悪憑きー滅ー15
狂ったように暴れる霊を手で抑え込みながら、この霊が逃げないように霊を魔力で覆うとさらに狂ったように暴れ始めた。随分怖い思いをしてくれたようで何よりだ。自分の黒歴史というのだろうか。出来るだけ昔を思い出しながら声色を低くして漫画の台詞を思い出しながら脅してみたかいがあったというものだろう。
「あ、あの色々聞きたい事があるのですが……」
随分混乱している様子のダリウスにどこから説明するべきか一瞬悩んだがまず後始末を先にするべきだろう。
「ダリウスさん。今から俺が言う通りにしてくれませんか?」
「え――はい。もちろんですが……」
「まず、見ての通り元凶の霊を捕縛しました。もう2人は無事ですよ。念のため病院に連れて行った方が良いかもしれませんがね。俺は今からこのヤマノケを外で専門家らしい一ノ瀬さんと除霊してきます。ダリウスさんはすぐ居間にいる2人へ声をかけてきてあげて下さい。大丈夫、向こうにまで先ほどのやつは届かないようにしてありますよ」
「あ、ああ。わかりました」
少し茫然としていた様子だったが、すぐ冷静になりまだ腰が抜けているのか四つん這いになりながら居間の方へ去って行った。
「ほら、起きろ」
「ん……」
俺は貰ったペットボトルに残っていた水を一ノ瀬の頭にかけた。すると気絶していた一ノ瀬がゆっくり目を覚まし周囲を見回し始めた。
「な、なんだ一体。俺は……ここは外?」
「ああ。さっきいた場所から1キロくらい離れた山の中だ」
俺がそう声をかけるとすぐに一ノ瀬は俺の方を見て驚愕した。
「ッ!!! な、なんだ!?」
「何だとはなんだ。お前だってよく知っているヤマノケだよ」
大きく目を見開き驚愕している一ノ瀬に見えるようにずっと掴んだままのヤマノケを見せた。少し首を絞めてやるとまるで陸に上がった魚のように、狂ったように暴れだす。
「な、なにが……どうして……」
「言っただろう。ちゃんとヤマノケを追い出すって。さて、これを今から祓おうと思うんだが、するとどうなるだろうな」
目の前の事実が信じられないのだろう。驚いた顔のまま放心している。
「なんだ、だんまりか。それとも知らないのか?」
「ど、どういう意味だ……?」
「こういう事だよ」
そういって俺は空いている手でヤマノケの小さな腕を掴み小枝のような音を出して潰した。
「ぎぁあああああッ!!! い、痛い!? なんだ。腕がぁぁ」
暴れるヤマノケと同じように一ノ瀬は腕を抑えて悶え苦しみだした。
「知らないでこれを使ったのか? でも俺も初めてみたよ。ここまで術者とリンクしている伝承霊は」
「ッ! な、なんでその名前を……」
脂汗を流しながら大粒の涙を流す一ノ瀬が先ほどより驚愕した様子で俺を見ている。
「驚いたな。本当に伝承霊か」
「なッ! お、お前まさかッ!」
「こういうの鎌をかけるっていうんだっけ? 確信はなかったけど最近妙に似たような気配を感じるからな。以前伝承霊を使った事件と会った時に有名な話は読んでいたからね。今回ヤマノケって聞いた時、すぐにわかった」
そういうとヤマノケの首を少しだけ締め上げる。すると一ノ瀬も苦しそうに首をおさえ始めた。
「これは俺の予想なんだけど、この伝承霊と一ノ瀬さんの求めている欲望が似ているためなのか随分感覚が近くなっているみたいだね。だからこうやってヤマノケを直接痛めつけると全部その痛みが術者である貴方に返っていくみたいだ」
「や、やめてくれ……」
苦しそうに喉をおさえる一ノ瀬と同じ視線になるようしゃがんで痛みと恐怖におびえた一ノ瀬の顔を直視する。
「なら、話せ。これをどうやって手に入れた。別にだんまりでもいいぞ。貴重なサンプルを手に入れたからな。知っているか? 伝承霊はネットなどに溢れた怪談に呪いを使って形を与えた事象らしいぞ。それに通常は伝承霊の核ともいえる依り代があるらしいが、今回はそれがないパターンみたいだな」
「何が……いいたいんだ?」
震えた声でそういった一ノ瀬に笑いながら答える。
「つまりこのヤマノケを殺すと呪いが返るんだよ。術者のお前に。だからさっきも言った通り、誰にも憑依していないヤマノケへ霊能力を使って攻撃するとそのダメージがそのまま一ノ瀬さん、貴方に返るんだ。ほらこんな風にさ」
またヤマノケの首を絞める。すると同じように一ノ瀬がまた首をおさえ苦しみだした。
恐らく憑りついていた場合、快楽を得るため被害者女性と同調したために、被害者の受けた痛みがそのままヤマノケへのダメージに繋がるのだろう。そう考えたため、出来るだけ脅し、少し殺気を浴びせ、魔力で押しつぶすように調整した。そこまで脅したからこそ、あの2人の手に少しだけ強く掴み、魔力を流すだけでヤマノケがそのわずかな痛みを、手が潰されるという壮絶な痛みと勘違いして出てきた。
そして今は感覚を共有する人間がいない。だが、ヤマノケは俺の魔力で攻撃を受けている。だからその痛みと苦しみをそのままダイレクトに術者に返し痛みから少しでも逃げようとしているのかもしれない。
「あ˝あ˝あ˝――わかった、話す、話すから!」
「なら話せ。全部だ。嘘偽りだと感じた場合、分かっているだろうな」
