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幕間 勇者と魔王

「どういう事だッ!」


 白亜の宮殿のような煌びやかな王城にエマテスベル七世の怒号が響いた。手に持っていたグラスを鏡面のように反射する美しいテーブルに投げつけ、割れたグラスが飛び散り、中のワインが零れていく。

 

 王城の中にある会議室。円卓状のテーブルを囲みその場にいるほとんどの者は王の怒りが少しでも静まるようにただ沈黙を保っている。今回の会議内容を考えれば気性の激しい王が激怒するのは長年この国に勤めていた大臣や上位貴族、そしてその場にいる宰相も分かっていたことだ。



「すぐに勇者マイトから称号を剥奪し、新しい勇者を用意せよ!」


 そう、この怒りの発端となったのは勇者マイトに()()()()を下したことから始まった。それは真祖の吸血鬼であるケスカの討伐任務。真祖の吸血鬼は確かに伝説に聞く化け物だ。だが、先代勇者であるレイド・ゲルニカはそれを難なく討伐した。それどころか対して強くなかったとまで話していたと聞いている。

 だからこそ、次代の勇者であるマイト・ダーゼンであれば余裕をもって再度討伐可能だと王は考えたのだ。先代勇者レイドは王の命令に背き、ケスカとその臣下の魔人のみを討伐したため、あの大樹ラーゼスには掃討する予定だった人間も、魔人も残ったままだった。どうしたものかと頭を悩ませたがケスカ討伐により、残った魔人は逃げ去り、そこで生活していた人間は全員自害した。その連絡を受け王は結果的に目標を達成できたことに一応の納得はした。

 そしてケスカをあの場所から退けたという事実に、ヴラカルド帝国より膨大な謝礼を受け取りエマテスベルの国庫はかなり潤い、この世界にエマテスベルの名はさらに広く轟く事になった。


 今回ケスカが復活したという情報が世界中に広まった際、以前の功績に基づいた当然の帰結として、エマテスベルに対してケスカ討伐依頼が各国から要請された。人類に対する絶対的な脅威である魔人が誕生した際に、それを討伐するのは勇者が生まれた国の義務であり、使命だ。

 エマテスベル7世は様々な国が自身に頼ってくるという事に愉悦を覚えつつ、当然その要請を受諾。そして勇者マイトへその任務を命じた。後はマイトから討伐完了の報告を待つだけ。……そのはずだった。




 だが実際はどうだ。聖女アーデルハイト・ラクレタの意見も取り入れ、優秀な冒険者を複数人共に出し万全の準備をして討伐に向かったマイト達。結果――戻ってきたのは片腕を失ったマイトと満身創痍のオリハルコンランクの冒険者の2人だけ。新進気鋭の冒険者パーティであるエヴァンジルはケスカに捕えられたという。戻ってきたマイト曰く。


『あれは人が戦える次元の魔人ではない。配下であったセルブスという魔人相手に善戦するのがやっとだった。視界に入ったケスカを見て、その暴力的な魔力量を肌で感じてすぐに確信した。あれは手を出していい相手ではないのだと。次の魔王は倒す、だがアレは無理だ』


 

 その言葉を残して勇者マイトは姿を消した。当然近衛兵を使いすぐ追いかけたが片腕を失ったとはいえ勇者を捕らえることはついぞできなかったのだ。



 それからケスカの動きはより活発になった。さらに大国から手のひらを返され、エマテスベルの名誉は今や地に落ちている。先代にも劣る劣化勇者を生み出した国として。しかしエマテスベル国内でマイトを責める声は少なかった。比べる対象がおかしいと一部の人間、特にレイドを知る者たちは理解しているからだ。


 



「――王よ」



 美しい旋律のような声がその部屋に響き、激高していた王の視線が声の主に向く。


「なんだ、聖女アーデルハイト・ラクレタ。余の命令を聞いていなかったのか!? すぐにあの偽勇者であるマイトから勇者の力を剥奪しろ!」

「――2つ訂正があります。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。我らラクレタ教会は勇者が誕生した国を支えるために各国の支援を受けて設立された教会です。私が長くここにいるのはたまたま勇者が2代続けてこの国に生まれたからです。そしてもう1つ。レイドの時にも申し上げた通り、貴方の判断で勇者の力を奪う事は出来ません。当然私にもそんな力も権限もありません」



 王の怒気を受けても涼しい顔でアーデルハイトは答えた。その答えが気に入らなかったのだろう。エマテスベル7世はテーブルに強く手を叩き、椅子を倒しながら立ち上がった。その顔は怒りで歪み、顔は赤くなっている。


