悪憑きー滅ー9
新しく通された和室に座り一ノ瀬は3人に語りだした。
「まずあの女性たちに憑いているのはヤマノケという怪異です」
「ヤマノケ……ですか」
一ノ瀬の言葉にダリウスは復唱するように言った。
「はい。一説では飢餓に苦しんだ両親の手によって喰われた女性の霊と言われています。憑りつかれてから49日以内に対処しなければ永遠にこのままでしょう」
そういうとダリウス、ノーマンの2人は息を飲み絶句し、義父の卓は頭を押さえてうつ向いてしまった。するとノーマンが立ち上がり一ノ瀬の肩を掴み強く揺すった。
「いくらでもお金は払います。どうか娘とパウラを助けて下さい!」
「もちろんです。私はそのために来たのですから」
そういうとノーマンは涙を流しながら俺にハグをしてきた。だが横にいたダリウスが眉間に皺を寄せながらつぶやいた。
「しかしあれをどうやって祓うのか。我らも色々試したのですがどうも手ごたえがないのです」
「ヤマノケを祓う方法は1つしかありません。ですが少々ショッキングなお話になります。どうか心を落ち着けて聞いて下さい」
「ッ! は、はいわかりました」
改めて座り直したノーマンに向かって一ノ瀬はまた話し始めた。
「ヤマノケは快楽を好みます。そのため女性の身体に憑りつき自慰行為を繰り返すのです。ですがその反面、痛みに弱い。ですから強い痛みを与えればヤマノケを追い出すことが出来ます」
「い、痛みですか……具体的にどの程度の痛みなのでしょうか? 何度か正気に戻ってほしくて頬を叩いた事はありましたが……」
そうノーマンは不安そうな顔で言った。それを一ノ瀬は首を横に振りながら答える。
「いいえ。その程度ではだめです。手足全部の爪を剥いだとしても、ヤマノケが出ていく可能性は10%程度しかありません」
「そ、そんな馬鹿な! それ以上強い痛みなんて!」
「一ノ瀬さんそれは本当ですか……?」
ノーマンとダリウスは矢継ぎ早に一ノ瀬へ質問を投げかけるが一ノ瀬は真剣な顔でうなずいた。
「それくらい厄介な霊なのです。ですが1つ確実な方法があります」
「確実……ですか?」
「はい、それは出産させる事です。出産時の痛みにヤマノケは耐えられません。以前もヤマノケに憑りつかれた女性を救うため、同じ方法を取りましたが無事に祓う事が出来ました」
そう一ノ瀬が告げるとノーマンは驚愕した顔のまま力なく畳に腰を落とす。ダリウスも同様であった。2人ともまったく想像もしていなかった除霊方法に言葉を失っていた。義父の卓も同じく無言で畳を見ている。
「どうかご決断下さい。僅かな可能性に賭けて爪を剥ぐレベルの痛みを与えるか、出産させるか」
長い沈黙が訪れた。時計の針が大きく聞こえる。ノーマンは涙を流し嗚咽を吐いている。ダリウスは十字架を持ち目を瞑っている。そうしてしばらくしてノーマンがゆっくりと話はじめた。
「仮に、仮に出産するとしても10か月以上はかかる。一ノ瀬さん、最初に言っていた49日以内に対処しないとだめだと言っていましたよね。これは矛盾しませんか?」
「説明が足りませんでしたね。ヤマノケが憑りついた女性は妊娠から出産までの期間が女性の生理周期とほぼ同程度になるのです。つまり大よそ3週間から4週間程度とお考え下さい。ただ当然生まれた子供は普通の子ではありません」
「ならその生まれた子はどうするんだ」
ずっと黙っていた卓がそういった。
「こちらで預かります。過去に祓った女性から生まれた子はこちらで手厚く葬っているのです」
(まぁガキが生まれたら長谷川がよこせって言ってたからな)
そう考えながら一ノ瀬は目の前の三人の様子を見て後はもう押すだけだと確信する。
「早めに決断を。憑りつかれてからどれだけ経っているか分かりませんが恐らくもう時間がない。幸いヤマノケに憑りつかれた期間は、被害者の皆さんはその間の記憶はございません。であれば下手に痛めつけるより出産という確実な方法をお勧めします」
これが最後のダメ押しになったのだろう。ノーマンがゆっくり口を開いた。
「ノエルに……この間の記憶がないのなら……」
「ッ! ノーマン! 分かっているのか!」
突然座っていた卓が立ち上がりノーマンの襟首をつかんで叫んだ。だがノーマンはその手を振り払い大粒の涙を流しながら答えた。
「良いわけあるか! でも、ずっとこのままなんてできない! それに自分の娘を痛めつけるなんてもってのほかだッ! これしか、これしかないんだったらぁ!」
涙と鼻水と流しそう叫ぶノーマンの姿を見て同じく涙を流す卓が小さく「すまんお前さんが一番つらいだろうに」と声をかけ肩を抱いた。
その光景を見て一ノ瀬は内心高笑いを抑えるのに必死だった。これでようやくあの2人を堂々と抱く事が出来る。年齢に違いはあるが二人とも十分美人と呼べる逸材だ。涙を流すこの目の前の3人の姿を想像しながら抱くのはきっと興奮する。
「では皆さんは家から出ていて下さい。流石に声を聴くのは耐えられないでしょう」
そういって必死に笑いを抑えながら立ち上がろうとした瞬間。
ピンポーン。
チャイムがなった。
部屋が一瞬でまた静寂になる。こんな時に一体誰だと一ノ瀬も考えた。
ピンポーン。
またチャイムが鳴る。すると黙っていたダリウスがハッとした様子で立ち上がった。
「どうされましたか?」
「いや、恐らく私が呼んだ者かもしれない」
一ノ瀬は困惑した。呼んだとはどういう意味か分からなかった。
「……一体誰を?」
「いや先日、日本にいる知り合いへ出来るだけ強力な霊能者がいないか聞いていたんですよ。江渕 誠一郎という春興寺の住職なんですがね」
「は、はあ。えっと……」
一ノ瀬はまだ事態が飲み込めなかった。そんな話は聞いていない。しかも何か嫌な予感がする。
「事情を説明したら優秀な霊能者がいると言っていたので昨日呼んでいたんです。1人でも協力者が欲しかったものですからね。まぁ一ノ瀬さんの言う通りの霊ならば無駄足にしてしまったかもしれませんが……」
そういうとダリウスは涙を拭いながら玄関に向かって歩いて行った。玄関先にで何やら話す声が聞こえそうしてダリウスが戻ってきた。一人の見知らぬ外国人を連れて。
銀髪の髪にスーツ。何故かポッキーを食べており、どこかのモデルのような男だ。どう考えてもこの場に似つかわしくない。だと言うのに。なぜか視線が外れず一ノ瀬は強い喉の渇きを感じた。
「どうも。勇実礼土、霊能力者です」
その男を見て一ノ瀬はなぜか胸騒ぎが止まらなかった。