「はあ、はあ。わかってる! 全部話す! だが、俺が裏切った場合何か変な報復がされるらしいんだ」
「それは安心しろ。お前が話している間は結界を張る。お前が話したことは洩れないとも」
指を鳴らし周囲を光の壁で覆うように結界魔法を展開し、ついでにスマホのとあるアプリも起動する。
「マジかよ。お前なにもんだ……」
「無駄話をするか? いいぞ。その間俺もヤマノケで遊んでいるから」
「ッ! ま、待ってくれ! えーっと俺があいつに会ったのは――」
一ノ瀬は必死に洗いざらいしゃべってくれた。星宿の話。レイ・ストーンを探している話、長谷川という幹部の話、なぜあの家族を狙ったのか、それ以外にもいくつか重要な話も聞けた。
それにしても星宿か。以前も何度か名前を聞いているのだが随分色々と動いているようだ。
「もう知っていることは話した! だからッ!」
「ああ。いいよ。大丈夫だ、俺は呪いと人の繋がりを強引に切れるからこれは普通に祓わせてもらうよ。一応言っておくがあそこの家にもう関わるなよ」
周囲の結界を解き、俺がそういうと少し茫然としていた一ノ瀬だったがすぐに俺から逃げるように走り出した。そのまま俺の視界からいなくなるまでそのまま少し待つ。
もういいだろうか。嘘は言っていない。呪いと呪われた人の繋がりを切ることは出来るけど、呪いとその術者の関係は切れない。それに――。
「どうせ君、また同じことやるだろ? 自業自得だと思ってあきらめてくれ」
そういってヤマノケの首を180度回転させる。痙攣しているヤマノケを見ながら手元に魔力を集中させそのまま消し去った。
どこか遠くで命の灯が消えるであろう、小さな叫び声が聞こえた。
Side ノーマン
居間に戻りどのくらい時間が経っただろうか。手を合わせ目を瞑り祈りを捧げてどのくらい時間が経ったか分からない。だが、しばらくするとあの部屋に残ったダリウスが血相を変えて戻ってきた。
「ノ、ノーマン! それに卓さんもッ! 除霊は終わりました。勇実さんが後始末をすると外に出ておりますが、2人は無事です!」
その言葉を最初上手く理解できなかった。ただ少しずつまるで冷えた身体で湯に浸かった時のように少しずつその意味が理解できて、身体が震えだした。
「ほ、本当です!?」
「ああ、すぐに来てくれ。卓さんは念のため救急車をッ!」
「わ、わかった!」
父と一緒に2人がいた部屋に戻る。するとそこには以前とは違い顔つきも元に戻った2人の姿があった。だが気になるものが部屋にある。
「と、父さん! この血は……?」
「それは勇実さんの血だ。見ていた私にもまったく理解できなかったが何かとてつもない奇跡を起こしていたのは間違いない」
怪我してまで助けてくれたあの人に感謝の念を感じつつもすぐにノエルの元に行く。ゆっくり呼吸しているその顔を見て、また涙が溢れ出した。震える手でゆっくり頭を撫でてようやく実感する。自分の愛娘が、最愛の我が子がようやく帰ってきたのだと。
その後病院で検査をした所、2人とも衰弱状態ではあったがそれ以外異常はないと診断された。意識を取り戻したノエルにここ数日の話をさりげなく聞いてみたが、どうや本当に覚えていないようだ。そのことに心の底から安堵する。パウラも念のため数日入院する事になったため現在は同じ病室で2人仲良く話している。
「父さん、本当に助かったよ。ありがとう」
「私は何もできなかった。礼は勇実さんに伝えるべきだろう」
「それはもちろんだ。勇実さんがいなければ危うく一ノ瀬とかいう奴に俺の娘が汚される所だったなんて……」
今思い出しても腹が立つ。最初は信じられなかったが勇実さんが聞かせてくれた一ノ瀬の録音を聞いてようやく今回の黒幕が誰だったのかを知ったのだ。
「確かに腹立たしいが、勇実さんがもう大丈夫だと言っていたのなら問題ないだろう」
「だが、また俺達みたいな被害者が出る可能性だって!」
「いや、それも含めて大丈夫だと勇実さんは言っていたのだと思う。詳細は聞くべきではないだろうが、そこは信用していいと思う」
「そう……だね」
「あとそうだ。帰国したら私の分のお金も振り込むから受け取ってくれ」
「いや、でも……」
今回、依頼料として俺は元々一ノ瀬から指定されていた300万円を用意していたため、それをそのまま勇実さんに渡した。だがこれは元々ノエル1人分の依頼料だ。だが勇実さんは2人分の依頼料として受け取ると言ってくれていた。
正直300万円は安い金額ではない。だが、もしあのままノエルがおぞましい目に遭っていたかと思うとそれを回避し、また犯人を捕らえてくれた勇実さんにその金額では安いようにも感じる。
「気になるならその金はそのまま勇実さんに支払ってくれてもいい」
「そうだね。そうさせて貰おうかな」
扉越しに聞こえるノエルとパウラの楽しそうな話声を聞きながら一先ずはこの久しぶりに訪れた安らぎの時間を大切にしようとそう思った。
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次は異世界側の幕間を挟んで新しいエピソードに入ります。
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