「ならその言葉通り我が国に力を貸せッ! 神に祈りあの勇者を何とかしろ!」

()()ですが、勇者マイトの力がなくなった場合、レイドの事例を考えるとすぐ勇者の力は授けられるでしょう」

「だったら――」

「でも、それがこのエマテスベルに誕生するとは限りません。歴史を振り返っても3度同じ場所に勇者が誕生したことはありませんので、間違いなく次は他国で勇者が誕生するでしょう」



 アーデルハイトの言葉にエマテスベル7世は言葉を失う。

 



 エマテスベルという国は決して大きな国ではない。むしろ他国に比べれば小国と言えるだろう。そんなエマテスベルが他国と同等、いやそれ以上の発言権を有していた。

 理由は2つ。1つは勇者がいる国だからである。勇者が誕生した国はラクレタ教会が後ろ盾になるため、他国からの侵略戦争を仕掛けることも、仕掛けられることも、国際的に禁止されている。特にここ15年は魔人の脅威そのものがなかったために、領土を広げるための人同士の戦争が活発になっていた。当然小国であるエマテスベルが戦争を仕掛けられれば即座に侵略されるだろう。だから今までは唇を噛みながら相手に有利な外交をし、隣国と出来るだけ友好関係を築くように尽力する事でそれらを回避していた。それが勇者誕生によってその危険から脱却出来た。とはいえ、その代の勇者が死ねば終わる話。そのため勇者が誕生しても変わらず外交に力を入れていたのだが、その状況が一変する。



 レイド・ゲルニカという歴史上で初めて魔王を3度連続で滅ぼした最強の勇者の誕生。この2つ目の理由により、レイドのいるエマテスベルは一気に強い発言権を手に入れた。突然自分の領土に誕生した兵器(レイド)にエマテスベル7世は歓喜した。そのため勇者を洗脳し、操り人形にしようと試みた過去がある。そう、勇者の力を使い、国を発展させようと考えたからだ。今まで友好関係を築いていた隣国との交易もやめ、足元を見られていた関税も取り払い。逆に勇者の力をちらつかせていった。


 ヴラカルド帝国より依頼のあった真祖討伐も同様だ。隣の大陸であったが大陸を支配している超大国であるヴラカルド帝国に貸しを作るということは、エマテスベルから見れば非常に魅力的な話だった。そしてそれをレイドは難なく達成した。ヴラカルド帝国より密かに依頼されていたラーゼスに住む人々の殲滅も、住人たちが勝手に自害したことによって一応名目上は達成している。そうしてさらに巨大な富を得て、かの大国であるヴラカルド帝国にも一目置かれる国にエマテスベルはなったのだ。



 だが、転機はそこだったのだろう。

 自身の命令に背いたレイドにエマテスベル7世は激怒した。自身が手に入れた名声も、富も、権力も誰がもたらしたものなのか正確に理解せず、王の命令を聞かないレイドを不要と断じた。宰相から何度も止められたが、その時のエマテスベル7世はあの帝国の皇帝と肩を並べるに至った自分に酔っており、そんな自分の命令を無視したのが、僅か15歳だった勇者がどうしても許せなかったのだ。

 そのため、王の強権を使い、エマテスベル国内での勇者の特権をすべて剥奪。ただしエマテスベル国からの出国を禁止するという命令をレイドに言い放った。その時同席していた宰相は生きた心地がしなかっただろう。もしレイドがその気になればこの国は本当に、たった一瞬で塵に変わるのだから。だが幸いなことにレイドはそれを了承。そのまま街で冒険者稼業を行うようになった。



 エマテスベル7世にとって幸運だったのは、その時レイドの怒りで殺されなかった事。不幸だったのはレイドが自分の命令を聞いて大人しく勇者の称号を手放したと勘違いした事だ。



 レイドから勇者の特権を剥奪しながらも魔物や魔人討伐の際には勇者としての仕事をエマテスベル7世はレイドに強制した。宰相の計らいにより名目上は討伐依頼という形でレイドに仕事を斡旋。レイドとしても金が手に入り、人を守るという事に異論はなかったため、表向きは大人しく従っていたのが余計王を助長させていった。


 そしてレイドが25歳になった時3度目の魔王討伐。歴史上初の快挙にエマテスベル7世は浮かれた。他国からの要人の歓待はもちろん、勇者の力を盛大に広めつつ、その勇者は自分に従順であると語って聞かせていた。表向きは勇者として扱われ、裏ではただの便利な兵器として扱われる。――レイドは我慢の限界だった。どこへ行っても強大で従順な兵器としか見られないその事実に、自分を保てなくなっていた。


 

