恋々14
こちらでこのエピソードは終了となります。
予定ではあと4話ほど更新してから1部最終章に入ります。
その最終章に関わる番外編を執筆しておりますが、
本編に混ぜるとややこしいと思うので別作品として公開予定です。
明日告知させていただければと思ってます!
呪い。悪意を持って人に対し災厄や不幸を与える力。呪いというのは大小様々だ。“死ね”、ただそう一言唱えるだけでも小さな呪いとなって積み重なる。
塵も積もれば山となる。良い言葉だ。小さな呪いも重ねれば、やがて大きな呪いに孵化するだろう。土は耕した。種も蒔いた。あとは華が咲くのを待つだけだ。もっともその咲いたものを見る事が出来るかはわからないが。
燃え上がる姦姦蛇螺を見る。動きが封じられているため身動きが取れない姦姦蛇螺はまるではく製のようにただじっと燃え続けている。だが、それを見てその場にいる2人はすぐに気づいた。1人は成功の確信を。1人は遊び場が消える憂いを。
「どうやったのですかぁ」
少なくとも目の前にいる銀髪の霊能力者の仕業ではないという事を区座里は確信している。確かにすさまじい力が発動されたのは感じた。だが、それは姦姦蛇螺を滅ぼすような力ではなかったはずだ。
「お前の敗因は俺に執着し過ぎたことだな。俺は自分が万能ではないと理解している。出来ない事は他人を頼る。当たり前だろう?」
「そうですかねぇ。貴方ほどの力があればいくら成長し強大な力を持った姦姦蛇螺でさえも容易に祓えたのではないですか?」
「出来るとやるは別問題だ。他に最善の手があればそれを採用するのは至極当然だろう」
つまらない。そう区座里は心の中でそうこぼす。出来れば目の前の霊能者がこれをどう祓うのか。それが見たかった。特にこの伝承霊の呪者は善良な人間であり、当然この姦姦蛇螺を祓えば呪いが返る。それに苛まれる勇実がどう決断するのか。それが見たかった。
「せっかくの見世物が台無しですよぉ」
「そりゃ残念だったな」
勇実から光が迸る。流石に何度も受ければ理解できる。どういう原理かさっぱり理解できないがこれが彼の霊能力の始動準備の合図だ。いくら呪いを身に宿し人の身体から脱却した肉体であろうと光をよけるなんて出来るはずがない。
「”閃光の棘”」
漫画の台詞のような単語を発すると区座里の身体が光りに包まれ消滅する。途切れた意識の中ですぐに復活した自分の肉体を使い、自身の身体を構成する紐を飛ばす。一本でも勇実の身体に接触出来ればそこから体内に侵入出来るという自信がある。流石の勇実といえ、数百、いや数千を超えた紐を防ぐことはできない。――そう思っていた。
「なんですって!」
数多の紐が飛来する中を真正面から突進してきたのだ。これは流石の区座里も驚愕する。躱すか、もしくは結界術のようなものを使うと思ったからだ。狭い廊下。躱せるスペースはない。なら必然的に結界術の類で防ぐ。そう考え、仮に結界を張られてもその結界ごと喰らうつもりだったのだ。
迫りくる拳を顔で受けるが、あたった瞬間、区座里の身体を構成する紐がはじけ飛んだ。しかし区座里が弾けると同時に周囲を照らした眩い閃光。その光に焼かれるようにすべての紐が消滅していく。
「無駄だという事がわかりませんかねぇ」
念のため距離を取った場所で身体を再構成する区座里は既に撤退を考えていた。もう見たいものはない。それに十分育ったと思っていた自身の呪いである髪被喪であれば、あの勇実と渡り合えると考えていたが甘かったと痛感している。
(今の倍、いや数十倍でしょうかねぇ。それだけ呪いを喰らわないといけないようです)
伝承霊“髪被喪”の核である髪で出来た黒い腕輪。相手が勇実でなければ自身の身体に隠しているのだが、念のため他所に隠したのは正解だったと考える。まさか一瞬で全身を消滅させるほどの異常な力を持っているのだ。体内に隠しても意味がなかっただろう。
だが撤退を考え出した今は逆にそれが足かせになっている。学校内に隠した腕輪。万が一にでも見つかるはずはない。そのため学校から撤退したいがあまり長距離で離れる事が出来ないのだ。
(仕方ありません。一度逃げたフリをしましょうかねぇ)
そう考えた時に区座里は違和感を覚えた。
「気づいたか?」
「――なぜ、まだこの空間が消えていないのですか」
そうだ。考えればおかしい。この疑似空間を作っていた主である姦姦蛇螺は消え去っている。すぐに通常の学校空間に回帰すると思っていたのに未だここは閉じた空間のままだ。
「俺がただ無意味にお前に攻撃していたと思っているのか?」
「どういう意味です」
「2回攻撃して確信した。お前を祓うためには伝承霊である以上核を潰す必要があると」
既にないはずの心臓が鼓動したように感じた。何か嫌な予感がする。
「これはすごいな。膨大な呪いの力を使い、この校舎を依り代にしたまったく違う別空間。ただ残念ながらこういう発想は以前得ているんだ。とある書物によってね」
「何を言っているんですかぁ」
「これはいいヒントになったよ。俺の知っている魔法とは違うまったく別の発想だ」
魔法だと、この男は何を言っている。
「領域展開“極光霊耀”――なんてね」
「さっきから何をいっている!!」
足が一歩後ろに下がる。まずい、これはまずい。何が起きているか分からないがとにかく拙い。
「この学校を構築していた呪いが消えたタイミングで、代わりに俺の霊能力で上書きした。この匣の中は俺とお前の呪いだけを取り込むための場所に生まれ変わった。まあ書物とは違ってただ指定した奴を閉じ込めるだけなんだがな」
「ば、馬鹿なあり得ない。人の身でそのような力が――」
「おい! お前たちそこで何をしている!」
2人しかいないはずの廊下に声が響く。区座里は声のする方へ振り向いた。そこには少し小太りの中年男性がいた。ハンカチで汗を拭き、片手にはスマホが握られている。
「お前たち部外者か? いやこの際どうでもいい。ここはどこだ!? なぜ職員室に誰もいない? 外に出ようとしても出られないし何がどうなっているんだ」
「なぜここにいる」
「何をいっている私はここの校長だぞ!」
意味が分からない。なぜこの男がここにいる。間違ってもここにいてよい人物ではない。いや呆けるな、こうなればもうやることはッ!
