこちらを見た。
『勇者、勇者か。助けてくれ。腹が減ったのか。身体が熱い』
「いや人違いですね」
随分変貌しているが間違いない。エマテスベル7世だ。どうなってそうなったのか疑問しかない。生きているでいいのかあれ。
『勇者よ。魔王様の元へ行くのだ。そして儂を助けてくれ』
「魔王様ねぇ。っていうか人違いだっていってんじゃん」
『ああ。腹が減った。何か食料を用意してくれ。肉が良い。出来るだけ魔力が豊富な肉だ』
「自分の身体でも食べたらどうだ? 美味いか知らないが」
そんなやりとりをしてそういえば、地球にある俺の部屋の菓子を取り寄せるチートを貰ったなと思い出す。後で食べよう。今喰ったら絶対臭いし。
『ああ。肉だ肉が食べたい。新鮮な肉がいい。……そうだな勇者。お主を食べさせてくれ』
そういった瞬間、黒い物体が落ちてきた。視線を向けると小型の蜘蛛のようだ。随分数が多い。一々潰すのも面倒この上ないな。
謁見の間を閃光が照らす。その刹那の光が放たれた瞬間、その部屋にいた全ての小さな蜘蛛が潰されていく。眷属たる蜘蛛がすべて殺されたことをしったエマテスベルは動いた。頭にあるのは圧倒的な飢餓だ。飢えている。ただ飢えをしのぐために思考を巡らせる。巨体を動かすたびに床がひび割れていく。元々あのような巨体な質量を支える設計になっていないため、エマテスベルが動くたびに床がひび割れ、亀裂が入っていく。
だがそんな事さえも理解できずただ飢えを凌ぐためだけに身体を動かすが何故か床に転んだ。巨体が沈み、城が揺れる。気が付けば8本あった足のうち4本が消失していた。エマテスベルは何が起きたか理解できなかった。何故転んでいるのか。何故こんなに飢えているのか。何故こんなにも――。
「――ああ。レイド。儂はどこで間違えたのだろうな」
「……さあな」
魔力を込めた拳を振り下ろす。直撃したエマテスベルは瞼を閉じそのまま破裂する。轟音と共に崩れた床と拳の衝撃で吹き飛んだ壁。そのまま瓦礫と共に蜘蛛の巨体は埋まっていった。
もうここに用はない。結局何もわからなかった。いや、妙な魔物を作る魔人がいるのだけは確定か。とりあえずそいつを探して殺してやりたいのだが手がかりがない。フルニクから離れそのまま東へ向かう。以前住んでいた山だ。確かあそこにちょうど身体を洗えるくらい綺麗な湖があったはず。そこでこの臭いと汚れを洗い流そうと思ったのだ。出来ればフルニクにいる魔物は全部殺したいのだがそれをするためにはまだ魔力が回復していない。湖にたどり着き、ローブを脱いだ。様々なもので汚れた服を脱ぎついでに洗おうかと思った時だ。
「ああ。そういや腹減ったな。汚れを落としたら、どこかで動物を仕留めて飯にするか――」
――先客がいる。
湖の中央に人がいた。赤く長い髪を湖に広げ泳いでおり、その姿をみるとどうやら女性のようだ。なぜこんなところに人がいるのかとそう思っているとこちらに気付いたようだ。何も一切身に纏っておらず褐色の肌が露出している。水滴を弾くような健康的な肌を隠しもせず、こちらを凝視している。
「ぬ!? 覗きか! この変態めッ!!!」
「……は?」
俺は妙な女とエンカウントした。