 だからだろう。レイドは冒険者業を開始してから初めて冒険者パーティに入ろうとしたのはその時期だ。勇者という身分ではなく、ただのレイドとして生きたいと本気で考えたため、わざわざギルドマスターに相談し、最近フルニクの街に来た冒険者を紹介してもらったと思われる。



 そうして出会ったのがアルト、スピノ、アニアというシルバーランクの冒険者パーティだ。

 当然エマテスベルでもレイドの動向を探るため冒険者ギルドに監視を命じていた。だが、そこからレイドの行方がさっぱり途絶えている。当然国としても調べた。そうして当時パーティリーダーをしていたアルトに話を聞いた所、レイド失踪前日、レイドをパーティから追放したことが発覚。レイドが失踪した事をアルトに伝えると、血相を変えたアルトがパーティ総出でレイドの捜索をしてたそうだが結局見つからなかったようだ。


 そうしてレイドが消え、マイトという新しい勇者がエマテスベルに誕生し、公式的にレイドは死亡したとされたのだ。






「王よ。今はあの真祖の吸血鬼よりも差し迫った問題もあります。まずはその問題に目を向けましょう」


 そうアーデルハイトが言うと数度深呼吸を繰り返してエマテスベル7世は倒れた椅子を戻し腰を下ろした。



「わかっている。()()()()()()()()2()()。まずはそれをマイトに討伐してもらう。話はそれからであろう」


 ようやく王が冷静になった事によりその場にいた大臣たちは安堵した。あの状態のままではいつ無茶な話が飛んでくるか気が気でなかったからだ。だがそんな中でアーデルハイトは内心で考える。



(2年後に誕生する魔王を勇者マイトが倒す事は、本当に出来るだろうか)


 

 

 魔王と勇者の力は常に拮抗している。過去の歴史を紐解くと魔王と勇者は常に争いそして倒されるたびにそれぞれ力を付けていっている。歴史に残る最初の魔王と比べ近代に誕生する魔王は明らかに強くなっているのだ。だがそれは勇者も同じだ。代を重ねるごとに強くなっている。その事実は誰もが知っている。それゆえ魔人は勇者を恐れ、人類は魔王を恐れているのだ。



 しかしとアーデルハイトは疑問に感じていた。この魔王と勇者の歴史の歯車は何か狂っていると。その疑問をレイドの父である大賢者ヴェノにも相談し、何度も検証し得た考え。それは――。




 勇者と魔王は代を重ねるごとに強くなっているのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()





 一見違いがないように思えるものだが実際は大きくことなる。それはレイドが過去3度に渡って魔王を倒したことで明らかになった。一度目の討伐時。レイドは当時5歳だった。その当時魔王であるヘンレヤは確かに魔王と呼ぶにふさわしい力を持っていた。だが、それをたった5歳のレイドが圧倒している。

 2度目の討伐。レイドは当時15歳。その次代に誕生した魔王リオネはヘンレヤよりも強大な力を持っていた。これは過去の魔王の強さから考えるとあり得ない強さだった。だがそれでもレイドは圧勝している。

 そして3度目の討伐。レイドは当時25歳。その時の魔王であるオルダートは壮絶の一言だった。先代魔王であるリオネの数倍近い魔力量を保持しており、明らかに歴代の魔王の強さから大きく突出していたのだ。それでもレイドは勝利した。魔大陸の形を変える程の強力な魔法を放ち勝利している。



 

(2年後に生まれる次の魔王。過去の例を考えると恐らく魔王オルダートの数倍、いや数十倍の強さになる可能性が非常に高い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この予想が当たれば間違いなくあのケスカと同等か、あるいはそれ以上の強さをもった魔王となる。それを勇者マイトが倒せるのか)



 失った腕はアーデルハイトの治癒魔法で密かに治しているため、怪我の影響による戦力低下の心配はないだろう。だが、万全の状態で挑んだケスカ討伐任務では、ケスカ本人ではなく、臣下である魔人相手でようやく善戦するようなレベルなのだ。他の冒険者たちを動員しても勝てるかどうか。


 



(やはりあの時レイドを無理やりにでも押し倒すべきでしたね)



 アーデルハイトは2年後に迫っている魔王襲来に備える会議を前に、嘗て自分を振った特別ではない勇者の事を思い出していた。



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― 新着の感想 ―
後悔してももう遅い レイドは異世界で仲間達と最強を目指す
[一言] 第一話で描かれていたレイドのパーティへの執着がこんな形で回収されるとは!!レイド(泣)
[一言] マイトの次の勇者はレイドより数倍強い魔王より数倍強くなる事が約束されてるのか。 インフラしてない?
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