悪憑きー創ー8
長谷川からレクチャーを受け一ノ瀬の手元には黒い人形のようなものが握られている。まずこの伝承霊は女にしか憑りつかず憑りついた状態で他の女が憑りついた女を見ればその女にも乗り移るらしい。そのため都会でこれを解き放つと一気に爆発的に増殖する可能性があるそうだ。
『使いこなせるようになればヤマノケを感染させる人数を一ノ瀬さんの方で制御できるでしょう。まずは人気のない地方の田舎で試す事をお勧めします』
そうして一ノ瀬はそれなりに人がいる完全なド田舎ではなく、程ほどに寂れている街をターゲットに選んだ。適当な安アパートを借りて活動拠点とする。以前ならそのまま事務所という形にするのだが、今回はやることが違う。まず周辺地域の神社や寺に挨拶周りをする。霊能者という名刺を作りここが地元で久しぶりに故郷へ戻ってきたと嘘を吐く。
ヤマノケに憑りつかれた被害者は病院に行くか、神社か寺に行くと考えたからだ。当然挨拶周りをする際に、この周辺の伝承とかも趣味で調べていると説明もしてある。そうした挨拶周りをしてから1ヶ月後に一ノ瀬は行動を開始した。
(できれば最初は若い女がいい。当然美人ならなおOKだ)
そう考えながら街を散策して一ノ瀬はある少女に出会った。肩まで伸びたブロンドの髪、顔立ちから恐らくハーフだと思われる女の子だ。外見から年齢は分からないが恐らく15前後くらいだと考える。発育もそれなりによく、最初の獲物としては十分過ぎる程であるし、何より上手くすれば警察に咎められずあの美少女を抱く事が出来るのだ。そう考えただけで一ノ瀬は下半身に血が滾っていくのを強く感じる。
それからその女の子の周辺を不自然でない程度に探り始めて分かった事。父親が外国人である、母親は死んでいる、恐らく母側の両親と思われる老人の家で和菓子を売っている。あわよくば母親もと考えたがいないものは仕方ない。一ノ瀬の中で幸いだったのはターゲットの女の子は父親と二人暮らしだという事だ。これならよぼよぼの婆さんを巻き込む心配はない。
そうしてしばらく機会を伺いようやくチャンスが訪れた。父親と一緒にドライブに出かけたのだ。慌ててタクシーを捕まえ後ろを追跡する。そして少し山を登った自然公園に到着した。しばらく後を付け、ターゲットが1人になる瞬間を狙った。
しばらくして父親が車から離れた時、一ノ瀬はすぐに手に持っていた人形に対し、カッターで切った血のついた指を押し付けて握り潰す。そしてそれを少し前に放り投げると潰れた人形が気持ち悪い膨れ方をしていって小さな子供くらいの大きさになった。全身が白く、足は1本しかない。顔はのっぺりとしており口だけがある不気味な姿だ。
それの光景を息を飲んでみていた一ノ瀬はすぐにあの車に向かうように命令を与えるとその白い化け物は身体をくねくねさせながら1本しかない足で車の方に向かっていく。
「テン、ソウ、メツ、テン、ソウ、メツ」
そう不気味な声を出しながら車の助手席に向かっていき、しばらく車の中を見つめたら煙のように消え車の中に入っていった。それを見届けて一ノ瀬はすぐにその場を後にする。誰にも見られないように細心の注意を払いながら自宅へと戻った。そう後は待てばいい。だが一ノ瀬は大きな失敗をした事に気づいた。それは憑りつく瞬間をターゲットの父親に見せなかった事だ。このままだと病院に連れていかれる可能性があると考えすぐに長谷川に電話した。
「長谷川さん。ヤマノケが憑りつくところを第三者に見せられなかった」
『おや、では下手すると病院に行く可能性がありますかね』
「かもしれない。……くそッ! どうすりゃいい!」
