恋々10
詳細を聞くため店の中に入った。何故か店の中でくつろいでいた女性学生には蓮を使って丁寧に帰ってもらい、現在この店の中は俺と蓮、そして隼人の3人だけとなっている。それ以外の面子は邪魔なので外で待機させた。最初は随分混乱していた様子の連中だったが、蓮の必死の説得? で事情はある程度理解したのか今は大人しく言う事を聞いてくれている。
「それで?」
「はい。おい隼人、俺が教えたアレはどうなったんだ。正直に話せ」
俺と蓮に睨まれている隼人は震えながら話し始めた。
「あ、兄貴から教えて貰った変な呪いは俺のダチを使って学校で流行らせるように仕込んだ。そ、それで……あの……」
「なんだ、さっさと言え隼人!」
怯えるような顔つきで俺の方を隼人は見ている。そして震える声で言った。
「お、俺のことを停学にした学校の教師が許せなくて、呪う対象をその教師にしてます」
「本当なんだな?」
「あ、ああ。本当だよ兄貴。ただ学校の連中が正しい作り方で遊んでるかは俺もしらないけどさ」
なんだ。何か引っかかる。だがその呪いについての詳細をもう少し聞く必要があるな。
「蓮。もう一度聞かせてもらうぞ。これはどういう呪いだ」
「はい。長谷川さんと相談しながら作った奴なんですが、最初に話した通りこっくりさんをベースにした物で、そこにあの姦姦蛇螺を混ぜた物です。まずこれをやる場所を限定するための地図を書きます。これは明確に場所を意識して書けばある程度簡易的で大丈夫です。今回の場合は学校ですね。そして呪いたい相手がいる場所に印をつける。中高の場合、大学と違って個人が座る場所は確定していますので、その座る場所に印をつけるんです」
漫画でしか学校というのもを知らないのだが、確か1クラス数十人はいるはず。そんな簡易的な図面に印を書く形で個人を特定できるものなのか。
「そんな雑な感じでうまく行くのか?」
「いえ、行きません。相手の身体の一部を手に入れないと決定的な呪いにはなり得ないのですが、土台は出来ます」
「土台……?」
「はい。これは呪う対象を曖昧にしつつ、こっくりさんの降霊術を利用した姦姦蛇螺召喚の儀式みたいなものなんです」
そこから蓮が話した内容だ。
まずこの呪法を使用する学校に伝承霊の種を植え付ける。人の多い場所が望ましいそうだ。そして先ほど語ったこっくりさんを行う。用紙に学校の図面を書き、呪いたい相手の大よその位置に印をつける。あと必要な物は棒状のもの、楊枝やマッチくらいの大きさがいいらしいが、それを使いあの場所にあったものと同じ図形を作る。
「そしてこっくりさんを行う者は自分の髪の毛をその図形に置き、こう唱えるんです。生離蛇螺様、生離蛇螺様。私があなたの巫女です。どうかおいでませ」
「ん? 生離蛇螺ってなんだ」
「姦姦蛇螺の別名です。この名前は有名なので別の名前にした方がよいという話でしたので」
「あ、兄貴ごめん。その名前はなんかダサくて女受け悪いからって俺のダチが別の名前でやってるみたい」
「ちッ、お前は余計な――いやもういい。後は普通のこっくりさんと同じ要領です。十円玉を置き、50音順に並んだ文字をなぞっていく。終わったら、作った図形を全部崩し、使用した紙と棒は全部学校に埋めるという風にしています」
俺はこの話を聞きながら頭を抱えていた。これはかなり面倒な話になっている。だが確認しなければならない。
「まず1つずつ確認だ。伝承霊の種ってのはなんだ」
「区座里さんが俺たち幹部に配った伝承霊の元になる呪具です。俺は1個。長谷川さんは確か3個くらい貰ってたと思います。ただ俺たち以外にもみどころがある人には配っているって聞いてますのでどのくらいの数がバラまかれているか俺も分からないんです」
くそ、頭が痛い。幹部を抑えれば終わる話かと思ったが随分拡散されているのか。
「じゃ、その学校にばらまいた伝承霊はどの程度広まってるんだ?」
「俺も直接確認した訳じゃないけど、ダチの話だと3年には結構広まってるみたいです」
「蓮。これは最終的にどういう目的だったんだ」
「はい。不特定多数の学生に姦姦蛇螺を降臨させる儀式を行わせて、少しずつ力を溜めて強力な伝承霊を作るのが目的でした」
「で、今の進捗状況は?」
「姦姦蛇螺が生まれる土台は出来ていると思いますが、本体はまだ生まれていないはずです。生まれたらこの呪いの対象になる人物を真っ先に殺すはずですが、特にそういうニュースもありませんので」
――本当に厄介だ。今の話が本当なら完全に生まれた姦姦蛇螺の術者はこのこっくりさんに携わった生徒全員という事になる。下手に呪いを消滅させればどうなるか分かったもんじゃない。俺の魔法で保護しようにも不特定多数の人間が関与しているならもう誰がやったのかさえ不明だ。それにどれだけ保護し、呪いとの因縁を断ち切ろうとも必ず1人には呪いが跳ね返る。
1人に呪いを押し付けるか、参加した学生全員に分散させるか。
蓮や隼人を見ても呪いの力は見えない。という事は本当にやり方だけ広めて携わっていないという事なんだろう。くそ、本当に面倒だ。だが、大体の事情は把握出来た。俺は立ち上がり、隼人に質問を投げた。
「それでお前がこの呪いを広めた学校の名前、呪った教師の名前、伝承霊の種を植えた場所を教えろ」
「……東京都立青藍学園です。呪った相手は、えっと――担任の増山です。あの黒い気持ち悪い奴は校庭の真ん中辺に埋めるように言ってます」
「蓮、連絡先をよこせ。この一件で人死にが出た場合、お前に地獄を見せてやるからな。最後まで協力しろ」
「は、はい。わかりました」
俺は店を出て、茫然とした様子でこちらを見てくる3人を無視しその場を後にした。少し距離を離れてからもう一度あの場所に移動する。廃ビルの階段を上り、3階へ。鍵が壊れた玄関の扉を開き――驚いた。
「どこにいった?」
長谷川とあの姦姦蛇螺がいない。いや、この部屋にあった本や書類、それらも全部消えている。拘束魔法を打ち込んでいたため、動く事は不可能なはず。本気の魔法ではなかったが、少なくともこの世界の人間が解けるような力でもないはずだ。部屋の中に入り、異臭が鼻を刺激した。これは――強烈な血の匂いだ。
周囲を光魔法で照らしそれを見て俺は唇をかんだ。
長谷川がいた場所に夥しい血痕が広がっている。それは致死量の血液だ。蓮を優先するあまりこちらの対処が甘かったのは失策だった。結界魔法で覆い人の出入り自体を封じるべきだった。