愛しく想ふ2
「うーん」
無言でただひたすら目の前のお菓子を口の中に入れる。ポキポキという歯ごたえを感じながら俺の手の中にあるカップの中にある棒状のお菓子を食べていく。
「今度は何食べてるんです?」
「ん、なんだ利奈か。欲しいのか」
そういって俺はカップからさらに一本取り出しそれを利奈に渡した。俺の手からお菓子を受け取った利奈はそれをマジマジとして何か納得したのか頷き始めた。
「ああ。これじゃがりこんですね」
「そうそう。最近CM見て興味でたからコンビニで買ってみたんだ。これ食感が中々癖になるね」
一応店にあるサラダ味、ジャガバター味の二つを買って食べ比べしてみたが両方とも美味い。個人的にはサラダ味が中々癖になる。しかもポッキーと相性が良いのだ。じゃがりこんを食べ、次にポッキーを食べる。その次にじゃがりこんを食べる。じゃがりこんの塩っけの影響なのかポッキーのチョコがさらに甘く感じる。その次に食べるじゃがりこんが口の中の甘さを打ち消すようにまたこのしょっぱさが美味い。
この究極の無限ループの恐怖を知ってしまった俺だが鋼の心がそれを自制し、とりあえずポッキーを食べるのは控えている。だてに勇者という称号を得ていたわけではない。そうどのような甘美な誘惑であろうとも俺の心を崩すことなどできないのだ。
「でも変わった食べ方してますね。じゃがりこんとポッキーを一緒に食べるなんて」
「ふふふ。無知とは怖いものだね利奈。じゃがりこんを食べた後のポッキーの魅力を知らないなんて」
そういって俺はまたポッキーを口にする。うん美味い。何か心の決意が決壊した気もするが今は考えないようにしよう。
「えー気になります! ポッキーもくださいよ!」
「仕方ないな」
利奈は俺から受け取ったじゃがりこんを食べ、次にポッキーを口に入れた。すると大きく目を見開き、既に何もない両手を見ている。
「あ、甘じょっぱい! 食べ合わせいいですね。それならあれも好きなんじゃないです?」
「ん、あれ?」
「はい! なんでもこのお菓子の粉は一部の闇ルートで売買されたこともある程の代物なんですよ。その名も――ハッピーターンルナティックです!」
「な、なんだその物騒なお菓子は!?」
俺は驚愕した。お菓子の粉だけで売買されるなんて尋常ではない。一体どんなお菓子なんだ。
「最近でた奴です。多分コンビニで買えますよ。以前の粉150%を大きく超えた粉300%増の魔性のお菓子です。すごいですよ、お菓子の袋の中にあの麻薬ともいえる幸せの粉がまるであふれるように入っていて」
そういうとうっとりした表情を見せる利奈。なんだ、そんなヤバイお菓子が売ってるのか。しかも麻薬ってなんだ? 幸せの粉? そんなものがコンビニに売っているだって?
はッ! なめるなよ、利奈。かつての世界にも人を堕落させる麻薬は確かに存在していた。だがそんなものに溺れるような弱い人間性などあいにく持ち合わせていないのだ。
「あれ、どこいくんです?」
「いや、コーラを買おうかなって」
そうあの無限の組み合わせは確かに美味いのだが喉が渇くのだ。それに何故か知らないが妙に炭酸が飲みたい。
「コーラなら冷蔵庫にありますよ」
「いや、あれは何かあったときのストックだ。まだ手を出すべきじゃないだろう。だからちょっとコンビニに行って買ってくるよ」
そうだ。例えば何か天変地異が起きたとしよう。その時コーラが飲めない可能性が出てくる。それは困るだろう? つまりそういう事だ。
「でも冷蔵庫にもう10本以上ありますし、何なら箱買いして冷蔵庫に入ってない分も含めるともっとありません?」
「何を言っているんだ。あれは保存食みたいなものだ。平時にそれに手を出す奴なんていないだろう」
「え、でも昨日普通に冷蔵庫から出して飲んで――」
「さて行ってくる! 留守番頼んだぞ」
何も聞こえない。はやくコンビニに行こう。財布を鞄に入れそのまま事務所の外へ出た。相変わらず暑い日差しを感じながらもこんな時に飲む炭酸は格別だろうとも思う。しかし炭酸だけ飲むのも味気ない。そう何か食べ物が欲しいのは必然だ。そうともついでだ。ついでに、そうついでに利奈が言っていたハッピーターンルナティックを買うとしよう。
「ありがとうございましたー」
ようやく……ようやく見つけた。まさかコンビニを4軒も回るとは思っていなかった。まさか一番近いコンビニが売り切れているなんて……。やはりそれだけ美味いという事なのだろう。
「ふふふ、これは帰ってから楽しみだな」
鞄の中に入ったハッピーターンルナティックとコーラの重みを感じながら軽い足取りで事務所へ帰宅した。今日はもうゆっくりしよう。この間も居酒屋のよく分からない霊を除霊したばかりだし、久しぶりに映画でも見ようかな。
「お久しぶりです勇実さん」
「あれ……大胡さん?」
事務所に戻るとリビングに二人組の男女が座っていた。一人は佐藤大胡。七海紬のマネージャーであり以前の依頼人だ。もう一人の女性は見たことがない。眼鏡を掛けスーツを着ているところを見ると大胡の同僚か何かだろうか。
「もう勇実さん! どこまでコーラ買いに行ってたんですか! お二人ともずっと待ってたんですよ?」
「え、いやそれは申し訳ないけど。予定あったかな」
「いえいえ! こちらが急に押しかけてしまったのでお気になさらず! 本当は事前に連絡しようと思ったのですが何故かツイッターのDMが送れない設定になっていたので……」
「あーそれですか」
実は以前ネット配信に顔出しをした後で妙なファンレターのようなDMが増え次第にどう考えても依頼じゃなくてただ事務所に来て話をするだけの女性が急増した。一応本人は霊に悩んでいると言っていたのだが、やれ今度食事にだの。連絡先を教えてくれだのと妙にこちらの情報を仕入れようとする輩が増えたため仕方なくDMは閉鎖した。
幸い大きな仕事を何件かこなしているため蓄えは多いのでそこまでガツガツ仕事を探さなくていいだろうという判断でもある。
「まあ色々ありましてね……それで今日はどうされました」
「はい。といっても今日は私ではなく――」
そういうと大胡は隣に座っている女性に視線を移した。すると大胡の視線を受けてゆっくり頭を下げ自己紹介を始めた。
「初めまして。私は菅野彩と申します。アウロラ・プロダクション所属四季日葵のマネージャーです」