『いいですか。仮に病院に行ったとしてもすぐ退院します。ただその場合病院で変に広まる可能性があります。狙ったターゲットが病院へ運ばれる事になりそうなら、被害者以外にヤマノケを広めないように注意してくださいね。やりすぎると面倒なのは一ノ瀬さんもお分かりでしょう?』
「だが、まだコントロールなんて……」
『一ノ瀬さんの血で作った伝承霊の居場所はどこにいても分かるはずです。どうですか、今も移動していますか?』
一ノ瀬は憑りつかせたヤマノケの居場所を確認する。地図を見ながら今ヤマノケがいる場所を確認するとまだターゲットの自宅にいるようだ。
「……よし。まだ家にいるみたいだ!」
『なら後は時間の問題でしょう。根回しは終わっていますね?』
「ああ。問題ない」
『なら数日待っても一ノ瀬さんに連絡がなければもう一度参拝に回ってみて下さい。それで声をかけてくるかもしれません』
「ああ。わかった、色々助かるぜ!」
そうして数日後、一ノ瀬の狙い通り回った神社の1つから連絡があったのだ。案の定、この時に住む怪異などを知っているかと聞かれたため、一ノ瀬は自信満々に答えた。そうしてとんとん拍子に話が進み一ノ瀬はようやく霊能者として仕事をして欲しいと依頼が来たのだ。
和菓子屋の裏にある普通の家、そこに一ノ瀬は呼ばれた。念のため身なりは綺麗に整え、まずこれから依頼人となる人に挨拶をした。しかしそこで一ノ瀬の想定していない事が起きていた。
「初めまして。俺は三咲ノーマンといいます。こちらは俺の養父で、あちらは義父です」
事前に何度か調べていた際に見た事がある外人男性。彼女の父親だ。それはいい。もう一人の初老の男、確か三咲卓という義父だろう。それもいい。だがこの養父とは何者だ。ノーマンと同じ外国人であり教会の神父が着るような服を着て十字架まで持っている。
「あ、あのそちらの方は神父様ですか?」
完全に想定していなかった登場人物の前で一ノ瀬は驚きを隠せない。
「私はダリウス・ハーディ。こちらのノーマンの父親のようなものです。一応カトリック神父をしており以前悪魔祓いなどもしていたのですが、今回の悪霊はどうしても祓えず、困っておりました」
「な、なるほど」
一ノ瀬も神社や寺は想定してたが流石に教会は想定していない。だが幸いダリウスも祓えなかったという言葉を聞き安堵した。
「では、案内してくださいますか」
「ええ。ただその前に1つ伝えなければならない事があります」
「なんでしょうか」
真剣な面持ちでダリウスは答えた。
「今回霊を祓おうとしたのですが私の連れがここの娘さんと同様に憑りつかれてしまったのです」
「なんですって!?」
一ノ瀬は驚愕した。ヤマノケの大よそのいる場所は分かる。だが増えたことはまったく気づかなかったからだ。
「今その方は?」
「娘と同じ場所で寝かせています」
「なるほど、そうですか」
(同じ場所にいるから分からなかったのかもしれないな。だが問題はその新しい獲物の容姿だな、流石にブスを相手にしたくない)
そう考えた一ノ瀬はまずその場にいた3人へ提案をする。
「一度様子を見せて下さい。話を聞いた限り間違いないと思いますがしっかり目で見ておきたいのです」
「――わかりました。こちらです」
そうして玄関から家の中に入り、後をついていく。そしてある部屋の前に止まりゆっくり襖を開けた。そこには狙っていた娘と見知らぬ外人の女性が自分の身体を必死に慰めている光景だった。それを見て一ノ瀬は思わず手で口元を隠し驚いたふりをする。想定しなかった新しい獲物の外国人は年齢こそそれなりに高いようだが十分に美しい容姿をしている。その思わぬ収穫に笑みを浮かべていた。
「やはり――間違いないようですね。詳しい話を説明します。別の部屋に行きましょう」
「わかりました。どうかよろしくお願いします」