悪憑きー滅ー12
という訳で江渕和尚から聞いた情報だけではただ面倒で糞のような悪霊に憑りつかれたという事しか分からない。これ以上の詳細な話は今回の依頼人に直接聞くしかないようだ。という訳で今回江渕和尚に連絡をしたダリウスという人に改めて電話をしてみた。しかし繋がらない。
「数回かけましたが、繋がりませんね……」
「ふむ、もしかしたらダリウス神父は現在も祈りを捧げているのかもしれませんな」
仕方ないので一応留守電だけ残しておく。まぁ相手の都合もあるしこの辺は仕方ないだろう。
「……なるほど。それなら折り返しくるのを待つしかありませんね」
「一応私からもショートメールを送っておきます。それまで勇実さんはどうされますか?」
「そうですね……」
そうなると場所が分からないから下手に移動することも出来ない。だからと言って今の時期は下手に外をぶらつきたくもないのが本音だが……。腕時計を見ると時間はもうすぐ18時になる。適当にその辺でご飯だけ食べてこようかなと考えた時、スマホが震えた。画面を見ると先ほど教えてもらった番号からの折り返しだ。それを見て俺はすぐに通話ボタンをタップした。
『もしもし、初めましてダリウス・ハーディといいます。先ほどお電話をくれた勇実さんでよろしいでしょうか?』
「はい、江渕さんから紹介で連絡させていただきました。何やら質の悪い霊に憑りつかれたと伺ったのですが」
『……え、ええ。そうです』
妙な間が空いたな。何か気になる事でもあるのだろうか。
「どうされました、何か気になる事でも?」
『あ、いや。何でもありません』
「そういわれると気になりますよ」
『……申し訳ありません。気分を悪くしていただきたくないのですが、その――随分お若い方だと思いましてね』
ああ。そういうことか。俺の声を聞いて思ったより若いから実力が不安になっているという事か。これは昔も味わった事があるから慣れているから俺は問題ない。だが一番の問題は依頼人であるダリウスが不安に感じている事だ。こういう時どうすればいいのか判断に迷う。どうすれば俺に任せようと思って貰えるか。ギャラの話なんてもってのほかだ。電話越しにいるこの人は不安なんだ。本当に俺で大丈夫なのかと。だから素直に話そう、自信を持って。
「……確かに俺は25歳。社会から見れば若輩者でしょう。ダリウスの感じている気持ちも理解できます。――ですが、どうか俺に任せて頂けませんか。必ずあなたの大切な方を助けてみせます。それにこう見えて、この業界で仕事を始めてから失敗したことはありません、よろしければ一度会ってお話しませんか。すぐにお伺いします」
『……勇実さん。ありがとうございます。またご不快な思いをさせて申し訳ない。だが、分かってほしいのです。正直私でも手詰まりと感じており、これがただの悪霊じゃないのは間違いない。もしかしたら除霊する勇実さんに危険が及ぶかもしれません。それでも……お力を貸して頂けますか?』
「もちろんです。俺に任せて下さい」
『そう、ですか。本当にありがとうございます。本当に、ありがとう』
安堵してくれたのだろうか。電話越しの声が少しだけ和らいだように感じる。
『実は勇実さん以外にも霊能者の方を探していたのです。それで今回の霊について詳しい霊能者を見つけたのですが、どうも何かおかしい感じがしていまして』
「おかしい、ですか?」
『はい。ちょうど地元のお寺の方が見つけてくれたのですが、同じように憑りつかれた話をした所、なんというか妙に食い気味に依頼を受けてくれたのです。ちょうど仕事が欲しかったのか分かりませんが、その方に一抹の不安もありまして。ただ私共も他に頼れる人がおらずもうあの方にすがるしかないと思っていた所だったのです』
「なるほど、そうですか」
他の霊能者か。そういえば大蓮寺さんしかあったことないんだよな。同業者と交流を深めるのもありか。
「では、いつ頃お伺いすればいいでしょうか」
『明日の午前中にその霊能者の方も来る予定なのでもし可能でしたら午前中にお越しいただきたいと思っております。住所は――』
電話越しで言われた住所をスマホのメモに記入する。東京から少し離れた場所だが計算上では早朝新幹線に乗れば間に合う場所のようだ。まぁ俺は乗らないが。
「はい。わかりました。では明日お伺いしますね」
『申し訳ありません。よろしくお願いいたします』
通話を切り俺は住職に頭を下げてその場を後にした。
翌日の朝。おおよその方角は地図アプリを使用して場所を確認している。しかし3県先の場所に行くため走っていくのは俺くらいではないだろうか。そんな事を思いながら念のため魔法で姿を消し移動を開始した。朝も早い時間のためほとんど人もいないため偶に道路を走ったり途中山に入ったりと地図通りまっすぐに移動している。あまり早く移動しすぎると何かしら痕跡を残す可能性があるため、程ほどの速度で移動中だ。
「このペースなら10時くらいには着くかな」
道中コンビニに寄り朝ご飯と念のためカフェオレも買い準備を万全の状態にする。ついた場所は駅に中心は栄えており、そこから外れると少しずつ田畑があるのどかな場所だった。地図を確認し経路案内の通りに道を歩いていく。すると少し住宅街から離れた場所にある1つの建物。
和菓子屋三咲。
中に意識を集中させると確かに妙な霊の気配を感じる。ここで間違いないようだ。さて例の霊能者は既にいるのか分からないがお邪魔するとしよう。
シャッターが閉まっておりそこに張り紙が貼ってある。
【家族が急病のためしばらくお休みします】
少し周囲を探すと普通の玄関があったためそちらに移動しチャイムを押す。しばらく待つが、反応がない。聞こえていないのだろうか。人の気配がするから無人という訳ではないと思うのだが、何かあったのかな。
もう一度チャイムを鳴らすと家の中からこちらに向かって歩いていく足音が聞こえ、玄関が開いた。そこには目元に深い皺が刻まれた顔の男性が出てきた。日本人とは違う彫りの深い顔で黒い服を着ている。首元に十字架がぶら下がっている所を見ると恐らくこの人が先日電話で話した人だろう。
「はじめまして。勇実礼土です。遅くなり申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ来ていただき本当にありがとうございます。私はダリウス・ハーディといいます。それにしても日本人の方かと思っていました」
確かに漢字の名前だし、日本語は普通に話せるからね。勘違いもするか。
「こんな身なりですが、戸籍上は一応日本人なんですよ」
「おやそうでしたか。さあ私の家ではありませんがどうぞ。ただ先に来た一ノ瀬さんから聞いた話によるとどうも普通の方法では祓えない霊らしいのです」
「祓えない……ですか」
「ええ。ただもしかしたら勇実さんが見ればまた違った見解があるかもしれません」
玄関で靴を脱ぎ、ダリウスの後に続いて家の中へ入る。少し古めかしい廊下を進みダリウスが入った和室の中に入ると他に3人の男性が座っていた。1人はダリウスと同じ海外の人と思われる男性。涙を流しながら絶望の表情を浮かべこちらを見ている。もう1人は少し年配の男性。こちらもあの男性と一緒に涙を流している。そして最後の1人。この場で明らかに空気が違う。どういう訳か俺の姿を見て困惑しているようだ。それに何か妙な気配を感じる。
「どうも。勇実礼土、霊能力者です」