悪憑きー天ー1
新章になります。よろしくお願いいたします。
逸る気持ちを必死に抑え、朝通った道を戻るように車を走らせる。我慢していても溢れ出る涙を拭いながらノーマンは神に祈りを捧げた。
孤児として捨てられ親の顔すら見たことがない。だが、それでも必死に勉強した。同じ孤児院の仲間たちと互いに励まし合いながら努力し成人になったノーマンは必死に働いたし決して神に背くような真似はしていない。だというのに――。
「なぜ神はこのような試練を度々俺に与えるのだッ!」
ドンッ! っと車のハンドルを強く叩き、叩いた手の痛みを感じながら急いで帰路についた。車を走らせ数時間、ようやく自宅についたノーマンは駐車場に車を停めてそのまま助手席に無理やり座らせた娘を見て、唇を強く噛んだ。
「アーアー。ヘヘ、へへ」
虚ろな目でこちらの顔を見てニヤニヤする娘を見る。もう顔つきも以前の面影がなくなり、涎を流しながら周囲を見回ししきりに自分の身体を触っている。車の窓ガラスをまた一度強く叩きノーマンは声を殺して涙を流した。
元からノーマンは勉学が得意な方であった。同じ孤児の中でも物覚えも良い方で早く社会に出て少しでも孤児院の支援を行いたいと思っていた。だが、父代わりでもあった孤児院の院長でもあるダリウスの薦めもあり働きながら学校へ通うようになってノーマンは運命の出会いをした。日本人の女性である三咲麗奈にノーマンは一目で恋に落ちた。
同じ講義を受けて、少しずつデートを重ねるようになり次第に二人は付き合うようになった。ノーマン自身もこの幸せが続くようにと願っていたが麗奈が日本にいる両親の事業を手伝うために帰国しなければならないという話になった。ノーマンは悩んだ。ここで彼女と別れるなんて想像もできなかった。しかし同じ孤児院の仲間たちを置いて日本に行ってもよいのかと悩み続け、そんな折にダリウスから言われた言葉。
「ノーマン。君はもう少し他人のためではなく自分のために時間を使いなさい。君の思いは立派だが自分の幸せを考えられない者に他人の幸せを与える事は出来ないよ」
その言葉を聞き、ノーマンは恋人である麗奈と共に日本へ行く事を決意した。婿養子という形で日本に行ってから籍を入れ、三咲ノーマンという名前に変わり、そこからノーマンのまた新しい人生が始まったのだ。
麗奈の実家は和菓子屋を営んでおり、元々麗奈は菓子作りを学ぶために留学していたそうだ。当然外国人であったノーマンに最初は驚いた麗奈の両親だったが必死に覚えた日本語で話すノーマンを見て次第に受け入れるようになった。慣れない環境での生活は大変でもあり苦労の連続であったが充実した生活だった。僅かであるが孤児院に仕送りも行い、時が経ってノーマンと麗奈の間に娘が生まれた。
ノエルという名前を付け少々やんちゃであるが元気に育っていくノエルの姿を見るのがノーマンにとっての楽しみとなっていた。ノエルは髪の色こそノーマンと同じブロンド色であったが、顔立ちは麗奈と非常に似ており将来はきっと美しい女性になる。そう思っていた矢先だった。
麗奈が死んだ。
交通事故だった。
犯人はすぐに捕まったがその日からノーマンは世界が色褪せてしまった。愛する人を失い何をする気力も沸かずただ廃人のように過ごす事になった。だが麗奈の両親の助け、何より娘のノエルがいた事によって少しずつ本当に少しずつノーマンは立ち直っていった。娘のノエルが14歳になり、顔立ちが出会った当初の麗奈そっくりになるにつれノーマンは自分の愛娘を幸せにするためにもまた頑張ろうとした矢先の出来事だ。
もう何が起きたのかノーマンにも分からない。気分転換に空気の良い所でドライブをしていた。本当に僅かな時間、少し目を離したら娘に何かが起きた。顔を叩いても揺すっても名前を呼んでもずっと様子がおかしい。もう自分ではどうにも解決出来そうにない。義両親になんて報告すればいい? 必死に悩んだ挙句、ノーマンは震える手でスマホを取り出し自身の中でもっとも頼りになる人物に連絡を掛けた。
「――父さん。た、助けてくれ……娘が、ノエルが悪魔に憑りつかれたみたいだ」