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愛しく想ふ15

Side 四季日葵



「いつも応援してくれてありがとう!」


 精一杯の笑顔を作り一人一人のファンと握手を交わす。アイドルとしての私は握手するためにCDを買ってここまで長時間並んでくれたファンの顔を必死に覚える。ライブに来てくれた人、ファンレターを送ってくれた人、何度も握手会に来てくれた人、当然既に覚えているファンの顔だってある。全員は無理でも可能な限り応援してくれるみんなの顔を覚えたいッ!


 だがその反面、アイドルではない。素の私は語り掛ける。そもそもどうしてアイドルになりたいと思ったのだろう。――そうだ、元々歌が好きで、恥ずかしくても自分の歌を聞いてほしいと思ったからだ。記念受験のような感覚で応募したオーディションに受かって気づけば目標だったアイドルとしてデビューしている。でも実際はどうだろう。メンバーとの確執、人気争いなど、これは私がやりたかった事だったんだろうか。そう自問自答してしまう。この握手会もそうだ。ファンサービスは大切だと思うがこの時間があれば新曲を作ったり歌の練習をして応援してくれるファンにはそうやって恩を返した方がいいんじゃないかと漠然と考えてしまう。




(そもそもなんで私はここにいるんだろう)




 何か大切な事を忘れているような気がする。この最後尾が見えない握手会だって別に初めてのことじゃない。でもどうして握手会をしているのか、という疑問だけが湧いてくる。


 私はConstE(コンステ)のメンバーだし握手会をしているのは当然。……当然? 私はConstE(コンステ)から卒業したはずだ。もうメンバーの執拗な苛めにも我慢できなかった。だからソロになるという道を選んだはず。なら何で今もファンと握手しているのだろう。




「はい、次の方どうぞ」





 どこか機械的なスタッフの声が聞こえ我に返った。いけない、茫然としてしまっていた。またいつも通りに笑顔を作りファンと向き合わないと。


「いつも応援ありがとう!」








「何を言っているんだい? ()()()()。応援するのは当然だろう」



「……え?」






 汗でベタベタする手が私の両手をがっしりと掴んでいる。心臓の動機が激しい。強い鼓動を感じながら私はゆっくり視線を上げ――絶叫した。




「ぐふっ捕まえた♪」



「い、いやぁああああああッ!!!」

「どうしたんだい? ひまりん。そんなに大きな声を出して」

 

 人一倍大きく太った身体。大量の汗でシャツの首回りがびしょ濡れになっている。汗独特の異臭が鼻につく、だらしなく首元まで伸ばしたロン毛。それが汗のせいなのか妙にベトベトして脂ぎっている。たるんだ大きな顔についている細い目が私の事を見ており口元がだらしなくにやりと笑っている。そう間違いない。以前握手会で私の頭を強引につかんで髪を引っ張ったあの男だ。もうその顔も、視線も、臭いも、全部が不快で堪らなかった。


 全力で手を引こうとするが相手の力が強くまったく動かない。だから近くにいるスタッフを呼ぶ事にした。見た目だけならただ握手しているだけだろうが、でも以前この男は握手会での行動によって出禁にされているはず。どうやってそれを掻い潜ってここまで来たのかわからないがすぐに助けを呼べばいい。


「誰か助けてッ!! スタッフさん!!! 誰か!」


 目を瞑り子供のように一生懸命抜けない手を引っ張りながら助けを呼んだ。でも誰も助けに来ない。おかしいすぐ近くに列の誘導をしている係のスタッフだっているはずだ。以前同じような目に遭った時だってすぐにスタッフが助けてくれたはずなのにどうして。


 生理的に気持ちが悪い手の感触を感じながらゆっくり目を開けて周りを見て絶句した。





「な、なんで――()()()()()()?」




 そう、周囲には誰もいなかった。スタッフも、他のメンバーも、会場の外まで並んでいたファンでさえもみんな消えていた。



「ようやく二人っきりになれたね。ひまりん!」

「い、いや――」


 もう恐怖で大きな声が出せない。目から大粒の涙が溢れてくる。


「もう泣くほどうれしいんだね! 僕もだよひまりん。さあ、結婚しよう。僕たちは運命で結ばれた仲なんだ! 結婚式はどうしようか。あ、でもひまりんのファンが僕たちの幸せを祝福するわけないよね。どうせ嫉妬ばかりするオタクしかいないだろうし結婚式は身内だけにしよう。新婚旅行はどこがいいかな。僕としてはハワイとか憧れるけど飛行機はなんか怖いし国内にしようね。温泉とかいいんじゃないかな。もう家族なんだし一緒に家族風呂に入ろう。子供は何人欲しい? 僕は男の子と女の子で二人欲しいな。あ、大丈夫だよ。家事や育児は僕のパパとママが協力してくれるからひまりんは子供を産んでもちゃんと働けるから安心してね。僕も一家の大黒柱として僕たちの家にずっと居て、しっかりと守っているから安心してよ! あ、でも今後働くにしても男との共演はNGだよ。当然だよね? 僕という素晴らしい最高のパートナーがいるんだもん。マネージャーは確か女の人だから別にいいけど所属事務所に男のモデルがいるのはだめだね。そうだいいこと考えたよ。ソロになったんだしもういっそその事務所も出て個人事務所を作ろうよ。僕がマネージメントしてあげる。僕が事務所の社長になってひまりんがそこで働くんだ。うんいい考えだね。これならいつでも家族一緒に居られる!」


