恋々12
目の前の伝承霊と対峙する。長谷川が使っていたものと比べると随分力が強いようだ。それにこの姦姦蛇螺は一度見た相手の四肢に幻痛を与える力があったはず。利奈がここまで逃げられたのは俺が渡していたお守りが呪いの力を弾いていたからか。
「勇実さん、あの子! 私の友達なんです!」
「……なんだって?」
突然の乱入者である俺を警戒し動きを止めている姦姦蛇螺をみやる。確かに利奈と同じような制服を着ているようにも見える。いや、そうか。恐らくこの子がここの姦姦蛇螺を完成させ呪いを発動させた子か。
「質問なんだが、最近あの子とケンカとかしたか?」
「え? いやそんなことしてませんよ。ほら昨日助けてくれた時、一緒にいた子です」
「……あの子か」
確かにそんな様子はなかった。なら私怨ではない? いやそうか。
「とりあえずここから逃げるぞ」
「え、わっ!」
利奈を肩に担ぎ、走り出す。
『ダレダ、オマエぇえええ! ワ、ワタシノ、ワタシノ!』
昔ラミアと戦った時の事を思い出す。とはいえあいつは腕が6本もなかったが。それに今回は攻撃するわけにもいかない。こうなると本当にあの人を待つしかなくなる。突進をよけ、こちらに掴みかかろうとする腕を軽く払い、昇降口から脱出した。
「きゃあッ!」
「もう少し我慢してくれ」
「は、はい!」
ここはあの姦姦蛇螺が作った異空間のような場所なのだろう。あれほどいた学生が一人もいない。恐らく充満した呪いの力を使って構築した学校なのだろう。随分無茶をする、周囲の膨大な呪いの力を使っているのだろうがよくこんな事が出来るものだよ。この空間から脱出は簡単だ。障子に穴を空ける程度の力で破壊出来る。だが、その場合あの姦姦蛇螺はどうなるかが問題だ。ここに取り残されるのか、それとも一緒に外へ出てしまうのか。
廊下を疾走し後ろに振り返る。俺を追って蛇行して進んでいる姦姦蛇螺に対し魔法を打ち込む。
「そこで止まってろ」
俺から溢れ出した光が姦姦蛇螺を包み込み動きを阻害した。硬直しながらも俺を睨みつける姦姦蛇螺を挑発するように笑みを浮かべ利奈を担いだまま2階まで移動をして利奈を下ろした。
「質問してもいいか?」
「え、はい。なんでしょうか」
「前に話してた大蛇様の話だ。あれはどういうお呪いなんだ」
「それと今回の件はやっぱり関係あるんですか……?」
「ああ。間違いないと思う。それにどういう訳かあれは利奈を狙っている。だから出来るだけ情報を仕入れたいんだ」
利奈に視線を合わせ、震えている肩をやさしく掴む。
「大丈夫だ。俺に任せろ、帰ったらピザでも食べような」
「――はい。えっと大蛇様なんですが2種類やり方があるって聞いてます」
この学校で流行った大蛇様。それは2つのやり方があるそうだ。まず1つ目は通常のこっくりさんと同じ質疑応答形式のお呪い。これは2人以上でやらないといけないそうで、用いる道具などは一緒だが、必要なのは参加者の髪の毛。それを触媒に大蛇様を呼び出し様々な質問を投げかけるそうだ。
そしてもう1つ。それは縁結びのお呪い。これは1人でも出来るそうなのだが必ず自分と想い人の一部が必要なのだそうだ。その人の持ち物でも代行可能らしいが、身体の一部であればさらに効果が強まるらしい。それらが用意できれば大蛇様がその2人を自分の巫女と認め、永遠に一緒に居られるのだそうだ。
「勇実さん、これってもしかして遥は……」