「――なるほど、これか」
一瞬だった。遠くにいたはずの勇実がまるで瞬間移動のように現れ、あの男の後ろにたった。そして気絶するように膝から崩れ落ちた男の腕を掴み、その手首につけられた黒い腕輪が見えた。
「無駄だ。もうこの人の身体を俺の霊能力で覆っている。人質に使う事は出来ない」
「まさか――このために?」
「そうだ。校舎に隠されているのはある程度確信していた。あとはどこにあるかだ。だが探し回るのは非効率的だ。気配を辿ってもいいがここが人が多い学校という事を考えるとお前の人質に使われる可能性がある。だからこの空間を利用しようとすぐに考えた。もっともまさかここの校長が持ってるとは思わなかったがな」
走る。もうなりふり構っていられない。もうすぐ消える。せめて最後に――!
「勇実さん! 貴方は私と遊んで楽しかったですかぁ!」
「――そんなわけないだろう。でもここまで記憶に残る奴は久しぶりだよ」
そう言葉を紡ぐ勇実の少しいやそうな顔。ああ。その言葉を聞き、その顔を見て、消えゆく意識の中で確かに満足出来た。
「終わったか」
魔力を使い構築した空間は既に消えている。思った以上に魔力を消費した。しばらくカフェオレ生活は間違いなさそうだ。廊下で気絶している校長の身体に異変がないか確認しそのまま放置して俺はすぐに脱出した。学校の外に行くと、大蓮寺さんに蓮、隼人が待っていたようだ。
「大蓮寺さん、今回は本当に助かりました。ありがとうございます」
「大丈夫だ。ようやく力になれたようでよかった。また何かあれば是非頼ってくれ」
「はい」
俺が頭を下げてお礼を言うとそれを見ていた蓮がかなり驚いていた。
「あの勇実さんが頭を下げているだと。この大蓮寺さんって何もんなんだ」
そう小声で言っているのが聞こえるが、世話になった人へ頭を下げるのは当たり前だろうが。
「それで利奈と例の彼女は?」
「うむ、2人とも無事だ。ほれ、あそこで話しているだろう」
大蓮寺さんの視線を追うと利奈とその友人である遥が2人で何か話しているようだ。顛末を考えると下手に先延ばしにしてもまずいだろう。
「では儂は帰るとする。勇実殿も今日はゆっくり休むようにな」
「はい」
すると今度は蓮が俺の前に来て頭を下げてきた。
「改めてご迷惑をおかけしてもうしわけありませんでした。もう星宿には関わらないようにします」
「ああ。そうしろ。もう他人に迷惑をかけるようなことはするなよ」
「はい」
「ああ、そうだ。一玖って奴を知ってるか。お前と同じ幹部だったはずだが」
俺がそう質問すると蓮は考えたような仕草をする。
「――いえ、一度会ったことはあるんですが……」
「どこにいるとか、どういう伝承霊を持っているかとか知っている事はないか?」
「はい。星宿は幹部の長谷川さんを中心に回っていたので、長谷川さんなら何か知っているかもしれませんが……」
長谷川は既に死んでいる。なら調べる方法はないか。一応区座里が滅んだ以上、これ以上被害が大きくなる心配はないはずだ。ならまだ伝承霊の種を持っているであろう最後の幹部を何とか捕まえたい所だ。
「ねぇ利奈。また助けてくれたんだね」
「ううん。前も今回も私じゃないよ。私何にもできなかったもん」
向かい合っているが互いに視線を合わせず言葉を交わす。二谷遥が言いたい事はお礼ではない。いやお礼がいいたいのは本当だが目の前にいる山城利奈に対して言いたい事はそれでないのだ。だがもう一歩その勇気が出ない。
「遥」
「……え、何?」
名前を呼ばれ、そのうれしさに頬が赤くなるのを遥は感じた。
「私ね――好きな人がいるんだ」
「そ、そうなんだ」
「まあ。相手には妹みたいに思われてるし、私もちょっと前まではお兄ちゃんみたいって思ってたんだけど、やっぱり好きだなって改めて思ったの」
下唇をかむ、そう当たり前のことだ。学生生活を送っていて誰かを好きになるなんて至極当たり前の事だ。溢れ出る涙が止まらず地面を濡らす。その時、遥は利奈に抱きしめられた。
「……え」
「ごめんね。遥の気持ちには応えてあげられそうにないの。でも私はね、遥と友達でいたいって気持ちもある。我儘かもしれないけどダメかな」
「グスッ」
鼻水が垂れそうになるのを必死にこらえる。震える手で遥は利奈を抱きしめた。
「……まだ私の事、友達って言ってくれるの?」
「当たり前でしょ。ただもう髪の毛はあげないからね」
「は、はは。うん。うん――ねえ利奈」
背中まで回した腕に少しだけ力を入れる。
「なあに?」
「私ね。利奈の事を好きになってよかった」
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