 もう目の前の男の言葉が耳に入ってこない。まるで異国の言葉を話しているかのように感じてしまう。


「どうしたんだい? ああ。そうか。まだ大切な事ができていなかったね――ひまりん。さあ誓いのキスをだよ。僕と結婚して幸せになろう」


 そういうと男の顔が近づいてきた。異臭が強くなり恐怖も倍増する。


「い、いやぁああああ!!」

「暴れないでよ。でも無理やりってのも興奮するかな」


 目を瞑り出来るだけ顔を背け最後の抵抗を試みた。涙が止まらない、なんでこんな目に遭わないといけないのか。ただ歌が好きなだけだったのに……。







「ッァアアアアアアッ!!!!」







 


 まるで伸び切っていた紐が切れたかのように突然身体が地面に倒れてしまう。何が起きたのか分からない。だが急に大きな悲鳴が聞こえた。恐る恐る前を見るとそこには――両手を無くし涙を流しながら絶叫するあのストーカー男と、黒い刀を持った武者のような人影が立っていた。









Side 陸門道行


 久しくあった勇実殿は荒れている様子だった。あの不可思議な力がまるで台風のようにうねりを上げている。これほどの力がこの御仁にはあったのかと驚愕すると共にやはり儂と戦ったあの時は随分加減していたのだと痛感する。




「どうなされた」

「借りを返してもらうぞ。陸門道行」

「ふむ、それは異なことを言う。儂がこうして存在しているのはひとえににお主の采配によるもの。何か儂の力が必要なのであれば好きに申すがよい」



 寺田悟に対する儂の行為はいまだ終わっていない。だが最近はもう完全に気が触れてしまい起きている時はもう何をしても効果があるのか分からなくなってきていたため色々試行錯誤している所だ。


「ならすぐに来い。時間がない」

「承知した」


 鉄格子をすり抜けるように通過し勇実殿の身体に触れた。すると感じたことがないような大きな力が自身の身体を覆ったのが理解できた。あまりの力の大きさに油断すれば消え去ってしまいそうだ。



「お前が霊体なのが幸いした。生身なら転移で移動できないからな。――行くぞ」


 そう言い残すとさらに眩い光が周囲を包み気づけばまったく知らぬ部屋に来ていていた。



「え? え? ちょっと勇実さん!? どこ行ってたの!? っていうか今どうやってここに?」

「全部霊能力だ。とりあえず時間がない。道行、この子の身体に憑りつけ」

「え!? いやもう後で説明してくれるんでしょうね!!」


 何やら女子(おなご)が騒いでいるが勇実殿はそれを無視して一人の少女を指さした。涙を流し必死に首を振って苦しんでいる。一体何が起きているのか。


「それは構わぬが事情を聞かせよ、何をすればいい」

「今この子は心の中で悪漢に襲われている。このまま放置すればどうなるか、お前でも想像できるだろう?」




 そういわれ儂の心にはあの少女の姿が過る。あの泣き叫ぶ幼子の姿が。――許してよいのか、あのような悲劇をッ! 寺田に向けていたものと同じ憎悪が身体に宿るのを感じる。



「霊体のお前なら恐らく可能なはず。中に入ってこの子を、日葵を助けてくれ。俺はすぐに大元の方を叩く。いいな?」

「承知した。任されよ――勇実殿。その悪鬼は?」

「好きにしろ、これはもう呪いの一部だ」



 それを聞き儂はこのおなごの身体に触れすぐに憑依した。









「ッァアアアアアアッ!!!!」




 切り落とした腕から黒い液体が噴出している。たがそれは液体ではないようだ。血のように地面に落ちるでもなく霧状になって散っているように見える。不可解であるがこういうものと考えた方がよいか。


「おい、娘。ここからは血生臭いものをみることになる。目を瞑り耳をふさいで蹲っておれ」

「は……はい」



 儂の言う事を素直に聞き身体を丸めるように蹲って皺が出来るほど強く瞼を閉じ手で耳を塞ぎ始めた。



「な、なんなんだ!!」

「外道に語る名など無し。疾くとその口を閉じるのだ」


 手に握った刃で男の足を一本切り落とす。醜く太った身体では片足で支えるのが難しいのだろう。すぐに地面にその巨体を沈めた。


「い、痛いッ! 痛いッ! 痛い痛い痛い痛い痛いッ! な、なんで邪魔が出来るんだ。ここは僕とひまりんだけのプライベート空間なんッあああああッ!!」



 水平に横なぎした刀が奴の頬から耳を切り裂いた。


「煩いぞ。(おのこ)がそう喚くものではない。さてお主が生身の人間であればその首を切り落とし終いにするのだが、どうやらお主は人ではないらしい。残念ながら儂は勇実殿のように呪いを消し去るすべを知らぬのだ。それゆえ――」



 一歩、前に足を踏み出す。



「ひ、ひぃぃッ!!」



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なに人を切る事には慣れておる安心してその身を差し出せ」

「い、いやだッ! やっとひまりんと結ばれたんだ! ここで死ぬなんて絶対嫌、アァアアアアッ!!」



 更に刀を振り、残った片方の足の膝から下を切り飛ばした。



「い、痛いッ! た、たすけてッ! パパ、ママッ!!! なんで僕がこんな目に」

「お主は既に元服を迎えた成人であろう。誰の責任でもない、これはお主が負わねばならぬ責務だ。自分の行動の結果は自分で取らねば男が廃るぞ? しかしお主は無駄な脂肪が多いゆえ切り応えがあるな」





 刀を振るうごとに黒い霧が舞い、ただひたすらに男の断末魔が響いた。






次でラストになります。

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― 新着の感想 ―
やっちゃってー!!
[良い点] 豚は(微塵に刻んであの世に)出荷よー。
[一言] 素晴らしい。 非のないほどの胸熱展開だ。 続きを、続きを見せて下さい。
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