話しながら自分で気が付いたようだ。恐らくあの遥という子がやったのは2つ目の縁結びのお呪いの方。そして恐らくこっちがこの呪いの本命なのだろう。隼人が利奈に振られ、その腹いせに利奈を呪う為に仕掛けたこの伝承霊。ならこの呪いの中心点は利奈の座席になるはずだ。――まずやることを整理しよう。まずあの姦姦蛇螺に絡みついた呪者の繋がりを断ち切る所からだ。
「利奈。やってほしいことがある」
「はい、なんですか!」
「いいかい――」
スマホを操作し、メッセージを送信する。この中でも電子機器のやり取りが可能なのは証明されているから問題なく届くはずだ。その間に俺がやるべきことをやる。階段を降り、1Fの廊下へ向かう。そこには蛇の巨体と6本の腕を持った少女が先ほどと同じ態勢のまま固まっている。俺が近づくと鋭い視線だけ俺の方を追っているのがわかる。
「さて、少し痛いかもしれないが我慢してくれ」
一歩踏み出しそこから消えるように前に移動する。速度はそのままに速攻で近づき少女の身体に手が届く場所まで接近する。腕を伸ばしこの子の頭に一瞬だけ触れる。そのまま魔力を流し込み、彼女の身体に纏わりつく呪いのつながりを断ち切ろうと――。
「ッ!」
高速で飛来する黒い物体が俺の頭部に接近した。それをすんでの所で首を動かし回避する。さらに2つ。俺に向かって何かが飛んでくる。今度は視認できた。あれは――黒い紐か? 両手に魔力を纏わせ、飛んでくる紐を掴んだ。握った手に視線を移すとまるでミミズのようにうごめく黒い紐が必死に逃げ出そうと暴れているようだ。
「流石ですねぇ。勇実さん!」
声のする方に視線を移し、少し驚いた。なぜ奴がここにいる? 黒いスーツ、シルクハットのような帽子を被っている男。正直顔は全然覚えていないが気配と声で分かった。
「――区座里か」
「はぁい。僕ですよ。お久しぶりですね!」
掴んでいた黒い紐に魔力を流し込み焼き殺す。
「なぜここに?」
「いえいえ。本当にですねぇ。僕も反省していたのですよぉ。だって勇実さんと遊ぶには僕の身体はあまりにも軟弱過ぎたでしょう? だからもっと、もぉっと呪いを吸収して強くなってからにしようと思っていたんですが、いやはやまさか遊びで入った星宿の人たちが思いのほか面白いゲームステージを作ってくれたので、つい遊びにきてしまいました」
そういて見開いた区座里の目は、ただ黒く。人の眼球があるはずの眼窩には何か黒いものが蠢いている。そういう事か。最近の俺がいくら呆けていたとしても戦闘中に人が近づく気配に気づかないはずがない。あいつはもう――。
【呪いを身に宿し、人の身体を捨て】
確か長谷川がそう言っていた。つまりもう人間じゃないということか。それならこの呪いの気配で充満したこの空間なら身を隠すことも容易だろう。
「なんだ石仮面でも被ったのか?」
「いえいえ、それよりもぉっと良いものですよぉ。それにしても流石ですね。あの姦姦蛇螺の視線を浴びても動ける人間がいるなんて普通に驚愕ですよぉ」
「長谷川を殺したのはお前か?」
「いいえ。殺してません。僕と一緒に生きていますとも」
「――悪いがお前は後回しだ。そこで大人しくしていろ」
魔力を放つ。一瞬の閃光が煌めき、区座里の身体に俺の魔力が付着する。その光の魔力を凝固させ、動きを止める。殺すのは後だ。既に向こうは動き始めているはず。だったら――ッ!
区座里の身体が突然崩れ落ちた。
何が起きた。自壊したのか? いや違う。今ので区座里の呪いの力は覚えたからわかる。まだこの場にいるはずだ。
「何をしようとしているのか知りませんが、僕と遊んでくださいよぉ」
気づけば姦姦蛇螺になった少女遥の後ろに立っている。移動した? いや違う。単純にあそこに現れた。
「随分変な身体になったな」
「いいでしょう? 死から解放されたのは本当に僥倖でしたよぉ。仲間にも自慢したんですが中々嫉妬が心地よかったです」
仲間? 星宿の連中のことか。いや、考察は後だ。優先順位を変更し区座里を叩く。同じように魔力を放ち、区座里の身体に魔力が付着した瞬間、魔法を即発動させる。眩い光が幾重にも発生し区座里の身体を焼き尽くす。間違いなくすべて焼いた。
「ははッ! ははははは!!! 驚いた! ここまで頑丈に呪いを固めてもこんなに簡単にも祓えるなんて!!」
黒い紐が空中から出現しそれが渦を巻きながら1つになり、人の形になっていく。手ごたえはあった。あそこにいる区座里は確実に滅ぼしたはずだ。だがこうして生きている。いや、違う――そうか!
「お前は――伝承霊になったのか」
「ッ! 素晴らしい! たったこの程度の時間で気づくとは!」
面倒だ。伝承霊を祓うためには核を潰す必要がある。その核はどこだ。性質上そこまで距離は離れていないはず。この周囲全部を吹き飛ばせば一番簡単だがそうするわけにもいかない。幸い姦姦蛇螺に僅かだが触れて魔力は流し必要な処置をぎりぎり済ませた。
「ッ! 来たか」
ポケットの中のスマホが震えた。これは全部の準備が整った合図だ。
「ふむ、何をするつもりですかねぇ」
「何、大したことじゃないさ。俺はこう見えて周りに恵まれてるんだ」
俺はついさっき魔力を込めて渡したポッキー6本の魔力を開放した。
Side 利奈
「はあ、はあ!」
私は走った。勇実さんから渡されたお菓子を持って、自分の教室へ向かって走る。誰もいない廊下を全力で走り教室の扉を開いた。勇実さんが言うにはここは普通の場所じゃなくて、あの霊が作った疑似空間みたいな場所らしい。ずっと信じられなかったけどこれを見ると流石に本当なんだと思ってしまう。
教室の一面に張られている窓ガラス。その向こうは本来校庭が広がっているのだが、そこには何もない。まるで学校そのものが宙に浮いているみたい。
「だめ、ぼうっとしちゃった」
すぐに急いで自分の席に向かって走る。そして自分の席の前についたら、自分の鞄からノートを1枚取り出し、それを机の上においた。その紙の上に勇実さんから預かったポッキーを6本、あの大蛇様で使う形に合わせて設置する。
「……次は電話っと」
スマホを取り出し、先ほど教えてもらった番号を呼び出しコールした。しばらくの呼び出し音の後に渋い男性の声がスマホから聞こえてくる。
『――もしもし』
「あ、えっと初めまして。私、勇実さんの事務所でバイトしてます山城といいます。大蓮寺さんのお電話でよろしかったでしょうか」
『そうだ。ふむ、彼が連絡してこないという事は少々面倒ごとになっているということか』
「はい、その、勇実さんから大蓮寺さんに言伝を預かっていますので聞いて頂けませんか」
『承ろう』
私は出来るだけ今の状況を説明した。私と勇実さんが伝承霊って呼ばれる霊の力でへんな場所に閉じ込められているという事。自分の席で大蛇様を司る図形を作っている事。そして――。
『なるほど。では儂は校内に行き、君の教室まで移動すればよいのだな』
「はい。可能でしょうか」
『少し待たれよ』
すると通話の奥で誰かと相談しているのが聞こえる。冷静に考えてみると放課後になったとはいえ、まだ校内に生徒だっている。流石に難しいかもしれない。
『待たせたな。一応の解決策は用意できた。ではすぐに移動しよう』
「は、はい! ありがとうございます。では到着したらこの番号に連絡をお願いします!」